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MUV-LUV/THE THIRD LEADER(旧題:遠田巧の挑戦)

作者:N-TON
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閑話Ⅰ 巧の中学生活

 
前書き
8月ぐらいからペースを上げていきたいと思います。 

 
閑話Ⅰ 巧の中学生活

1987年 遠田巧 中学二年生

家と柳田邸で訓練に励み、中学に通う。ある意味二重生活を送っていた巧であったが、厳しいことはあるものの、概ね順風満帆と言える学生生活を送っていた。大陸での戦いが激化し、学校での教育も軍事関連のものが多くなってきた。もともとSES計画でその手の教育や訓練を受けてきた巧にとっては簡単なもので、授業は聞いていたものの新たに勉強する必要は全くない。体育でやる耐久マラソンや柔道、剣道などの格闘技もむしろ教師より遙かに出来る。当然のように巧は頭角を現し、クラスの中心的な人間になっていた。

そんな巧だが最近は悩みを抱えるようになっていた。

それは

(彼女が…ほしい……。)

という割と俗っぽい悩みだったが、巧にとってそれは切実な悩みだった。これまで自分の歩んできた道、そして今後自分が進むであろう将来の夢について疑問も不満もなかったが、思春期に入り色々と思うことがあったのだ。わき目も振らず衛士を目指し、任官したら戦場で戦い、退役したら会社に尽くす。それは非常に立派なことだとは思うが、自分とて男。恋人が欲しい。志願後は訓練や戦闘で忙しいだろうし、退役したらもういい歳である。この頃の軍は男ばかりで、女性は志願制ということもあり、軍の中に出会いは少なかった。それに一度は所謂甘酸っぱい恋愛というやつを体験してみたい。それが巧の偽らざる本心だった。

巧は客観的に見て優良物件である。遠田技研という一流企業の創業一族、それも一人息子でボンボン。顔は少し厳ついが、それは男性的ともいえ、目鼻がすっきりしていて顔も悪くない。さらに身長は中学生にしては高く178cm。訓練を積んでいるため体は引き締まり、日に焼けた容姿は逞しい。英才教育を受けているために成績は優秀で、誰隔てなく接するのでクラスでも人気者だ。だから自身がどう感じているかはともかく、巧はもてていた。実際に結構な頻度で告白を受けたりしていたし、それは上級生や下級生のときもあった。

しかし問題があった。それは周りよりも巧の問題であったが。

「遠田よぉ…お前何人振ったら気が済むんだよ!東條先輩っていたったら三年のマドンナだぞ!あんな美人に告られて振るとか!あり得ないから!」
「うーんでもあの人のことあまり知らないしなぁ。確かに綺麗な人だったけど。」
「うるせぇ!お前が振るたびに泣くのは女だけじゃない、俺たち男子もなんだよ!いい加減誰かとくっつけ。」
「と、言ってもなぁ…。」

巧の精神年齢は高い。子供のころから英才教育を受け、自分を律し、遠田技研の工場に勤める社員と先端技術を学ぶために交流してきた遠田にとって同年代の学生は幼い子供のようなものである。それに学校で仲が良くなっても巧は放課後は訓練のために早く帰宅してしまうため、同年代の子供と遊んだ経験がない。それに娯楽の情報もない。囲碁や将棋なら戦略を学ぶついでの遊戯ということで良く父親や柳田と打っていたが、周りの子供で好きな人はいなかった。巧には中学生らしい青春の送り方が分らなかったのである。

そして『遠田の御曹司』という肩書も厄介だった。
クラスや同じ学年の女子はともかく、巧に告白する上級生や下級生の女子の多くは玉の輿を狙っている。遠田技研の跡取りともなれば徴兵免除を受けることができるし、上手くいけば華の帝都で優雅に暮らせる。それに最近の噂で、女性の徴兵制も始まるのではないかというものがあった。徴兵制が再開し、中学校の教師も男性は50を超え、体力的に兵役をこなせないと判断された教師ばかり。ほとんどが女性であった。男子の徴兵年齢も引き下げが始まり、18歳には徴兵されている。このままいけばうわさ通り女性の徴兵も始まるだろう。しかし結婚してしまえばその兵役を逃れることができる。

