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一人のカタナ使い

作者:夏河
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SAO編 ―アインクラッド―
第二章―リンクス―
  第13話 リトルプレイヤー

「勢いに乗って走っちゃったけど、これからどうしたらいいんだろ……」
 リズから見えない位置まで走ったところで歩き始めながら、どうしたものかと腕を組む。お昼時ということもあり、たくさんの人が行き来し、街は賑やかさが増していた。
 リズに渡されたメモに書かれてあった素材は幸いなことに、ほとんど持っているものだった。残ったのはたった一つ。鉱石だった。
 ――《ヘマタイト・インゴット》。それがその鉱石の名前だ。
 まったく僕には聞き覚えがない。一応、最前線で戦うプレイヤーの一人なのだが、リズにも話した通りダンジョンに籠っていることが多いため、世間の情報には疎かったりする。気がついたらボス攻略が終わってしまったことも一度だけあるほどなのだ。
「困ったな~、どうしよう……」
 他の人に聞けば、知っているかもしれない。だけど、僕の知り合いは忙しい人や音信不通の人がほとんどだ。カイなんて攻略会議ぐらいでしか会うことがないし、何より連絡しようとしても返信が来ないことが多い。何度も注意しても聞きやしない。今度会ったらしっかり言わなければ。
 話が逸れそうになったが、とにかく僕に時間に余裕があって頼れるような人は思い付かないのだ。そもそも知り合いが少ない。
 何気なく歩いている道の端に並んでいる店を見ると、そこには店の影を目立たないように移動している見知った人物が見えた。タイミングがいいと言うべきか、まさに今の僕にぴったりの人だった。
 僕は相手に見つからないように、さっきとは違い足音を周りに不自然に思われない程度に自然に消し、静かに近づく。特に意味はない、何となくだ。
 徐々に距離を詰めていき、二メートル前後ぐらいの距離までになったとき、相手は細い路地に繋がっている右の通路に曲がった。僕も特に何も思わず曲がる。
「――おいおい、レディーの後ろをつけるなんて感心しないナ、ユー坊」
 曲がって目と鼻の先にいたのは、つけていた相手その人だった。この時点でようやく僕は尾行がバレていたことを察する。僕を見上げるその顔は、いたずらっ子のような、そして明らかに楽しそうな笑顔を浮かべていた。
 僕は乾いた笑い声を出しながら両手を挙げる。
「あはは……ごめん、つい出来心で。許してほしいなアルゴ」
 この世で唯一僕のことを「ユー坊」と呼ぶ目の前の女の子は、僕の謝罪を聞いて、さらにその笑みを深くする。フードを被っているというのに、その笑顔は鮮明だった。
「そう簡単に許されるなら、世の中にケーサツはいらないヨ」
「うっ……わ、わかったよ……何か欲しいものでもあるの?」
「そーだナ~、オイラお昼ご飯まだだからナ~」
「僕、もう食べたんだけど……」
「そーいえば、最近ユー坊がギルドに入りたいって言ってたナ~。ねちっこい勧誘で有名なギルドに紹介しちゃおっかナ~」
「ぜひ奢らせてください!」
 また女子にご飯を奢ることになった……。





  第13話 リトルプレイヤー





「――悪いネ、ユー坊。奢ってもらっテ」
「いや……全然大丈夫だよ、うん……」
 場所は路地から移り、NPCの経営する飲食店へ。
 場所のチョイスはアルゴによるもの。僕の完全に知らない店だった。
 店の雰囲気は静かな酒場という感じで、明るくはなくどっちかというと暗くて、席はあまり埋まっておらず、ガラーンとしている。僕と同じでここのお店を知らない人がほとんどなのかもしれなかった。そして、このまるで夏の夜のような薄暗さは、個人的にあまり落ち着かない。だけどアルゴのような情報屋と取引をするにはうってつけの場所だとわかる。
