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天使の箱庭

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シーン6~7

 
前書き
                                      

 
堀と内藤が掃除用具を持って入ってくる。  
      
 堀「ははははっ!! 花家さん、シークレットブーツ履いとるん?」
     
内藤「そうなのよ。ヒールが10センチもあるやつ。
   だから、居酒屋行ったときも絶対座敷には上がらないのよね。」
   
 堀「はははっ、シークレットブーツ履くぐらいなら、あのバーコード頭、
   なんとかすりゃええのになぁ。」
     
内藤「そうなのよ… って、ほっといてよね。」
      
 堀「まあ、古くはナポレオンやヒットラーもシークレットブーツ履いてた言うし、
   最近じゃ、あのキムタクだって履いてるっちゅー噂やで。」
     
内藤「ええ、ほんと?」
      
 堀「まあ、それくらいの見栄、ブラにパット入れるんと一緒や。大目にみたり。」                                                       内藤「たださぁ、歩くたんびにパッコンパッコン馬の蹄みたいな音がするのよ。        
    あれがどうにも気になっちゃってねぇ。」 
      
 堀「ははははっ!! ポニーのギャロップや、そりゃええわ、はははっ。          
   あ、そうそう、ポニーで思い出したけど、最近、病院のあちこちで気味悪い猫の鳴き声が
   するって噂、聞いた?」
     
内藤「ううん、知らない。」
      
 堀「うちもさっき聞いたんやけどな。」 
     
内藤「猫多いじゃないこの辺、野良が。裏口からでも紛れ込んで
   病院の中をうろついてるんじゃないの。」
      
 堀「うちもそう思うたんよ。せやけどな、話を聞くと、どうも変やねん。          
   鳴き声はすれどその姿を見た者が誰もおらへんねんて。」
         
春香が部屋に入ってくる。席に座りノートパソコンを開いてキーボードを打ち始める。
内藤と堀は春香がまったく目に入らない様子。                                                 
内藤「やだぁ、まさか化け猫?」
      
 堀「306号室の三村さんが真相を確かめようと、猫の鳴き声をたどって行ったんや。
   そしたら、その声がどうやらここの廊下辺りからするんやて…           
   ところが、どこを探しても猫の姿は見えない… 恐る恐る部屋の中を覗きこむと、そこになっ!」
     
内藤「きゃー!!」
      
 堀「って、まだ何も言うてへんがな。」
         
そこへ正木が杖をついて入ってくる。
     
正木「まあまあ、なんの騒ぎです? その声は堀さんと内藤さんでしょ。           
   あなたたち、また掃除をサボってるの?」
     
内藤「違いますって、正木さん。最近、この病院に変な噂があってね。」
      
 堀「病院のあちこちから猫の鳴き声がする言うて騒ぎになってますねん。
   でも、声はすれど姿は見えず…」
     
正木「はいはい、わかりました。その話は今度またゆっくり聞かせてちょうだいね。
   さあさあ、早く仕事に戻って。」
  
堀・内藤「は~い…」
         
二人はしぶしぶ掃除道具を持って部屋を出ていく。     
     
正木「(寒気を感じ)あら…、そこにいらっしゃるのは…」 
     
春香「島田です。この間はどうも。」
     
正木「やっぱり…。今日は?」
     
春香「ええ、ちょっと野口先生に呼ばれまして。」
     
正木「そうですか。お仕事は順調に進んでますか?」        
     
春香「ええ、なんとか。ありがとうございます。」 
     
正木「この部屋にはしょっちゅう暇な人たちが集まってくるから、騒々しいでしょ。
   なんでしたら、私の部屋をお使いになりますか?」
     
春香「いえ、それほど気になりませんから。」
     
正木「そうですか? でも、あんまり根をつめないようにね。
   たまには、息抜きに私の部屋へ寄ってくださいね。」
     
春香「はい。ありがとうございます。」
     
正木「午後から天気が崩れるって言ってましたねぇ…。                   
   帰る頃降らなきゃいいけど。」
         
正木が部屋を出るとジャージ姿の中年の女が入ってくる。               
春香のパソコンを覗き込む女。                           
春香、迷惑そうにパソコンの向きを少し変える。
      
