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鎮守府の床屋

作者:おかぴ1129
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番外編 ~夜戦トーナメント~
  お姫様はハル

『ハルは大至急執務室に来てくれ。繰り返す……』

 午前中の営業が終わって午後の開店までの間の休憩中、一人で居住スペースでごろんごろんして遊んでいたら、こんな緊迫感に溢れた提督さんからの放送が鎮守府に鳴り響いた。

「なんだなんた?」

 はて……何かマズいことでもやらかしたか? ひょっとしたら金の計算が合わないとか提督さんが時々俺にくれる食い物のちょろまかしが上層部にバレたとか……? まぁここでうだうだ考えていても仕方ない。不安を抱えながら執務室に向かう。

 執務室に向かう途中に気付いたのだが、鎮守府内に誰もいない。いつもなら昼寝ポイントを通れば鼻の頭にちょうちょが停まっている加古が居眠りしているし、元気いっぱいの暁ちゃんとビス子が走り回っているんだが……今日の鎮守府は水を打ったように静かで、聞こえてくるのは波の音ぐらいだ。

 ついでに言うと、いつもならだいたいこの時間には店に来て霧吹きで店内に過剰に湿気を供給している妖怪アホ毛女すら姿を見せていない。一体何があったというのか……ひょっとしてこの静まり返った鎮守府内と何か関係があるのか……

「とんとん。提督さん。ハルです。着ましたよー」
『来たか。入ってくれ……』

 執務室のドアをノックし、中にいるであろう提督さんに声をかける。心持ち声に緊張感が感じられるのは、多分俺の気のせいではないだろう。

 執務室のドアを開ける。

「あ、来たクマね」
「やっと来たわねハル……」
「待ちわびたわよ! ぷんすか!!」

 鎮守府内が静まり返っている理由がよく分かった。艦娘は全員、この執務室にそろっていた。彼女たちは自身の席に座る提督さんを囲むように立っていて、表情は皆一様に険しい。……隼鷹と北上以外は。

「それじゃまるで私が間抜けみたいじゃん」
「だってお前、実際いつもの緊張感ゼロな表情じゃんか」
「来たかハル……」

 どっかの特務機関の司令のようなポーズで机に肘をつき、実に険しい顔をしている提督さん。こんなに苦悩した表情を浮かべる提督さんも珍しいな……

「何かあったんすか?」
「ああ……」

 提督さんが額に冷や汗をたらしながら説明してくれた所によると……本日、暁ちゃんとビス子の両名によって、ある上申書が提出されたらしい。

「はぁ……上申書ですか」
「ああ。読んでみるか?」
「いいんですか?」
「いいよ。別に機密ってほどではないしな……

 そう言いながら、提督さんは一枚の書類を俺に手渡してくれた。『上申書』と言うからには正式な書類なんだろうが……

 その自称『上申書』には、こんなことが書いてあった。


上申しょ
最近、かんむすのみんなはたるんでると思います。
このままたるんでいては、一人まえのレデぃーにはなれないです。
ついては、れん度向上とみんなの気のひきしめのため、
なによりも一人まえのれデぃーとなるため、
今日のよる、やせん演習をかねたトーナメント大会を行うことを上申します。
かしこ
○月○日 あかつき びすこ

「……ビス子」
「何よ?」
「この上申書さ。お前も連名なんだよな」
「そうよ」

 俺の問いに悪びれる風もなく……むしろ誇らしげに髪をファサッとなびかせたビス子。……なんだこの小学生の絵日記みたいな紙は。軍人ではない……それ以前にサラリーマン経験すらない俺でも、これが正式な書類の規格からはみ出たものであることが分かる。

 大体、上申書の最後を『かしこ』で締めくくるってどうなんだよ。そらぁ暁ちゃんとビス子は女だから『かしこ』を使う事自体は間違いではないけど、そのかしこ自体上申書にはいらないよなぁ? これじゃ書類っつーよりも、ちょっとだけ背伸びしたお手紙だよなぁ?

「で、これがどうしたんすか?」
「ああ。書式はどうあれこのような上申が出た以上、無視するわけにもいかない。ひいてはハルの許可を得た上で、今晩夜戦演習を兼ねた一対一の夜戦トーナメント大会を行おうと思っている」

 そんな提督さんの説明を聞きながら、『そういや昔、ロックなBGMに乗せてランスでド突き合う面白いトーナメント映画があったなぁ……』なんてのんびり考えていた。ロック・ユー!

