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遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン47 鉄砲水と分岐の英雄

 
前書き
うーん、なんだろうこの回。もういっそデュエル無し回だと思って読む方が気が楽かもです。数話前からやってみたかったことをやってみたのはいいけれど、肝心のギミックがびっくりするほど面白くできなかったというかなんというか。
図々しい話ではありますが、今回に限ってはつまらなくても試験回だと思って笑って見逃がして下さると幸いです。
前回のあらすじ:こいつまた負けやがった。 

 
「あ、痛てててて……」

 目が覚めたときに真っ先に感じたのは、後頭部に感じる冷たい硬さだった。痛む体に顔をしかめながらもどうにか身を起こすと、最期に見た景色とは随分様子が違う。入口どころか窓もない、床といい壁といい一面レンガ張りの……まるで、井戸か何かの底にでも閉じ込められたような格好だ。そして暗いその部屋の中には、もう1つ仏頂面が見えた。

「オブライエン?何してんのこんなとこで」
「それはこっちのセリフだ。なぜおまえがここにいるんだ?」
「なぜ、って……えっと、話せば長くなるよ?」
「構わないさ。どうせもうしばらくは、俺たちを監視しているコブラを油断させるために大人しくしているつもりだったからな。それに、俺がここに閉じ込められてからの間に何があったのかも知っておきたい」
「コブラの監視?それに、ここに閉じ込められてたって……」
「なるべく顔を動かさず、目だけで確認してみろ。監視カメラはあの位置だ」

 言われたとおりに目だけを動かしてちらりとオブライエンの言う方向を見ると、確かに監視カメラが1台、広いわけでもないこの竪穴の中にいる僕たちの方を向いていた。まじまじと見つめるわけにはいかないから確証は持てないけど、多分あれも外に仕掛けてあったものと同じ品だろう。

「えっと、どっから話そうかな。実は……」

 少し迷ったけど、最終的に洗いざらい全部話すことにした。どうせ見た感じ出口も何もあったもんじゃないこの狭い部屋で隠し事をしたところでオブライエン相手にはすぐばれるだろうし。アモンの開催したデスデュエル大会と、その結果出てきてしまった大量の衰弱者。島を飛び回る怪電波と、その発生源がこの研究所にあること。僕が見た夢についてはさすがに言ったところで通じるわけがないので伏せておいたけど、それ以外のことはだいたい明かしておいた。
 そんなこんなで、結構時間がかかったものの僕が知る限りのほぼ全てを聞き終えたオブライエンが、ふう、と息をつく。

「……なるほどな。先に言っておくが、俺もコブラの狙いがどこにあるのかは知らん。だから俺を問いただしても、何も吐くような情報はない。所詮は使い捨ての傭兵、というわけだ」

 そう言って自嘲気味に口の端を歪めて笑い、すぐに真剣な表情に戻る。

「だが、いずれにせよコブラと敵対するという点では俺たちの狙いは同じ。ここから脱出するために、お前にも協力してもらうぞ。まずは……そら!」

 いきなり立ち上がったオブライエンがズボンから何か金具のようなものを取り出し、先ほど自分が示した監視カメラめがけて投げつける。正確なコントロールで飛んで行ったそれが、カメラのレンズを一発で叩き割った。

「これで、向こうからこちらは見えなくなった。恐らくあの男のことだ、どうせ何をしても無駄だと高をくくってしばらくは確認もしに来ないだろう。もうすぐ十代達もこちらに乗り込んでくるならば、なおさらだ。とりあえず、この床から手を付けてみるか。このレンガを剥がして脱出できないかやってみるぞ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。まだこっちには聞きたいことが残ってる!」

 今度は足についたベルトからお好み焼きに使うヘラのような物を取り出すと、その先をレンガの隙間にねじ込む作業に入ったオブライエン。いかにもしぶしぶといった様子で頭を上げ、なんだ?という様子でこちらを見上げてくる。

「結局のところ、オブライエンは何者なの?コブラと敵対してるってのは本当?だとしたら、一体何があったっての?それから……」
「お前の疑問はもっともだ。だが、その疑問に全て答えることはできない。それに、仮に俺がお前の敵だとしても、少なくともここから出るという目的だけは一致している。この場で全てを聞き出そうというのは、かかる時間を考慮しても得策ではないはずだ」

