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鎮守府の床屋

作者:おかぴ1129
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前編
  10.祭だ祭だっ!!(前)

 あの、小学生のようにフリーダムな球磨たちとの戦慄の肝試しから数日後、猫の親子はそれぞれ『ミア(親)』『リリー(子)』と名付けられ、市街地で里親を探し、無事猫好きなご夫婦、井上さんに引き取られていった。あの日林で親子を見つけた俺と球磨、そして実際に病院まで子猫たちを運んだ川内の三人で、猫の親子を井上さんご夫婦の家まで送り届けてあげた。

「ありがとうございます。ミアとリリー、幸せにしてあげてください」
「こちらこそ。こんなかわいい親子を譲っていただき、感謝します。また会いに来てやって下さい」
「「にゃー」」
「もー……そんなにくっつかれたら私も離れられなくなっちゃうよー……」

 ミアとリリーにとっても、自分たちを助けてくれた川内との別れは名残惜しかったようで、二匹は最後まで川内の足元や頭から、中々離れようとはしなかった。実際にこの親子を助け俺達にピンチを知らせたのは今は亡き神通と那珂だけど、その二人の姉である川内には、この子たちも素直に心を開いたのだろう。

「球磨たちに感謝しつつ、残りの人生を生きるクマ。キリッ」
「ふしゃー!!!」

 必要以上に恩義を強調してくる妖怪アホ毛女に対し、ミアとリリーが最後まで懐くことはなかった。球磨は近づいて手を差し伸べる度に、ミアにねこぱんちを食らっていた。

「ハル〜……球磨も猫達と戯れたかったクマ……」
「お前はまず接し方から勉強しろ……」

 そんなわけで里親さんたちの家を後にし、俺達は自分たちの鎮守府へと戻った。

 それから数日は、何もない日々が続く。バーバーちょもらんまには毎日のように艦娘たちが訪れ、『足の裏がかゆい』と暴言を吐き、夕方には球磨と北上が晩御飯に誘いに来る。風呂に入って一日の疲れを癒やした後は、球磨たちが俺の居住スペースに訪れて酒盛り。時にはその面子に提督さんも加わるようになり、バーバーちょもらんまの酒盛りは毎日の終わりの恒例になりつつあった。

 そして、秋祭を明日に控えた日の晩。この日もいつものように、艦娘のみんなが俺の居住スペースにやってきて、みんなで酒やジュースを飲みながら楽しくおしゃべりをしていた。この日は提督さんもめずらしくいい感じに酔っ払っていて顔もほんのり赤い。

 球磨は相変わらずで、おちょこ一杯の日本酒でいい感じに酔っ払っていた。午前中の出撃で敵と戦闘になり、轟沈寸前まで追い込まれたというのに、風呂に入れば元気いっぱいってどういうことだ?

「くぅ〜……まぁ〜……」
「?! 誰だ球磨に酒を飲ませたのはッ?!」
「くまぁ♪」
「ごぶぉッ?!」
「あらら〜……今日も腹パンされるなんて、ついてなかったね〜ハル。ニヤニヤ」
「ちくしょう……かひゅー……轟沈寸前で帰ってきやがったのに……風呂に入って傷を癒やした時は必ず……かひゅー……酒を飲んで俺に腹パンを突き刺してきやがる……ッ!!」
「ひゃっひゃっひゃっ! 提督見てみなよ〜。ハルと球磨は仲がいいねぇ」

 片方が片方にぶん殴られてるこの状況を見て、仲がいいように見えるその目はどれだけ節穴なんだ隼鷹!!

「だなぁ。いやぁーハルが来てくれてよかった! ホント、来てくれたのがハルでよかった!!」

 提督さん、あなたも酔っ払ってるでしょ。仲いいヤツをぶん殴ってくる女なんかどこにいるんですかッ!

