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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第五十二話 それぞれの思惑(その3)

■ 帝国暦486年5月18日ヴェストパーレ男爵夫人邸 マグダレーナ・フォン・ヴェストパーレ

 
 皇帝よりアンネローゼとの面会が許されたラインハルト、ジークフリードがやってきた。アンネローゼが来るまでまだ時間が有るだろう。主人として当然もてなしてあげなくては。
「ラインハルト、ジーク、いらっしゃい、昇進おめでとう」
「有難うございます。男爵夫人」

この子の眼は相変わらず美しい。野心的で覇気に溢れる蒼氷色の瞳。私はこの瞳が好きだ。この瞳が望んでいるのは何だろう? 元帥となって軍の頂点を極める事? それともそれ以上の高みに上る事を望んでいるのだろうか。それもいいだろう、この停滞した退屈な日々を吹き飛ばしてくれるのならば。

「聞いたわよ、大活躍だったのですって」
「もう少しで反乱軍を壊滅させる事が出来たのですが……」
少し悔しげに言うラインハルトは年齢よりも幼く見える。そんな彼を好もしく思いつつ言葉をかけた。
「仕方ないわね。あんな事があったのでは」

皇帝フリードリヒ四世不予。その凶報はオーディンを震撼させた。但し震撼させただけだった。いかなる混乱も悲劇も引き起こさなかった……。
「男爵夫人、オーディンは何の混乱も起きなかったのでしょうか? アンネローゼ様が辛いお立場におかれるようなことは?」

ジークは心配そうに聞いてくる。この子は相変わらずアンネローゼに思いを寄せている、いじらしいほどに。
「大丈夫よ、ジーク。オーディンがあんなに安全だった事は無いわ。ほんのちょっとでも不穏な動きがあればヴァレンシュタイン少将が許すはずは無いもの」

そう、許すはずが無い。禁を犯すものはブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯といえども殺せと命じた青年。当初貴族たちはそれを鼻で笑った、出来るはずが無いと。彼が僅か半日の間にリッテンハイム侯を銃で脅し、オッペンハイマー伯を反逆罪で捕らえ、クラーマー憲兵総監の首を切ったと知ったとき、その苛烈さに貴族たちは恐怖で震え上がった。

彼がコンラート・ヴァレンシュタインの息子である事がその恐怖に拍車をかけた。ヴァルデック男爵家、コルヴィッツ子爵家、ハイルマン子爵家の三家はもちろん、それ以外の貴族たちも、彼が貴族に対して決して好意的ではない、いやむしろ憎悪を持っているであろう事にいまさらながら気付いたのだ。
貴族たちは怯えながら、いつ粛清の嵐が吹き荒れるかと思ったろう。あの時、オーディンを支配したのは間違いなくヴァレンシュタイン少将だった。

「そういえば、今回貴方のところの参謀長はヴァレンシュタイン少将が推薦したのではなかったかしら」
「ケスラー少将ですか、良くご存知ですね」
「それに、今回の遠征に参加出来たのもヴァレンシュタイン少将が貴方をミュッケンベルガー元帥に推薦したからだって、もっぱらの評判よ。仲がいいみたいね」
「……」
「?」

どういうわけだろう。二人の反応がおかしい。もしかして……。
「ヴァレンシュタイン少将と何か有ったの?」
「そんな事はありません」
「でも、何か変よ。隠さないで言いなさい」
ラインハルトはジークと顔を見合わせ少しためらいつつ言葉を出した。

「……彼がこちらに好意的なのはなんとなく判ります。ただ……」
「ただ」
「よくわからないのです」
「わからない?」
「ええ、彼が何を考えているのか、私をどのように思っているのか」

なんとなくわかるような気がした。不安なのかも知れない。ラインハルトはヴァレンシュタイン少将を味方に付けたいと思っているのだろう。しかし、ヴァレンシュタイン少将はラインハルトの下につくことに甘んじるだろうか? 軍の階級ではラインハルトのほうが上かもしれない。だが上層部の、軍内部の評価ではどうだろう。残念だけどラインハルトはヴァレンシュタイン少将に及ばないだろう。

ラインハルトには姉のおかげで出世したという評価が常に付きまとう。しかし、ヴァレンシュタイン少将にはそれが無い。誰もが実力で今の地位を勝ち取ったと見るだろう。ラインハルトは頂点に立ちたがっている。地位だけではない、精神的にもだ。そして今、精神的にヴァレンシュタイン少将の上に立てずに苦しんでいる。今回の戦いはいい機会だったはずだ。しかし、勝利は中途半端なものに終わり、ヴァレンシュタイン少将は以前にも増して評価を上げた……。

「彼とよく話してみたらどうかしら」
「話す?」
「ええ、どうせ碌に話していないんでしょう」
「……」

「今度、陛下の快気祝い兼戦勝祝賀会が行なわれるわ。そこで彼と話すのね」
「そこでですか?」
「何もいきなり親しくなれとは言っていないわ。少しずつよ。アンネローゼが無事だった事だってお礼を言って良い筈よ」
「そう、ですね」
そう、少しずつだ。少しずつ親しくなっていけば良い。敵対だけは避けるべきだから……。


■ 帝国暦486年5月25日  新無憂宮「黒真珠の間」 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


 快気祝い兼戦勝祝賀会か……。戦勝祝賀会は将官になってからだから三度目だが、他のパーティとかは幾つ出たか覚えてないな。大体話をする人がいないしつまらん。俺と話をしたがる奴は先ずいない。軍人だと将官になるのに士官学校を卒業してから早い人間で大体八年~十年はかかる。つまり周りは若くて二十代後半ということだ。俺が准将になったのは二十歳のときだから、普通に考えれば士官学校を卒業していきなり准将になってるような感じだろう。誰も話したがらないのも無理は無い。貴族にいたっては平民なんかと口を利きたがらない。

俺と話をするのはリューネブルクぐらいだが、彼も出席して主賓の挨拶が終わるとさっさと帰ってしまう。亡命者っていうのは敬遠されるからつまらないんだろう。それでも俺やリューネブルクがこの種のパーティに出る理由は皇帝が臨席するからだ。出ないと不敬罪とか言われかねない。おかげで俺はいつも寂しく料理を食べて適当に帰る。今日もそのパターンだな。さっさと始まって欲しいもんだ。

「ヴァレンシュタイン中将」
「これは、元帥閣下」
後ろから名を呼ばれた事に驚いて振り向くと、ミュッケンベルガー元帥がいた。大柄な元帥に隠れるように若い女性が後ろに立っている。娘か、姪か、娘にしては若いような気がする、姪かな。

「一人かな、中将」
「はい」
「ちょうどよい。娘の相手をしばらくしてくれんか」
「は?」
娘? 相手?

「ユスティーナ、ヴァレンシュタイン中将がお相手してくれるそうだ。若いもの同士、楽しむと良い。では中将、後を頼む」
そういうと元帥はさっさと離れていった。ちょっと待て、若い女の相手なんてここ二十年ほどしてないんだから無理だ。だいたい奇襲攻撃は酷いだろう。俺は味方だぞ。味方だよな、多分……。


帝国暦486年 5月
ラインハルト・フォン・ミューゼル中将、アスターテ会戦の勝利に功あり。大将へ昇進。
エーリッヒ・ヴァレンシュタイン少将、皇帝不予に乗じたオッペンハイマー伯の陰謀を未然に防いだ功により、中将へ昇進。
エーリッヒ・ヴァレンシュタイン中将、兵站統括部第三局局長補佐を命じられる。



 
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