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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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外伝 憂鬱センチメンタル Part.2

 
 その日――『豊穣の女主人』のメイド達はいつものように開店準備の掃除をしていた。

 毎日のように店を掃除し、机や椅子を整え、そして掻き入れ時に腹を空かせた客や酒飲みたちを囲んで大騒ぎ。それがこの店のメンバーの日常である。忙しい時や苦労するときもあるが、それでも従業員は皆、この店の主であるミアの下で冒険者たちの憩いの場を維持し続ける仕事にやりがいを感じていた。

 そんな逞しくも美しい彼女たちの、日常の一幕。

「………あれ?あそこにいるのってヴェルトールじゃない?」
「えー?ヴェルトールがこんな朝の時間帯にこの辺通るなんて珍しいねー?」

 窓拭きをしていたメイド2名は、窓の外の通りに見覚えのある男を発見した。
 上に突き出た茶色の獣耳と、お尻から生えた細長い尻尾。キャットピープルの代表的な特徴を携えたその男は、名をヴェルトール・ヴァン・ヴァルムンクという。略して「ヴァヴァヴァ」だと本人は偶に言っているが、言いにくいのでその名で呼ぶ者はいない。

 この店には個性的な常連客が多く、彼もまたその一人だ。
 工芸ファミリアとして名高い『アルル・ファミリア』の副団長にしてレベル4という高い地位があるにも拘らず、彼は碌に物も作らなければ冒険もしない。何も知らない人からすれば随分お気楽なプータロウにしか見えないこの男は、戦いや仕事よりお喋りが大好きなのだ。女の子が相手ならその猫舌は更に饒舌になり、店に来れば3人ほどのメイドと数時間喋り倒すほどだ。

 お気楽で自分を高い場所に置こうとしない姿勢は軽薄というより馴染みやすく、冒険者特有のプライドや価値観は然程持ち合わせていないように見える。店では「面白い人」とそれなりに人気だった。ついでにあの『狂闘士』にもその辺の女の子に話しかけるのと同じノリで突っ込んでは殴る蹴るの暴行を受けるコミカルな姿勢を崩さないのも、多分人気の秘訣のような気がする。

 とにかく普段は面白いお調子者な彼なのだが、二人のメイドが目撃した彼の様子は明らかに普段と違っていた。

「なんか必死で走ってるね?」
「後ろの方を気にしながら走ってるねー」
「あんな真剣な顔してるヴェルトールなんてなんか珍しいね……」
「……あ、こっちの店に近づいてるね。流石レベル4、馬よりはやーい」

 言い終わるが早いか、到達するが早いか。いきなり店の扉をバァン!と開いて店内に飛び込んだヴェルトールは床でキキーッ!と急ブレーキをかけ、その慣性エネルギーを全て殺し切らないままに跳躍して無駄に洗練されたしなやかな動きで店のカウンター裏に飛び込む。
 突然の行動に驚いたメイドたちが一斉に彼の方を向く。偶に奇行に走ることはある男だが、今回の動きは殊更に奇妙だった。メイドの中でいち早く状況確認に乗り出したリューから質問が飛ぶ。

「ヴェルトール?普段はダラダラしている貴方が突然どうしたというのです?」
「まだ営業時間じゃないよー?それにこーんなに可愛いメイドさんたちに挨拶ひとつかけないなんてヒドイんじゃなーい?しかもそのカウンターはミアさんの特等席……」
「スマン!!今日の夜に迷惑料も兼ねてたっぷり払うから俺の事は少し黙っててくれ!!それと俺の次に人が来たらアーニャはその開いた窓を閉める事!!やってくれたらチップ弾むよぉ!!」

 ひゅっと顔を出したヴェルトールは普段と違って余裕のない引き攣った顔で一方的にそう告げて、モグラのようにカウンターの中に引っ込んで見えなくなった。こんな珍妙な行動を取る彼を見たことがないメイドたちはしばしの間硬直するが、遅れて窓際メイド二号が外の様子に気付く。

「あー、誰かこっちに走ってきてるよー?水色の髪に四角眼鏡の美人さんだねー」
「あれー?あの人って『ヘルメス・ファミリア』の『万能者(ペルセウス)』だ!うわー有名人!分かってはいたけど大人の魅力が……ってアレ?なんか彼女もウチの店に向かってない?」
「にゃにっ!!ということはその女が店に入った途端に窓を閉めればお小遣いニャ!?ステンバーイ……ステンバーイニャー……!!」