「いやぁ、それが球磨の愛情表現なんだよ。きっとさ」
「誰がハルと仲良ひだクマぁ〜」
「ちくしょッ!! その有り余る凶暴さで川内とこれから夜戦とかしてこいよッ!!」
「なに夜戦?!! ハルが私と夜戦してくれるの?!!」
「どこをどう聞き間違えたら俺が川内と夜戦することになるんだよッ!!」
「ハルとの夜戦は許さんクマァ〜……ハルの夜戦の相手はこの球磨だクマァ〜!!」

 球磨のこの言葉を聞いた瞬間、ちょうど日本酒を口に含んでいた提督と隼鷹が同時に酒を吹き出し、北上はニヤリとほくそ笑んで、雑魚寝していた加古は上体をガバッと起こした。

「なに?! なんか今私の目が一気に冴える一言が聞こえた気がしたんだけど?!」
「いやちょっと球磨姉……それは大胆発言すぎるでしょ……」
「何が大胆だクマァ〜。この球磨が直々にハルの相手をひてやるクマぁ〜」
「まったくだ……まさか球磨がそんなことを口走る日が来ようとは……ハル」
「はい?」

 提督さんは立ち上がり、急に俺の前まで来ると、俺の両肩をガシッと掴み、まっすぐに俺の方を見て、真剣な眼差しで……でもほっぺた赤いけど……至極真面目なトーンでこう言い放った。ほっぺた赤いけど。

「この鎮守府の提督として……いやもはや一人の男としてのお願いだ!! 球磨の心意気に応えてやってくれッ!!」
「……ハイ?」
「いい子なんだ! いい子なんだ球磨は! 隼鷹には負けるけど、魅力的な子なんだよこの球磨は! 隼鷹には負けるけど!!」

 唐突な提督さんの大胆発言を受け、今度は隼鷹が顔を真っ赤にして『ハアッ?!』と悲鳴を上げている。なるほど……北上、お前がよくニヤニヤしてる気持ちがわかった気がする。

「ちょっと何言ってんの提督!」
「マイスニートハニー隼鷹に比べたら全然だけど、球磨はいい子なんだよハル!!」
「ちょっとやめてマジで恥ずかしいから!」
「昨日だってハルからもらった耳掃除用ローションで丹念に俺の耳を掃除してくれたし、おれがしてあげたら顔真っ赤にして『ありがと』ていってくれたりして隼鷹そらもうすんげーカワイイ俺だけの天使だけど、球磨もいい子なんだよ!!」
「まじかー。いやー提督さん、うらやましいっすニヤニヤ」
「隼鷹、愛されてるねニヤニヤ」
「そら私の目も冴えるわ。さすが商船改装空母だねぇ隼鷹ニヤニヤ」
「〜〜ッ?!!」

 ついに隼鷹は堪忍袋の緒が切れたのか……

「提督〜。ちょっと外行こっか〜」
「ぉお! 俺の天使隼鷹の頼みとあらば、地獄までついていくぞ!!」

 と提督さんとともに外に出て行った。その直後……

『ものどもかかれぇえええ!!!』
『ぎやぁぁぁあああああ?!! 俺は隼鷹の可愛さを……グホッ……皆に……ガフッ?!』

 という戦闘意欲満々の隼鷹の咆哮と、ブゥウウンというプロペラ機が飛び立つ時のような音、そして爆発音に紛れて提督さんの悲鳴が聞こえてきた。その悲鳴を聞いた川内は『いいな提督〜……夜戦してる……』と物欲しそうな眼差しで外に続くドアを眺めていた。

「平和だなぁ〜……」
「ピースフルだねぇ〜……」

 俺と北上は急にスローペースになった時間の中で、息を合わせてこう呟いた。平和だ……ここが激戦地とは思えないほどに……確かにこいつらしょっちゅう戦いに出向いてはちょくちょく怪我して戻ってくるけど……平和だなぁ……。

「いつぞやのようにハルの背中に張り付いてやるクマ……ハルの身の安全は球磨が守るクマァ~……」

 知らないうちに俺の背後に周り、俺の背中に抱きついてアホ毛で俺の頭をつっついてる球磨さえいなきゃ完璧だったんだがな……。抱きつくのはかまわんけど背中に頬ずりするのはやめてくれるか球磨?

「ハル〜。この球磨が根性を叩きなおひてやるクマァ〜……んー……いい匂い……」
「意味わからん……そういやさ。暁ちゃんはともかくビス子は1回も顔見せてないよな」
「ビス子も暁と同じで、任務がない時は9時を過ぎたら眠くなるタチだからね。まぁ私はいつも眠いけど」

 夜9時過ぎたら眠くなるって、どんだけ小学生なんだよ……ヘタしたら幼稚園児レベルだぞ……。この前の肝試し探索の時は恐怖と緊張で目が冴えて眠れなかった的な感じだったのか?

