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剣風覇伝

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第十五話「悪夢」

 タチカゼは奴隷として奴隷商に売り渡された。荒野をさまよい己のした罪にさいなまれ廃人同然にな

ってしまったところを旅の者に引き取られ、そして騙され奴隷として売られたのだ。タチカゼは暗い目

をして自分が随分と落ちぶれてしまったのを心のどこかで感じた。刀はとられ、服も売られ、王国から

の手紙も奴隷商から悪徳役人に高値で売り渡された、王国のしるしがある。その手紙には千金にも等し

い価値があるのだ。

 タチカゼは牢屋つきの荷馬車に揺られ、とある町についた。おもむろに牢屋から見られる風景を見

て、その町がいかに腐っているか分かった。町の者は強盗、恐喝は日常茶飯事、女たちは売られ、貴族

は得体のしれぬ薬で夢うつつにどこを見ているのかわからない目をしている。タチカゼは思った、あ

あ、私はここでこの者らのように腐って死ぬのだ。そうだ、町の人間を哀れな吸血鬼にした自分には似

あいの場所だ。だがことはそう簡単ではなかった。奴隷商はタチカゼたちに外へ出ろと告げられた。久

しぶりの太陽にまぶしさを感じた。太陽、ああ、この暖かさを久しく忘れていた。思えば国の家族たち

はどうしただろうか、村人はどうなったろうか。その時、タチカゼははっと我に返った。自分は何をし

ている?私が王国へ行かねば国の者たちは……

気付くと暗く閉ざしたその心になにかの光がさし込んだ。六対の羽の女性が現れ、そして言った「立ち

上がりなさい、勇者よ、自分のした罪を嘆くのは誰でもできる。しかしそこから立ち戻り暗闇の中に光

を見出すのもまた人なのです」

閉ざされた暗闇にひびが入っていく、そしてその割れたあとから光が、暗闇は打ち砕かれ、タチカゼは

光の中に立ち戻った。

「おい、そこの!なにを突っ立っている、早く来ないか!」鞭が自分に飛んできた。飛んできた鞭を手

でつかむくらいタチカゼにはわけはない。

「すまないが、俺のこの命、人買いなどにはやれないことに気が付いた。いまより奴隷をやめる」

「な、なにをいっている。気が変わったから辞められるほど奴隷というのは安くはないぞ!貴様は一生

人にこき使われて暮らすのだ」

「そうか、それではここにいる奴隷も全て自由にしてもらおうか?」

「生意気な口を!だが滑稽だな。手かせと足かせをされた状態でどうやってわしに刃向かう?ん?」

 タチカゼの体には鉄製の手かせと足かせがついている。これでは普通の人間には到底外すことはでき

ない。

 だがタチカゼは、全身の力を手と足に集中させた。すると徐々に鉄製のかせは重いひびきとともに歪

んでそして断ち切れた。

「う、ひ、ひええ!鉄のかせをねじ切りやがったこいつ、ば、化けもんだ」

「さあ、他の奴隷のかせの鍵も渡してもらおうか」

「わ、わかった。だから命だけは」

 そういって男は鍵を置いて逃げていった。それを見ていた町人、貴族たちはまるで馬鹿馬鹿しいかの

ように笑った。

「なぜ笑う!お前たちも一歩間違えばこの者たちのようになるのだぞ!」

「ふふふ、じゃあ、教えてあげようか。世間知らずの勇者さま」

 そちらへ向くと建物の二階のベランダから寝そべって頭を出す娘がいた。そこには得体のしれぬ薬で

半分夢のなかの貴族の娘がいた。もうもうと立ち上るキセルの煙がどこか浮世離れした娘に見せた。

「そら、鍵を目の前にしても奴隷たちは自分のかせを取ろうとしない、いいかい、奴隷なんてのはね、

一度なっちまったら心まで

そうなっちまうもんなのさ、あんたはいいよ、たぶんどこぞのいい身分の者なんだから、だけどそいつ

らは根っからの奴隷階級さ、

生まれつき、奴隷として生きる定めなのさ。もうそいつらは人生を半分諦めちまってる。心が死んでる

のさ」

「心が死ぬか、それならば貴女、あなたもすでに死んでいる」

「な、なにい!」