「……ここって、アルゴはよく来るの?」
「ぼちぼちだナ。取引先にするにはうってつけだし、何よりここの料理は気に入ってるんダ」
「へぇ~、そんなに美味しいの?」
「それは来てからのお楽しみだヨ」
 なだめるような笑みを浮かべながら、アルゴは僕の問いをはぐらかす。アルゴと話すといつもこうなのだ。何か遊ばれてるっていうか……まあ、嫌じゃないけど。
「ユー坊は何も食べないのカ?」
「うん、僕はもうお昼食べたからね。まあ、アルゴの食べてるのを見て美味しそうだったら、僕もあとで頼もうかな」
 リズにも懐が暖かいとは言ったものの、武器や防具の整備やポーション等のアイテムの補充などもしなくてはいけないので、実は自由に使えるお金はあまり多くなかったりする。何をするにもお金お金……この世界に入る前――現実世界では、自分の遊ぶためだけのお金しか使ったことはなかったけど、この世界に来てからは一日の生活すべてに使うお金を管理しないといけないから大変だ。
「それにしても、よくこんな場所にあるお店見つけたね」
「ニャハハハ、情報屋だからナ」
 そう言って、アルゴは席に座ったときに運ばれてきたお冷やを一口飲んだ。フードは外すつもりがないのか、店の中に入ったというのに被ったままだ。店の中でのフードは目立つだろう、それでも顔は周りに見られたくないということか。そうなってくると、僕もあまり名前を出さない方がいいかもしれない。
 ほどなくしてアルゴの頼んだ料理が運ばれてきた。デミグラスによく似たソースがかかったオムライスと炭酸なのかカップの底から小さな泡が水面に上っていくドリンク。どれもすごく美味しそうだ。特にオムライスなんて卵がとろとろしている。ついさっき食べたというのに、僕までお腹が空きそうだ。
 アルゴはひとり「いただきます」と合掌してから、もくもくと食べ始める。しばらくそれを何となく傍観したあと、僕は聞きたいことを訊ねるべく口を開いた。
「あのさ、食事中に悪いんだけど、聞きたいことがあるんだ。いいかな?」
「ん~? まあ、いいゾ。聞くだけ聞いてやるヨ」
 もぐもぐと咀嚼音を交えながら、僕の方を目線だけくれつつアルゴが応える。その事に内心ほっとして、内容を伝えた。
「実は今探してる素材があるんだ。その情報教えてもらえるかな?」
「おいおい、ユー坊。その素材の名前を教えてくれないと、教えようがないだロ?」
「あ、そうだね。えっと、ヘマタイト・インゴットっていうんだけど……」
 僕の言葉を聞いて、ピクリとフードが揺れる。フードの奥で女子らしい大きな目が微かに鋭くなった。続いてデミグラスソースのついた口角が上がる。
「へぇ、その名前が出てくるとはナ」
「え、そんなに珍しいの?」
「珍しいというより、最近発見されたんだヨ。ヘマタイト・インゴット――別名、《血の石》と呼ばれるものサ」
「……血の……石……?」
 とてつもなく怖そうな名前だ。自分の眉が潜めるのがわかった。
 アルゴの続きを待つ。が、いくら待ってもアルゴの口は開かない。
「つ、続きは……?」
「それはユー坊次第だヨ!」
 今までで一番の笑顔をしてくる。つまり、欲しけりゃ金を払えということらしい。
 卑怯だ、とは言わないし、思わない。向こうはそういう商売なのだ。情報を売ってお金を得る――それが情報屋なのだから。
「どーするんダ?」
「……ちなみに、おいくら?」
「これぐらいだナ」
 金額のかかれたウインドウが僕の目の前に表示される。……アルゴの昼食代よりもお高い値段だった。きっちりしてるな~……。
 僕は少し今後のことを考えたあと、
「……わかったよ。お金は払う。だから、ヘマタイト・インゴットについて教えてよ」