 女「タイプ打つの早いのね。私も昔は仕事でワープロを打ってたのよ。           
   あら? 電源のコード足りてる?」
     
春香「ああ、バッテリーで… 充電で動いてるんです。」
      
 女「ああ、そっか。そうよね。私ったら…、うふふふ。」
         
女、横に座り、にこにこしながら春香を見つめる。
      
 女「ねぇ、何かお手伝いしましょうか? そうだ喉渇いてるんじゃない?          
   ここはいつも乾燥してるのよね。自動販売機がすぐそこにあるから買ってきましょうか。
   コーヒーでいいかしら?」
     
春香「あ、いえ、結構です。お気遣いいただいて…。」
      
女「そんな、遠慮しなくてもいいのよ。                         
  あら… 少し寒くなってきた? 空調の温度上げましょうか?」
     
春香「いえ、ああ、でも寒ければ上げてくださっても。」                                                         
 女「仕事熱心なのねぇ。雑誌の記者さんですって?                    
   例のバス事故の取材をしてるって聞きましたよ。」
     
春香「失礼ですが、あの事故の乗客の方ですか?」
      
 女「私? いえいえ。私は違うの。」
     
春香「そうですか。」
      
 女「…あなた、独身?(自分の薬指を指す)」
     
春香「え? あ、はい。」
      
 女「恋人ぐらいはいるんでしょ? あなた美人だもの。」
         
そこへ野口がキョロキョロしながら入ってくる。
     
野口「(女に気づき)どこの病棟の方ですか? もうすぐお昼ご飯の時間でしょ? 
   早く病室に戻ってください。」    
         
女は二人を意味深に見つめながら部屋を出ていく。
     
野口「(春香に気づき) あれ、もういらしてたんですか。取材は一時からでしたよね…」
     
春香「すみません、私、せっかちなもので。あ、夕べはありがとうございました。
   先生のレクチャーもたっぷ伺えて楽かったです。」
     
野口「これからもたまには、仕事抜きでデートしましょうね。」
     
春香「うふふ、はい。」
     
野口「ところで、ここに上がってくる途中、不審な人物を見かけませんでしたか? 
   制服姿の男なんですが…」
     
春香「制服姿の? いいえ。」
     
野口「最近、このフロアで怪しい男がうろついてるのを何度か見たもんで。          
   どうも気になるんですよ。もし、それらしい人物を見かけたら、すぐに
   知らせてもらえますか。」
     
春香「わかりました。」
     
野口「それじゃ、またあとで。」    
         
野口、部屋を出ていく。ジャージの女がコーヒーを片手に戻ってくる。
      
 女「はい、コーヒー。」
     
春香「ああ、すみません。ありがとうございます…。あ、お金…」
      
 女「ああ、いいの、いいの。それより、今の先生、あなたの(恋人)…?」
     
春香「ああ、いえ…。」
      
 女「嘘。お二人ともいい感じだったわよ。」
     
春香「そろそろ病室に戻らないと、看護師さんに叱られますよ。」
      
 女「あなたきれいな髪の毛してるのね。ちょっと撫でてもいいかしら?」
         
愛おしそうに春香の髪を撫でる女。今度は肩に手をやると
      
 女「あら肩こりがひどいわ。私ね、マッサージうまいのよ。」
         
肩をもみ始める女。迷惑そうな顔の春香。                      
その時、背後に視線を感じて振り向く春香。
制服姿の男が身を隠すように逃げる。
春香、慌てて後を追うが、すぐに戻ってくる。
      
 女「どうかしたの?」
     
春香「今、誰かがそこに…。そうだ、野口先生に知らせないと。」
         
春香、急いで部屋を出ていく。                           
しばらくして制服姿の男が部屋にそっと入ってくる。                 
春香のパソコンを覗き込む。
男に近づく女。女に気づくが慌てる様子もなく、ぼんやりとした表情で女を見つめる男。
やがてうなだれた様子で部屋を出て行く男。
そこへ、春香が野田を連れて戻ってくる。
     
春香「ここです。ここに、男が立ってたんです。」
         
野口、廊下の周辺を調べるが、それらしき男はいない。 
     
春香「(女に)私が部屋を出たあと、制服姿の男がここに来ませんでしたか。」
         
女、首を横に振る。意味深な笑みを浮かべて部屋を出ていく女。
     
野口「いったい何者なんだろう…。」
     
春香「もしかすると……」
     
野口「なにか思い当たることでも?」
     
春香「ひょっとするとあの人、バス会社の人間かもしれません。」
     
野口「バス会社の? でもなんで…」
     
春香「セラピーに通う乗客の様子を見張ってるのかもしれません。」                                                   
野口「どういうこと?」
     