「その薬、聞いたことがある。夢幻を見せ、心を病ませ、そして体を蝕む。最後には心も体も壊れて狂

ってしまう。一度それを使うとどうしてもやめられなくなり、吸い続けなければならなくなる。あなた

は一生を自分の財産をその薬に食いつぶされ、最後は自分すら食いつぶされるのだ」

「ふふ、くはは!」

「何がおかしい!」

「あたしがなぜ麻薬なんかに手を出してるかって、人間の世なんてのはね、夢幻のようなものなのよ、

真面目に生きようとするほうが馬鹿なのさ、あんただってついいまさっきまで廃人のような風体だった

くせにさ。言っておくよ、この町で人を救おうなんてしなさんな、さっさと自分の使命かなにかを果た

す旅にでも戻りな。あんたはここじゃ、無力同然なのだからね」

「私は目の前に困っている人間を見て放っておけるほど世を儚んではいない」

 するとタチカゼは、荷車に乗せてあった奴隷商から取られた刀を取り戻して、一太刀にみなのかせを

斬った。これには貴族の娘も驚いた。

「さあ、どこへなりといくがいい、また奴隷になるのもその手でなにかをつかむのも自由だ」

 奴隷たちははじめ、おろおろしていた。だが自分たちのかせがないのを見てその二つに割れたかせを

見て、タチカゼにすがった」

「お、おねげえです、元に戻してくだせえ。わしらはこうして生きていくより仕方がないんです」

「あなたたちは、生きてる間、それこそ奴隷のように働いた。ならそれを自分のために働くことにいま

さらなんの苦心がある?」

「働く?そりゃあ、言いつけられればどんな苦しみにも耐えてきた。だけどこれからは自分で生きてか

なきゃいけねえ、そんなのは地獄だ」

「そうだ、この世は一切合切地獄だ。どんな生き方をしようが逃れられはせぬ、だが自分で自分の食い

扶持を稼いでみよ、お前たちはまだ知らぬだけだ。知らぬから怖いのだ。俺が今さっき、あんたたちの

かせを斬った。だが自分のかせは自分で壊さねば壊れはしない、一切合切地獄ならどこへ行ってもやは

り地獄。ならば少しでもましな生き方をする。それが人間というものだ」

「そうはいっても」

「いいだろう、では私についてこい、お前たちに機会をやろう」

 タチカゼはそのまま歩き出した。奴隷用のぼろに身を包んでいようとそれに腰帯をし刀を下げそして

奴隷商の荷車にあった金で服と武器を買った。

「これをつけろ」

「こ、こんなもの。どうするんで」

「なに、使い方などくわやすきと変わらん、それをもってついてこい」

 タチカゼはそのまま、町を歩く、服を着替えた奴隷たちは見かけだけだがもう奴隷ではない。

 そんなものたちを従えて、今度は奴隷市場へ行く、奴隷たちに槍をもたせてその人ごみに分け入って

いく。薬漬けの貴族たちも面白半分にみている。

 タチカゼは奴隷を見るや片っ端からかせを取っ払う。そしてついてこいとだけいってそこらのすきや

くわを持たせる。

 あまりに堂々としているものだから、奴隷商は開いた口が塞がらない。その間に奴隷たちは武装した

集団に変わってしまった。

 それも長い間の労働によって鍛えられた体は奴隷商人の太った腹よりも数倍も強そうだ。奴隷たちは

自然と自分たちのほうが強いと感じ始めた。その時だった、どこからともなく兵士が現れ、そしてこの

町の役人が現れた。

「貴様か、奴隷たちを自由にして蹶起させようとしているのは!」

「お前がこの町の王か」

「い、いや私は町の一役人でしかない。王は王国にしかおらんでな、わしはこの町の自治をまかされて

おる、と、とにかく奴隷どもを自由にされてはこの町は立ち行かぬのだ」

「ならば、そのもやしのような兵卒どもと合戦の一つでもしてはどうか?」

「な、なにい?」

「ふはは、いやこれは失敬、奴隷たちを見よ、男はたくましく、女はりりしい、これまでの苦しみから

比べればお前たちのような兵士くずれは負けて敗走するのがおちだ!おい、者ども。鬨の声をあげよ」

 そう聞いてはじめは奴隷たちもなんのことか分からなかったがどうやら大声を出せということらし