 お金に関してだけ反応の速い馬鹿ネコが目を金貨に変えて尻尾をウネウネさせ始めている中、開け放たれたままの店に件の『万能者(ペルセウス)』――アスフィが息を切らせて入り込む。その瞬間、アーニャは待ってましたと言わんばかりに窓を閉めた。

(……で、窓を閉めたからどうなるのかな?)
(さあねー……ホラ、ヴェルトールさんって偶に芸術家独特の価値観を持ちだすし、そーいうことじゃない?)
(窓が開いてるのが美しくないとか?そんな『雲の形が気に入らねぇ』みたいなこと考える人じゃないと思うけど……)

 窓際族2名の会話をよそに、窓を閉められたのを確認したアスフィは悔しそうに顔を歪める。

「くっ、一歩遅かったようですね……!!窓の外から逃亡しましたか!!」
(わーお、窓を閉めた意味ちゃんとあったんだ!)
(意味ありげにあのタイミングで窓を閉めることによって、そこを通ったものと勝手に錯覚させる心理テクって訳かー……)

 咄嗟の判断力が良すぎるから先入観にとらわれて普通の人間では思い浮かばないフェイントに引っかかってしまう。姑息だがそれを咄嗟に思いつくとは機転の利く男である。当の本人はアスフィからわずか数Mしか離れていない場所で蹲っているというのに、アスフィは窓から逃げたと信じて疑わない。
 ――なお、彼女が咄嗟にそう思ったのはひとえに彼女の主神がその手をよく使うからなのだが、そんなことはメイド達の知る所ではない。
 これまた突然の有名人の来訪にメイド達はポカンとするが、当のアスフィはまるで周囲が見えていないかのように窓に向かって叫ぶ。

「しかし今日という今日は引き下がりませんよ、ヴェルトール!ファミリア繁栄の為にも今日こそは観念してもらいますっ!!」

 アスフィは興奮気味に、それでいて怒っているというよりは追いかけっこの相手に声をかけるように明るく笑っていた。クールな顔立ちに見える彼女がその表情をすると、逆に可愛らしい印象を受けるのが不思議だ。
 しかしずっとここにいられるのも不味いし、万が一ヴェルトールを発見されて騒がれたらそれも面倒だ。そう思ったモップ装備のメイドがおずおずと声をかける。

「あのー、今は開店前でして……」
「私事でご迷惑をおかけしました!では、さらば!!」

 しゅっと手を挙げて断りを入れたアスフィは弾丸のような速度で店を飛び出し、そのまま遠くへと走り去ってしまった。嵐のような訪問から数十秒して、カウンターからにゅっとヴェルトールが顔を出して一つ溜息を吐く。

「な、なんとか乗り切ったか……ふぅ~、アスフィにも困ったもんだ」
「モテモテですね、『人形師(マリオネティスタ)』のヴェルトール?貴方はどちらかというと借金取りにでも追いかけられているのが似合う男だと思っていましたが?」

 リューの言葉は周囲の思いを代弁するものだ。ヴェルトールは美人相手には見境なしにお近づきになろうとする。そんな彼があんな美人に。しかも明らかにヴェルトールの事を憎からず思っている女性から逃げ隠れするという選択を取っているのが分からなかった。

「確かにそうニャ。というわけで金渡すニャ。リシはトイチニャ」
「何が確かなんだよ、文脈繋がってねぇし人が借金してるみたいな言い方すんな!ったく、現金な子だねぇ。お金に煩い子は幸せな家庭を築けないってどっかの有名人が言ってたぜ?」
「どっかの有名人って誰ですか?」
「確か……『人形師』って冒険者だったかなぁ?」
「ニャるほど、要するにアテにならニャい言葉ニャのね……」

 ちょっと信用しそうになって損した……と言わんばかりのアーニャの手に、ヴェルトールはじゃらじゃらとチップを渡す。

「その有名人こうも言ってたぜ。女の子に貢ぐ金はケチるなってな。どうだアテになる言葉だろ!」
「ステキな名言ニャ!!そんな言葉を残してるんならさぞ素晴らしい賢者……いや神に匹敵する存在に違いニャいニャ!!全人類に広めるべき神の御言葉(ロゴス)ニャ!!」
(買収されてるし………)
(しっぽ超ウネウネしてるし……)
(餌付けされないか心配だわ……)