 ケチのつけようもない正論を前に、何も言い返せない。確かに、オブライエンがここからの脱出を図っているのは明白。僕も当然、ここからさっさと抜け出したい。オブライエンの真意がどこにあろうと、少なくともここから脱出するところまでは協力する利点が十分にある。
 ……確かにその通りなんだけどさあ。全くもっておっしゃる通りなんだけど、なんかもやもやする。大体、もしオブライエンが実はコブラ側で、ここにいるのも僕を騙すためだったりしたら?仮にここから出て十代達と合流できたとしても、むしろ皆のところにこの実力者オブライエンを、厄介な敵を案内するだけになりかねない。

「う……じゃあせめて、これだけ教えて。今の時間って、わかる?」
「そうだな……俺の感覚が確かなら、そろそろ朝の8時ごろになるはずだ」
「8時ぃ!?じゃあ何、僕はここで4時間近くぐっすり寝てたっての!?」
「何度か起こそうとはしたんだがな、完全に気を失っていたからな」

 今が8時となると、ここでいつまでも悩んでいるのは何よりも最悪な選択だ。PDFは気絶している間にコブラに取られたようで気づいた時には無くなっていたが、予定通りに事が進んでいるならばいつ十代達がここに現れても不思議ではない。オブライエンを信じるか、それとも信じないか。色々難しいことを考えたところで、結局はその2択でしかないわけで。
 なら、僕の返事は決まってる。

「よっ、と……!」

 その場にうずくまり、足元のレンガに指をかける。こちらを見てくるオブライエンにウインクして指に力を込め、手をかけたレンガを床から引きはがした。目を丸くするオブライエンの視線を感じながら、ぽっかりと空いたその穴をさらに広げにかかる。ダークシグナーとして生まれ変わった、というか生き返った際に得た身体能力の底上げによる馬鹿力をフルに使えば、この程度なら十分に力技でどうにかできる。

「でりゃあ!……あれ?」

 と、思ったのもつかの間。30センチも掘らないうちに明らかに指先から伝わってくる感触が変わり、いくら手を伸ばしてもつるつるした表面を撫でるばかりでその先が掴めなくなる。

「オブライエン、ちょっとこれ見てよ」
「今度はなんだ……鉄板か?」
「だよね」

 どうも一切の継ぎ目がない、かなり巨大な鉄板がこのレンガの下には広がっているらしい。それを見たオブライエンがしばらく考えたのち、またもやポケットから何か金具をとり出した。流石にこれを素手で引きちぎるほど僕の体も凄まじいことにはなっていないので、これはこの用途不明な道具を持っているオブライエンに任せるしかないだろう。すぐにしゃがみこみ、僕の開けた穴に両手を突っ込んでの作業が始まる。

「……えっと、手伝いとか」
「いらん」

 よっぽど体力がいる作業なのか、歯を食いしばるようなぶっきらぼうな返事しか返ってこない。下手に会話するのも邪魔になりそうなので、しばらくは大人しくしていることにする。手持ちぶたさなのですぐそばの壁にもたれて座っていると、今朝の寝不足とデスデュエルの疲れが今頃になって出てきたせいか、はたまた普段めったに使わないダークシグナーの力を出したせいなのか次第にまぶたが重くなってきた。すぐ隣で作業中なのに寝るなんて失礼にもほどがある、そう思ってなんとか起きていようとしてもまたすぐ睡魔が襲う。

「あうぅ……」

 ごめんオブライエン。最後にその後ろ姿に手を合わせ、そのまま目を閉じる。また嫌な夢でも見るかとも思ったけど、別にそんなこともなく結局オブライエンに起こされるまで本気で爆睡していた。まあおかげで、だいぶ敗北の感触も悪夢の不安も紛らわせることができたわけだけど……逆に言うと、何か僕を眠らせようとした存在がいたわけでもなく、本気で眠くなって寝ただけだったらしい。それはそれで情けない。

「んで、どう?出られそう?」
「だから起こしたんだ。もう少しかかるがな」
「あいよー。見ーせてっと」

 そうは言いつつも、場の状況を一目見てなんとなく想像はついた。先ほどの鉄板の一部が切られ、かすかに亀裂が走り向こう側から光が覗いている。そこを起点にこのまま押し広げ、どうにか穴をあけようということだろう。
 あれ、だけどこれ光が見えるぐらい開いてるんならこのまま体重かけて踏み抜けばいいんじゃないだろうか。オブライエンもずいぶん長いことここに閉じ込められてたみたいだし、こんな簡単なことも思いつかないぐらい精神的に参ってきてるのかな。よしよし、最後の一押しは僕がやってあげよう。

