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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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34.彼岸をこえた小さな背中

 
前書き
今回の事件、初期プロットでは最長3話で終了するあっさりストーリーだったのが、色々と考えてたらいつの間にかこの量に。解せぬ。

それはそうと、前話の後半らへんに色々と辻褄のミスがあったので修正しました。細かい所が気になる人は一応読み直した方がいいかもしれません。 

 
 
 事件捜査というのは使いっ走りより指揮する側のほうが忙しいもんだな、とヨハンは内心でごちた。

「………ヨハンさん!別動の連中から報告が上がりました!やはりブラスさんの言うとおり、ガイシャ7人は全員が被害に遭う直前まで金属製の首飾りをつけていたようです!目撃証言、知人の証言でハッキリしました!これで現場に散らばった鎖のようなものの正体が掴めましたね!」
「馬鹿野郎、首飾りの正体がわかってねぇのに浮かれるな!同じ形状のチェーンを使ったアクセサリ類を探し回って工房を特定しろやッ!!」
「ヨハンさ~ん!本部から通達!ガイシャは全員が元『ウルカグアリ・ファミリア』で現在は非冒険者だったとのことです!トロちゃんと黄金仮面さんが直接主神に話を聞きに向かってま~す!」
「その『ウルカグアリ・ファミリア』とその近辺について徹底的に調べろ!聞き込み班にも伝達しておけ!あと念のために同業ファミリアの意見を聞きてぇ!」
「ヨハンさん!西区でオラリオ外から来たと思われる不審者が暴れて『トール・ファミリア』に制圧されました!」
「この忙しい時に何所のバカだ!?本部の拘束室までしょっぴいてもらえ!褒章を要求されたら話をロイマン所長に回しておけ!」

 指揮権を任されているのだから同じ部屋にずっと籠っていれば若いのが仕事をしてくれるかと思いきや、どうやら今時の職員は大半が事件捜査をした経験がないらしい。だから指示を飛ばす時に二つ三つは多く言葉を飛ばさなければきちんと言葉の意味を理解してもらえない。
 ヨハンが20代の頃はこれほど拙い組織ではなかった。もっと経験豊富な先輩方に囲まれて日々自分の努力不足を見つけられるような、強い組織だった。なのに今では元服を済ませて間もないような若い連中ばかりぞろぞろ増えて、古株は減るばかりだ。

(『地獄の三日間』で一時期ものすげぇ退職者が出たからな……ベテランの数が足りねぇんだよ)

 あのオラリオ最低最悪の三日間、ギルドはこの街の最も汚れて歪んだ場所を手ずから摘出する大手術を敢行することになった。しかもあの事件から数年間、オラリオの治安は歴史上最悪にまで落ち込んだ。
 目を覆いたくなるような悲惨な事件やこの街を揺るがす大事件が立て続けに起き、対応に追われたギルド職員の何人も精神病にかかり、何人もが過労で倒れ、そして何人もが家族を連れてオラリオを後にしていった。ヨハンもあの頃はまだ半人前だったので、随分右往左往させられたものだ。

 ギルドがその危機を乗り越えてオラリオの秩序として君臨し続けられるのは、間違いなくロイマン・マルディールという男の大改革――経費削減とファミリアに対する追加税の導入による資金確保と適切な運用があってこそだ。拝金主義などと顔を顰める者もいるが、あの男は金で危機を解決できるならその潤沢な資金を平気で投げうるだろう。

 だから、金でどうにかできないことに対処するためにヨハンたち一般職員が存在する。

「今回の一件でトローネとルスケも使い物になるようになりゃいいが……」

 『地獄の三日間』の前も、こうして街のあちこちで不審死体の発見が報告されていた。少しずつ、少しずつ、見えない悪魔が影を侵食するように広がる『狂気』という名の伝染病。早く刈り取れるのならそれに越したことはない。

 冒険者という名の化け物が跋扈し、夥しい死と血をばらまいた惨劇の日々。
 もうあんな時代が来るのは御免だぞ――と、ヨハンは静かにテーブルに置いた手を強く握り絞めた。



 = =



 それほど大きくはないが、繊細かつ洗練された外観の工房――それが、『ウルカグアリ・ファミリア』のホームだった。見た所では中規模ファミリアと小規模ファミリアの狭間といったところで、職人意識の強いファミリアにはそれなりにある体系だ。

 そこに何の躊躇いもなく突入して受付に「ウルカグアリいるー?」などと言い出すのだから、アズライールという男は心臓に悪い。本人には欠片の敵意もないのだろうが、あの死神オーラが唐突に突入して来れば並大抵の人は焦るものである。
 幸いにして遅ればせながら突入したトローネが事情を説明したものの、それが無ければファミリアの皆さんは「死神が主神を滅ぼしに来た」と盛大に勘違いして命を賭して戦ったことだろう。受付の女の子が悲痛な表情をしながら震える手でペンをナイフのように握っていた光景が印象的だった。

 ……直後に「ペンは剣よりも強しってそういう意味じゃないから」とアズにペンを取り上げられて泣きそうになっていたが。彼女からはなにか自分に近いものを感じるトローネだった。

 やがて、ホームの奥からその少女が現れたことで、騒動は終息に向かった。



 トローネとアズに紅茶をそっと差し出した美麗なドレスの少女は、儚げな笑みで微笑んだ。

「――満足なおもてなしも出来ず、申し訳ありませぬ」
「や、こっちも突然で悪かったね。次は菓子折りでも持って来ることにするよ……あ、いい香り」
「早速紅茶飲み始めてるし……」

