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白夜

作者:枸杞
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第一部 異変
  04

「遅いわ。ひよっこでもこの土地を護る当主なら、聖域を護ろうって発想にはならないのかしら。初めてよ、聖域内で颯爽と活動する怪異を見るなんて。」
屋上はほかの場所とは違う風が吹いていた。
秋色を舞わせるそんなやわらかい風ではなかった。
顔に当たると痛いようなそんな冷たくて強い風が吹いている。
そんな中、この月駒高校の制服を着た青髪の女子生徒は僕たちの到着を待って口を開いた。
開いて出たのは罵倒だったのだが。
赤いリボン、この学校は学年ごとに小物の色が違うから、赤色をつけているのは三年生の生徒だ。
「もう手遅れよ。望月結城くん、だったかしら? この望月を護りたいなら戦いなさい。この戦いに歯が立たないなら、望月の土地も、監視対象の【異界術師】も、すべて容赦ないわ。」
「お前は……。」
「結城くん、まずはここを収束させるのが先。どうせまた会えるわ。話はその時にしましょう。」
と、瞬間―
青髪の女子生徒は屋上のフェンスを飛び越え、そのまま三階建ての校舎の屋上から姿を消す。
なんだったんだ、と首をかしげると結城先輩と舞姫先輩が不思議そうにフェンスの外を見つめる。
「結城くん、あの子本当にうちの生徒なのかな? 」
「やっぱり舞姫もそう思ったか? 少なくとも俺は人脈の広い方だけれども、あんな女子見たこともないよ。」
「結城、舞姫……。ウチの憶測やけど……。いや、やめとこ。いまここで話しても余計みんなを混乱させるだけや。まずはデカい怪異が出てくる想定で準備しとこ。あの子の言う通り、ここを収束させてからでもこの話は遅くない。結友那、あんたは屋上一帯に壁を張ってな。聖域やし、学校やからあんまり傷つけちゃまずいし。他のメンバーは集結しとる怪異を始末するで。おそらくここまでの数集まるっちゅうことは相当手ごわい怪異様がやってくるで。」
その時、氷撫さんの持つ携帯電話が鳴る。着物の合わせから携帯を取り出すと、スピーカーモードにして全員に聞かせる。
「もしもし氷撫、こちら望月支部参謀担当望月結。要件は手短に、数分前から月駒高校周辺に異常時空波を確認したわ。きっと何か来る、警戒して! この後どんどん時空波は歪んで外部との連絡はとれなくなるわ。もちろんこちらからみんなのレーダーを拾うこともできない。氷撫、結城、誰一人殺しちゃだめよ? 」
「任せてよ姉さん。」
「せやな、月駒高校生徒会の精鋭が揃ってるんや、けがはしても死にはせえへんよ。」
結城先輩の言葉に氷撫さんが反応する形で結さんに言葉をかける。電話先の結さんが安堵した様子でうん、とつぶやく。
「怪異大型種、きっと新種になるわ。三分後に月駒高校に侵入します。みんな、ご武運を。ちゃんと帰ってくるのよ? 」
「姉さんこそ望月本家をよろしく。じゃあみんな、準備しようか。」
結城先輩の言葉にみんながそれぞれ返事をする。僕ももう一度双剣を持つ手に力を入れる。
「氷撫さん、今回の指揮は俺に執らせてください。」
「うん、せやね。ご当主様の策略、楽しみにしとるで。」
結城先輩はうなずいて手に持った鉈に力を込めて言う。
「これより新型種討伐を行う。全員新型が現れ次第攻撃を始めるように。何か気づくことがあったら俺に言ってくれ。
―そうだな、最初はフェンスの上にスタンバイして、登場と同時に上からの奇襲を仕掛けよう。」

僕は屋上の南方向のフェンスによじ登り、静かに身を潜める。
「侵入まで残り五秒、四、三、二、一……。全員突撃! 」
結城先輩の合図で怪異は登場、その場にいた全員がフェンスの上から怪異に向かって攻撃を仕掛ける。全員が怪異に斬りかかると、怪異も攻撃を始める。
南側、僕のいる方向に向きなおして最初の攻撃を入れる。
大型の怪異とは何度か戦ったこともあるし、データでたくさんの種類を見てきたが、この怪異はやっぱり見たこともないし、他の種類の亜種というわけでもなさそうだった。