「どりゃあああーっ!」
「あ、馬鹿……!」

 オブライエンが焦った調子で制止しようとしたけれど、もう遅い。勢い良く飛び上がり、全体重に加えその落下速度も合わせて鉄板の上に着地。みしみしといやな音が足元から聞こえ、次の瞬間立っているはずの地面に急に喪失感が広がった。あ、これは……と思ったところで、首根っこを強烈な握力で引っ掴まれる。制服のせいで首が締まる格好になり息が止まりながらも、どうにかそのまま真下に落下することだけは防がれた。

「床から光が漏れてるんだ、下にある程度空間があるに決まってるだろう!そんなところで確認もせずに踏み抜いたら、下手すると命に係わるぞ!?」
「むー!むーっ!」

 片腕で僕を釣り上げながらお説教が始まったので、首を指さしてさしあたりの危機をどうにか伝える。どうにか降ろしてもらったところで、今開いたばかりの大穴を改めて覗き込んだ。

「うっわぁ……何これ」

 レンガの下に敷かれていた鉄板……その下には通路があり、当然その底には床があった。どこに繋がっているかはわからないけれど、少なくともここから出ることはできるだろう。そしてそんな景色を見た瞬間、なぜコブラが監視カメラを封じられてから結構経ったにもかかわらず未だ顔すら見せに来ず余裕ぶっこいてるのかがよくわかった。いやまあ、こっちに来ないことについては十代達が今何かしててそっちの対応に追われてるのかもしれないけど。
 結論から言うとこの通路、高さが見た感じ軽く20メートルはある。大きな通路、なんてレベルではない。この高さから飛び降りたってダークシグナーの体を支えるために無駄に頑丈になった骨が折れるなんてことはないだろうけど、それでも着地をミスって捻挫のひとつくらいはしかねない。

「なんかいいもんないの?さっきみたいなさ」
「そうだな……待て、誰か来た」

 小声で注意し、通路の片側を指さすオブライエン。数秒後、そちらの方向からなんと十代達が走ってきた。ヨハンが剣山に肩を貸してもらってるところを見ると、恐らくデスデュエルがどこかであったのだろう。それだけでなくよく見ると、十代の足元も若干ふらついているように見える。全員の顔にはなぜか焦りの色が見え、少しでも早く通路のもう一方の端にたどり着こうとしているかのようだ。
 ガコン。
 突然研究所全体が揺れ、何か巨大なものが動く音がする。十代達が走り抜けようとするその先の通路が、上から降りてきた防火扉によってゆっくりと狭まりつつある。あれだけ分厚いと、一度閉まりきったらどうにかするのは極めて難しいだろう。なるほど、だからあれだけ焦ってるのか。おそらくはあの向こうにコブラが……そして、あの十代を呼ぶ謎の声の主がいるのだろう。

「なんて言ってる……!」
「場合じゃない、な!」

 状況はまだよくわからないけど、とにかくこの通路を通り抜ける必要があるのだろう。だけど、彼らの位置と防火扉のスピードではちょっと間に合いそうにない。特に示し合わせたわけでもないのだが、僕もオブライエンも同じことを考えていたらしい。悠長に降りる方法を考えるわけでもなく、ほぼ同時に天井から飛び降りた。

「十代、そこどいて!」
「清明!?それにお前、オブライエン!」

 オブライエンが落下しながら上着の内ポケットに手を突っ込み、今度は小型の拳銃のようなものを引っ張り出す。それを防火扉めがけて引き金を引くと、銃口からワイヤーが勢いよく打ち出された。その巻き上げの力を利用して、オブライエンがターザンのように最短コースで扉にたどり着いた。そして両腕を上に伸ばし、筋肉に力を込めて降りてくる扉をがっしりと受け止める。

「くっ……!早く行け、十代!そしてコブラを止めるんだ!」
「2人とも、なんでここにいるんだ!?」
「んなもん後で話したげるから!手伝うよ、オブライエン!」

 やはり1人の力で支えるには無理があったらしく、オブライエンがどれだけ腕に力を入れても少しづつ、だが確実に床と扉の差は縮まっていく。その間に体を滑り込ませ、こちらに向け走ってくる十代達のために重たい鉄の扉を押し上げる。両腕にずしっとくる重みは流石に並の物ではなく、2人がかりでもじわじわとこちらが押されてるのがわかる。

