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守られるよりも共に戦いたくて

作者:相生
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守られるよりも共に戦いたくて


見つけたのは本当に偶然だった。古い蔵の掃除を去年他界した姉の代わりにしていたら、一番奥で札と縄で固く封印された細長い箱を見つけた。
好奇心に駆られて開けてみれば、紐でぐるぐる巻きにされた棒のような何かが中に納められていた。
何だろうと思いながら一振りを解いていくと、全体黒塗りの太刀が一振り、姿を現した。
柄から鞘まで美しい漆黒に、鞘には菖蒲の花の柄が入れられていて、非常に芸術性が高い事はそういう方面に疎い俺ですら理解できる。
しかし、何でこんなもんがウチの蔵の奥にまるで何かを封印するみたいな形で眠っていたのか。疑問に思いつつも俺はその太刀に強く心惹かれた。
俺が見つけたんだし、ウチの蔵にあったんだから俺のもんで良いよねィ。今は俺が沖田家の当主なんだし。
丁度、今よりも良い専用の刀が欲しかったところだ。重さも奮うのに丁度良く、柄はしっくりと手に馴染んだ。
「今からこれは俺の刀だ」
そう口にして鞘から抜いた時だった。露わになった暗闇でも白銀に輝く刀身が目を開けていられないほど眩い光を放ち、柄から手が離れたのは。
「うわっ!」
カラン、と乾いた音を立てて鞘が蔵の床に転がり落ちて、俺は尻餅を突く。

「……テメーか、俺の新しい持ち主は?」

頭上から聞き慣れない低音でドスの利いた声がする。驚いて顔を上げると、見知らぬ黒髪の男が不満そうな表情を浮かべて腕を組んで仁王立ちしていた。
「誰だアンタ。人んちの蔵で何してやがるっつーかどこから沸いて出たんでィ」
「沸いて出た訳じゃねーよ。つーかお前が箱開けて鞘から抜いたんだろーが、呼び出しといてそりゃねーだろ」
俺が呼び出した? コイツを? 鞘から抜いたって、まさか。
立ち上がりながらまじまじと男の容姿を見る。
短い黒髪は艶が良くやや乱雑、肌は女のように白く、顔立ちは悪人面だが非常に整っている。しかし、綺麗な青色をしていながら瞳孔開き気味の目が残念と言えば残念だ。
体格は俺より一回り大きく筋肉質だがマッチョ等ではない。黒い着流しを纏っており、鎖骨から胸にかけてが大きく露出していた。足元は草履。
「……アンタがさっきの刀だって言う気じゃねーだろうねィ?」
「だからそうだっつってんだろ。言っとくが俺は妖刀の類だ。だからこんな風に実体化、擬人化みてェな真似ができるんだよ」
「……まあ、確かにさっきの刀本体はなくなってるし、信じてやりますぜ。柔軟で寛大な俺に感謝しな」
「何でだよ。どんだけ自意識過剰で上から目線だ、今日からはテメーが主とか最悪だな」
「……俺が主?」
「当たり前だろ、俺はあくまでも刀だ。不満だろうが何だろうが、手に入れた奴が主なんだよ。ま、使いこなせなきゃ意味ねェがな」
ふぅん、と適当な返事をして落ちている鞘を拾い上げる。
「そう言えば自己紹介がまだだったな。俺の名前は土方十四郎、見ての通り太刀で妖刀。腕次第じゃ大概のもんはぶった斬れると思って良い」
「へぇ、案外凄ぇなアンタ。俺は沖田家十三代目当主の沖田総悟、これでも一人前の武士でさァ。剣の腕なら当第一、歳は今年で十八」