「前に1回、加古と一緒にビス子を無理やり連れてこようとしたことあるんだよ」

 と北上が遠い目をして語り始めた。なんつーかその人選が間違ってる気もするけどな。

「そしたらさぁ……『あら……私は遠慮してお……くわキタカ……ミ……お肌が……スー……スー……』て寝始めちゃってさ」
「そしたら私も眠くなっちゃって、その日はビス子の部屋で寝たんだよね〜……」

 それ、ただの加古二号じゃねーか……。

「またそんな失礼な……あ……ヤバ……」

 おいおいこんなに話が盛り上がってるところでも寝ちゃうのか……

「ごめ……明日も……あるし……もう……ねか……せ……クカー……」
「ダメだコリャ……」

 おれは今まさに倒れ伏してしまう加古の頭のところにクッションを敷いてやり、加古が気持ちよく眠れるように配慮してやった。しかし加古自身がこのことに気づくことは永遠に来ないであろう。

 一方、さっきまで執拗に俺の背中に張り付いていた球磨も、夢の世界にダイブしてしまったようだ。今は俺の膝を枕にして、気持ちよさそうな顔で眠っている。

「スー……スー……張り……倒ひて……スー……」
「なんでこいつはすぐ俺の膝を枕にするんだよ……」
「プッ……ハルに甘えてるんじゃない?」
「アホ言うなよ。こいつがか」
「うん。ハルといる時の球磨姉はね、なんとなくはしゃいでる感じがするんだよね。いつもハルといると楽しそう」
「そう?」
「うん」

 夜戦に滾る血を抑えきれなくなったのか、いつの間にか川内もいなくなっていた。隼鷹と提督さんはさっき外に出て行ったきり戻ってこない。加古と球磨は就寝中。残されたのは俺と北上。静かな時間は、チクタクという時計の音だけを俺と北上に届けた。

「ねー」
「ん?」
「球磨姉のことよろしくねー」
「なんだそりゃ」
「いつの日か義理の兄になるかもしれない人への、義理の妹からのお願い」
「妖怪アホ毛女なんかに惚れるかいっ」
「そお?」
「こいつだって俺のことおもちゃ程度にしか思ってないだろう」
「二人ともいいセン行ってると思うんだけどなぁ」
「かんべんしてくれ……」

 なんとなく、俺の膝で気持ちよさそうに寝ている球磨の頭に手が行った。そのまま頭を撫で、もふもふの髪を手櫛でとかしてやる。量は多くてコシも強いのに、意外にも手櫛には素直だ。本人もこれぐらい素直ならいいのに……。

「ん……スー……」

 球磨の髪を耳にかけてやる。最近は俺が耳掃除してやってるから、耳もキレイなもんだ。そのまま髪を撫でてみた。こんなに髪は素直なのに、なんでアホ毛が出来るかね……

「ストップ」

 唐突に北上が俺にそう告げた。どうした北上?

「それ以上は球磨姉が起きてて、二人でいる時にやってあげて」

 誰がやるかいこんなこと。球磨だって起きてる時はこんなことしようもんなら張り倒してきそうだしな。

「ハルも球磨姉のこと言えないねー……」
「?」

 よく分からん……でも俺、なんで急に球磨の髪を撫でたくなったんだろうねぇ?

 次の日。提督さんと艦娘のみんなはとても忙しそうだった。隼鷹とビス子の二人は哨戒任務に出て、他のみんなは秋祭の準備に勤しんでいた。

「昨日は提督にあるまじき醜態をさらしてしまったからな! 今日は提督らしく、夜店で大活躍するぞぉお!!」

 提督さんはそう言いながら、夜店で出すやきそばやイカ焼き、わたあめなんかの料理の準備で大忙しだ。宿舎の調理室を覗くと、提督さんが通常の3倍ぐらいのスピードでせわしなく動き回っていた。……お約束だが、別に赤くはなかった。いつものように制服の上から割烹着を着て、頭には三角巾を巻いていただけだ。

「提督さん?」
「おっ! ハル!!」
「忙しそうっすね」
「まあな! 今晩はみんなが楽しみにしてた秋祭りだ! 昨日の醜態の分を取り返さなきゃいかん!!」

 提督さんはいい人だ。こんないい人が忙しそうに立ちまわってると、こちらも何か手伝わなきゃいけない気がしてくるが……

「んふっふ〜。イカ焼き〜……やきっそば〜……りんごあめ〜……」

 こんな鼻歌を歌いながら実に楽しそうにされてると、なんだか邪魔するのも悪い気がしてくる……でも一応聞いてみるか。

「提督さん、なんか手伝うことあります?」
「あ、いや!! ハルには一つ頼みたいことがあるんだ!!」

 イカ焼き用のイカをさばく手を止め、水道で手をジャバジャバと洗った後、割烹着のすそでその手を拭きながら提督さんが近づいてきた。今までイカをさばいてた割に、身体から魚介類の匂いが漂ってこないのは、さばいてたイカが新鮮だからか?