「早く!」
「よ、よくわからないけどわかったドン!皆、行くザウルス!」

 最初に我に返った剣山の号令のもと、1人また1人と扉の向こう側に抜けていく。そして最後に、十代だけが残った。まだどこか呆然とした様子で、ゆっくりと扉をくぐる。完全にくぐりきってもなお、十代はその場に残っていた。

「オブライエン、お前はコブラの味方じゃなかったのか?」
「……俺とお前は、出会い方が悪かった。それだけのことだ。さあ、早くしろ。そしてコブラを止めてくれ。それと……コイツのことも頼む」

 言いざまにオブライエンが両手を離し、急に姿勢を低くしてローキックを繰り出した。普段の状態ならなんとか見切れたかもしれないが、なにせ今は頭上に全神経を集中させている。そんな状態ではどうすることもできず、一撃を喰らった僕の全身のバランスが一気に崩れた。

「オブライエン、何を……!」
「ここでこうすることが俺の犯した罪への罰なら、俺は潔くそれを受け入れる。だが、お前までそこに着きあわせることはない。達者でな、清明」

 何か言おうとしたけれど、もう声が出なかった。十代が倒れた僕の足を引きずり、扉の向こう側へと引き上げる。その直後、分厚い鋼鉄の扉が床にがっしりと落ちきった。

「オ、オブライエン……」
「早くしろ十代!こっちの扉も閉まるぞ!」

 感傷に浸っている暇もなく、ヨハンの声が響く。見ると、確かにこの通路にも上から鉄の扉が降りてきている。

「クッ……走るぜ、清明!」
「う、うん!」

 2人で肩を並べて走り、かなりギリギリのところで扉の向こうに転がり込む。そこでこちらを……正確には僕の方をじっと見つめる皆の視線に気づいた。まあ、そりゃそうだよね。誰にも何も言わずに1人で乗り込んで、そのあげくがこんな何食わぬ顔してひょっこり出てきたんだ。心配、安心、そして疑念……色んな感情が渦巻いた、皆からの視線がただただ痛い。
 皆の顔を見る気に慣れなくて目線を下に下げたあたりで、ふとあることに気が付いた。ここに乗り込むはずだったのは僕を含めて全部で8人、だけどここにいるのは7人だ。まるで僕の考えを呼んだかのようなタイミングで、真っ先に明日香が口を開く。

「あまり言いたくはないけれど、清明。あなたが今朝から行方不明だったから、それを探すって言って夢想はアカデミアに残ったのよ。私達もどうするか悩んだけど、もしかしたらコブラに捕まってるのかもしれないって思って予定通りここに来たの。参ったわね、彼女に連絡が取りたいのに、ここは圏外だわ」
「そんな……!」

 例えば、今朝起きたら急に夢想がいなくなっていたとしたら、僕はここに乗り込むよりそれを探す方を優先するだろう。だけど、それと同じことが自分にも言えるだなんて思いもしなかった。
 何も言えずにただうつむいていると、空気を変えようという風にジムが1つ咳ばらいをした。

「ウホン。オーケー皆、俺たちがここに来たのはまず第一にコブラのデスデュエルをストップさせるためだ。確かに言いたいことはいろいろあるだろうが、ここは奴のホームグラウンド。いつまでもここで立ち止まっているのは大変バッドな選択だ。だからすべてを終わらせて、それからにすればいい。そうだろう、十代?」

 そう言ってジムが、皆からは見えないように十代にアイコンタクトを送る。その意味をすぐ理解した十代が、大きく頷いた。

「ああ、そうだな。行くぜ、みんな!コブラはもう、すぐそこだ!」
「……ありがと」

 思いのほか小さな声でしか言えなかったお礼の言葉は、しかしちゃんと2人の耳には届いたらしい。無言でこちらを向いて親指を立て、すぐ前に向き直って歩きだした。その後ろを翔たちが追いかけ、さらにその後ろに僕が続く。……必ず説明するから、帰ったら絶対説明するから、だから、無事にここから出よう。
 しばらく通路を歩くと、その行き止まりにはエレベーターがあった。エレベーターと言ってもよくある箱型のものではなく、ちょうどデュエルリングほどのサイズがある円形のステージのようだった。そしてその奥に立っているあの姿は、忘れもしないプロフェッサー・コブラ。十代達の顔を見てもニヤついていただけのコブラだったが、さすがに僕の顔を見ると表情が変わった。それはそうだろう、先ほどあんな地下室に放りこんだはずの人間がこうしてぴんぴんしているのだから。