 ちょっと調子に乗りやすくて適度にバカなのが彼女のチャームポイントである。本人に言うと怒られるので誰も言わないけど。世の中には知らなくていい真実というものがあるのだ。

「それはそれとして……なんでヴェルトール様はアスフィ様に追いかけられているのですか?見た所では恨みを買ったとかそう言う事ではなさそうですけど……むしろその逆みたいでしたよ?」
「タラした……という事でもないのでしょう?貴方は女性と言葉遊びはしても女性で遊ぶことはしない男だ」

 シルの質問にリューも頷く。ヴェルトールはあくまでお喋りが好きなのであって、女性に性的なスキンシップや誘いは決してしない。容姿を褒めたり頬を突っついたりする程度の事はするが、いわゆる「男女の仲」に話を持って行くのを彼女たちは見たことがない。
 そんな周囲の目線にヴェルトールはあまり言いたくなさそうな表情をするが、観念したようにやれやれと首を振った。

「正直ちょっと関わりたくなくてさ、避けてんのよ……」
「アスフィさんってこの街でもトップランクに入る美女だよ?そんな美人から何で逃げちゃうのさ?なんか昔に悪い事でもしたの?」
「………まぁ、ここだけの話なんだけど。俺、実は冒険者登録した時期がアスフィと近いっつうか、事実上の同世代冒険者なんだよね。余所のファミリアではあったけど、互いに切磋琢磨し合ったんだぜ?アイツは神秘を、俺はどっちかというと造型術で畑違いだったけどな」
「ええっ、なんか健全な関係で意外!」
「俺がいつ不健全になったってんだよ……」
「たまにパンツ覗こうとするじゃん。不健全っていうか、不潔?」
「それは造形師としての研究の為だから――」
「死ねば?」
「貴方って最低の屑だわ!」
「ダンジョンで魔物に喰われちゃえばいいのに」
「ひ、ひどい……!」
「いやー今のはどんな角度から見てもアンタが悪いってー……」

 ボロクソに貶されて項垂れるヴェルトールだった。
 言うまでもないが、完全に自業自得である。

「会ってあげればいいのに。何か不都合でもあるのですか?」
「まさか根無し草の風来坊気取って『一人の女だけは愛さねぇ!』なんて理由でもないでしょ?」
「そう言う訳じゃないんだけどなぁ~………」

 彼にしては珍しく歯切れの悪い言葉だ。

「ホント、どうしてこうなったんだろうな……」



 = =



 俺は『完成人形』のせいで数年間もの間、人として再起不能に陥った。
 そんな折に再開して沢山声をかけてくれたアスフィは、人生でも指折りの恩人だ。

 そんな彼女との関係が拗れはじめたのはいつの日だったか……。

 そう、あれは「『万能者』と『人形師』実は付き合ってるんじゃねーの報道事件」に遡る。
 当時のアスフィは多忙の身でありながら定期的にファミリアの仕事を抜け出しては俺の工房へ訪れていた。その頃の俺と言ったら完全にやってなかったアルル・ファミリアの仕事を再開し、自分の芸術スキルを戦闘に応用しながらドナとウォノを育成中だった。
 しかし、自立人形(レアリア)であるドナとウォノからすればアスフィは定期的に遊びに来てくれる優しいお姉さん。つまり戦闘に付き合うより彼女に出会う事の方が優先順位として高かった。そうすると必然的にこの子たちはアスフィが来る日は家で全力待機な訳で、それに追従する形で俺も待機しなければならない。

 そしてある日、スクープを探し回っていた『新聞連合』の一人が俺とアスフィが頻繁に出会っていることをすっぱ抜いて新聞に晒しやがったのだ。

「これはちょっと困るわぁ……」
「そうですね。私と貴方はそういう関係ではないのですが……下手に変な噂が広まると面倒です。ここはアルル様とヘルメスのヤロ……もとい、ヘルメス様の連名で事実無根であると証明してもらいましょう」

 という事で2ファミリアの話し合いが始まったのだが……考えてみればこの神共、地上でも屈指の暇神である。そう、ここで神共が自重しない悪癖でとんでもない事を言い始めたのだ。

「ヘルメス………もし貴方の所のアスフィがウチの子をオトせたら……『改宗』でヴェルをそっちに移籍させてもいいわよ?」
「なんだいそれ、すごく面白そうじゃないか!!彼が来てくれるんならウチのファミリアは大助かりだよ!!」

