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鬼の野球

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4部分:第四章


第四章

 しかも。彼はそれだけではなかった。
「送球いいよな」
「座ったまま投げてセカンドやショートのグローブにそのままだからな」
「あんな送球梨田以来だろ」
 かつての近鉄のキャッチャーである。彼は座ったまま、両膝をついて投げそれで相手ランナーを刺していた。抜群の強肩だったのだ。
「あれは凄いよ」
「ブロックもな」
「相手弾き飛ばすしな」
「身体はやっぱり頑丈みたいだな」
 それはその体格から皆察していることだったので特に驚かなかった。
 それに加えて。彼等が驚いていることがまだあった。
「凄い勉強家らしいぞ」
「そんなにか」
「ああ。ムラさんのデータを毎日時間があれば貪るようにして読んでるらしい」
「へえ、そうなのか」
「だからあのリードか」
「新人には全然思えないリードだと思ったがな」
 ムラさんとは村野の仇名の一つである。
「道理でな」
「ムラさんもあいつを随分と買ってるみたいだな」
「そうだな。それにしても」
 彼等は言うのだった。
「あいつ、凄いぜ」
「ああ。こりゃ凄い人材だぜ」
「まさに逸材だな」
 そう言うしかなかった。
「ペナントがはじまったらどうなるかな」
「見ものだな」
 皆わくわくしながら彼の活躍を待っていた。そうしてそのペナントがはじまると。最初から最後まで大活躍の彼であった。
 打率三割七分、ホームラン五十本。打点一一四。そのうえ守っては盗塁阻止率は六割に達しパスボールはなし、しかもチームの防御率や失点は彼の加入により段違いに減った。全ては彼の力だった。
 そんな彼が四番に座り打ちマスクを被って守りグラウンドの指揮官となる。これで勝てない筈がない。極楽は優勝したのだった。日本シリーズでも優勝した。彼は三冠王だけでなく新人王とペナント、シリーズ両方のMVPに輝いたのだ。見事な大活躍であった。
 それが一年目でしかもそれに終わらなかった。二年目三年目もその活躍は続き極楽は黄金時代を迎えた。まさに彼の力によるものだった。
「ええ人材を手に入れたわ」
 村野は真似得流が入って三年目で勇退した。日本一の胴上げの後で花束を手にこう言うのだった。
「あいつがおったおかげでチームは変わった」
「そうですよね、やっぱり」
「真似得流のおかげで」
「わしの現役の頃には及ばんがな」
 ここで少し憎まれ口を叩くのが村野らしかった。
「けれどまあ。あいつが入って皆段違いに練習するようになったし」
「そんなにですか」
「あいつは真面目や」
 それはもう評判になっていた。いつも練習とデータの収集と分析、検証、それにアフターケアに時間を費やし酒も遊びもしない彼を見てチームメイトも変わった。練習をし野球をすればそれだけ強くなれる。その効果で極楽というチーム自体が強くなったのである。
「それがええんや」
「真面目なのは確かですね」
「それは」
 会見を報道する記者達もそれは認めた。まさに彼を評してこう言うのだった。
「鬼ですよね」
「そう、野球の鬼」
「まさにそうですよね」
「赤鬼やな」
 村野はここで笑いながら言った。
「赤鬼や、あいつは」
「確かに。顔がいつも真っ赤ですし」
「そのうえ大きくて力も強い」
 そういうのを見ての仇名であった。
「赤鬼真似得流ですか」
「これはいい」
「その赤鬼がチームをここまでしてくれた」
 村野はまた真似得流を褒めた。
「あいつを置き土産にして。ユニフォームを脱げるのは最高の幸せや」
 村野はこう言い残してチームを去った。極楽は彼が去った後も真似得流を中心として常勝街道を進んでいた。だがやがて。あることが囁かれるようになってきた。
 
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