 ……いやちょっと待て。

「? 提督さん、一つ聞いていいですか?」
「いいよ」
「なんで俺の許可がいるんです? 艦娘たちの夜戦演習の話ってことは、鎮守府の運営に関わることですよねぇ?」
「だなぁ」
「だとしたら俺はまったく関係ないですよね。そらぁ演習だけどイベントみたいなもんだから見物ぐらいはするかもしれませんが……」
「……」

 提督さん、なぜ俺から目線を外すんですか。

「おい球磨」
「クマ……」

 お前もなぜ俺と目を合わせないんだよ妖怪アホ毛女?

「教えろ隼鷹」
「夜戦だからあたしゃ関係ないし~。他の子に聞いて」
「北上」
「私も辞退したからパス。他の子に聞いて~」

 なんだ? なぜ誰も理由を話そうとしないんだ?

「誰か説明してくれ。トーナメント大会大いに結構だが、なぜ俺の許可がいるんだよ?」
「つーん……」
「ぷーい……」
「クマ……」
「ぐふふふふ……」
「くかー……」

 知らんうちに鼻ちょうちんを生成しながら居眠りし始めた加古と薄気味悪い笑みを浮かべる川内以外の全員が俺から目をそらしている。……なんだなんだ? 俺のあずかり知らないところで一体何が起こっているんだ?

「まぁいいじゃんいいじゃん。ハルが『いいよー』って言ってくれれば、夜戦できるんだしさ-」

 そういいながら川内が気安く俺の肩をバンバン叩いてくる。いや待て。そういう問題じゃない。

「提督さん……」
「ハル。何も言わず、やってもいいと言ってくれないか?」
「いやだから、そこでなんで俺の許可がいるんすか……」

 やはり核心に触れると皆俺から目をそらす……一体何なんだこれは……ええい仕方ない。

「……あー、はいはいわかりました。許可します。やっていいですこれでいいですか?」
「?!」
「クマッ?!」
「よしッ! これで夜戦がッ!!」
「これで一人前の!!」
「れでぃー!!」
「ぐー……」
「まぁ仕方ないわな」
「あー……オーケーしちゃった……」

 呆れ果てる隼鷹と北上以外の反応は様々……夜戦だから大喜びしてる川内はまぁいつもどおり。加古は聞いてるんだか聞いてないんだか分からんレベルで鼻提灯をふくらませていて立ったまま熟睡中。暁ちゃんとビス子はなんだかガッツポーズして、球磨に至っては戦闘意欲満々といった感じでアホ毛がまっすぐに天を突いていた。

「やっちゃったねハル兄さん」
「兄さんはやめろ北上。つーか何なんだよこれ。なんで俺の許可がいるのかそろそろ話してくれてもいいだろう?」
「えーとね……このトーナメント大会、優勝したら賞品が出るんだけど……」

 困ったような……でも内心かなり呆れ果てているような表情を浮かべてほっぺたをぽりぽりとかきながら北上が説明してくれた。

「その賞品ってのが、『ハルに膝枕で耳掃除してもらう権利』で……」

 はい? 俺が? 優勝者に?

「そ」
「膝枕?」
「やー」
「んで耳掃除?」
「ハルの膝枕は暁がもらったわ! そうすれば暁は一人前のれでぃー!!」
「グヒヒヒヒヒヒ……やせん……これで夜戦が……!!!」
「ハルの膝枕は渡さんクマ……!!」

 拍子抜けしたというか何というか……そんなもんのためにみんなこんなに目くじら立ててるのか……。

「すまんなハル。俺もみんなを止めたんだが……」
「いや別にいいですけど……みんなそんなに膝枕やって欲しいんすか……」
「皆それぞれに目的はあるが……少なくとも暁とビス子はハルの膝枕が目的だな」

 提督さんの視線につられて俺も暁ちゃんとビス子を見た。二人してガッツポーズを決め、『これで優勝して膝枕してもらえれば一人前のれでぃー……!!』と声を揃えてつぶやいてやがる……なんで膝枕されたら一人前のレディーなんだよ……

「なにッ?! ついにハルが膝枕を呑んだ?!」

 みんなからワンテンポ遅れて加古の鼻提灯がパチンと割れ、急に目をクワッと見開いてそんなことを叫んでいた。加古さん、あなたみんなのリズムに乗れてませんよ……

「いやハル、ホントすまん」
「いやだから別にいいですって」

 あまりに申し訳無さそうに頭を下げる提督さんが不憫に思えてきた。別にそんなの気にしなくていいのに……

「そうなの? 俺はまたてっきり膝枕は球磨だけの特権だと思ってたから……」
「隼鷹」
「ん? どうしたー?」
「昨日の夜提督さんが俺の店に電話かけてきて、お前のことを可愛い可愛いって4時間ぶっ続けでノロケてきたぞ。ダンナをなんとかしろ」

 『またそんな恥ずかしいことを……!!』『ご、誤解だッ?!』と夫婦喧嘩を始めた提督さんと隼鷹は置いておいて……みんなそれぞれ目的が違うってどういうことだろう?

