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鎮守府の床屋

作者:おかぴ1129
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番外編 ~喫茶店のマスター~
  後編

 名前を教え合ったその後も、僕は足繁く北上さんのミア&リリーに通い、その度に少しずつ北上さんと会話することがちょっとした楽しみになっていた。おかげで少しずつだけど、北上さんのことを知ることが出来た。

 その日は、ぼくが来店した時北上さんはマンガを読んでいた。

「いらっしゃ……ああ、トモくんか」
「はい」
「んじゃーいつものとこ座っててー。私はここでマンガ読んでるから」

 北上さんの名を知ってしばらく経った頃から、北上さんは店にいる客が僕だけの時はあまり接客しなくなってきていた。特にマンガを読んでいる時なんかは、本当に愛想程度の挨拶しかしてくれない。

「北上さん」
「んー?」
「えーと……注文いいですか?」
「んー」
「えーと……コーヒーを……」
「……」
「……」
「……」
「……自分で淹れます」
「んー」

 さらに北上さんは、マンガに集中し始めるとあまり僕にかまってくれなくなる。その割には、他にお客さんがいる時はマンガに集中してても呼ばれたらちゃんと反応するくせに……。

「北上さん」
「んー」
「はい。カフェオレいれましたよ」
「んー」

 こんな感じで、僕が気を利かせて北上さんの分のカフェオレを淹れても全然気にしてない感じ。その割に僕がカフェオレをそばに置いたら、すぐに手を伸ばして飲み始めるんだよね。

 さらに……

「トモくん」
「はい?」
「私、おなかすいたなー」
「はい」
「でも、読んでるマンガが今ちょうど盛り上がってて目が離せないんだよねー」
「はい」
「……」
「……」
「……」
「……クロックムッシュでいいですか?」
「んー」

 こんな感じで、時間帯によってはついに自分が食べる軽食まで僕に作らせるようになってきた。おかげで今なら、お店のメニュー一通り、レシピを見ないで作れる自信がある。

 今日作るのはクロックムッシュ。食パンでハムとチーズのサンドイッチを作り、それが分解しちゃわないようにパンの周囲をフォークでギュッと押さえてあげる。バターをひいたフライパンでそのサンドイッチをカリッと焼き上げれば完成だ。知らない内に手際良くなっている自分が、いいんだか悪いんだか……ついでに言うと、自然とサラダまで作るようになってる自分がイヤだ。

 ……でも。

「……」

 あれだけ真剣にマンガ読んでる北上さんの顔が見られるなら、別にいいかな。

「はい。出来ましたよ北上さん」
「んー。ありがと」

 あ、ありがとって言ってもらえた。

「ん……おいし。トモくん腕上げたねぇ」
「全部北上さんのフリーダムな振る舞いのせいですけどね」
「そっかそっか。んじゃその調子でこれからもよろしくー」
「マジですかっ?!」

 僕は北上さんに、お店のアルバイトか何かだと思われているのだろうか……。

 隣の床屋さんにも僕は足繁く通うようになっていた。通い始めて分かったんだけど、店主のハルさんはとても腕がいいにも関わらず、代金はリーズナブルでとても通いやすい。

 ついでに言うと、ハルさんの人柄もとても温かく、話してみるととても朗らかでフランクな人だった。時々店にいる息子さんもとてもかわいらしく、ハルさんと息ぴったりな漫才を見せてくれるので楽しい。今日もお子さんは店に来ていて、ソファに座って足をぶらぶらさせながら海の図鑑を食い入るように見ていた。

「そんなわけで最近、お店のメニューほとんど作れるようになっちゃいました」
「本人から聞いてるよ。災難だね」
「僕の話が出るんですか?」
「うん。おかげでマンガに集中出来るってさ」
「そ、そうですか……」
「しかし……ぶふっ……」
「?」
「ぁあごめん。なんだか昔を思い出してさ」
「?」

 ハルさんが言うには、ハルさんが奥さんと出会った時、四六時中奥さんに振り回され続けていたそうだ。口喧嘩は当たり前で、時には腹パンされたり、誘拐(?!)されたこともあったなぁ……とケラケラ笑いながら話してくれた。