「ハル。今日は艦娘みんなの髪を整えて欲しい」
「ほえ。全員ですか」
「ああ。みんなにはもう伝えてある。何人かは浴衣を着るそうだ。浴衣に似合う髪型にしてあげてくれ。出来るか?」
「了解です」
「代金は別枠で鎮守府に請求してくれ」
「いいっすよ。今日は無料でやります」

 今日はお祭りなんだ。だったら俺だってお祭りでいこうじゃないか。……なんてことを考えてたら、提督さんはそんな俺を見て、急にニヤリとする。悪巧みしてる時の、やんちゃ坊主の男の子みたいな笑顔だった。

「いいんだハル。今日の祭にかかった費用は、ぜーんぶ必要経費として司令部に請求するから」
「……そんなズルをやっていいんすか?」
「いいんだよ。この鎮守府は常日頃司令部に振り回されてるんだ。これぐらいでも足りないぐらいだよ」

 汗だくの提督さんは、そう言いながら川内のような眩しい笑顔を見せてくれた。なんという剛気……この秋祭の費用を全部というと、中々バカに出来ない金額になるはずなんだが……逆に言えば、それだけこの鎮守府の運営が厳しいのかもしれない。

 以前に球磨から聞いたことがあるが、かつてはこの鎮守府も、司令部からの支給品が潤沢に届いていた時期があったんだそうだ。それがいつの頃からか支給品がなくなり、資材の補充もなくなり、鎮守府の経営状況は悪化し……今では独自の補給線を確保し、残り少ない艦娘でなんとか鎮守府を機能させてる状況だと聞いた。必要経費も雀の涙ほどしか認められないため、こんなハレの日に一気に請求しているらしい。

「了解っす。んじゃ思いっきり高く請求しますね」
「よろしく頼む。……さぁあー俺は仕込みの続きだぁあ!!」

 提督さんはそう言うと、再びイカをさばき始めた。うーん……あのイカをさばくスピード……さすがだね。

「ホッ! ホッ! ホッ!!」

 昨晩、嫁の隼鷹に完膚なきまで叩きのめされた人だとは思えないなぁ。

「ハル」
「はい?」
「それは言うな」
「提督さんも俺を球磨のことでからかわないのならやめます。ニヤニヤ」

 ハッスルしながらイカをさばいていた提督さんに別れを告げ、祭の会場になる鎮守府中庭に足を運ぶ。意外にも本格的に準備が進んでおり、球磨と川内が櫓を組み立て、北上と加古がやぐらと木の間にちょうちんをひっかけたワイヤーを渡していた。暁ちゃんは提督さんの夜店の準備をしているようだった。りんごあめを夜店の一角に並べていたのが見える。

「あ! ハル〜!!」

 やぐらの上の球磨が、こっちに気付いて100万ドルの笑顔で手を降っていた。なんだかえらく輝いて見える笑顔だなぁ。

「球磨〜!! 何か手伝うことはあるか〜?!」
「そろそろ暁の仕事が終わるクマ!! そしたらハルは暁の髪を整えて欲しいクマ!」

 ぉおなるほど。すでに提督さんのプランはみんなにも周知されてるようだ。球磨の方もあらかた準備は終わりつつあるようで、後を川内に任せて、やぐらの上から『クマッ!』と言いながら飛び降りてきた。俺の目の前で『ドスン』と着地し、『ふしゅう〜……』と鼻から水蒸気を出して余計な圧力を抜いたように見えたのは、おれだけじゃないはずだ。

「分かった。お前たちは?」
「球磨たちも終わり次第、順繰りにハルのとこに行くクマ。今日はハルも大忙しクマよ?」
「分かった。……お前も浴衣着るの?」
「んふふ〜。着るクマ!!」