そんな打算が透けて見えるのだ。今日告白してきた東條という上級生もそうだった。告白された時、ためしに言ってみたのだ。

『うん、いいよ。』
『ほ、本当!?やったぁ。私前からあなたのことが気になっていたの。』
『そうなんだ、ありがとう。あ、でも俺再来年から訓練校だから…どうしようか。』
『えっ!?なっ、なんで遠田君が訓練校に行くの?』
『今は世界が大変な時だしね。帝国の人間として役に立ちたいんだ。だから二年後にはあまり会えなくなるけど、待っていてくれる?』
『ふ、ふーん…そうなんだ。うーんどうしよう…。』
『俺のこと好きなんだよね?』
『も、も、も、もちろんよ!で、でもやっぱり会えないのは寂しいわ。遠田君にもやりたいことがあるみたいだし…。』
『………。』
『ご、ごめんなさい!やっぱりこの話はなかったことにしましょう。勘違いしないでね!?あなたのことは好きなの!でも~~~~~』

その後、長い言い訳をして東條は去っていった。
そんなことがあるとやはり告白をされても受けられないし、巧もやはり好きな人と付き合いたい。難しいお年頃なのだ。

そんな巧だったが、長い長い冬を越えて春がやってきた。
恋をしたのである。
巧の初恋の相手、その女子の名前は


『香月夕呼』。


数十年に一人の才媛と噂され、帝都大にもその名を知られる天才美少女だった。

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巧が夕呼の名前を知ったのは実は入学して直ぐの実力テストの結果発表のときからだった。中学一年が受ける実力テストなど巧にとっては簡単なもので、全教科満点だった。しかし巧の他にも全教科満点を取った生徒がいるらしく、巧の成績は同点一位。その時初めて巧は夕呼の名前を知った。しかしその時は大した興味もなく、『頭がいい子がいるなぁ』ぐらいにしか感じていなかった。

巧が実際に夕呼と言葉を交わすようになったのは二年の秋である。林間学校の計画について各クラスの代表が話し合う機会があった。この頃の学校では林間学校が通例行事だった。帝国は未だ戦禍に巻き込まれていないとはいえ、今後の状況の推移によっては疎開をしたり、野外でキャンプを張らなくてはならないかもしれない。そうでなくても大多数の男子は徴兵された際に軍事訓練を受けることになるので、その予行演習のような位置づけとして、国の教育制度に組み込まれていた。
巧は訓練があるので基本的に放課後のこらなくてはならないような仕事は引き受けなかったのだが、その日はクラス委員長が休みで、その代理として選ばれたのが巧だったのだ。
そして夕呼もまた代理で参加していた一人だった。夕呼のクラスの委員長である神宮司まりもという女子が風邪をひいて休み、その代理を友人である夕呼が引き受けることになったのである(夕呼は嫌がったが、まりもが泣きついたため仕方なくであったが)。
話し合いは盛り上がっていた。実践的な授業という位置づけの林間学校ではあるが、生徒たちにとっては数少ないお泊りイベントの一つ。それを盛り上げるために熱心な話し合いが行われていた。子供のころから野外訓練を受けてきた巧にとっては遊びのようなもので、話しあいも学習的な内容ではなく、キャンプファイヤーの時にどんな企画をするかとか、オリエンテーリングの時の組み合わせとか、おやつは何円までだとか、そんな話だったので興味もなく聞き流していた。そして夕呼もまた詰まらなそうに聞いている一人だった。

話が進まずイライラしてきた巧であったが、和気藹藹と話している同級生たちに水を差すのも気が引けるという如何にも日本人的な遠慮が働いて口を挟まないでいた。そんな時、急に夕呼が立ちあがって帰ろうとした。それを同級生たちが咎め、態度を改めるように文句を言うと夕呼は白けた目で同級生たちを見渡し言った。

『まりもに泣き付かれたから来て見たけど、こんな意味のない話し合いで時間を浪費するなんて馬鹿らしいことしたくないの。お子様同士好きに決めれば?無駄なことに頭のリソース使いたくないのよ。』

そう言い放ち静まり返った部屋を見渡すと、ごく自然な態度で去っていった。
夕呼が出て行ったあと教室は夕呼の言動に対する怒りで騒然となったが、巧は去っていった夕呼に見とれていた。自分は周りと合わせて事なかれ主義でいたところで、夕呼は自分の意見をはっきりと言って去っていった。その姿は颯爽としていて、物言いも夕呼の怜悧な美貌に合っていた。周りの同級生とは違う、今まで自分が会ったことのないタイプの女子。
そんなちょっとした切欠だったが、その日から巧は夕呼のことが気になり、眼で追うようになり、いつの間にか好きになっていた。