「それでなんだか昔の俺とアイツみたいだなぁって思ってさ。やっぱ姉妹なんだね」
「へぇ〜……」
「多分ね。北上はトモに甘えてるんだと思うよ」
「そうなんですか?」
「うん。北上ってさ。最初の頃はそんなに踏み込んでこなかったでしょ。気を使ってはくれるけど、一線は引いてるっていうか」
「そうですね」
「その分安心出来る相手を見つけると、すごく甘えたくなるんだろうな」

 北上さんは僕に甘えてるのか……うーん……その割には客を客だと思ってない仕打ちの数々はヒドいと思うけれど。

「ハルさんの奥さんもそんな感じだったんですか?」
「アイツは北上とはちょっと違うけど……でも俺に色々やらかしてきてたのは、きっと俺に甘えてたんだと思うな。今なら分かるよ」
「ハルさんの奥さんって、どんな人なんですか?」
「“妖怪アホ毛女”って言えばいいかなぁ……」
「?」

 毛先を整えてくれた後、今日は髭剃りもしてくれる。髪を切っているときのハルさんはとてもフランクだけど、髭剃りをしている時のハルさんはとても真剣だ。とても優しい顔つきをしているハルさんが、その時だけはとても真剣な眼差しで、話しかける隙をこちらに与えないほどの気迫を感じる。

「……」
「……」

 これは後で北上さんから聞いた話なのだが、ハルさんの奥さんはデモンストレーションでハルさんに顔剃りをしてもらった時、ハルさんのこの真剣な顔を見て、ハルさんを意識し始めたそうだ。

「……」
「……」

 でもこれなら分かる。髭剃りをしている時のハルさんは本当にカッコイイ。お子さんもさっきまでは図鑑を見ながら足をぶらぶらさせていたのに、今では食い入るようにハルさんを見ている。子供ながらに、ハルさんの気迫が分かったようだった。

「……ほい終わり。おつかれ」
「ほっ。おかげでさっぱりです。ありがとうございます」
「いいえー。こちらこそいつもありがとう」

 お子さんがソファから降りてきて、ハルさんの足元まできた。とてとてと歩く姿が可愛らしい。歩く度にアホ毛が揺れてるように見えるのは、僕の気のせいなのかな?

「トモー」
「んー?」

 お子さんが僕の顔を見てニパッと笑いながら僕の名を呼んだ。とてもカワイイ子だけどあまりハルさんには似てない感じがするから、きっとお母さん似なのだろう。髪もハルさんとはちょっと違って、茶髪でもふもふってしてるし。

「いつもありがとうだくまー」
「うん。また来るね。ありがとう」
「まってるくまー」
「待ってるから。またいつでも来てくれ」
「うん。ハルさんありがとう」

 ……あ、そういえば。ハルさんに聞きたいことがあったんだ。

「ハルさん」
「ん? どうかした?」
「北上さん、僕にファーストネーム教えてくれないんです。『下の名前教えてくれませんか?』て聞いても、『北上だよ?』としか言ってくれなくて……」
「あー……」
「何か理由でもあるんですか?」
「まぁ……ね」

 ハルさんのその反応を見て、何か重大な理由があることを僕は察した。ファーストネームを人に話せない理由って何だろうか……てか、そんな理由ってあるのかな……ひょっとして、この人たち家族ぐるみでスパイとか?! ……まさか。

「……分かった。明日にでも北上に会うといいよ。北上には俺から言っとく」
「何か秘密でもあるんですか?」
「秘密って言えば秘密なのかなぁ。本人そんなに気にしてなさそうだけど」
「?」
「ただ、北上のことを俺が話すわけにもいかないし。直接本人に聞いてみて」
「はい。ありがとうございます」