「ニャハハハ、毎度あり~。さすがユー坊だナ!」
 指定された分のコルを払う。……結構取られたなー……。
 地味にナーバスになりながら、アルゴの話に耳を傾ける。
「まあ、オイラもこの鉱石の情報を知ったのは、つい最近サ。この街で受けられるクエストの報酬で手に入ったんダ」
「それが、ヘマタイト・インゴット……」
「そーだヨ。といっても鉱石自体の情報はほとんどもらえなかったんダ。代わりにもらえたのは、入手場所だけサ」
「その場所は?」
「ユー坊は、この層の一つ下、第二十七層にある木が一本も生えてない山を知ってるカ?」
「えっ、山?」
 唐突に話を変えられ、戸惑いながらもアルゴの言葉を頭のなかでもう一度反復する。
 木が一本も生えてない山、か……。
 第二十七層は第一層のように草原がメインのフィールドで、比較的攻略が簡単な層だった。確かに山はフィールドの端々にいくつか存在したが、当時の僕はそれらの山に一度も行く気がなかったから、アルゴの言っている山がどの山なのか断定できない。攻略に明け暮れることが、こんなところで裏目に出るとは。もう少し色々と探索しておけばよかった、と後悔せずにはいられない。
「ごめん、わかんないや。そんな山があったなんて知らなかったよ」
「そーか。まあ、かなりマイナーだからナ~。攻略組のユー坊が知らないのも仕方ないカ」
 そう言って、アルゴはスプーンを空になった皿の上に静かに置いた。いつの間に、と思ったが、どうやらさっき僕が数秒間思考に没頭していたときに完食したらしい。
「第二十七層の迷宮区がフィールドの中心にあるのは、さすがに知ってるだロ?」
「うん、さすがにね」
 若干バカにされてるような気がしなくもないが頷く。そんな僕の内心を知らないアルゴは続ける。
「真上から見たとして迷宮区から北西の方向にあるんだヨ」
「へー、そうなんだ」
「話を戻すゾ。そんでその山のふもとに、なかに繋がる洞窟があるんダ」
 山のなかに繋がる洞窟、か。どのくらいの深さなのだろう。
「それで、肝心のなかはどんな感じなの?」
「ンー、まだそんなに探索できてないからナ~……何とも言えないナ」
「アルゴが探索しきってないなんて……そんなに深いの? その洞窟」
「それもあるんだろうけど、オイラが探索を始めたのって昨日からなんだヨ。一日で百パーは無理だったナ」
「そうなんだ。知ってる限りでいいから、教えてくれないかな」
「もちろんサ。その分の代金もきっちりもらったんだからナ!」
「どーりで高いと思ったよ……」
 きっちりしてるな、本当に。
 思わずため息を漏らしそうになるのを堪えて、僕はアルゴの言葉に耳を傾ける。
「洞窟のなかはかなり複雑で、ゴブリンやコボルドといった亜人系のモンスターがかなり多かったナ。攻略組のユー坊なら楽勝だろうけど、油断は禁物だゾ。このゲーム、何があるかわかんないんだからナ」
「わかってるよ。気は抜かない。僕だってまだ死にたくはないしね」
 このゲームに入って半年以上がたっている。その間にかなりアインクラッドはかなり攻略が進んだ――当然、攻略が進むにつれ犠牲者、死者はわずかだが確実に出た。特に三層下の第二十五層では、かなりの死者を出した。目の前でたくさん死にいく人々を見たあのときに何とも形容しがたい感情に囚われたのは、なかなか忘れられそうにない。
「というか、アルゴ大変じゃない? あんまりステータスの詮索するのよくないけど、アルゴって多分敏捷力全振りでしょ?」
 常々アルゴと会うときに思っていたのだ。アルゴは色んな場所を探索するとき、かなり危険ではないか、と。恐らく敏捷値は攻略組にも引けを取らないレベルだろうが、筋力値は中層プレイヤー以下だろう。
