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トンデケ

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第十一話 永遠(とわ)に眠れ

モニター室に全員が集まってきた。
壁いっぱいに映し出された地球は分厚い雲に隙間なく覆われている。
時折、青白い閃光が走る。
鉛色の雲海にダイブすると、機体は幾度となく稲妻に打たれながら
どんどん降下していく。
と、いきなり目の前に広がる大海原。
その上を水平飛行する機体。
どんよりと黄土色に染まった海には薄い霧が立ち込めていた。

頭の中のあの声が淡々と話す。

『地球は100年で浄化を終えました。
 ポールシフトは完了し、磁場も復活しています。
 ただし、深海と地底に生息する生物や植物以外は死に絶えました。
 急激な温暖化により海面が数百メートル上昇。
 水温が高いため海水が膨張し、さらに海面を押し上げたことで
 ご覧の通り、世界の都市は水没しました。
 しかし、みなさんのお陰で、復活の速度は速まるでしょう。』

そこにいた30余名のサイキックたちは沈黙のまま
ただその異様な光景を見つめることしかできなかった。
北極上空だというその場所には、氷の欠片ひとつ見当たらない。
しかし、オーロラのカーテンが揺らいでいることから
そこが極地であろうということだけはわかった。

上空を移動しながら見えてきたのは、
日本列島らしき陸地であった。
そこには、見たこともない地形が広がっていた。
北海道は海によって東西二つの陸地に分断されている。
東北は山岳地帯を残すのみ。
東京はビルやスカイツリーの先だけが海上に突き出ている。
山頂にカルデラ湖… あれは、富士山だ…。
京都も大阪も、もう跡形もない。
琵琶湖などは、まるで湾のようだ。
中国、四国、九州も海岸が大きく浸食され、
魚の背骨のようにやせ細ってしまっている。
沖縄に至っては、もうどのあたりにあったのかすらわからない。

やがて機体は南半球に出た。
オーストラリアは北半分が海となり、
周辺の島々は残らず水没していた。
緑の島だと思ったものは、なんと、かつての南極大陸であった。
氷が溶けた後、陸地が隆起したのだろうか。
一部の山地がかろうじて海上に顔を覗かせ、苔むしている。

巨大な台風を避けながら機体は赤道を跨ぎ、
昼と夜を幾度も行き交い地球全体を上空から隈なく一周した。
どの国の都市も見るも無残な有様であった。

「これはどういうことだ?」
「無痛分娩で地球を救うんじゃなかったんですか?」
「人類を守るために我々が集められたんじゃなかったのか!」

あちこちで、抗議の声が噴出した。
百香は裏切られたような気持ちと切なさで
涙をこらえることができなかった。



()のアインシュタインは言った。
「第三次世界大戦でどんな武器が使われるかはわからないが、
 第四次世界大戦では、石と棒を持って人々が戦うだろうことはわかっている。」
だが、それはちょっと違っていたようだ。
我々の文明が滅びるのに、なにも戦争や化学兵器など必要ない。
地球は、浄化という名の自爆スイッチを懐に隠し持っていたのだ。
だが待てよ、そのスイッチを押したのはいったい誰なんだ。
地球が自ら自爆などするものだろうか…。

いや、今となっては、そんなことはもうどうだっていい。
ああ、まったく… 今の今まで何の疑いも持たず英雄気取りでいたとは…。
なんて浅はかだったんだ。とんだヒーローだよ、笑いたくなるよまったく…。
こんなことなら、あの時、地球に戻れば良かったんだ。


その空気を察したのか、頭の中の声がやや哀れみを帯びた口調に変わった。

『地球は幾度も死に、そして復活してきました。
 ですから心配はいりません。
 あなた方にはもっと住みやすい星を用意しましょう。』

「誰がそんなことを頼んだというのだ!」
「あなたはいったい何者なんだ?」
「目的はなんだ!!」

その時、彼らの怒号を撃ち抜くかのように、鋭い声が頭を貫いた。

『あなた方は、いらぬ方向へ進化しすぎてしまったのです!!
 あなた方が創造主の英知を超えることなど許されません!!』

なんだと? 創造主だと? 