春香「実は、今バス会社の勤務実態について調べてるところなんです。」
     
野口「勤務実態?」
     
春香「ええ。事故を起こしたバス会社なんですが、以前、過労運転防止違反で
   行政処分を受けていることがわかったんです。今回の事故も、そのことと
   関係があるのかもしれません。」
     
野口「じゃあ、事故について患者さんが警察やマスコミに不利な証言をしないように…?」
     
春香「セラピーで事故について何かわかったことはありませんか。」
     
野口「それが、事故の瞬間のことをみなさんあまりよく覚えてないみたいなんですよ。」
     
春香「そうですか。」
     
野口「そうだ、警備室のモニターに奴が映ってるかもしれない。僕ちょっと見てきます。」
         
野口、部屋を出ていく。                              
春香、携帯を取り出し電話をかける。しかし相手は出ない。
イライラしながら何度もかけなおす春香。                           そこへの30代半ばくらいの夫婦が静かに入ってくる。                       
春香のそばに並んで座ると春香をそっと見つめる二人。                
春香、携帯をしまい、カバンから手帳を取り出してページをめくる。          
ふと視線を感じ、夫婦と目が合う。お互いに軽く会釈。
     
春香「あの…、その辺で制服姿の男性を見かけませんでしたか。」                                                     
 妻「さあ…、そんな人いたかしら。(夫に)あなた気が付いた?」 
      
 夫「いや。」
     
春香「そうですか。もしかして、お二人はバス事故の関係者の方ですか?」
      
 妻「関係者って言えば、まあ、そうなるかしらね。実は娘をね…」
     
春香「犠牲者のご遺族ですか…」
         
夫婦、困ったように顔を見合わせる。
     
春香「そうですか…。それはお気の毒に… お悔み申し上げます…」
        
春香、パソコンの机に戻り、席に着く。 
      
 夫「まあ、人生何が起こるかわからないものだが、突然、家族や親しい人を亡くすってのは
   辛いもんです。」
     
春香「ご遺族の方のお気持ちはよくわかります。私も10歳の時に事故で両親を亡くしているので。」
      
 妻「そう…。ご苦労なさったのね。」
     
春香「苦労というほどのことは…。独身でOLをしていたおばが姉と私を引き取って
   育ててくれたんです。そのおばも2年前に亡くなりましたが…」
      
 妻「そうなの…」
      
 夫「残された者も辛いが、死んだ者にとっても遺族のことが心残りなものらしいですよ。
   (春香に)あなた、どうして仏壇の位牌がこちら側を向いているか知ってますか。
   死んだ者が遺族のことを見守る為だそうですよ。           
   あなたのご両親もきっと、いつもそばにいて、あなたのことを見守ってくれているはずです。」
         
夫婦、春香を見つめて微笑む。しばしの沈黙のあと 
     
春香「あ、私、雑誌の記者をしておりまして。                       
   実は、病院のご協力で、今回のバス事故に遭った乗客の取材をしております。」
      
 夫「そうですか。ご両親も立派に仕事をされてるあなたを見て、さぞや
   喜んでらっしゃることでしょう。」
      
 妻「そうね…ホントに…。でも、少し働き過ぎなんじゃないかしら… なんだかお疲れのようだわ。
   あんまり無理はなさらないでね。」
     
春香「ご心配なく。これでもタフなんでよ。」
      
 妻「そう。・・・ここはなんだか少し寒いわね。」
         
夫、着ていた上着を脱ぎ、妻の肩にかけてやる。
     
春香「お二人とも、仲がおよろしいんですね。」
      
妻「うふふ、私が体が弱いものだから、どこへ行くにもこの人が着いてきてくれるんです。」
     
春香「お優しいんですね、ご主人。」
      
 妻「うふふ、若い頃、旅先の神社でお賽銭の小銭がなくて困ってると、そばにいた男の人が
   『使ってください』って小銭を渡してくれたんです。その後、『写真を撮りましょうか、送るか   ら住所を教えてください。』って。それが私たちのなれ初め、うふふ。              今思うと、あれはナンパだったのかしらねぇ。」
         