 しかし、情報屋という職種(ジョブ)上そんな戦闘向きじゃないステータスで、攻略組と同じステージに立たなければならない。しかも攻略組と同じペースで未知の場所を探索するのだ。迷宮区に籠ったりする僕よりも断然危ない。
 僕の言葉を聞いたアルゴはニヤッと笑いながら、
「まー、それは情報屋だからナ。何とかするサ。ユー坊が心配することはないゾ」
「いやっ、でもさ……」
「それに、何もオイラ自ら探索するだけじゃないしナ。たまに知り合いに頼んだりもするヨ」
「……そう」
「まー、この際ユー坊も手伝ってくれたらオイラも色々と楽なんだけどナ~」
「あ、いいよ。するする」
 両腕を頭の後ろにやったまま、きょとん、とした顔をアルゴがする。まるで予想外とでも言わんばかりに。何か変なことを言っただろうか。
「ユー坊、そーいうジョーダンはあまり好きじゃないゾ」
「冗談じゃないよ、別に。アルゴが助かるのなら僕も手伝うよ」
「……本当に行ってるのカ?」
「本当だよ、本当。このタイミングで嘘なんてつかないって」
「そーか……それなら、これから頼もうかナ。後日、また内容と報酬をメールするヨ」
「別に報酬もいらないよ。アルゴの情報は攻略組も含む全プレイヤーの役に立ってるからね、もちろん僕も。それの役に立てるなら、それでいいと思うから」
 実際、アルゴの製作している攻略本は第一層の攻略時にも大きく役に立っていた。あれがなければ、攻略ペースはかなり遅れていたことだろう。内容の濃さもさることながら、驚きなのは無料だということだ(まあ、僕を含め何人かの人は有料だったらしいけど……)。正直、僕が攻略組にまだいられるのはアルゴの攻略本があるのが大きいと思っている。
 僕の言葉を聞いて、アルゴは目を細めてこっちを見ていることに気づく――まるで僕の真意を確かめるように。そんな風にアルゴから見られたことのなかった僕は、思わず背筋が伸びるのを感じた。
 しん、と場が静まる。周りの雑音がさっきよりも大きく聞こえる。
 なぜなのかはわからないが、疑われているらしい。だけど、よくよく考えてみれば当然だろう。仕事の手伝いをするというのに報酬はいらないと僕は言っているのだ。何か企んでいるのかと勘ぐられても仕方がないのかもしれない。
 僕は相手に気づかれないように小さく息を吐いたあと、アルゴに向き合った。
「……別に何も企んだりしてないよ。ただ、アルゴが危険な目に遭うのを極力なくしたいだけさ。えーと、何て言うか、さ……友達が危ないことをするのは結構心配なんだよ」
 あまりこういうのが得意じゃない僕は、後半声が少し小さくなりながらも何とか口にする。
 向こうは友達ではなく商売相手としか思っていないのかもしれない。だけど、僕からしたらアルゴは大切な友達のひとりだ。
 照れながら言ったとしても、それでも僕の本心であることに変わりはない。相手に伝わっていないのなら、しっかりと伝えなければ。
 僕の言葉を聞いて、アルゴは大きく目を見開いたあと、静かに笑った。それはいつも僕が見ていたいたずらっ子のような笑みではなく、素直な柔らかい笑顔だった。
「…………ありがとナ、ユー坊」
 その笑顔につられて僕も自然と笑い返す。
「どういたしまして」
 もっと早く手伝えればよかったのにな、そう思ってしまう。
 だけど、僕自身色々と落ち着いてきた今じゃないと多分できなかった。そんな気もした。
「……それにしても、ユー坊がヘマタイト・インゴットのことを知ってたなんてナ。まだ情報が見つかって日が浅いのに……正直意外だヨ」
 さっきとは打って変わり、いつも通りの笑顔をつくったアルゴがそんなことを言ってくる。
「ついさっき知ったんだ。それで新しくつくる武器の素材にしようって思ってね」
 リズの話だと、素材的にかなり上質なものに仕上がるらしいからすごく楽しみだ。
「なるほどネ。確かに今密かに鍛冶屋の間で話題もちきりの鉱石だからナ。まだ誰も見つけてないらしいし、試す価値はあるだろうナ」