僕がどこに降り立っても怪異は僕の方向に攻撃を仕掛けてくる。
「結城先輩! おそらくこいつの狙いは僕一本なんだと思います! 」
「了解! 確かめるから彩樹、敵を攪乱してくれ! ほかのメンバーはなるべく同じ場所で戦闘を続けてくれ! 」
きっと、こいつのターゲットは【怪異術師】じゃない。【異界術師】である僕一人なんだ。
そんな解釈に至るのに時間は掛からなかった。
「敵の狙い、やっぱり彩樹だな。彩樹は攪乱し続けてくれ、他のメンバーは集中的に攻撃を仕掛けていこう! 」
「了解です! みんなよろしくお願いします。」
青髪の女子生徒が結城先輩にかけた言葉、
『監視対象の【異界術師】も、すべて容赦ない。』
まるでこの新型種の存在を知っているかのようだった。
護るなら戦え、あの人はいったい何者だったのか。
僕は普通にいれば【怪異術師】と何ら変わりないのだけれども、【異界術師】と【怪異術師】の違い、それは怪異の取り扱い。
【怪異術師】は異界石に怪異を閉じ込める、けれども僕たち【異界術師】というのはそうではない。
今のご時世、【異界術師】は怪異を殺せない。
時代が殺させてくれないのだが。
そんなことはどうでもいい。
なぜあの青髪の女子生徒は僕が【異界術師】だということが分かったのだろうか……
「彩樹、危ない! 」
結城先輩の声がして振り返ると、すぐそこにある時空波を溜めた怪異の腕が僕を襲う。
「……っ! 」
右手の剣が飛ばされ、強く地面に叩きつけられる。
―まずい。
「彩樹、大丈夫か? 」
「待て嗣柚、触っちゃだめだ。」
当たり所が悪かった、時空波が直撃した右腕はきっと時間差で壊れるだろう。
時空波が発動しない条件。
早々にこの大型との片を付けるしかない。


「なんだか知らないけれど、僕が気に食わないならすべて壊してみろよ! 異界師をもてあそぶのもいい加減にしろよ! 」
対の短剣を回収するわけではなく、その片方の剣で怪異に歯向かっていく。
左手に持った短剣を怪異の右目に刺して、その剣に蹴りを入れる。
「なめんじゃねぇよっ! 」
もう一度剣を右目から引き抜いて左目に刺しかえる。
同じようにその剣に蹴りを入れると、一旦地面に降り立つ。
対の剣を手に取ると、左の剣を目から引き抜いて最後にふたつを怪異の胸に突き刺す。
「これでラストだっ! 」
剣は突き刺したまま地面に降り、ブレスレットを右手に握ったまま地面にかざす。
僕らは【異界陣】と呼ぶいわば魔法陣にこの大型種を閉じ込めると、その異界陣の中から紋章を手に入れる。
僕の本当の仕事はこれだ。

世間はこの仕事を忌み嫌い、僕を陥れるんだ。

「……彩樹、やってくれたなぁ? 久しぶりに彩樹の本気見たわ。まあウチとしてはあの怪異の石を鑑定したかったけどなぁ、結果オーライや。」
氷撫さんは口ではそう言うけれど、きっと本心じゃない。
久しぶりにまた世間の怒りを買うことをした。
今更僕が後悔しても遅い。
「彩樹、どんな形であれ新型を討伐できたんだ。異界に怪異を戻したこと、あんまり気にするな。」
「結城先輩……。」
先輩は僕の頭をポンポンとたたきながら右腕の腕時計を見る。
「それにこのあたりの時空の歪みはあの怪異の仕業みたいだな。時計が動き始めた、きっとこれでさっき言っていた不気味な現象は改善されるだろう。」
時計? 
みんなも同じように疑問に思っているようだ。
「嗣柚、一番初めに俺が連絡した時刻確認できるか? 」
「あ、はい! 着信履歴……っと。午前六時一分です。」
「ありがとう嗣柚。舞姫も確認できるか? 」
「ええ、今確認するわ。……私の携帯も午前六時一分になってる。」
午前六時一分、僕の携帯電話の着信履歴もその時刻を表示していた。
「そして今の時刻は午前六時四分を過ぎたころだ。要するに、怪異の大量発生はあの大型種登場の前哨戦で、町から人が消えたように見えたのはこの望月町の時空が歪んでいたからなんじゃないかな。」
「なるほどな、まあこれで謎が解けたっちゅうことでこの件はもう終わりにしよ。もう一つ、ウチが気になるのはな、あの青い髪のあの子や。ウチの仮説が正しいのなら、あの子は望月、言うてしまうと南海派の人間ではなさそうや。それにちらっとしか見てへんから定かではないかもしれんけど、あの子の家は宿祢(すくね)以上の家柄やね。」
「氷撫姉さん、あの子のデータとかとってくれた? 」
「当たり前やん。あんな危ない子ほっといたらいけないからね。結にでもデータ送って追いかけないと。」
 
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