『その通りです。あなた方の体には
 創造主ご自身のDNAが組み込まれています。
 浄化が必要になった際に集結してもらうためです。
 ですから、あなた方にだけ特別な能力を与えたのです。』
 
要するに、我々はあんたらのリセットボタンてわけか。
しかしまた、ずいぶん勝手なことを…。
創造主とやらに作られた命が知恵をつけ、文明を構築していく様を
あんたらはどっかから見ていたのか。箱庭ゲームのように…。
そして進化した生物たちの頭脳やパワーが創造主を超えそうになると
今度は恐れをなして跡形もなく消し去ってしまうわけだ。
あんたらの言う浄化とは、そういうことだったんだな。
よりによって、どうしてそれを我々に加担させたのだ。
あんまりじゃないか…。

『あなた方は使命を見事に果たしてくれました。
 対価として創造主はあなた方に新たなよりよい住環境と
 何不自由ない生活をご用意くださるそうです。
 残りの人生を謳歌できるだけの十分な時間をお与えくださるのですよ。』
 
馬鹿を言うな!!
この絶望感、喪失感、罪悪感をどうしたら昇華できるというのだ…。
一生後悔の涙を流して生きろというのか…。
この孤独感をどうやって埋めろというのだ。
これじゃ、死んでいるも同然じゃないか。

『友人やパートナーを見つけ、新しい人生を始められるではありませんか。
 あなた方の未来はこれからも続くのですよ。なんの不足があるというのです。』
「うるさい! 黙れ!」
誰かが叫んだ。
「やつはどこだ!!」
「そうだ、やつはどこなんだ!!」
「どこにいるんだ!! 探し出せ!!」
掛け声に勢いづいた人々が能力を最大限に駆使して、
機内を隈なくサーチし始めた。
だが、テレパシーで心を読み取ることも、
透視で姿をとらえることもできなかった。
「なぜだ!? どうして見えない!?」
一人の男がモニター室の外へと駆け出した。
皆がその後を追いかける。
「どこかに操縦室があるはずだ!!」
「あったぞ!! ここから入れる!!」
皆の視線が壁の一点に集中する。
「よし、行くぞっ!!」
一斉に壁の奥へとテレポートする人々。

通り抜けた先はうす暗くて狭い、機関室のようなところだった。
床の中心付近がほのかに光っている。
あそこがエンジン部分だろうか。
「やつは?」
あたりを見渡しても、それらしい者の姿はない。

すると、頭の中でまた声がした。
『私を探しているのですか? 
 それなら、私はもうあなた方の目の前にいますよ。』
ここだよ、というように、床の光が点滅し始めた。
すーっと浮かんで来たのは、ぎらぎら光る拳ほどの丸い玉だった。
「なんだと!! 声の主がコイツだったっていうのか!!」
「こんな光みたいなものが、俺たちを先導していたっていうのか!!」
「冗談じゃない!!」
「そうだ、俺の家族を返してくれ!!」
「愛する者たちの命を返せよ!!」
「俺たちの住む場所を返せ!!」
返せ!! 返せ!! 返せ!!
みなの怒りは頂点に達し、壁という壁を拳で激しく叩きつける音が轟音となって響く。

