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お寺の怪

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6部分:第六章


第六章

「安心しなさい」
「はあ」
「それはそうとしてよ」
 そのうえで彼に尋ねるのだった。
「貴方。どうしてここにいるのかしら」
「僕がここにですか」
「そうよ。よかったら話してくれるかしら」
 こうしてこの幼い修行僧に話を聞くことになった。聞けば彼は幼くして自ら仏門に入り修行に熱中していたという。それで時としてこの廃寺に入りそこで一人覚えた経を暗誦したりしていたという。あの通り道を抜けていつもここで一人修行に励んでいたというのだ。 
 何故ここで修行していたかというとまだ習っていない経ばかりなのでそれを勝手に読んでは先輩の僧侶達に怒られるからだ。それでここで読んでいたというのである。事情はこうだった。
 話を聞き終えた勝矢とラーマは。まずはこの子供を寺院から出した後でお菓子を少し御馳走した。それから彼と別れ二人になって。怪しい酒場に向かう途中の道であれこれと話をしていた。
「わかってみればどうということはない話でしたね」
「そうね、全く」 
 勝矢は首を傾げ気味でラーマの言葉に頷いた。
「何てことのないね」
「何が出て来るかと思えば」
「出て来たのは真面目な子供が一人」
「とんだ拍子抜けでしたね」
「全くよ」
 ぼやき気味に述べた。
「幽霊だったらどうしようって結構考えていたのに」
「その割には余裕でしたね」
「御守りがあったからよ」
 そういうことだった。
「だから幽霊は出なかったのよ」
「そうですかね」
「そうよ。それにしても」
「はい?」
 ラーマはここで話が変わったのを感じ取った。
「何かありますか?」
「ええ。いい話が書けそうね」
 見れば勝矢はにこりと笑っていた。実に楽しそうな笑みだった。
「今日の取材はね」
「書けます?」
「ええ、書けるわ」
 ラーマの怪訝な言葉にもはっきりと述べる。
「ちゃんとね」
「けれど幽霊じゃなかったですし」
「わかってないわね。あれは幽霊よ」
「ですがあれは」
「幽霊なの」
 ラーマの言葉を否定しての言葉だった。
「あれは」
「けれど子供じゃないですか」
 ラーマは正直に事実をありのまま述べた。
「あそこにいたのは」
「だから。あの子はいないのよ」
「いないのですか?」
「そう、いないの」
 かなり強引にそういうことにするのだった。
「正確に言えばいなかったのよ」
「それは嘘ですよね」
「方便よ」
 しかし勝矢は言う。
「これはね。方便なのよ」
「方便といいますと」
「あの子が正体だって言ったらどうなるの?」
 勝矢は今度はあの子供のことを話に出すのだった。
「あの子に迷惑がかかるじゃない」
「それはそうですね」
 これはラーマにもわかった。確かにあの子が幽霊の正体とわかればそれだけで周囲から何を言われるかわからない。彼はただ修行していただけなのにこれはあまりにも惨いことである。ラーマもそう考えたのである。彼にしろ悪気のない子供をそうした目に遭わせるのはしのびなかった。
「確かに」
「それにあたしにしても」
「勝矢さんにしろ?」
「そうよ。子供だったってわかったら」
 彼は言う。
「どうなの?それって」
「書くに困りますね」
「そういうこと。事実を書いても面白くないわ」
 彼はこう述べるのだった。
「事実を書いてもね。面白くとも何ともないわ」
「何ともないですか」
「幽霊の正体が子供でしたって書いても。そんなのは」
「ということは」
「幽霊はいたのよ」
 こういうことにするのだった。
「わかったわね」
「いたのですか」
「ええ。これは売れるわ」
 目を細めさせての言葉だった。まるで可愛い男の子を見たような顔になっている。
「見事にね」
「売れるんですか」
「幽霊の話は売れるのよ」
 勝矢の本音だった。
「書けば書く程ね」
「嘘でもですか?」
「だから。方便としてよ」
 また強弁してみせるのだった。
「子供はいないんでしょ?」
「はい」
 それはもう決まっていることだった。二人の中では。
「じゃあいたのは幽霊よ」
「幽霊ですか」
「そうなるわね。だから」
「ここは幽霊と書かれるのですか」
「これだと誰もが得するじゃない」
 こうも言ってみせてきた。
「そうでしょ?誰もが一緒だと」
「まあ確かにそうですね」
 これにはラーマも納得する。
「あまり奇麗とは言えないですが」
「人間は誰だって汚いのよ」
 勝矢の言葉は哲学めいてきていた。
「誰だってね」
「汚いんですか」
「奇麗でもあり汚いわ」
 今度の言葉はこうであった。
「そして時には汚いことも必要なのよ」
「そうなりますか」
「誰もが楽しくなる為にはね。そういうことよ」
「そうですか」
「もっとも。醜いのは論外よ」
 しかしこうも言い加えるのだった。
「自分のことだけを考えてやりたい放題する為に手段を選ばないのはね。醜いわ」
「それは醜いんですね」
「そうした人間は何処までも卑劣になれるから」
 彼の言葉ではこうであった。
「何処までもね」
「まあそれはありますね」
 ラーマも心当たりのあることだった。
「そうした人間は何処にでもいますね」
「そう。そして」
「大抵破滅しますね」
「汚いと醜いは違うから」
 こう言う勝矢だった。
「汚いのはある程度は許されるのよ。それが他人の為なら」
「けれど醜いのは」
「エゴにはじまるから許されないのよ。だから末路は決まっているのよ」
「破滅ですか」
「ええ。それじゃあ今から」
「遊びに行くんですね」
 話はそこに落ち着く。
「男の子相手に」
「名文の前祝いにね。そういうことよ」
「けれどそれは」
「醜くはないわ」
 こう言い繕う。しかし言い繕いではなかった。
「汚くもないのよ」
「汚くもないですか」
「愛よ」
 しかも愛と強弁する。これまたかなり強引だった。
「愛なのよ」
「愛ですか」
「そう、愛なのよ」
 語るその目は恍惚としている。少なくとも虚言を語る目ではなかった。
「これは。だから」
「奇麗なのでしょうか」
「美しいのよ」
 彼の恍惚とした言葉だった。
「これはね」
「左様ですか」
「じゃあ。その美しい行いの為に今から」
「遊ぶのですね」
「美の為に遊ぶ」
 今度の言葉だった。
「それは奇麗なことじゃない」
「まあ言ってしまえばそうですが」
「じゃあ。行くわよ」
「はい」
 二人で言い合う。そうして話を進めてまた言うのであった。
「男の子達と幸せのハーレムよ」
 勝矢の顔がうっとりとなる。もう関心はそちらに完全に向かっていた。そうして今その店に入る。満面の笑みをたたえ続けたまま。


お寺の怪   完


                    2008・5・19
 
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