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巧は夕呼と仲良くなりたい一心でそれまで手を抜きがちだった中学校での生活を改め、なるべく夕呼と話すように努めた。偶然を装って登校時間を合せたり、一緒に勉強しないかと誘ったり、中学生らしい可愛い努力だったが巧は本気だった。その中で夕呼と中の良いまりもとも仲良くなり、三人は友人と呼べる関係になった。そして学年が三年に上がったとき、巧は決断した。
「神宮司、俺夕呼に告白しようと思う。」
まりもにそう切り出す巧。夕呼は自分に向けられる感情に対して無頓着だったため気づかなかったが、まりもはかなり早くから巧の気持ちに気づいていた。まりもは超然としている夕呼と違って、あくまで普通の女の子だった。成績は優秀で、夕呼と巧には劣るものの学年で三番目の成績。人がらは明るく朗らかで、誰からも好かれる包容力のある女子だった。何故か恋愛運はなかったが。
「そう、とうとう行くのね遠田君。私応援するわ。」
まりもにとっても遠田の恋は実って欲しいと思っていた。まりもは夕呼の親友だが、夕呼に浮ついた話は一切聞いたことがなかった。実は夕呼もその美貌からアタックする男子は結構いたのだが、告白した男子は尽く振られ一週間は学校に来れないほどの精神的ダメージを負っていた。しかし巧なら上手く行くかもしれないとまりもは考えていた。巧は夕呼の唯一と言っていい男友達で、頭も良い。夕呼の『因果律量子論』というトンデモ理論の話も理解できるようだし、夕呼のパートナーとしては申し分ない。巧は卒業後に軍に志願するということだが、今の時代では良くあることだ。
「ありがとう。で、だ。告白にあたって何かアドバイスはないか?俺告白の経験とかないし、まりもなら夕呼と付き合い長いから性格とか良く分ってるだろ?」
「そうねぇ…回りくどく言ったり、ウジウジしない方が良いわね。遠田君は普段から夕呼と良く話すんだから変に緊張しないで、真っ正面から言った方がいいわ。『好きだ、付き合ってくれ』ってはっきり伝えるのよ。」
「なるほど…。」

そしてその告白は実行された。
「好きだ。付き合ってくれ。」
「嫌だ。」

巧の恋は一秒で粉砕された。
「え、ちょ…何その返事の早さ。もう少し悩んだり、言葉飾ったりしないの?」
「どういう反応期待してるのか知らないけど、私が悩んだり言葉飾ったりしないのは知っているでしょ。」
「いやそうだけど…。」
「巧は確かに顔は悪くないし、体もセクシーと言っていいわ。性格は温厚で礼儀正しい。頭は良いし、私の話にまがりなりにもついてこれる。おまけに遠田技研の御曹司で、将来有望。悪いところが見当たらないわね。」
「じゃ、じゃあっ――」
「でもねぇ…地味なのよあなた。全部平均より高いけど特徴がない。面白みがないわ。そんな男と付き合っても私が得るものなんてないし、別に友達のままでも良いじゃない。あんた他のことは全部平均以上なのに恋愛は奥手そうだし、ママゴトみたいな恋に興味無いの。」
にべもない…。これまでの人生でここまでボロクソに言われたのは初めてである。
「それにあんた、まりもから助言してもらったでしょ?」
「なっ!?何で…。」
「そりゃ分かるわよ。どうせ『夕呼には回りくどく言わないではっきり気持ちを伝えなさい』とか言われたんでしょ?あんた恋愛に関してまりもの助言が役に立つと思ってるの?そんなんだからダメなのよ。」
お見通しであった。がっくりと肩を落とす巧。そしてさらに夕呼から追撃の言葉が放たれた。
「それにあんた私より遅い生まれでしょ?私年下は性別認識圏外だから。悪いわね。」
そう言って林間学校の話し合いの時のように颯爽と立ち去る夕呼。
夕呼に撃沈されてきた数多の例に漏れず、巧も一週間学校を休んだ。

その日からしばらく巧は奇声を上げながら一心不乱に、狂ったように剣を振り続け、使用人を怯えさせたという。


巧の初恋は砕け散ったが、学生時代のこの出会い、巧、夕呼、まりもの三人の出会いが将来地球の未来を大きく変えることになる。


 
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