「うーーーーん」
百香が突然、何かに取り憑かれたように呻き出した。
同時に髪の毛が逆立ち、周囲に異様な気流が波打つ。
武井がそれに気づき、慌てて制止した。
「圷さん、圷さんだめだ!! やめるんだ!!」
しかし、武井の声はもはや彼女の耳には届いていなかった。
うわん、うわん、うわん、うわん……
耳の中でノイズが渦巻き、聞こえてきたのはあの言葉。
『……ケ、…ンデケ、トンデケ、トンデケ』
床が小刻みに震えだす。
百香はするどい形相で宙を睨み叫んだ。
「トンデケ、トンデケ、トンデケーーーーー!!」
その瞬間、激しい振動とともに床が大きく傾き、
人々が次々に滑り落ちていく。
同時に光の玉は忽然と消え、室内が真っ暗になった。
機体はコントロールを失い、海に向かって落ちていく。
キャシーは強靭な腕で、床や壁にしがみついた。
しかし、振動のせいで手がすべった。
そこらじゅうに激突するたび、頭と足があらぬ方向へとくねり、
巨体は為すすべもなく闇にのまれていった。

武井はよろけながら、咄嗟に百香の足首にしがみついた。
見ると、百香の体はぼんやり発光していた。
床がほぼ垂直に傾いているというのに
まるで足の裏に磁石でもつけているかのように
百香の両足は床に貼り付いている。
「やめるんだ!! もう終わったんだ!! 終わったんだー!!」
百香は目を見開き、硬直したまま気を失っていた。
「圷さん、圷さーん!!」
叫んだがとうとう力尽き、武井は百香の足首から手を離した。
憐れむような目で百香を見つめながら、
武井は闇の底へと吸い込まれていった。

機体は鋭角に海面へ突き刺さった。
ザバーー!! 水面が割れ、凄まじい水しぶきが上がった。
機体は一旦は水没したが、波がキノコのように盛り上がると
その下から丸い屋根がぷっくと浮かび上がった。
 


百香は意識の底に舞い降りていた。
目の前に懐かしい我が家があった。
足元には、愛しい摩周もいる。
「ああ、摩周。会いたかったよ。一人にしてごめんね。寂しかったでしょ。」
百香は、摩周の黒い背中をぎゅーっと抱きしめた。
柔らかい毛の隙間から程よいぬくもりがじんわり移ってくる。
「みゃ~お」
甘えた声で、摩周がひんやり湿った鼻をぐりぐりと押し付けてくる。
ああ、この感触…、たまらない。
やっと我が家に帰って来れたのね。
でも、これはきっと夢よね。
ううん、夢であってもかまわない。
もう目覚めなければいい…。

夢? ああそうか… そうよ!  
理想の家も愛する摩周も、
ママやおばあちゃんや叔母さんにだって
イメージするだけでいつでも会えるじゃない!
そうだわ! この意識を体から切り離して
どこか他所へ飛ばしてしまおう。
そうすれば、私はもう目覚めることはない。
好きなだけ記憶の世界に住みみ続けることができるわ。
うん、そうしよう! この意識を丸ごと飛ばしてしまおう! 

百香は意識の錨を上げた。
頭をすり抜け、離脱した意識は淡い光を放ち始めた。
「ああ、これが魂というものなのね。」
百香はなんとも言えない幸福感に包まれながら浮遊していた。
そのまま機体の屋根をすーっと通り抜け、湿気の多い大気中へと飛び出した。
「あんなものに乗ってたんだわ、私。」
巨大な円盤の屋根がみるみる小さくなっていく。
まるでドローンに乗っているような映像。
ゆらゆらと魂の光は上昇を続ける。
厚い雲を抜け、大気圏を抜け、とうとう宇宙空間に達した。
すると光の幅が一瞬暗くなったように見えたが
すぐさま輝きが復活すると軌跡を残しながら飛び出していった。

「さようなら」
遠ざかる鉛色の地球に百香はそっと別れを告げた。
魂の光は流星のごとく長い尾を引きながら
広大な闇の彼方へとあてもなく旅立っていった。
光の点は数多(あまた)の星に紛れ、やがて区別がつかなくなった。



円盤はしばらくぷかぷかと波間を漂っていたが
やがて、木の葉のように右へ左へ揺れながら、
ゆらゆらと沈んでいき、溶けるように見えなくなった。
暗い海の底にもまた、深く果てしない宇宙が
どこまでも続いているのだった。   

【完】 
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