 そして次の日。いつもの時間にミア&リリーを訪れると……

「おっ。いらっしゃーい」
「こんにちは北上さん」
「うん。待ってたよー」

 北上さんがいつものように、マンガを読みながら応対してくれた。最近はなんだかんだで毎日講義が終わったらここに顔を出してるから、北上さんもこの時間に僕が来るのが分かってるのか……最近はぼくが来てもマンガから目を離そうとしない。

「早速だけどトモくん。私ちょっと小腹がすいたんだよね」
「……ここ、喫茶店ですよね?」
「うん」
「僕、客ですよね?」
「うん」
「北上さん、マスターですよね?」
「うん」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……ピザトーストでいいですか?」
「よろしくー」

 僕が押しが弱いのか、それとも北上さんが押しが強いのかは分からないけど……なんだかもう、ホントここの店員みたいになってきたな僕は……。

 いつの間にか準備されていた僕専用のエプロンを身に付け、カウンターに立つ。厚切りの食パンに十字の切り込みを深めにいれ、トマトソースとチーズをトッピングしたら、その上に細切りベーコンとピーマンの輪切りを乗せる。

「チーズは多めですか?」
「んー」

 トースターで焼いてるピザトーストが焦げないように注意しつつ、自分用と北上さん用にコーヒーを淹れる。同時にミルクを温めてカフェオレ用に準備しておいて、あとでコーヒーと合わせ、北上さんのカフェオレの完成だ。

――チーン!!

 ピザトーストが焼きあがった。店内にチーズの焦げたいい匂いが漂ってる。

「北上さん、出来ましたよ」
「んー」

 マンガに夢中で生返事の北上さんのそばに、ピザトーストとカフェオレを置いてあげる。今更ながらピザトーストだと漫画本が汚れるんじゃないかとちょっと心配したが……

「北上さん」
「んー?」
「ピザトーストだから、気をつけないとトマトソースで本汚れちゃいますよ?」
「よゆー」

 北上さんは器用にピザトーストを片手で切り分け、指にソースがつかないように持って口に運んでいた。

「よく片手でそんな器用なこと出来ますね……」
「まぁ汚れてもいいんだけどね。これ中古本だし」
「そうなんですか?」
「うん」

 北上さんが一つ目のピザトーストを食べているうちに、ウェットティッシュを準備してあげる。一つ目を食べ終わった北上さんは、何も言わず僕が準備したウェットティッシュを一枚取り、それで指を拭いていた。

「んー。トモくんありがと」
「いいえ」
「腕上げたね」
「そうですか?」
「うん」

 そう言われると悪い気はしないんだけど、順調にここの店員の道を歩んでいるような気がして……それはそれで別にいいけれど……でもなんだか釈然としないというか……。僕はそのままエプロンを外さず、調理に使った器材を洗うべく、シンクの蛇口をひねって水を出し、包丁をその水でゆすいだ。

「あーそうだトモくん」
「はい?」
「ハル兄さんから聞いたよ。私が下の名前を教えてくれないって気にしてるんだって?」

 不思議とそう言われると、なんだか自分が駄々をこねてるみたいでちょっと恥ずかしい……。でも北上さんは、そんな僕の葛藤を知ってか知らずか、マンガから目を離さず、僕の返事を待たずに話し始めてくれた。

「ハル兄さんからは何か聞いた?」
「いえ何も。本人に直接聞いてくれって」
「そっかー」

 北上さんの、マンガのページをめくるペースが目に見えて落ちた。僕の角度からは、北上さんの表情が本に隠れて見えなかった。それは偶然なのか意図的なのかは分からない。でも北上さんは、なんとなく自分の表情を僕に見られたくないのかなと思ってしまった。

「私さー。艦娘なんだよねー」
「はぁ……艦娘……ですか」
「うん」

 艦娘っていえば、けっこう前から深海棲艦とかいう化け物と戦ってる人たちのことだったよな確か。数年前に他の県の海軍施設が崩壊しただかの事件が起きた時、艦娘って人たちのことがちょっと話題になった覚えがある。詳しくはよくわからないけど。