妻に覗き込まれ照れる夫。
      
 夫「もうそれくらいにしときなさい、恥ずかしい…。                   
   (春香に)お仕事のお邪魔をしてすみませんでしたね。」
         
夫婦、春香から少し離れたところで席に着く。                    
春香、またパソコンを打ち始める。                         
ジャージの女が再びやってきて、夫婦の傍に座る。                 
3人でなにやらひそひそ話をしながら、時々春香に目をやる。             
やがてカウンセリングの患者たちが部屋に集まりだす。 
      
 林「真壁さん、やっほ。」
     
真壁「どうも…」
      
 林「元気?」
     
真壁「……」
      
 林「んなわけないか。はぁ~あ、私もさあ、なんかあの事故以来、気分がふわふわしてて、
   寝てんだか起きてんだかはっきりしないの。食欲も全然わかないしさ。
   やっぱりこれってPTSDってやつかなぁ。」
     
真壁「いっつもこうなの…」
      
 林「え? なんか言った?」
     
真壁「私の人生って、いっつもこう…。小さい頃はいじめられっ子で登校拒否、        
   大学受験には失敗、恋人もできず、就職もできず、バイト先では周りのみんなと馴染めず…。
   そして今度はこの事故よ… 私の人生、何をやってもうまくいかない… もうイヤ…」
      
 林「そんなこと言わないでよ。」
     
水原「そうよ、元気出して。」
     
真壁「私なんか… なんの価値もない人間なのよ。母でさえ、私は失敗作だったって言ってるわ。」
     
水原「人生に悩んでるのはあなただけじゃないわ。」
      
 林「そうよ、あたしなんかバツイチよ。離婚の原因は私。                 
   パチンコにはまっちゃってね。幼い息子を車に置き去りにして…            
   危うく殺すところだったわ。結局、息子も旦那に取られちゃってさ。         
   ま、当然よね、最低の母親だもん。」
     
真壁「私、ここに来るの、もうよそうかなぁ…」
     
水原「野口先生、あなたのこと心配してたわよ。あなたが病院に来なくなるんじゃないかって。
   まだ、不眠だって続いてるんでしょ?」
     
真壁「寝ると悪夢にうなされるの。だから、寝るのが怖くて…」
     
水原「悪夢って… どんな?」
     
真壁「亡霊が私をどこまでも追いかけてくるの。逃げても逃げても、どこまでも追いかけてくる…。
   追い詰められて、逃げ切れなくて…  怖くて飛び起きるのよ。」
      
 林「ああ、可哀想に…。それじゃ寝られないわね。」
     
前原「俺さあ、最近なんか変なんだよ。」
      
 林「変て?」
     前原「うん? いやさあ、なんか… 見えるはずのないものが見えるんだよ。         幻覚っていうのかな。」
     
水原「何が見えるんですか?」
     
前原「いや、それがさあ、死んだ女房なんだよ。」
     
水原「亡くなった奥さん…」
     
前原「最初は夢見てんのかなって。でも、やけにリアルなんだよなぁ…。」
     
水原「実は… 私もなんです。」
      
 林「やだ、水原さんも?」
     
水原「このところあんまり眠れてないので、そのせいかも知れませんが。」  
      
 林「それ、やばいよ。先生に相談した方がいいよ。」
         
その時、野口が制服姿の男を捕まえて、部屋に入ってくる。
     
野口「おい、お前、バス会社の人間なんだろ。ここで何してたんだ。             
   ええ? どうなんだよ。」
   
制服の男「………」
     
野口「事故原因の真相を隠すために乗客たちを見張ってたんじゃないのか。」                                             
制服の男「違います! 私はただ…」
     
前原「あれ、この顔、どっかで見たことあるぞ。」
      
 林「前原さんもそう思った? 私もよ… どこで見たんだっけ…、ええと…。」
     
水原「ああ、この人、あの時のバスの運転手ですよ! 事故を起こした…」
     
野口「ええ? なんだって?」
         
制服の男、みんなに睨まれながら、徐々に部屋の中央へと追いやられ、囲まれていく。
   
制服の男「すまない… 本当にすまない…」
        
男は頭を抱えて泣きながら詫びる。だが、急に向きを変えると、
周りの人間を突き飛ばしながら部屋を飛び出していく。
     
野口「おい、待て!!」
         
野口と患者たちが後を追って出ていく。ジャージの女と夫婦も一緒に出て行く。          春香も出て行こうとするが、ふと猫の泣き声に気づき足が止まる。 
        
雨の音。だんだん雨音が大きくなっていく。稲妻が光り、雷鳴が轟く。         
部屋が暗くなり、また猫の鳴き声が聞こえてくる。その声がだんだん大きくなる。
耳をふさぎ怯える春香。だが、勇気を振り絞り声のする方へ近寄る。
部屋からそっと廊下を覗く。猫の甘えるような声が響く。
春香、怖くなり壁に身を隠す。だがもう一度外を覗く。猫の鳴き声は止まない。
     