 胸を張り、得意げにこう答える球磨を見ながら、『どうせ猿に烏帽子だろ……』と思ってしまった俺は悪い子でしょうかじい様……。

「なーにー? やっぱり自分の嫁の浴衣姿が気になるの? ニヤニヤ」

 木の上から北上が、ニヤニヤしながら見ていた。

「アホなこと言うな!!」
「誰が嫁だクマッ!!」
「えー。球磨姉に決まってんじゃん」
「よし。ちょっと降りてくるクマ。ねえちゃんが魂のこもった熱い折檻をしてやるクマ」
「やーだよ。球磨姉に張り倒されちゃうからね」
「クマァ〜……」

 一瞬だけ俺も頭に血が上ったが、木の上で球磨をからかう北上と、木の下でからかわれる球磨ののどかな光景を見て、そんな気持ちもなんだか萎えた。平和だなぁ……。

「ハル! 私、行けるわよ!!」

 俺がピースフルな気持ちで仁義なき姉妹ゲンカを眺めていたら、夜店の準備が終わったと思しき暁ちゃんが話しかけてきた。

「おっ。暁ちゃんおつかれ」
「途中、りんごあめをつまみぐいしそうになったけど、なんとか持ちこたえたわ!!」

 つまみぐい? りんごあめをつまみぐい? それはつまみぐいというより失敬というやつではないのか? ありゃつまみぐいで済むものか? 軍ではギンバイって言うんだっけ?

「……ま、まぁいいか」
「えっへん! さすがは一人前のれでぃー?」
「そだね。さすが暁ちゃんだね。一人前のレディーだ」
「パァァアアア!!」

 うーん……なんて素直な暁ちゃん。どこぞの妖怪アホ毛女とは……

「アホ毛がぁあッ?!」

 おっ。久々にアホ毛レーダーが反応してるな。さっさと行こう暁ちゃん。

 球磨のアホ毛レーダーの圏外に逃げるべく、急いで暁ちゃんと共にバーバーちょもらんまに避難した。店についたら、まずは暁ちゃんを散髪台のシートにちょこんと座らせ、暁ちゃんの予定を聞く。

「暁ちゃんは今日は浴衣は着るの?」
「着るわよ」
「どんな色の浴衣?」
「あずき色で、白いお花の絵が描いてあるわ!」
「てことは……んー……牡丹模様かな?」
「あと、この帽子もかぶりたい!!」

 暁ちゃんにとっての思い出の帽子だもんな。そら、肌見放さずかぶりたいよな。今日みたいな日は特に……。

「了解。浴衣に帽子ってのは斬新だけど、髪の方は任せてくれ」
「お願いしますっ」

 その後はいつものように、霧吹きで暁ちゃんの髪をシュッシュしたら散髪。髪を整え終わったところで、一度シャンプーをしてあげる。

「暁ちゃーん」
「なーにー?」
「かゆいところはー?」
「左足の裏の……」
「自分でかいてねー」
「それをするのが一人前のれでぃー!!」

 その後は髪を乾かしてつつがなく終了。……しかし、こんな時まで足の裏か……。

「じゃあハル! またあとでね!!」

 そう言って、髪を整え終わった暁ちゃんは店を後にし、入れ違いで今度はビス子が来た。哨戒任務も無事終了したみたいで何よりだ。

「次は私ね」
「おう、いらっしゃい。ビス子は浴衣は着るの?」
「私は着ないわね」
「あらもったいない。ビス子も似合うと思うけどな」
「そうかしら?」
「うん。ビス子なら似合うと思うけどね」
「んじゃ来年に着てみるわ。……あ、でもね。今年は私、ディアンドル着ようと思ってるの」
「ディアンドル?」

 ん? なんだそりゃ? 初めて聞くな。

「知らない? ドイツの民族衣装なんだけど」
「いや分からんな……実物見れば分かるかも」
「そお? じゃあ楽しみにしててね! そして私の美しさにひれ伏すがいいわ!!」

 そう言って『ふんす』と鼻から水蒸気を吹き出すビス子を見て、ホントにこの前の肝試しの時のビス子と同一人物なのかと疑わしくなった。いやまぁ同一人物なんだろうけど。

「? どうしたの?」
「いや別に」

 その後も散髪が終わる度に隼鷹、川内、加古、北上、提督さん……と次々にお客さんが押し寄せてくる。基本的に一日の客数が少ないバーバーちょもらんまにおいて、これだけの人数の客が一日に来るのはまれで、7人もの客を短時間の間にさばいたのは随分久しぶりだった。おかげで俺もなんだか心がウキウキしている。