「だからさ。私って下の名前がないんだよ。無理矢理にフルネームを言うとしたら“重雷装巡洋艦・北上”だから、ある意味“北上”が下の名前なんだよね」
「……」
「それにさ。かつては私、深海棲艦って敵と戦ってたんだよね。何体も沈めたよ。それこそ、何体も何体も殺したよ」
「……」
「でもね。後悔はないよ。戦争だったし。私もたくさんの仲間を……深海棲艦に殺されたし……大切な場所や大切な人たちを守るためだったから」
「……」
「怖くなった? 無理しなくていいよ? 気持ち悪かったら、もう来なくてもいいし」

 ハルさんは、一つ間違えていたようだ。ハルさんは『北上はそんなに気にしてないんじゃないか』って言ってたけど、それは間違いだったみたいだ。

 今、北上さんは冷静に……いや冷静を装いつつ僕の返事を待っている。僕に表情を見られないようにマンガで顔を隠して、声色も努めていつも通りの声色になるようにがんばっているけれど……

 けど、マンガを持ってるその手はほんの少しだけ震えている。声色だって、毎日声を聞いてる僕には分かる。北上さんが緊張しているのが分かる。

 でも正直なところ……北上さんには悪いけど、僕にはそれが重大なこととは到底思えない。

「えーと……北上さん」
「んー?」
「ごめんなさい。僕にはいまいちよくわかんないんですけど……とりあえず一つ質問があります」
「なに?」
「大丈夫だと思いたいんですけど……念の為」
「うん」
「とりあえず、僕と仲良くはしてくれるんですよね?」
「……」

 北上さんが艦娘ってことがどれだけ重大なことなのかは僕にはよく分からない。深海棲艦と戦う存在で軍所属ってことだったはずだから、きっとたくさんの敵の命を奪ったというのは事実だろう。そして、仲間もたくさん死んだということも事実なのだろう。

 でも僕にとっては、それは言うほど難しい問題ってわけではなくて……。なんというか、誰だって悩みや苦しみは持っているはずで、北上さんの場合はそれがたまたま、自分は艦娘だって悩みなだけの話で……。

「ごめんなさい……なんかホントによくわかんなくて。突然そんなこと言われても、僕はよくわかんなくて」
「……」
「でも、これからもここで僕と仲良くしてくれるかどうかが僕には一番問題っていうか……僕は、ここに来て北上さんと話して、こうやってピザトースト焼いてあげたりカフェオレ作ってあげたり、逆に、北上さんが僕のコーヒーにしれっと角砂糖いれてくれたり、時々気を利かせてコーヒーのオーダーをカフェオレにしてくれたり……それが出来るかどうかがよっぽど大切なことっていうか……」
「……」
「ごめんなさい。頭悪くてよくわかんないです。こんなことしか言えなくてごめんなさい。でもなんか……今の話聞いて、北上さんひょっとして仲良くしてくれなくなっちゃうんじゃないかとか、いなくなっちゃうんじゃないかとか変なこと考えちゃって」

 こんな時に気の利いた一言が何も思い浮かばない自分がとても情けない。頭が混乱して自分が何を言っているのかよく分からなくて、おまけに変なこと口走りながら涙もポロポロ出てきて情けないやら恥ずかしいやら。

 北上さんがページをめくる音が止まった。幻滅させてしまったんだろうか。それとも呆れられてしまったんだろうか。

「ぷっ……」
「? 北上さん?」
「なんでトモくんが謝ってるのさー?」
「へ?」

 よくわからないけど、北上さんは怒ったり呆れたりとかはしてなかった。肩がわなわなと震えてたのは、どうも笑いをこらえてただけみたいだった。北上さんはマンガ本をカウンターに置いてやっと僕に顔を見せてくれた。その顔はいつもの笑顔で、ほんの少しだけ目が赤くなっていた。

「ぶふっ……トモくん」
「ふぁい」

 北上さんはニコニコ笑いながら、僕にウェットティッシュを差し出してくれた。

「ほい。涙拭きなよ。ついでに鼻も」
「ふぁい……でも」
「んー?」
「ウェットティッシュで涙って拭いていいんですかね? 鼻かんでもいいんですかね……?」
「わかんないけど……いいんじゃない?」
「ふぁい……」