「沖田……総悟?」

名前を聞いた途端に土方さんの顔色が変わる。傷付いたような、悲しいようなーー複雑な表情。
「……俺の名前がどうかしやした?」
「いや、何でもねェ……顔も似てると思ったが名前もかよ……総悟って呼ぶぞ、異論は聞かねェ」
意味不明な呟きの後にいきなり呼び捨て宣言され、眉を寄せる。
「何でいきなり呼び捨てなんでィ、主なら普通、様とか付けんでしょうが」
「良いんだよ、その方が呼びやすいし総悟に様付けとかムカつく」
「ムカつくって何だ土方コノヤロー!」
ドカッ!
「テメッ、いきなり殴るのは卑怯だろーが!」
拳がまっすぐに飛んできてひらりと躱す。そのまま殴り合いの喧嘩に発展し、蔵の中は滅茶苦茶になった。



「まさかテメーが俺の主なんてな。とんだ偶然もあったもんだ」
膝枕をして静かに俺の前髪を梳いていた土方さんがどこか懐かしむように呟く。瞼を上げると、珍しく穏やかに目を細めた土方さんと目が合った。
土方さんと蔵で出会って相棒にしてから約一年。俺はしっかりと土方さんを刀として使いこなし、また関係も深くなっていた。
いつの頃からかお互いに恋心か愛情に近い感情を抱き、擬人化した土方さんを抱くようになった。土方さんも当然のようにそれを受け入れた。
「何言ってんでィ。俺とアンタは運命ですぜ」
「運命……フ、確かにそうかもな」
髪を梳いていた手が額に触れ、ヒヤッとして気持ちが良い。
俺も無性に土方さんに触れたくなって身体を起こして正面から向き合い、その頬に両手を伸ばすと容易に手が届いて触れる事ができた。本来人ではなく刀である土方さんの体温は人よりも低く、暑い季節には氷がなくとも土方さんに触れていれば充分涼しい。

「……総悟、実はまだお前に話してねェ事がある」

両側の頬を包み込むようにして顔を近付けた時、土方さんはまっすぐに俺を見つめながらそう告げた。
「何でィ、ちったァ空気読みなせぇ。このままチューする流れだったでしょうが」
「……悪ィ。だが大事な話だから真面目に聞いてくれ」
罰が悪そうな顔をしながらも意思を曲げるつもりはなさそうな土方さんに、一旦チューは諦めて頬に添えていた手を背中に回して抱き寄せる。俺の体格では土方さんの全てを包み込む事ができず少しだけ悔しい気持ちになる。
「分かりやした。真面目に聞くんで、暫くこのままの体勢で構いやせんね?」
「……嗚呼。寧ろその方が助かる」
頷いた気配と共に背中に腕が回されて抱き返される。土方さんの腕は俺の身体をすっぽりと包み込んで、抱き締めているのは俺なのに抱き締められている気がしてやっぱり少しだけ悔しい。でもそれ以上に、土方さんの愛情がひしひしと伝わってきた。
「お前の先祖、数代前の当主にお前と同姓同名の奴がいたのはお前も知ってるな?」
「あー……確か九代目当主、俺が生まれるまでは沖田家最強の剣士の座を誇ってたって言う?」
「そうだ。そんだけ知ってりゃ何の問題もねェな」
問題? と俺が問いかける間もなく土方さんは話を続ける。