「でしょ? 楽しみなんだよね~」
「ところで、ユー坊はソロで行くつもりなのカ?」
「うん、そうだけど?」
「オイラが言うのもなんだけど、危なくないカ? さっきも言った通り亜人系のモンスターがかなり出てくるンダ。亜人系はプレイヤーと一緒でソードスキルを使ってくるし、何よりソロだと囲まれたら終わりだゼ?」
「まあ、そこは何とかするよ。アルゴほどじゃないけど、僕だって割と足には自信があるんだ」
 そう言って、笑いながら軽く自分の足を叩く。
 アルゴほど極端ではないが、僕のステータスも敏捷値を優先したものとなっている。今攻略組をしきっていると言っても過言ではない《閃光》様と比べたら劣るが、それなりに僕も速い方だ。転移結晶もまだいくつかあるし、何とかなるだろう。
「さすが、攻略組のなかで《疾風(しっぷう)》と呼ばれてるだけのことはあるナ」
 からかうような口ぶりでアルゴが言う。それとは反対に僕は顔をしかめるのを抑えられなかった。大きなため息がこぼれる。
「それ誰がつけたんだよ、ほんとに……僕は二つ名が付くほど大層なことをしたことないんだけど」
「何言ってるンダ。第二十五層のボス戦で大活躍だったらしいじゃないカ。ユー坊のお陰で被害を抑えられたって風の噂で聞いたゾ?」
「噂の一人歩きだよ。僕は何もしてない……何もできなかった。頑張ったのは、《黒の剣士》様と《閃光》様……あと、《神聖剣》様だ」
《黒の剣士》、片手剣使いキリト。
《閃光》、細剣使いアスナ。
《神聖剣》、この世界で唯一無二のユニークスキル使いヒースクリフ。
 彼らの活躍によって、第二十五層は突破することができたといっても過言じゃない。
 特にヒースクリフは一躍話題の人となった。その人だけのスキル――ユニークスキルというのが、さらに話題を大きくした。今では彼が長を務めるギルドは攻略組一とされている。ソロで頑張る僕からしたら、そんなに興味も関心もない話だが。
《疾風》というあだ名は、第二十五層以降から攻略組の人たちから呼ばれるようになったものだが、なぜ自分がそう呼ばれるようになったかは一切不明。色んな人に聞いてみても詳細は全く掴めなかった――というか、はぐらかされた。今のところ認知度はかなり低く、攻略組とアルゴのような情報屋ぐらいしか知らないが、他の人にも広まるのも時間の問題な気がする。
「二つ名とかただ恥ずかしいだけだよ。なくなってほしいけど、多分無理だろうなー……」
 頬杖をついて、またため息をつく。目立つのは得意じゃない。むしろ苦手だ。学校でも手を挙げるのすら躊躇ってたぐらいなのだ。
「いやいや、謙遜するなよユー坊。ボスモンスターの攻撃から何十人ものレイドメンバーを守ったンダ。ピンチのメンバーに駆け寄るその迅速さは、まさに疾風(はやて)。そりゃ誰かが二つ名をつけるに決まってるサ」
 突然のアルゴの言葉に僕は目を見開く。
 フード越しに笑うその口は三日月をかたどっていた。
「……どこで、そんな細かい情報を……」
「おいおい、ユー坊。オイラを何だと思ってるンダ? 情報屋だゼ?」
「…………」
 このとき、僕は今更ながら思い出していた。今僕の目の前にいるのは、情報屋のなかでもトップクラスの知名度を持つ《鼠》のアルゴだということを。
 しかし、情報屋といってもここまで詳しい情報をどこで手に入れたのだろうか。もちろんあのとき攻略に参加していた人が漏らしたという可能性もあるが、アルゴ自身が実際にあの場に居合わせていたのかもしれない。あのときの僕はいっぱいいっぱいだったから、全体を落ち着いて見る余裕はなかったし、僕が知らないうちに……という可能性はあり得ない話ではないが。
 しかし、その素晴らしく正確な情報もたったひとつだけ誤りがあった。