 しかも二人は結構気が合うタイプの存在同士。会議によって知り合った二人は見る見るうちに意気投合し、とうとう事実無根どころか既成事実を作る話に発展してしまっていたのである。
 しかも、アスフィの部屋にはヴェルトールお手製の彫像などが飾ってあり、彼女はそれを笑顔で他の面々にも紹介していたために「あれ、実はマジな関係なのでは?」と勝手に勘違いする始末。彼女のからかいが完全に裏目に出てしまい、二人は追い詰められた。

 ………かに見えたのだが。

「ヴェルトールと結婚………よく考えてみたらデメリットはないわね?」
「ファッ!?」

 世の中何も恋愛結婚が全てではない。むしろ冒険者の結婚にはファミリア絡みで政略結婚が絡む場合も多い。アズ曰く「さながら戦国時代」………協力関係を結ぶために互いの信頼あるファミリアを交わらせ、予め子供の数と所属ファミリアまで決めておくことで下手に裏切れない契約以上の繋がりを持つことは実際にある。

 その観点から物事を整理するとこうだ。

 まず結婚相手の位だが、ヴェルトールはアルル・ファミリアの副団長であり個人工房を持つことを許されるほど主神アルルから信頼されている男だ。実力も実質的には現団長以上であり、レベルも4と釣り合っている。団長であるアスフィと立場的には対等に近いだろう。

 次に製造業のメリット。造形師として超一流の技量を持つヴェルトールから協力を得られればヘルメス・ファミリアの商品のブランドイメージは更に高まるだろう。また、アルル・ファミリアとの共同開発で新商品を生み出すなどの戦略も望める。機能のヘルメスと加工のアルル、無敵の商業同盟も夢ではない。

 そして冒険者としてのメリット。ヴェルトールの冒険者としての技量はレベル5でないのが不思議なほどに高い。おまけに自律人形(レアリア)という彼固有の戦力も所持しており、『戦争遊戯』や小競り合いで必要な戦力の中でも、ヘルメス・アルル両ファミリアで実質最高位の大きな力だ。味方になれば頼もしいのは間違いない。

「ウチとしてはデメリットがないのよ、これ……いや本当に」
「いやいやいやいや!!お前本気で惚れていない男と結婚していいのか!?それで女として後悔しない!?お前さんその、美人だし……他にも好条件の男はいるだろ?」
「それなんですが……冷静に考えてみたら、貴方が求める条件に一番近いかなぁと」
「なん……だと……?」

 アスフィは物作りの天才だ。この街の頂点に君臨すると言ってもいい。そんな彼女としては魔道具を求めないバリバリの冒険者との結婚は馬が合いそうにないので乗り気ではない。逆に道具に頼りまくっているような男も嫌だ。みみっちい男、頭の悪い男、女をモノのように言う昔気質の男も当然論外。あと、自分より技量の劣る職人は死んでも御免だ。技術を盗みに来てますと言っているようなものだし、目に見える部分で自分より劣った職人を夫として認めるのはプライドが許さない。

 となると理想の相手は自分とある程度立場が釣り合い、職人としてアスフィが一目置くほどの男で、ついでに個人的趣味を付け加えるならちょっと世話が焼ける部分もあるくらいの存在………年齢も出来れば近い方が良くて、仕事にも理解があって、子供やモノを大切に出来る……。

「となるとホラ、粗方当て嵌まる男なんて貴方くらいしかいませんよ?」
「こ、子供っておい……」
「無論この子達です♪」
『ママー!(←懐柔されてる)』
『母上ー!(←懐柔されてる)』
「我が子のように抱っこすんなぁ!?」

 後で知ったことだが、アスフィは恋愛結婚どころか恋愛の類にあまり興味が無かったらしい。仕事大好き人間だったヴェルトールとしては何となく理解できる話だ。しかし生きている以上は子孫を残し後継を作るために最終的には結婚しなければならない……そんな事を考える彼女にとって、ヴェルトールという男は非常に絶妙な位置にいたようだ。
 人間、どうせ誰かと結婚しなければならないなら少しでも好みの物件に手を出したいもの。しかもアスフィが認めるレベルの職人でフリーかつ手出し公認の相手など、今回を逃せば何年後になるか分かったものではない。結婚に興味はなくとも婚期は逃したくない。