「ほう?監視カメラが壊れたのは知っていたが、まさかもう脱出に成功していたとはな。オブライエンから荷物を取り上げなかったのは失敗だったか。まあいい、どの道デュエルエナジーの枯渇したお前では立っているのもやっとだろう。そんな程度では足りない、私の興味があるのは遊城十代、お前ただ1人だ。私をデュエルで止めるのだろう?デスデュエルで、なぁ?」
「ああ、やってやるぜ!」
「……!」

 駄目だ、十代。ここで勝っても負けても、どのみちコブラの思う壺になってしまう。コブラの狙いはただ1つ、デスベルトを通じて得られるデュエルエナジー。僕とコブラのデュエルのせいで溜まったデュエルエナジーがどれほどの物かは知らないが、あの謎の声は確かに『もう少し』だと言っていた。今でさえ不意打ちに近い形だったとはいえチャクチャルさんをも退けるほどの力を持ったそいつが、十分なデュエルエナジーを得たらいったいどうなってしまうのか。
 それを警告しないといけない。どうにかデュエル以外の方法で、コブラを止めなくてはいけない。それを言おうとするのに、なぜか口が開かない。異変を横にいる皆に伝えようとしても、体全体がピクリとも動かない。1人でこの金縛りから抜け出そうともがいていると、再び頭の中で例の声がした。

『いい加減しつこいねえ……今はそれどころじゃないから命は取らないけど、このデュエルが終わるまでは眠っていてもらうよ』

 その言葉を最後に、ゆっくりと視界が暗転していく。すでにステージでは、十代とコブラがデュエルディスクを構えていた。





「……おい!おいったら!」
「んー……」

 耳元で誰かの叫び声が聞こえ、そのうるささに目を覚ます。

「何さ……十代?」

 いった後ではっとした。この頭上に広がる空、そしてこのシチュエーション……ひどく似ている、あの夢と。

「コブラは、一体?」

 ふと思いついたことを聞いてみる。もしあの夢の通りだとすれば、この後に続く返事は恐らく……。

「そうか、お前は気絶してて見てなかったもんな。たった今俺がコブラとデュエルして、俺が勝ったと思ったら突然光る人間みたいなのが現れてよ。それを追っかけたコブラがいなくなっちまったんだ。ヨハンたちが探しに行ってるけどな」
「っ!」

 一言一句違わない、十代の言葉。まさか、本当にあの夢の内容を今現実でなぞりつつあるのだろうか。
 そしてその予感は、すぐに確信に変わった。佐藤先生の名前、そしていくら呼びかけても聞こえない精霊たちの声。恐らくは、あの謎の声の主が何か仕掛けたのだろう。……そして、話は核心部分へと移行する。

「頼むから教えてくれよ、一体なんでお前が俺らより先にここに来てたんだ?」
「そ、それは……」
「……もういいぜ、清明。お前がどうしても言いたくないなら、きっと何か理由があるんだろ?ならもう言葉は必要ない、その代わり、俺とデュエルだ!デュエルをすれば、きっとわかりあえる。俺はそれを信じてるし、これからも信じたいんだ。だから、せめてお前の魂を俺に見せてくれ。それができるのがデュエル、そうだよな?」

 あの夢のラスト、あのシーンを現実にしたくないならば、このデュエルを受けなければいい。そうすれば今までほとんどあの夢通りに動いてきた十代との会話も、まったく違った方向に行けるはずだ。
 だけど、僕にはそれができなかった。まず第一に、僕自身のことがある。ここでこの誘いを断るというのは、夢のことを知らない立場から見れば僕に何かやましいことがあると思われても文句は言えない。僕がコブラと通じていたのではないということを納得させるためには、十代の言うとおりデュエルを通じて魂をぶつけ合うしか方法はないだろう。それに、やっぱり十代の顔を見ていたら、断ることなんてできなかった。佐藤先生との間にいったい何があったのかは見当もつかないが、夢で見たよりも数倍ひどい顔だ。こんな状態で突き放すなんて真似、友人として僕にはできそうにない。