「……ボスモンスターの攻撃から何十人ものレイドメンバーを守った、っていうのは違うよ、アルゴ。確かに僕は守ろうとした――だけど、()()()()()()()()。特に軍から出た犠牲者はかなり多かった。……僕じゃあ役不足だったんだよ。出すぎた真似だったんだ」
 今でも脳裏には、目の前でこの世界から退場していった彼らの死に際が焼きついている。そして、そのあとの軍の人から一方的に糾弾された声も。あの攻略から数日間は、ずっとベッドから出ないほど落ち込んだのだ。
 それから色々あって、何とか自分の気持ちを整理して、攻略組として復帰して、今がある。でも、きっと、あのときのことはずっと忘れられないだろう。
 アルゴの方を見る。僕の言葉をどう返していいかわからないのか、黙ったままだ。
 そんな彼女を見て、黒い何かに侵食されそうだった自分の心を奮い立たせるように無理矢理にでも笑う。笑って、ごまかす――なかったことにする。
「まあ、そんなことはどうでもいいんだよ。もう終わったことだしさ。それより情報ありがとね、アルゴ。手伝いの話はメールで送ってくれたら多分すぐ反応するからよろしく。それじゃあ、また今度!」
 一気に捲し立て、アルゴの返事も聞かずに昼食代をオブジェクト化してテーブルに置いたあと、早足で店を立ち去る。
 長い間話していたと思っていたが、そんなことはなかったようで、路地を抜けるとまだ街には人がたくさんいた。
 そのなかに混じりながら、僕は額を手で押さえる。
 あの別れ方はなかったな~……。
 多少居心地が悪くなったとはいえ、あの抜け方はよくなかった。強引すぎる。絶対に向こうに悪い印象を与えてしまった。また今度、とは言ったが、僕からは会いにくい。少し時間を空けた方がいいかもしれない。
 ふと空を見上げる。まだ空は澄んだ青で日光が気持ちよく照っている。吸い込まれそうな青空に、実際に心のもやもやしたものが幾分か吸い込まれた気がして、胸が軽くなる。
「――それじゃあ、洞窟探索頑張ってみますか!」
 小さく自分に言い聞かせて、今度こそ僕は目的地へと走り出した。

 アルゴに言われた通りに進んでいくと、本当に木が一本も生えていない山が見えてきた。こういうのは禿山っていうんだっけ。
 山の周りは木がたくさん生えているというのに、肝心の山には一本もない。明らかに不自然だった。何であのときの僕はこんな目立つ場所を気づかなかったんだろうか。
 そして山の目の前まで来ると、洞窟が確認できた。かなり大きい入り口だ。三メートルはあるだろう。幸いなかには明かりがあるようで、入り口の奥には微かに明かりが灯っているのが見える。
「アルゴの話だと、相当深いらしいからなー。下手すると夜になっちゃうかも……」
 まだ真っ昼間だが、アルゴが一日で探索しきれなかった場所だ。戦闘しか取り柄がない僕が入ったら、それぐらいかかってもおかしくはない。
 そして、このとき僕は自分の失態に気づいた。
「アルゴからマッピングしたマップ買えばよかった……」
 途中まででもいいから知っておいた方が絶対に効率は上がったはずだ。……完全にミスった。まあ、中途半端な情報は与えないようにしているみたいだから、買えたかどうかはわからないが。
 仕方ない、と割り切り、軽く武器や防具の点検をしたあと慎重な足取りで洞窟の中へ潜っていく。恐らく一緒に戦うのはこれで最後であろう相棒の曲刀《ブレード・オブ・ニムバス》――日本語訳で《雨雲の刀》を左手でしっかりと握りしめる。
 入り口から続く道は狭く、人が二人並列するだけで通せんぼができるぐらいだった。両側の壁には一定の間隔で粗末な松明が燃えている。地面は山のなかだから当然だが、砂利道。洞窟のなかも無理矢理こじ開けたような造りだった。天井からは、パラパラと砂が落ちてきている。いつ崩れてもおかしくはない気がした。そんな思いが、わずかに心を焦らせる。