 北上さんが差し出してくれたウェットティッシュで涙を拭いた。拭いたところがひんやりとして気持よく……でもなんだか濡れてて気持ち悪くて。でも仕方なくそのまま涙を拭いたティッシュで鼻をかんだ。

「ぐすっ……ちーん」

 僕が鼻をかんだ反動で姿勢が前かがみになったとき、北上さんが立ち上がって僕の頭をくしゃくしゃしてくれた。

「……」
「びっくりさせちゃってごめんねトモくん」
「いや、僕こそごめんなさい。気の利いたこと言えなくて。せっかく真剣に話してくれたのに、こんなバカみたいなことしかいえなくて。ぐすっ」
「んーん。北上さんはね。トモくんの気持ちがうれしかったよ。ありがと」
「……」
「とりあえずさ。私がトモくんのことを拒絶することはないから」

 そっか。それならよかった。僕の見える景色から、色が無くなることはきっともうないだろう。僕の目からは相変わらず涙が流れていたが、それは混乱や悲しみ、情けなさから来る涙ではなく、北上さんの言葉を受けての嬉し涙だった。

「だってさ。トモくんいたら私、マンガ読むのに集中できるからね」

 僕の涙は半分乾いた。

「えー……北上さん……本気ですか……」
「本気だよー。いつもありがとね。そしてこれからもよろしく」
「うう……北上さん、僕、ここの客でいいんですよね?」
「そうだよ?」
「んで、北上さんはこのお店のマスターですよね?」
「そうだよ?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……はい。分かりました」
「ありがとね♪」

 まぁいいけど。北上さんのお店に来られるなら……こうやって話が出来るなら、この人と一緒にいられるのなら、それぐらい別にいいけれど。

 ……そして今日。僕はある決意を胸に秘め、このミア&リリーに来た。事前にバーバーちょもらんま鎮守府で髪を整え、北上さん好みのさっぱりした髪型にしてもらい、髭も剃ってもらって準備は万端だ。

 ハルさんの店を訪れた時、僕は何も言ってないのにハルさんは開口一番『よーし今日は気合いれるぞー!!』と言い、とても丁寧に、今までに見たことがないほどに真剣な眼差しで髪を整え、髭剃りしてくれた。シャンプーしている間の顔は見ることが出来ないので分からないけど、恐らくはいつも以上に気合が入った表情で洗ってくれているのだろう。

「はい終わり! 男子力が上がったよ!!」
「ほっ! そ、そうですか? ありがとうございます」

 着ている服のセンスもいいハルさんにそう言われると自信が湧く。お子さんが僕の顔を見てニパッと笑って声をかけてくれた。

「トモー。さんぱつしたトモはかっこいいくまー」
「ほんとに? ありがとう」
「ほんとだくまっ。きっと母ちゃんもほれるくまー」
「それはまいったな。トモが俺のライバルか……」

 いやいや勘弁してくださいよ……ハルさんの奥さんって会ったことすらない人なのに……

「大丈夫。うちのカミさんと北上は人のものには手は出さない主義だから」
「?」
「うちのカミさんがトモにほれるっつーことは無いってことだよ」
「はぁ……?」

 ハルさんが言っていることがいまいちよく理解出来ない。人のもの? だからカミさんは手を出さない?

 ハルさんの元に、息子さんが走ってきた。息子さんはいつものようにアホ毛をピコピコと動かしながらハルさんの足にまとわりつき、楽しそうにはしゃいでいる。

「トモ。勇気が出ることを教えるよ」
「はい?」

 ハルさん……まさか今日、僕が何をするつもりなのか見抜いているのだろうか……?