「私ではご不満ですか?これでも貴方には献身的に付き添ったつもりですが……?」
「友達としてじゃなかったっけ!?同じ職人として云々って言ってなかったっけ!?」
「大丈夫。子供たちも懐いていますし、ね?」
「バツイチみたいな生々しい言い方は止めろぉ!!」
「恋愛結婚よりお見合い結婚の方が離婚率が低い。案外、いい夫婦になれるかも……♪」
「打算的なことを言いつつ頬を赤らめるなぁ!!」

 つまり、この時からアスフィは……極めて打算的にヴェルトールの事を狙い始めたのである。



 = =



「つまり……政略結婚から逃走しているのですか?」
「んんん、端的に言うとそう言う事になるの……カナ?」

 ヴェルトールはいろいろと細かい部分(主に人形やスキルを匂わせる部分)を大胆に端折りつつ、事のあらましをメイド達に語った。なんとこの軽薄そうな男がどっかの物語に登場する良家のお嬢様みたいな理由で逃走しているとは予想外だ。

「じゃあさ、なんでヴェルトールは女の子大好きなのにアスフィさんからは逃げちゃうわけ?仲悪くもないし、アスフィさんって美人じゃない?結婚したがるならともかく嫌がる理由が分かんないよ?」
「そりゃ、まあ。アスフィはいい奴だし、正直ドキッとすることも少なくないのは認める」
「じゃあ問題なくない?」
「それは、そうなんだが……その………」

 もごもごと口ごもるヴェルトールに、メイド達は困惑した。彼はいつも自分の感情にドストレートで1分以上やりたいことを我慢できない多動な男だ。そんな男がこんなにも口ごもるとは……というより彼に口ごもるという現象が起きていること自体が衝撃である。

「呆れないで聞いてくれるか?」
「うんうん、呆れない呆れない」
「みんな真剣に聞くニャ」

 ヴェルトールは躊躇いがちに小さな声で呟く。

「なんか、アイツと結婚しちゃったらアスフィ抜きで生きられない超ダメ人間に調教されそうで怖いんだ……」

 ………何を言っているんだコイツ、という言葉をリュー達は呑み込んだ。ヴェルトールの表情が割と真剣に怯えていたからだ。

「アイツ人の好きな部分全部知ってて突いてくるんだ。この前ちょっと昼寝してたらいつの間にか添い寝してて、しかも俺の弱点の尻尾の付け根を絶妙な力加減で撫でてきてさ………ゴハンとかも俺が大好きな料理とかピンポイントで食べさせようとするし、隙あらば俺に甘えてくるし………正直さ、あざといなって思う時もあるんだよ。だけどそのあざとさの合間合間に本当の好意が見えて、しかも可愛いからさ……段々結婚してもいいかなって思えてきて……で、ある時ふと『俺ってアスフィに籠絡されてんじゃね?』って思うと、心が操作されてるような気分に………」

 冷や汗がダラダラ零れ落ちるヴェルトールは、まるで人間の極限状態にいるかのようにヒステリックに頭をかきむしって蹲る。

「こ、この前何気なくすっと『これにサインしてください』って出された婚姻届に自然とサインしかけて途中で気付いた時、あいつおれの耳元で………「まだオちないか」って……!!俺、あいつと結婚したら操り人形にさせられるんじゃないのか………っ!?」

 絞り出すように言い切った直後、ヴェルトールは不安に肩を抱いてガタガタと震えはじめた。あんまりに哀れなので数人のメイドが肩を撫でて慰めに入る。

「分かる、分かるニャ。尻尾の付け根、アレはキャットピープルにしかわからニャい快楽だニャ……悔しいけど気持ちいいのニャ……」
「大丈夫よヴェルトール、不安を感じるのは洗脳されてない証拠よ!」
「どんまい!」
「明日は明日の風が吹くよ!」
「もしも嘘でも嬉しいよ、その慰めが……ううっ」

 リュー達遠巻きのメイドは顔を突き合わせてひそひそと喋る。

「結婚詐欺に引っかかる寸前の男の顔ですね、あれは。よくぞ踏みとどまったものです」
「聞く限りではアスフィ氏は本気でオトしに来てますねぇ……これはもう恋敵が出てきたら排除しそうな勢いですよ?」
「どこまで本気なんでしょうね、『万能者』は………せめて愛はあると信じたいですが。なかったら流石にヴェルトールさんが哀れです」

 彼とアスフィの関係に決着がつくのは、遙か先の未来のことになりそうである。
  
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