「ギィィィイイイイ!」
 そんなメンタルの僕に、突如として現れたコボルドが僕に向かって持っている棍棒を叩きつける。僕は後ろに下がることで、それを回避し、曲刀を構え直した。
 ――いったいどこから……。
 両端は壁、下も普通の地面だ。穴もない。コボルドは後ろから来たわけでも、ずっと見ていた前方からも来ていなかった。
「となると……っ!」
 すばやく上を見上げる。すると、左右の壁の高い位置に穴が掘られている――ちょうど今目の前にいるコボルドほどの大きさだった。奥の通路の壁を見ると、左右に一つずつ松明と同じように一定の間隔で掘られていた。
 間違いなく、この穴から出てきている。何よりも恐ろしいのはこのままここにいると、前後の壁からさらにコボルドが出現し、囲まれることだ。それだけは避けなければ。
 僕はコボルドの脇をすり抜け、全力で走った。走りながら後ろをちらりと見ると、コボルドは一応僕を追いかけてきているようだが、圧倒的なレベルの差、そして敏捷力の大幅な差によってかなり小さくなっていた。それと同時に後ろから二匹、三匹とコボルドが色んな穴から湧き出てくる。予想は的中していた。
 しばらくすると、さっきまで走っていた通路よりも広くなり、枝分かれした通路を走っていた。
 ここならば、と思い、走る足を緩め、逆手に持っていた武器を持ち直す。あと十歩程で足を止め、迎え撃つつもりだった――だが、その作戦はすぐに打ち消された。武器と武器がぶつかり合う音――戦闘音を耳が拾ったからだ。
 モンスター同士が戦うことはあり得ない。つまり、僕以外にもこの洞窟に人がいる。
 アルゴは「まだ情報が見つかって日が浅い」と言っていた。だから、まだこの洞窟に潜る人はいないと踏んでいたのだが、どうやらそれは勘違いだったようだ。
 もし、僕と同じ状況にいるのなら、ここは一緒に戦った方がいいかもしれない。いくら最前線で戦っているとはいえ、最前線からそんなに離れていないこの層のモンスター相手に一騎当千するのは少し厳しい。誰なのかはわからないけど、ここは協力した方がいいはずだ。
 緩めた足を再度加速させ、音が鳴る方へ急ぐ。走る度に戦闘音は激しくなっていく。
 そして、音の発生源へ辿り着く。そこには、たくさんのコボルド、ゴブリンに囲まれた一人のプレイヤーがいた。コボルドたちが多すぎてどんな人物なのか特定できないが、あの数は確実に危ない。僕は後ろにコボルドが追いかけてきてるのを気にせず、その大群に突っ込んでいく。
 曲刀ソードスキル《リーバー》で目の前のコボルドたちに斬り込む(何か、前にもこーいう似たようなことをした気がする)。そして、プレイヤーのもとへ到着する。
「だいじょ、う…………ぶ……?」
 僕は思わず言葉をなくす。
 なぜならそこにいたのは、僕の予想を遥かに上回る存在だったのだから。
 短く切った髪は活発そうな印象を与え、目はぱっちりと開いていて、こちらも元気っぽい印象に与える。服装は少しだけ金属プレートの付いた深い緑が基調の半袖の上着を羽織り、白のTシャツの胸部には薄い装甲があった。そして手にあるのは、剣身に装飾の施された短剣。装備のレベルからして中層プレイヤーだろう。
 だが、僕が驚いたのはそんなことではなく、
「…………こ、子ども……?」
 こんな状況だというのに、間の抜けた声を出してしまう。
 目の前にいるのは、身長が僕よりも二十センチ以上低い少年だったのだ――。 
 

 
後書き
四ヶ月以上あいてしまって、すみません!
受験が何とか終わったので、これから頑張りたいと思います!(更新も早くできるように頑張ります!) 
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