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コーディネイト

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5部分:第五章


第五章

「じゃあお母さんが満足していたらそれでいいじゃないか」
「私が満足していれば」
「そうだよ。そこのところはどうなの?」
 そこを尋ねる幸一だった。
「問題なのはそこじゃない。どうなんだよ」
「そうね。満足しているわ」
 少し考えてから述べてきた。
「実際のところね」
「だったらそれでいいじゃない」
「そうね」 
 幸一だけでなく朝香もそれに同意してきた。
「お母さんが満足しているのなら」
「予想外のことになってもね」
「予想外の状況になってしまうこともあるけれど」
 香苗はその言葉を聞いて言うのだった。これは仕事からの言葉だった。
「それがかえって満足の行く結果になることだしね」
「そういうものだよ」
「満足しているのならね」
「わかったわ。じゃあそれでね」
 ここで彼女も完全に納得したのだった。自分の中で。
「いいとするわ」
「そうね。格好いいお父さんになったし」
 春香はそれで満足していた。
「これでいいわ」
「ただ。どうにもね」
 幸一は苦笑いになっていた。
「あのお父さんには中々馴れないものがあるね」
「おい、どうだ?」
 そしてここで。その政行の言葉が出て来たのだった。
「今夜は。俺が作ろうか」
「あっ、噂をすれば」
「出て来たよ」
 春香と幸一は父の言葉を聞いて声がした方に顔を向けた。
「何がいい?俺は豆腐で何か作るつもりなんだがな」
「あなた」
 見れば青いシャツに黒いズボンを着たスタイリッシュな格好の政行がいた。髪型も奇麗に纏めている。それを見れば本当に変わったことがわかる。
「和食でいいな。どうなんだ?」
「あなたが作ってくれるの」
「駄目か?俺の料理は」
「いえ」
 香苗はそれはいいとしたのだった。にこりと笑って頷く。
「よかったら御願いするわ」
「わかった。じゃあ作るぞ」
「ええ、御願い」
「それと鯖だ」
 彼が次に出したのは鯖だった。
「鯖は刺身にする。いいな」
「鯖のお刺身!?」
「大丈夫なのかな」
 子供達は鯖の刺身と聞いてどうにも微妙な顔になっていた。鯖といえばあたる危険もある、彼等もこのことをよく知っているのだ。
「安心しろ、鯖の新鮮さを見分けるのは得意だ」
 だが彼の自信は完全なものだった。磐石の地盤さえそこにはあった。
「だから任せろ。いいな」
「どう思う?春香」
「どうかしら」
 春香は兄の言葉にどうにも首を捻るのだった。
「けれどお父さんがやるって言ってるんだから」
「別にいいか」
「いいのか」
「お母さんはどう思うの?」
「いいわ」
 にこりと静かに笑っての言葉だった。
「御願いするわ。それじゃあ」
「よし、じゃあ任せろ」
 妻が言うのなら決まりだった。政行もそれを受けて会心の笑みを浮かべてみせる。
「腕によりをかけて作ってやるからな。天才の俺の料理をな」
「天才って」
「何かお父さん本当に変わったわね」
「ひょっとして私」
 そんな夫と子供達の言葉を聞いて。香苗は言うのだった。
「コーディネイトしたのじゃなかったのかも」
「コーディネイトじゃなかったの」
「むしろ昔に戻したのね」
 今彼女が言うのはそれだった。
「昔のお父さんに戻したのね。けれどそれは」
「それは?」
「私が気付いていなかったのかも。お母さんがこうするって言ったらね」
「ええ」
「それに全部潔く頷いてくれたから。お父さんはお父さんだったのね、ずっと」
「そうなの」
「多分。ただ」
 けれどここで彼女はまた言う。
「そうなったのはお母さんの動きからかしら。お父さんが元に戻ったのは」
「半分半分でしょ」
 春香は言った。
「その辺りは。お母さんが動かなかってもお父さんが動かなくなってもそのままだったよ」
「そうなるのね」
「その辺りはね。そう思うわ」
「だろうね」
 幸一もそれに頷く。
「コーディネイトって言っても相手があってのものだしね」
「そうね」
 子供達の言葉に頷く。頷けば今まで見えていないものにも気付いた。気付けば何か気持ちが落ち着いて尚且つ温かいものになってくる。それを心の底から感じて嬉しい気持ちになる香苗だった。その後ろでは政行が包丁を持ってもう鯖を切っていた。


コーディネイト   完


                  2008・6・10
 
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