春香「なんでこんなところに猫がいるの?                         
   やだ、ずぶ濡れじゃない、可哀想に。どうしたの? どこから入ってきたの? おいで。」
         
屈んで猫を手招きする春香。しかし、そこでまた大きな雷鳴が響く。
身を縮める春香。廊下を見ると猫はもういない。             
     
春香「あら、いなくなっちゃった。」
         
その時、制服の男が静かに部屋に入ってくる。春香、驚いて身構える。
しかし、男はうなだれた様子で語り始める。
   
制服の男「精神的に参ってたんだ。離婚調停中で…、女房のせいでストレスがたまって…。
     私は別れたくなかった。なのに… 考えると辛くて…。
     毎日、女房の弁護士が手紙や電話をよこしては脅しをかける。私が何をした!           息子を愛しているし妻のことも…                          
     あの日、事故の直前、運転していると急に手がしびれだして、息ができなくなった…         目の前が真っ暗になりブレーキをかけたが間に合わず…」 
         
(急ブレーキの音、大勢の悲鳴、衝突音、最後に大きな爆発音)
   
制服の男「寝不足とストレスで過呼吸の発作を起こしたんだろう…。               
     あの事故は会社にはなんの責任もない。悪いのはすべてこの私なんだ…、        
     すまない… ほんとうにすまない…。どうか… どうか許してくれぇ…」     
         
男は封筒を春香に手渡すと、泣きながら部屋を出て行く。         春香、男の後を追うが見失い部屋に戻ってくる。
しばらく呆然としているが、ふと我に返り、封筒からCDを取り出す。
CDをPCのスロットルに挿入する。すると、そのCDに録画されたニュース番組が流れ出す。

アナウンサーの声「高速バス転落事故で最後まで意識不明の重体だった島田春香さんが今朝未明に亡く         なりました。これで、バスの乗客乗員35名全員が死亡という痛ましい結果となりま         した。バス会社の社長の会見が間もなく始まる模様です。」
        
中継に切り替わり、フラッシュがたかれる中、バス会社の社長が深々と頭を下げる様子が流れる。  春香の横に、いつの間にか正木が立っている。稲妻と雷鳴が轟く。
     
春香「私が、あのバスに? そんな… うそよ… うそ… ありえない…。」

が、その時、春香は事故の瞬間の出来事をはっきりと思い出す。            

(急ブレーキの音、大勢の悲鳴、衝突音と爆発音、                                                         
春香、ショックのあまり、膝から崩れ落ち、うずくまる。
すると、正木が優しく語り始める。 
     
正木「目が見えなくなった頃から、私には不思議な力が身に付きました。
   亡くなられた方たちの声が聞こえるようになったのです。                    その中にはご自分が亡くなってらっしゃることに全く気づいてない方も
   大勢いらっしゃいます。」
     
春香「どうして… どうしてすぐに教えてくださらなかったんですか。」
     
正木「私が教えるまでもなく、すでにあなたにはお迎えの方がみえてるはずですよ、島田さん。」
         
背後でコートの男がスポットライトに浮かぶ。
  
(男の声)『島田、お前の作文がコンクールで金賞をとったぞ。』

(女児の声)『ほんと?』
  
(男の声)『ああ、おめでとう。お前には文才があるようだな。将来は作家にでもなったらどうだ。
     先生も応援してやるぞ。』
    
春香「先生…。六年生の時担任だった、綿貫先生?」
        
背後で今度はジャージの女がスポットライトに浮かぶ。
  
(女児の声)『(女の子二人の泣き声)かわいそうに…ほらほら、もう泣かないで。
     今日からおばちゃんが、あんたたちのパパとママになってあげるからね。
     心配いらないわよ。さあさ、こっちにいらっしゃい。』
  