 話を聞いてみた結果、浴衣を着るのは暁ちゃんと川内、そして妖怪アホ毛女の三人で、ビス子はディアンドルというドイツの服を着るみたいだ。この時点ではまだみんなに話を聞いてみただけで、誰がどんな服を来てくるのかは分からない。なんだかんだでみんなかわいくて美人だから、それぞれ似合っているんだろう。今から楽しみだ。……今目の前にいる、こいつ以外は。

「というわけで、今日のラストを締めくくるのは球磨だクマ」
「お前がラストか……」

 そして今日のラストは、この妖怪アホ毛女で締めくくられる。こいつのアホ毛、どうしてくれよう……。

「おい球磨」
「クマ?」
「お前もたしか浴衣着るんだよな。どんな色のやつ着るんだよ」
「紺色の古式ゆかしい浴衣だクマ。似た感じの色の羽織も着るクマ」
「了解した。アホ毛はどうする?」
「切れるものなら切ってみるといいクマ」
「放置しとくか……」

 床屋としてはシャクだけどな……こいつのアホ毛にかまけていたら、秋祭に遅れるかもしれんからな。一度球磨の頭をシャンプーしてやり、その後髪を整えてやる。びよんと立ち上がるアホ毛に屈辱を感じながら、丁寧に……

「なぁ球磨」
「クマ?」
「うなじ見せたりしないの?」
「しないクマ。キリッ」

 丁寧に……

「なぁ球磨」
「クマ?」
「うなじ」
「見せないクマっ」

 それはそれは丁寧に……

「球磨ー」
「しつこいクマッ!」

 だってうなじしっかり見せた方が浴衣はカワイイんだもん……

 ……あれ? 俺もこんなにムキになる必要なくね?

――やっぱり自分の嫁の浴衣姿が気になるの?

 うるせー北上。ここに来て妙なこと言って俺を意識させるんじゃないッ。

――ニヤリ

 俺は自分の頭の上で右手をパタパタと振り、俺に余計な邪念を送り込もうと企む北上の邪悪なイメージを振り払った。

「何やってるクマ?」
「心配いらん。悪のイメージを振り払っているだけだ」
「?」

 髪を球磨の要望どおりに整えたら、最後はいつものように両肩をポンと叩いて終了だ。球磨、おつかれさまでしたっ。

「ほっ!」

 いつもならここで耳掃除もやってやるんだが、今日は別にいいだろう。本人も、今日はいつもみたいに『耳掃除もやるクマ!』って言ってこないしな。

「ところでお前ら、着付けは出来るの?」
「隼鷹が出来るから問題ないクマ」

 あの妖怪飲んだくれ女にして提督さんのスイートハニーの隼鷹がか。なんか意外だな。日本酒飲みながら『ひゃっはぁあああ!!』ってしてるイメージしかなかったから。

「ああ見えて隼鷹はお嬢様だから着付けはお手の物クマ。毎年隼鷹にやってもらってるクマね」
「当の本人は浴衣を着ないっつーのになぁ」
「気合が入った服ってのはあまり好きじゃないみたいクマ。カクテルドレス着たこともあったけど、本人嫌がってすぐ脱いでたクマね」
「……カクテルドレス着るような機会があったことに驚きだよ」
「提督夫人的な感じで。なんかすんごく様になってたけど、鎮守府戻ってからすぐ着替えてたクマ」

 ひとしきり雑談を終えた後、球磨は『そろそろ浴衣を着るクマっ』と言い残して店を後にした。球磨の浴衣姿か……うなじもしっかり見せてないし、どうせ浴衣を来てもちんちくりんだろう。

――準備が出来たら北上と誘いに来るから、ここで待ってるクマ!

 そんなことを言っていたから、似合ってなかったら盛大にちゃかしてやろう。

「よぉおおおおし!! 残り1時間でやきそば準備だぁぁあああ!!」

 提督さんが、たくさんの荷物を積んだリヤカーを引いて、祭会場の中庭に駆け抜けていく姿が見えた。手伝おうかとも思ったが……

「やきそばだぁぁああああ!! 待ってろよぉぉお!!」

 ねじり鉢巻をして祭りのハッピを着て、満面の笑顔で駆け抜けていった提督さんを見てると、無理に手伝ってしまって提督さんの楽しみを奪ってしまうのもなんだか忍びない気がした。第一、球磨との約束もある。俺はこのまま、球磨と北上が見せに来るのを待つとしよう。

 祭が、もうすぐ始まる。


 
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