「……わかった。いいよ十代、一丁デュエルと洒落込もう」

 目標はひとつ、あのラストターンの盤面から外れた結果を作ること。こんなこと意識しながらデュエルしたことはこれまでないけれど、ぶっつけ本番でやってみるしかないだろう。デュエルディスクを構え、示し合わせたようにステージの両端に分かれて立つ。

「「デュエル!」」

 夢で見たとおり、先攻は十代だった。相変わらず、僕の手札に妨害札はない。さあ、もうどんな手で来るかはわかってるんだ。

「最初から飛ばしていくぜ!魔法カード、コンバート・コンタクト発動!このカードは俺のフィールドにモンスターが存在しない時、手札とデッキからそれぞれNを1体ずつ墓地へ送ることでカードを2枚ドローする。手札のフレア・スカラベと、デッキのアクア・ドルフィンを墓地へ送るぜ。そしてクレーンクレーンを召喚して、そのまま効果を使うぜ。このカードは召喚に成功した時、墓地に存在するレベル3モンスター1体を効果を無効にして特殊召喚できる!甦れ、アクア・ドルフィン!」

 クレーンクレーン 攻300
 N・アクア・ドルフィン 守800

 あの時と同じ手順で、2体のモンスターが場に揃う。とくれば、次の手は手札のあのカード、そして進化からのコンタクト融合だろう。はたせるかな、その予感はすぐに現実となった。
「魔法カード、ヒーロー・マスクを発動!このカードは発動時にデッキのHEROを墓地へ送ることで、場のモンスター1体をその同名カードとして扱うことができる。これで俺は、クレーンクレーンをネオスに変更するぜ。さあ、今回はもう1段上のコンタクト融合を見せてやる!魔法カード、NEX(ネオスペーシアンエクステント)を発動!このカードは俺のNを進化させ、同名カードとしても扱うレベル4モンスターをエクストラデッキから特殊召喚する!さあ来い、マリン・ドルフィン!」

 やはり、と言うべきか。アクア・ドルフィンの体つきが引き締まり、より精悍な体へと進化していく。

 N・マリン・ドルフィン 攻900

「さらに魔法カード、スペーシア・ギフトを発動!このカードは俺のフィールドに表側表示で存在するNの一種類につき1枚のカードをドローするぜ……あれ、意外だな。俺が今2枚ドローしたことに何も言ってこないなんてよ」
「ああ、わかってるさ。マリン・ドルフィンはルール上アクア・ドルフィンとしての名前も持つカード、だから今十代の場にいるNは1体でも、その名前だけなら2種類が場に存在する計算になるって寸法でしょ?」
「なんだよ、気づいてたのか。ちぇーっ、せっかく自慢できると思ったのによ。じゃあマリン・ドルフィンの効果……は、捨てたい手札もないからやめておくか。行くぜ、お待ちかねのコンタクト融合だ!フィールドのネオス(クレーンクレーン)とマリン・ドルフィンをデッキに戻し、コンタクト融合!さあ来い、E・HERO(エレメンタルヒーロー) マリン・ネオス!」

 コンタクト融合のさらなる進化の形、マリン・ネオス。コンタクト融合体なのにエンドフェイズにデッキへ戻るデメリットが発生せず、E・HEROの名を掲げる融合ヒーローであるにもかかわらず正規の方法で特殊召喚さえしてしまえば蘇生も帰還も可能という異色の戦士も、やはり夢ではなかったわけだ。

 E・HERO マリン・ネオス 攻2800

「マリン・ネオスの効果発動!1ターンに1度、相手プレイヤーの手札1枚をノーコストで破壊する!」

 荒れ狂う水流がランダムに選びだしたカードはやはりあの時と同じ永続トラップ、グレイドル・パラサイト。ここまではまさに、何一つ変わることなくターンが進んでしまった。ここからは僕のターン、なるべく怪しまれない範囲でいかにあの時との違いを出すかが問題だ。
 確かに極端な話、ここでドローゴーすれば夢とは全く違った盤面に持っていくことも可能だろう。だけど、それだと意味がない。精神が不安定になりつつある十代のため、それにここで下手をうつと本格的に周りから疑われかねない僕のためにも、ここは全力で戦い、その上でわかりあうことが必要なんだ。