(女児の声)『おばちゃ~ん、うえ~~ん…』 
    
春香「おばちゃん? 純子おばちゃん。」
        
背後で夫婦がスポットライトに浮かぶ。
  
両親の声『(母)春香、宿題を終わらせてからでないと遊びに行っちゃだめよ。』         

『(父)算数の宿題か、よーし、パパが手伝ってやろうな。』              

『(母)あなた、春香を甘やかさないでちょうだい。』                 

『(父)いいじゃないかママ、少しぐらいなら… なあ、春香。』       

(女児の声)『うん、ありがとうパパ。』
    
春香「パパ… ママ…」
        
廊下の壁に猫のシルエットが浮かぶ。
 
(女児の声)『(泣きながら)みーすけが死んじゃったぁ~』
    
(父の声)『そうか…、可愛がってたのになぁ…』
    
(母の声)『春香の手でみーすけをお庭に埋めてあげなさい。』 
 
(女児の声)『(泣き叫ぶ)みーすけ! みーすけ~~!』
        
背後で猫の泣き声が響く。
    
春香「みーすけ…」
        
春香、少し落ち着きを取り戻し、静かに立ち上がる。
    
春香「みんな、来てくれてたのね。私のそばに… 私を迎えに…」
        
やがて雨音が止み、春香がスポットライトに包まれる。                
安らいだ表情になる春香。
    
正木「あなたのように一人暮らしで仕事熱心な方ほど、自分の死に気づくのが遅れるみたい。
   セミナーの方たちもみんな、お迎えの方と一緒についさっき旅立たれようですよ。
   でも野口先生はまだ気づいてないみたい。あの方にもお迎えが来ているはずなんですけどねぇ…。   このままだと、いつまでも病院の中をさまよい続けることになるわ…                やっぱり、私からお伝えした方がいいのかしら…」
         
春香、両親やおばたちに囲まれる。眩しいの光に包まれる春香たち。(暗転)



       
部屋に内藤と堀が賑やかに入ってくる。
内藤が堀に二枚の写真を見せながら 
    
内藤「ねねねねっ、どっちがいい?                            
   こっちのワンピース? それともこっちのスーツ? 
   テレビ映りを考えると、やっぱりこっちのワンピースかなぁ…」
        
そこへ正木が杖をつきながら入ってくる。
     
 堀「そうやなぁ… ああ、正木さん、正木さん! 内藤さんがな、あのハナゲさんと結婚することに    なったんですわ。」
    
内藤「ハナイエ!」 
    
正木「ええ、聞きましたよ、おめでとう。」
    
内藤「ありがとうございます。」
     
 堀「ほんで今度、新婚さんのテレビに二人で出るんですって。」 
    
正木「あら、いい記念になるじゃないの。良かったわね、内藤さん。」
    
内藤「ええ、それはいいんですけど、着る服がなくて困ってるんですよ。」
     
 堀「ワンピースだってスーツだって、どっちでもええやないの。それより心配なんは、
   ハナゲさんのあの頭やわ。あれじゃ、絶対ハレーション起こすわ。」
  
堀・内藤「バーコード頭! (顔を見合わせ大笑い) 」
       
内藤、急にするどい目つきに変わり
    
内藤「待てコラッ!!」
       
逃げる堀を追いかけまわす内藤。                          
そこへ春香が静かに入ってくる。       
    
春香「正木さん。」
    
正木「あら、あなた… まだこちらにいらしたの?」
       
そこへ、野口が走りこんでくる。
    
野口「僕の患者さんたち、きてませんか? おかしいなぁ… どこへ行っちゃったんだろ… 
   もうセラピーの時間なんですけどねぇ…。ちょっとその辺、探してきます。」
       
野口、廊下に出るとキョロキョロしながら右往左往。
そんな野口を微笑みながら見つめる春香と正木。
    
春香「実は、野口先生の妹さんから、彼に伝言を頼まれたんです。」
    
正木「そうだったの。」
    
春香「妹さんの伝言を聞いたらきっと、野口先生も安心するでしょう。
   そのあとのことは、私に任せてください。」
       
正木、笑ってうなずく。
    
正木「先生のこと、お願いしますね。」
       
春香、笑ってうなずくと、廊下にいる野口のもとへ歩いていく。            
部屋では相変わらず、内藤が堀を追いかけまわしている。
正木、二人の間に入ろうとするが、喧嘩は止まらない。
       
部屋が暗くなり、廊下に立つ春香と野口をまばゆい光が包む。
       
※リベラの歌『あなたがいるから(You were there)』が清らかに響き渡る。
                                       (幕)
    
                  
     
     
       
      
                            
         
         
 

        
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