「球磨」
「クマ?」
「お前、いっつも膝枕で耳掃除してやってるよなぁ?」
「そうクマね」
「んじゃお前、なにが目的なんだよ?」

 別になんでもない他愛無い質問のはずなんだが……急にほっぺたを赤くして口をとんがらせ、この妖怪アホ毛女はそっぽをむいた。

「き、拠点防衛戦だクマッ」
「? 意味がよく分からん……」

 加古は加古で何か目的があるみたいだな……

「私はハルの膝枕で昼寝してみて、一番好きな膝枕と比べてみたいんだよ」

 ものすごくキラキラした清々しい表情でそう答える加古の背後に、赤面してうつむいている古鷹の姿がうっすら見えたのは黙っておこう……つーか寝るってどういうことだよ。耳掃除して終わりじゃないの?

 川内は……

「ぐふふふふふふふ……夜戦……演習とはいえ夜戦……!!!」

 言わずもがなってやつですかね……

 そんなこんなで各々の思惑や欲望が錯綜したまま解散し、時が刻一刻と過ぎていく。トーナメントの開始時刻は午後7時。夜戦というほど夜ではないが、日が落ちるのが早くなった結果、今ではそんな早めの時間でも充分暗い。これなら夜の哨戒任務にも支障はないだろう……という提督さんの了承を得ない艦娘たちの独断でその時刻になったそうだ。提督さんの威厳、まるでなし。

「えこひいきは駄目だクマ!!」

 球磨はそんなことを言い出し、今日の晩飯は球磨から席を離して北上と二人で食べることになった。えこひいきって何だ? つーかなんで球磨とメシを食うのがえこひいきになるんだよ。

「球磨姉も意地があるんだと思うよ?」
「さっぱり意味が分からん。そもそもあいつは参加しなくても無理矢理俺に膝枕させてるじゃんか」
「乙女心が分かってないねーハル……」
「?」

 離れたところで周囲に殺気を振りまきながら飯を食ってる球磨に、自然と目が行く。時折こっちに目を向け、俺と目が合うとぷいっとそっぽを向いている妖怪アホ毛女。なんだよ。意地張ってないでこっち来ればいいじゃんか。

 ……あ、そういえば。北上は辞退していたことを思い出した。

「北上、お前はなんで辞退なんだよ?」
「あれー? ひょっとして私に膝枕したいの?」
「アホ」
「出てもいいんだけどね。……でも私は人のものには手は出さない主義なんだー」
「それはそれで意味が分からん。ずず……」
「ずず……あーお味噌汁おいし」

 北上と息の合ったタイミングで味噌汁をすすりつつ、周囲を見る。飯を食いながら鼻提灯を出したり引っ込めたりしている加古以外は、皆一様に周囲を牽制しながら飯を食っているようだ。普段は仲良さそうに一緒にいる暁ちゃんとビス子ですら、今日は『一人前のれでぃーは暁なんだから!』『私の方が一人前のれでぃーよ!!』と言い合いながらの殺伐とした夕食を繰り広げている。

 一方で、別の意味で周囲を牽制している子もいる。

「ぐふふふふふふふ……夜戦……夜戦だよ……待ちに待った夜戦が……!!」

 危険極まりない表情でよだれを垂らしながら白飯をかっこむ川内。みんなと比べても明らかに異彩を放った雰囲気の川内の姿を見て、俺は不安しか感じなかった。

「なぁ、もし川内が優勝しても、やっぱ膝枕で耳掃除やるんだよなぁ?」
「そらそうでしょー。なんたって今回の大会の目玉賞品だからね」

 北上にそう言われ、再び川内の方を見る。自身の身体の内側からほとばしる情動を抑えきれないという感じで、わくわくそわそわしながら魚の煮付けを食べていた。確かに目線は煮付けに向いているはずなのだが、なぜか俺の方向から見て、その焼き椎茸のようにキラキラと光り輝く両目は、焦点が合ってないように見えた。

「川内は純粋に夜戦がやりたいから参加するんだよなぁ?」
「本人そう言ってたからねぇ」
「……だったらいいんじゃないの? 耳掃除しなくてさ……」
「それは本人に言いなよハル……」

 かくして夕食が終わってしばらく経過した午後7時。艦娘たちの意地と欲望に塗れた夜戦トーナメントが始まった。

 隼鷹に案内されて会場である屋外演習場に向かう。ちょうど小学校のグラウンドがそのまま海になってる感じで、ズタボロながら照明もついている。おかげでもう暗いのに、割と周囲が見渡せる程度には明るい。

