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ダイエットは一苦労

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1部分:第一章


第一章

                  ダイエットは一苦労
 この事務所のタレントは昔から太めが目立つと言われている。
 歴代のアイドルは皆太めであった。それで今でも有名である。
 それは社長の趣味かどうかはわからない。だが実際にそうしたスタイルの女の子が多いのもまた事実だ。ネットとかではデブ専事務所とまで言われている。
「失礼しちゃうわよね」
 その事務所のアイドルの一人が車の中で週刊誌を見て口を尖らせていた。
「祥子デブじゃないもん」
 長い黒色の髪に長くて多い睫毛とはっきりした目が特徴的である。背は今の女の子では普通といったところであろうか。
「そうよね。岩崎さん」
 車を運転するマネージャーに問う。
「そう思うでしょ?」
「いや、それはね」
 だが眼鏡をかけた男のマネージャーさんはそれには苦い顔をしてきた。
「どうかなあ」
「どうかなあって」
 何かその言葉が祥子の気に入らないものであった。
 桐沢祥子。十八歳の花のアイドルである。難しい年頃と職業である。
「祥子デブじゃないでしょ?」
 自分でまた言う。
「脂肪率だって」
「まあね」
 苦い顔は前を見て運転しているので後部座席でお菓子を食べながらの祥子には見えない。
「それは一応」
「標準になってるよ。祥子だって気にしてるもん」
「それでもね」
「何かあるの?」
「いや、別に」
 言いかけたところで言葉を止めてしまう。
「何もないよ」
「だったらいいけれど」
「それでさ祥子ちゃん」
「はい」
 返事は素直である。意外と性格は普通の女の子であるらしい。
「今度グラビアの仕事あるのね」
「明日からですよね、撮影は」
「うん、水着もあるからね」
 岩崎さんはそう教えた。
「別にいいよね。祥子ちゃん水着は苦手だけれど」
「それはいいです」
 健気な言葉であった。
「お仕事ですから」
「いいんだね」
「だってアイドルってそれもお仕事ですから」
 アイドルとグラビアは切っても切れないものである。その中で水着になるのもまた仕事のうちなのである。これは昔からそうなのである。この事務所でもそれは同じだ。
「頑張ります」
「わかったよ。じゃあ」
 これで彼女の運命は決まった。だが彼女自身はそのことに今気付いてはいなかった。それが彼女にとっての悲劇、他の者にとっては喜劇のはじまりであった。
 事務所の社長にマネージャーと一緒に呼ばれる。そこで言い渡されたのだ。
「えっ、何でですか!?」
 祥子は事務的な社長室でそれを言い渡されて思わず声をあげた。
「どうして祥子が」
「祥子ちゃんグラビアやるんだよね」
「はい」
 実はそれがはじめてである。それまで雑誌に出たことは何度もあるがグラビア、それも水着のものははじめてであったのである。
「だからだよ」
「だからって」
「言っておくけれど水着だよ」
「はい」
 社長はそこを念押ししてきて祥子もそれに頷く。
「体型がはっきり出るんだよ。それでそのスタイルはまずいよ」
「まずいんですか?」
「まずいって」
 祥子ははっきり言って太っている。元々の体型と体質がそうなのであるがそこに加えてお菓子ばかり食べている。これで太らない筈がないのだ。しかもプロフィールには好物は焼肉、ケーキとまで書いている。これでどうして太らずにいられようか。言うまでもないことであった。
「せめて五キロは痩せて」
「五キロ・・・・・・」
「できるでしょ、お仕事まで時間あるし」
「けれど」
「言っておくけれど食事制限だよ」
 社長は言い渡す。
「お菓子も焼肉も駄目だから」
「ケーキは」
「勿論じゃない。ケーキはお菓子だよ」
「そんな、ケーキまで」
 祥子は大好物、とりわけ毎日食べているケーキを禁止されて絶句してしまった。絶望さえ感じていた。
「じゃあ何を食べれば」
「おいおい、何言ってるんだ」
 社長はその言葉を聞いて思わず声をあげた。
「別にお菓子や焼肉を食べなくても生きていけるぞ」
「それでも祥子は」
「とにかくね。これはお仕事なんだよ。お仕事」
「はい」
 そういえば気を引き締めさせる祥子の性格を衝いてきた。これも策略だ。
「だからだよ。いいね」
「どうしてもですか」
「そうだよ、どうしても。わかったね」
「わかりました。じゃあ」
 ここまで言われては逃げられなかった。祥子は泣く泣くそれを受け入れることになった。こうして彼女にとってあまりにも過酷なダイエットがはじまったのであった。
「まあ祥子ちゃんそんなに落ち込まないで」
 岩崎さんは社長室の外で今にも泣き出しそうな顔になっている恭子に声をかけた。
「ここは僕に任せて」
 マネージャーとして彼女を気遣うだけでなく人としても気を使っていた。
「マネージャーさんにですか?」
「うん。ダイエットはね、これでもよく知っているんだ」
「そうなんですか」
「そうだよ。だから安心して」
 祥子に対してにこりと笑って述べる。
「わかったね」
「どうするんですか?」
「うん、それはね」
 それを話す為に祥子を事務室に案内した。そして自分の席の側にもう一つ椅子を持って来て向かい合って話をはじめたのであった。

 
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