「カードを2枚セット。これでターンエンドだ」
「僕のターン、ドロー!……シャクトパスを守備表示で召喚、さらにカードを3枚セットしてターンエンド!」

 シャクトパス 守800

 あの時は、僕はシャクトパスをセット状態で出した。それを表側にしたぐらいで何が変わるとも思えないけれど、まずは軽いジャブのようなもの。こんな程度のことで結果が変わってくれるのなら、それに越したことはない。

「ずいぶん消極的じゃないか」
「シャクトパスの能力は信用してるから、ね」

 戦闘破壊したらそのモンスターに憑りつくシャクトパスが見えているのに、まさかマリン・ネオスで攻撃はしないだろうというわけだ。だが結論から言うと、この手は完全な失敗で終わった。少し思い出せばわかることだったのだが、この時十代が伏せていたカードは捨て身の宝札に異次元トンネル―ミラーゲートのカード、要するにこの2枚のカードを使うためにはマリン・ネオスの攻撃力が低くなるに越したことはなかったのだ。
 こんなふうにして、互いにターンを重ねていく。もちろんこれ以外にも隙を見てはいくらかの違いを混ぜていったものの、そのどれもが不発に終わったまま時間とターンだけがずるずると過ぎていく。そしてついに、あの瞬間が来てしまった。

 十代 LP1400 手札:0
モンスター:E・HERO エッジマン(攻)
      E・HERO ネオス(攻)
      E・HERO ワイルドマン(攻)
魔法・罠:なし
 清明 LP1000 手札:1
モンスター:なし
魔法・罠:バブル・ブリンガー
     グレイドル・インパクト
     1(伏せ)

「クッ……」

 この盤面で、ターンプレイヤーである僕の手札には今引いたドローカードの他にも先ほどサーチしたグレイドル・アリゲーターのカードがある。あの時は確か、グレイドル・インパクトのグレイ・レクイエムこと破壊効果を利用してエッジマンを始末しつつネオスのコントロールを奪ったわけだ。だとすれば、ここでやるべき手は1つしかない。それに、ネオスのコントロールを奪ってこの先の融合を妨害するよりもそれよりもう1段高い攻撃力を持つエッジマンの、今この場で確実に与えられる100ポイントのダメージと固有能力である貫通を選ぶのも間違った選択ではないだろう。
 このターンを境に、今度こそあの夢をただの悪夢で終わらせてやる!

「グレイドル・アリゲーターを召喚して永続魔法、グレイドル・インパクトの効果を発動!1ターンに1度このカード以外のグレイドル1枚と相手の表側カード1枚を選択して、その2枚を破壊する!受け取りな、グレイ・レクイエム!」

 墜落したUFOから放たれた怪光線が、宇宙のヒーローであるはずのネオスの体を貫く。そして同じ光線を浴びて溶け崩れたアリゲーターが、全身金色の鎧に身を包んだ大型戦士に足元から寄生していった。

「魔法カードの効果で破壊されたアリゲーターは、相手モンスター1体に寄生して操ることができる!悪いけど、エッジマンのコントロールはこっちで貰っとくよ!そしてエッジマンでワイルドマンに攻撃、パワー・エッジ・アタック!」

 E・HERO エッジマン 攻2600→E・HERO ワイルドマン 攻1500(破壊)
 十代 LP1400→300

「ぐわあああっ!」
「どうだ……!?」

 あの時十代は、ネオスを奪われたことに対して『許せない』と言った。だとすればその逆、エッジマンの方を奪えば、あるいは。祈るような気持ちで、吹っ飛ばされた十代が起き上がるのをじっと待つ。1秒が1分にも感じるほど長い時間の中で十代がゆっくりと立ち上がり、その顔を上げ、そして………。

「ふぅ~……」
「ん、どうしたんだ?」

 安堵の息を吐く僕に対し、十代が怪訝な顔をする。どうやら、僕はこの賭けに無事勝ったらしい。しかし安心してばかりはいられない、この先のデュエルは全く先が読めないのだ。

「いや、なんでもないよ。カードを1枚伏せて、ターンエンド」
「?まあいいさ、俺のターン!よっしゃあ、来たぜ!俺の手札がこのカード1枚の時、バブルマンは手札から特殊召喚できる!そしてこのカードがフィールドに出た時自分の手札、フィールドに他のカードがないならば、さらにデッキからカードを2枚ドローする!」
「ここでバブルマンを引いたっての!?ったく、やっぱり十代は大したもんだわ」