「まぁ多分、気付いてることだろうとは思うけど……」
「はぁ……」

 ハルさんはお子さんの両肩に手を起き、僕の方に身体を向けさせた。

「北上とうちのカミさんは……球磨って言うんだけど……二人は、姉妹だ」
「はい。前に聞きました」
「つまり、この子の母親……俺のカミさんは、艦娘だ」
「……」
「大変なこともあったし、辛いこともたくさん体験したよ。でも今は幸せだし、カミさんもきっとそう思ってくれてる」
 
 確かにこの言葉は、僕に勇気を与えてくれた。

「だろ?」
「はい」

 やっぱりこの人、僕がこれから北上さんに会う目的に気付いてるのかな……?

「どうだろうね? ニヤニヤ」
「いや、絶対に気付いてるでしょハルさん」
「うん」

 『応援してるよ』『がんばるくまー』という親子の温かいエールを受けた後、今度ハルさんのうちに遊びに行く約束をして、ばーばーちょもらんま鎮守府を出る。その後そのままミア&リリーの前に立って、僕は入り口の取手に手をかけた。

「おっ。いらっしゃーい」

 いつものように、やる気ない……でも僕の耳にとても心地よい声が聞こえた。北上さんはいつものように、20冊のマンガ本を傍らに置いてカウンターでマンガを読んでいたようだった。

「北上さんこんちわ」
「ほーい……あーところでトモくん」
「はい?」
「私今、ちょうどおなかすいてるんだよね」
「はい」
「……」
「……」
「……」
「……ミニホットドッグでいいですか?」
「あと、冷たい飲み物も」
「冬なのに……アイスカフェオレでいいですか?」
「ありがとね♪」

 カウンターに立ち、エプロンをつけて調理に入る。ロールパンを4つ準備して包丁で切れ目をいれ、キャベツの千切りとボイルしたソーセージをはさみ、トースターで少しだけ焼き目をつけてあげる。

 北上さんは相変わらずマンガを読んでいた。店内に静かに鳴り響く、トースターのタイマーのジジジという音と、ページをめくる音。

「北上さん」
「んー?」
「今日はお話があってきました」
「奇遇だねー。私もトモくんに話があるから待ってたんだ」

 トースターで焼き色をつけている間に、グラスを2つ準備して氷を入れ、濃い目に入れたコーヒーと冷たい牛乳を注ぐ。ガムシロップを入れてほどよくかき混ぜ、アイスカフェオレが2つ出来、一つは北上さんの前に置いた。北上さんは僕がカフェオレを置くやいなや、手を伸ばして一口飲んでいた。マンガを読みながらなのに、正確にグラスに手を伸ばして掴んでいた。

「北上さん」
「んー?」
「北上さんは、僕にとって大切な人です」
「……奇遇だねー。私も」

 チンという音がなり、いい具合にミニホットドッグに焼き色がついた。それをお皿に盛り、北上さんの前に差し出した。

 北上さんはマンガから目を離さずに僕が置いた皿からホットドッグを一つとって、それをむしゃむしゃ食べていた。いつかのように、やっぱりマンガに隠れて北上さんの顔が見えない。

「北上さん」
「んー?」
「僕は北上さんが好きです」
「……」

 北上さんが一個目のホットドッグを食べ終わったのが分かった。マンガを閉じ、いつもの表情で北上さんが自分の指をぺろっとなめている。指についたケチャップを舐めとっているのかな。

「トモくん」
「はい」
「球磨姉と会ったことある?」
「ハルさんの奥さんですか?」
「うん」
「ないです」
「んじゃさ。今晩ヒマ?」
「はい」
「んじゃさ……ハル兄さんと球磨姉に、会ってもらえる?」
「……と、突然ですか?」

 ハルさん。ハルさんのうちに遊びに行くのは、案外と早いタイミングになってしまいました。でも……

「いいのいいの。私の大切な人なんだから」
「で、でもやっぱり突然会うなんて緊張しますよ。何話せばいいのか……」
「あることないこと適当に話しとけばいいんだよ。ハル兄さんとそのカミさんだよ?」
「うう……」
「トモくん」
「はい」
「……ありがとね。これからよろしく」

 ハルさんには、いい報告が出来そうです。これから北上さんと二人で、ハルさんご夫婦にあることないこと報告しにいきます。

終わり。


 
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