い。すると一人また一人と地鳴りを引き起こすような声を上げ始めた。兵士たちは内心震えあがった。

「さあ、どうだ者どもよく見よあのおびえ切った兵士の目を、あいつらは自分に抵抗しないことをしっ

ていたから強がっておったのだ、だが私から言わせれば奴らこそ、内心、臆病な人間なのだ、どうだ、

いまだ自分たちはこんなものたちより弱いと思うか」

「いんや、正直、おらは負ける気がしねえ」

「おらもだ」

「あたいもだ」

「さあ、戦って自由を勝ち取れ!大丈夫だ、この俺がついている」

 すると兵士は陣形を崩して逃げ出した。それを見ていた奴隷たちは勝ち誇ったように押し寄せる、数

でも腕力でも上の奴隷たちの戦いは圧勝に終わる。それを見ていた貴族たちは飛び上がるほどびっくり

していまだに目の前で起こったことが信じられません。

「やった、やったぞー!俺らでほんとに町の兵士に勝っちまった」

 タチカゼは役人に見覚えがあった。

「おい、おまえ、国王様からの手紙を持っているな」

「へ?な、何故それを」

「それはな、わたしのものだ」

「な、なんの証拠が」

「その手紙のとおりにお前が王国へ行けば私が負うはずだった国難をお前が負わねばならなくなるぞ、

その覚悟はあるのか」

「そ、そうか、これは」

「そうよ、お前のようなものが持って居れば災いしかうまぬものよ」

「ひ、ひいい!」

 役人は懐に入れていた国書をタチカゼに帰した。

「さて、おい、木っ端役人、おまえの城へ案内せえ」

「は、ははああ!」

「お、タチカゼ殿がまた何かなさるぞ、我らもつづけ」

 奴隷たちはもはやタチカゼの私兵になって城に殴り込んだ。そこで見たものはこの国を腐らせる瘴気

をまき散らしていた魔物であった。そう、この町の主は暗黒の王がさし向けた魔物だった。そいつは美

しい娘に化けてその木っ端役人をだまし、そして町中におかしなお触れをだし、自身はその身から発す

る瘴気で国を内側から腐らせていたのだ。

タチカゼが一刀のもとに両断すれば美しい娘は醜いナイトメアという悪魔に正体を見せた。こいつは人

に悪い夢を見せて心を乗っ取る恐ろしい魔物なのだ。

ナイトメアが死ぬと大勢の人が悪い夢から覚めたように生気を取り戻しはじめた。しかしもはや悪い夢

の中で財力にものをいわせていた貴族たちは麻薬という本当に冷めない悪夢の中で長い間苦しむはめに

なったのだ。

タチカゼはそんな貴族たちを見て「なあ、娘、この世は夢幻か?それにしてはお前の見ていた夢は立ち

が悪かろうが。これではどちらが奴隷でどちらが貴族か分からぬな。だが俺は実のところ、胸が痛いお

まえのような美しい娘があんなものに手を出すなど。よいか。ナイトメアは死んではおらぬ、お前たち

の心にまだあれを欲するような心があるうちは消えはせぬのだ、長い時がいるだろう、だがな、娘、覚

めない夢もまたないのだ」

 娘は自分の愚かさに涙をながしていました。一時的にも薬から解き放たれたのでしょう。その眼には

もはやあの病んだ心はみえません。タチカゼはこの可哀そうな娘を見て抱きしめ、そして最後に一言

「生きろ」といい、この町を去りました。

貴族たちは元奴隷たちのはからいで牢屋に入れられ、麻薬の毒が完全に体から消えるまでそれは恐ろし

い悪夢をみました。それはもう悲しい定めでしたがほかにどうしようもありません、町の治安のために

あの薬は根絶しなければならず、病んだ心が消えたとて長い間薬に侵された体は長いこと本人を苦しめ

ました。人を狂気に陥れました。タチカゼはそのことを知っていました。だから娘がどうしようもなく

哀れで仕方なかったのです。

タチカゼが去ったあと、この町は奴隷制を廃止し、だんだんと秩序を取り戻していったのでした。

タチカゼは思いました。人の世も魔物の世もおなじ地獄だ。ならば俺はその地獄で光を見つけねばならん。

タチカゼが口笛を吹くと天馬が降り立ちました。「なあ、天馬よ。俺は生きるぞ、生きて。王国へ行

き。この世を滅びから救おうぞ」
 
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