 E・HERO バブルマン 攻800

 この局面で丁度輝くカードを引きこむだなんて、本当に十代は凄い。圧倒的な運と実力と土壇場の勝負強さを持った、文字通りヒーローのようなデュエリストだ。……羨ましい、なあ。

「信じればデッキは答えてくれるのさ。さらに俺は魔法カード、ミラクル・コンタクトを発動!このカードは俺の墓地に眠るモンスターを素材としてデッキに戻し、コンタクト融合体を特殊召喚する!俺は墓地のネオスとフレア・スカラベをデッキに戻し、コンタクト融合!来い、フレア・ネオス!」

 燃え盛る炎の昆虫の力と、ネオスの持つ闇の力が混じり合う。甲虫を思わせる形状の羽根が背中から生え、全身の色もまさに昆虫のような黒とオレンジを基調としたカラーリングへと変化。頭部からは角のようにすらりと伸びた2本の触角が生え、そのせいかどことなくクワガタめいた雰囲気も纏っている。

「フレア・ネオスの攻撃力は、互いの魔法、罠1枚につき400ポイントアップするぜ。俺の場には0枚だが、お前の場にはグレイドル・アリゲーターも合わせて5枚のカードがあるな」

 E・HERO フレア・ネオス 攻2500→4500

「グレイドルは装備カードになる時、魔法・罠ゾーンに置かれる……そんなところまで逆手に取ってくるとはね」
「これがネオスの力だ!バトル、エッジマンにフレア・ネオスで攻撃!バン・ツー・アッシュ!」

 全身を炎に包んだフレア・ネオスの突進が、エッジマンを狙い撃つ。両腕でその猛撃を受け止めようとするエッジマンだが、その熱量の前にはとても歯が立たない。だけど、僕だってそう簡単にやられるわけがないね。

「攻撃宣言時にトラップ発動、聖なる鎧-ミラーメール!このカードの効果でエッジマンの攻撃力は、攻撃してきたモンスターの攻撃力と同じになる!迎え撃て、パワー・エッジ・アタック!」

 エッジマンの両腕の刃が黄金色に輝きを放ち、炎の前に生気の薄れつつあった瞳に再び輝きが蘇る。なおも燃え盛るフレア・ネオスの突撃を受けながらも両腕を高く上げ、その刃をがら空きのフレア・ネオスの背中に叩き込んだ。

 E・HERO フレア・ネオス 攻4500(破壊)
→E・HERO エッジマン 攻2600→4500(破壊)

「よし、ここで相打ちにできたから……!」

 これで、十代のフィールドに残るはバブルマンのみ。だがバブルマンの攻撃力は800で、残り1000の僕のライフを削りきるにはほんの少し足りない。これで次のターン、僕がモンスターをドローすることができれば……。

「いいや、このターンで決めるぜ!バブルマンの攻撃、バブル・シュート!そしてこの瞬間、墓地からスキル・サクセサーの効果発動!このカードを除外することで、モンスター1体の攻撃力を800ポイントアップさせる!」

 E・HERO バブルマン 攻800→1600→清明(直接攻撃)
 清明 LP1000→0





「……はははっ、また負けちゃったか。さっきも言ったけどさ、やっぱたいしたもんだよ十代は」

 十代が何を言おうとしたのかはわからない。だけど何かを言おうとして口を開いた、その瞬間。
 世界は、光に包まれた。

「な、何だ!?」
「まだなんかあるっての!?」

 どれほど長い間、その光は周りを包んでいたんだろうか。とにかく、いつの間にか気を失っていた僕が目を覚ました時……アカデミアは、どこまで続くとも知れない砂漠に囲まれていた。 
 

 
後書き
皆さんがこれを読むころ、私は多分劇場版見て暗黒騎士ガイアロードを手に入れているでしょう。
なんて雑談は置いておくとして、真面目な話今回やろうとした夢で見た内容を変更するためにいわば2週目の視点からデュエルを進めていくっていうアイデア、思いついた時には面白くできそうな気がしたんですがねえ。途中まで書いててほぼ前々回のコピペなのは思ったよりこっちの精神にずーんときました。もう2度とこの手法に手を出すことはないでしょう。 
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