「つい最近確信した事だが、その九代目当主がーー多分、昔のお前だ、総悟」


あまりにぶっ飛んだ発言に、俺の頭は思考停止した。
昔の俺? 土方さんは何を言ってんだ? 俺は内容を一つも理解できないまま土方さんの話に耳を傾ける。
「顔、名前、言葉遣い、剣筋、癖、好きなもん、嫌いなもん……確信した理由はあり余る程にある。お前だってそんなにロマンチストじゃねェ、最近まで生まれ変わりなんざちっとも信じてなかった」
「……じゃあ何で?」
「そりゃお前があまりにも“総悟”に似てたからだ。偶然だけじゃ説明できねェくらいにな……何より、お前は俺に好きだと……俺が欲しい、そう言ったからだ」
土方さんが呼ぶ俺の名前が俺の名前じゃない気がして、少し不愉快な気分に陥る。土方さんは俺の姿に九代目当主を重ねているのか。だから受け入れたのか。
そんな風な疑問とどうしようもない切なさを覚えて抱き締める力を強くすると、腕の中で土方さんが息を飲むのが分かった。苦しかったのかもしれない。だが抵抗もなく、また力を緩める気にもなれなかった。
「覚えちゃいねーだろーが、俺にそんな事言ったのはお前と九代目だけだ。俺を使いこなしたのも、お前と九代目だけだ。まあ俺の主になったのは三人しかいねーがな」
土方さんの声が遠くに聞こえる。土方さんがそんな事する筈がないのに、比べられた気がして更に不愉快だった。
切ない、悲しい、苦しいーーこんな感情、俺は知らねェ。
「九代目は、“総悟”は約先年前、俺を欲しがる奴らから俺を守るために俺を蔵に封じて……多分、死んだ。それも、たった一人で」
「……ッ」
「お前は恐らく“総悟”に一番近い親族の子孫に当たるんだろうな。彼奴に子供はいなかったから」
土方さんはそう言って俺の肩口に顔を埋める。

「総悟、勘違いするなよ。俺はきっと、お前がたとえ九代目じゃなくてもお前を好きになってた。九代目に会ってなくてもだ、其処は勘違いされちゃ困る。絶対に身代わりなんかじゃねェ」

肩口がやたらに熱い。きっと土方さんが赤面してるんだろう。そう思う俺の頬も負けないくらい熱かった。涙が出そうになったがそれはギリギリのところで堪える。
「……総悟、好きだ。あんまり言ってやれなくて悪ィ。その、あれだ……昔から素直になんのは苦手なんだ」
駄目だ。このままじゃ平静を保てない。
さっきまでの複雑で陰鬱な感情は土方さんの言葉ですっかり吹き飛び、今度は土方さんへの愛情で満たされる。
「土方さん……俺も。俺も大好きですぜ、アンタの事。アンタの言う通り勘違いしちまって……すいやせん」
「ッ……馬鹿なところもそっくりだな」
「どういう意味でィ」
「昔のお前も馬鹿だったんだよ……そんな所も好きだけどな」
嗚呼、畜生……もう我慢できねェ‼︎
堪らなくなって少しだけ身体を離すと強引に口付けた。そのまま勢い良く押し倒して両手首を掴んで組み敷く。
「ぁっ……!」
しまった、という顔をして小さく声を上げた土方さんがのしかかっている俺を不安そうに見上げる。何回ヤっても情事に慣れない土方さんは、押し倒した時はいつもそうだ。
「ま、まだ話したい事が残ってる! だから盛んのはもう少し後に……」
「何でィ、早く話しなせぇ。嘘だったら承知しやせんぜ」
「嘘じゃねェ。あのな、俺は太刀だが……俺自身も単独で戦えるんだ。それくらいの力はある。お前は……どっちの方が良い? 俺“が”戦うのと、俺“で”戦うのは」
土方さんは不安そうな表情から真剣な表情に戻り、淡々と語るとそう問いかけてきた。俺はそれに迷う事なく答える。

「勿論、アンタで戦いたい。アンタを守るんならまだしも、アンタに一方的に守られるなんて死んでも御免被らァ。アンタと一緒に戦いてェんですよ俺は」

「俺もお前に守られるなんて真っ平御免だわ。フッ、全く同じ事言うんだな、やっぱり総悟は総悟だ」
「同じ事?」
「九代目にも最初に聞いたんだ。そしたら全く同じ答えが返ってきた。お前はいつまでもそのままでいろ、総悟」
「フ、了解」
もう良いですよね、と土方さんの答えを聞くより早く深く口付けて着流しの衿から手を差し込んだ。






守られるよりも共に戦いたくて






俺はずっとこの人を手にしていよう。生まれ変わりなんてもんがあるのなら、何回でも、何百年でも生まれ変わってこの人のたった一人の主且つ恋人で在りたい。そして何回でも同じ戦場にいたい。


END.
 
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