「はい。んじゃハルはあそこに行ってねー」

 そう言われて案内された場所は、秋祭のやぐらを再利用した小高い特等席のようになっていた。どうして秋祭りのやぐらの再利用だと分かったのかというと……

「あ……」

 『第一回やせんトーナメント大会だクマ』と書かれた看板の裏を見ると、『あきまつりだクマ』と書かれていたからだった。

「はーい。それじゃあトーナメント大会はじめるよー」
「解説は北上と隼鷹でお送りするぜヒャッハァアアアアア」
「ウォォオオオオオオオ!!!」

 出場選手5人しかいないはずなのに、どこから聞こえたんだ今の地響きにも似たうねりのような雄叫びは……ちなみに今回の大会の唯一の見物客にして、優勝者に贈られるトロフィー的役割である俺は、なんだかよく分からない豪華なソファに座らせられている。この椅子、なんか見覚えあるんだけど……この、少し古くて色あせてるけど、座るとフワッと身体を包み込んでくれる感触なんか特に。

「それ、執務室のソファ。さっき提督がひーこら言いながら運んでたよ」

 冷めた顔でしれっと中々ひどいことを隼鷹が言いやがった。お前手伝ったんだよな?

「やだよ重いし」
「お前と提督さんの家庭は間違いなくカカア天下だな……」
「ウォォオオオオオ!!!」

 おいお前ら。なんでそこで雄叫びあげたんだ。

「そしてその提督さんはどうしたんだよ北上」
「えーとね。なんか『催し物なんだから夜店でも出したいなぁ』て言ったんだけど、隼鷹が『いらない』って一蹴しちゃって、ショック受けて執務室にこもってるみたい」

――隼鷹のバカァァアアア!! 隼鷹のバカァァアアアアん!!!

 恐らく執務室で隼鷹に対して呪いの言葉を吐き続けているであろう提督さんに、俺は少なからず同情した。

「はーい。それじゃあ大会開始にあたり、トロフィーにして今大会のお姫様、ハルに一言もらいましょー」

 北上がそんなことをのたまいやがり、急に俺にマイクを向けてきやがった。なんだそりゃ。一言なんて何も考えてないぞ。何言えばいいんだよ北上ぃ。

「適当にあることないこと言っときゃいいんだよ」

 んな無責任な……

『あー……オホン。みんな、がんばれ』

 何も思いつかないので、とりあえずありきたりなことを皆に言ってみる。

「ぶーぶー!! もっと面白いことを言うクマー!!!」
「そう……だー……ぐぅ……」
「いいからやせーん!!」
「そんなんじゃ一人前のレディーにはなれないわよー!!」
「だったら暁が一人前のれでぃー!!」

 皆口々に思いつく限りの罵倒を俺に浴びせてきやがる。なんで唐突に一言振られた上にこんな罵倒まで浴びなきゃならんのだ……しかもお前ら、膝枕して耳掃除して差し上げる俺に対してそんな言い方ないんじゃない?

 ……仕方ない。俺もお姫様といえども男だ。ここは腹をくくるしかないだろう。

「優勝した人は、あたしが膝枕して耳掃除してあげる……だから……だからみんながんばって!!(陸奥(だから誰だ?)みたいな色っぽい声)」

 俺のセクシーなボイスは想像以上によく響き渡り、その途端会場は水を打ったように静まり返った。その後選手たちの方から聞こえてきたのは、落胆のため息。

「うーわ……そら私の目も冴えるわ……」
「……はぁ~。ハルには失望したクマ」
「いいから早く夜戦!!」
「そんなんだからハルは一人前のレディーになれないのよ……シャイセッ……」
「ハルも落ちぶれたものね……暁の方が一人前のれでぃーよ……」

 艦娘のバカァァアアアア!! 艦娘のバカァァアアアアん!!!

 その後、傷心の俺をほっといて組み合わせ抽選会が行われた。出場選手はトータルで5人のため、一人はシード扱いとなる。

第一試合 暁  vs ビス子

第二試合 川内 vs 加古

第三試合 球磨 vs 第一試合の勝者

第四試合 第二試合の勝者 対 第三試合の勝者

 こんな感じの試合運びとなる。妖怪アホ毛女はシードか……中々の強運の持ち主というか何というか……というかむしろここは、暁ちゃんとビス子のくじ運の悪さが問題なのか。

 そして、5名の選手たちの名誉や意地……欲望……突き上げる情動に塗れた、激しくもしょぼい夜戦トーナメントが始まった。

 
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