 ウルカグアリ――鉱物を司るとされるその神は、華奢でどこか神秘的な印象のある少女だった。長い蒼髪は清流のように揺れ、その身はドレスだけでなく首飾り、指輪、腕輪、ティアラなど数多くの装飾品で彩られている。しかしそれほどに豪奢な品を身に着けているにも拘らず、彼女からは上流階級特有の嫌味が一切感じられない。
 むしろ、そうして多く彩られていなければそのまま光に融けて消えてしまうかのように、彼女の纏う気配は透き通っている。

「そのアクセサリさ、全部貰い物のプレゼントでしょ。それもほとんどがファミリアからのものじゃないの?」
「何故そのように?」
「全部のアクセサリが君に合わせたサイズになってるし、凄く映えてる。作り手が君を近くでよく見てきた証拠に思えるんだよねー」
「ふふっ………聞きしに勝る慧眼ですね、『告死天使(アズライール)』。貴方には神になる資質があるように思えます」
「そういう貴方は冗句がお上手のようだ。しかし残念……観察眼は俺の友達仕込みでね」
「ならば、そのご友人にも資格があるやもしれませんね?」

 向かい合いながら微笑を浮かべる二人は、とても初対面の人と神のそれとは思えない。どうしてこの男は神を相手にこうも自然体でいられるのか、トローネには全く分からない。こちとら溢れ出る神の気品に中てられて体がガチガチだというのに。

「あ、そうそう。ウルカグアリって長いから『ウルちゃん』って呼んでいい?」
「あら、それなら私は『アズちゃん』とでもお呼びしたほうがよろしいかしら?」
「ふむ。その流れだとこっちの子は『トロちゃん』になるね。それでいい?」
「そんな人間になるのを夢見る白猫みたいな仇名付けないでくださいよっ!?私は犬人ですからっ!確かに心無い先輩にはトロちゃん呼ばわりされますけどっ!!」

 この世界で受け取ってはいけないでんぱっぱを受け取ってしまい半狂乱になるトローネをなだめる事数分、結局『トロちゃん』は却下されることとなった。

「ウル様、優しいのですね……貴方様の下で働く眷属の皆さまが羨ましいですぅ……」
「甘えん坊なのね、トローネちゃんは。時々でも甘えたくなったらうちにおいで?次からは美味しいスコーンも用意してあげるから、ね?」
「ああ、ウル様からお母さんのにおいがしゅりゅぅ……」

 ぐう聖だ、この神。トローネに膝枕をしながら優しく頭を撫でて微笑む姿が、もう女神としか形容できない。残念女神が溢れるこの世界でこれほど純粋な女神がいることに感動さえ覚える。

 しかし、そんな感動の光景をいつまでも続ける訳にはいかないわけで。



「――改めまして!ギルド所属特別捜査班、トローネ・ビスタです!」
「無所属冒険者、アズライール・チェンバレット。今はギルド捜査班外部協力者としてトローネちゃんと一緒に事件捜査してるよ」
「『ウルカグアリ・ファミリア』主神、ウルカグアリよ。折角仇名を貰ったのだし、ウルと呼んでね?」

 仇名が意外と嬉しかったのか、くすっと微笑みながらウルはそう告げた。
 この人が良さそうな女神に殺人事件という残酷な出来事を知らせるのは気が引けたが、更なる犠牲者を出さない為には彼女の協力が必要になるだろう。事件のあらましとここへ来た理由を――あくまで次の犠牲者となる可能性があるという部分を強調し――アズに告げられたウルは、静かに瞠目しながら話に最後まで傾聴し、全てを終えた時に静かに一筋の涙を流した。

「そうですか………オスカー、マーベル、クライス、ローレンツ、ゴウ、ミヘイル、クレデント………みな、私の嘗てのファミリアで間違いありません。そう、あの子たちはもう逝ってしまったのね……」
「ウル様……心中、お察しします」
「カースが一命を取り留めたのが唯一の救いなのでしょう。……嘗て我が眷属となりし7つの魂よ、せめて今は安らかなれ――」

 涙をぬぐいもせずに静かに祈りを奉げるウルの姿は神々しくも物悲しく、まるで絵画から抜け出してきたようだった。その清廉な姿はどこまでも純粋で穢れない。

(……トローネちゃん、今でも『主神がグル』って言える?)
(イジワルな質問しないでください……あの祈りを見たらそんなこと口が裂けても言えませんよ)
「……………すみません、時間を取らせてしまって。それで、アルガードの話でしたね?」

 祈りの時間が終われば、待つのは良くも悪くもこの事件の鍵となる職人の話。ウルもそれを分かっているのか、哀しみを鎮めて再び二人に向かい合う。

「アルガードは……あの子は友神から面倒を見てあげてほしいと紹介された子よ。鍛冶系のファミリアはドワーフなんかが多いから、どこのファミリアでもソリが合わなかったみたい」
「ああ、ドワーフの人達ってやたら豪快な癖に手先は器用だからねぇ………気持ちはちょっと分かるかな」
「うちは元々本格的な武器とかは作らないファミリアだったからどうだろうな、って思ったのだけど……アルガードは装飾にも拘る方だったから直ぐに馴染んだわ。そのうち彼の影響で武器作りに目覚めた子が何人か出てね?それで、思い切って武器も作れる設備を整えた工房を作ったの。10人で回してたかしら……その頃は『改造(カスタム)』が流行ってたから、ほぼ『改造』専門だった」
 
 嘗てを回顧してか嬉しそうに語るウルの話ではこうだ。ホーム外に作ったその工房は開工当初10人で回しており、被害者8人とアルガード、そしてもう一人の男……ウィリスという男で構成されていたそうだ。
 当初の流行りに対応していたこともあって工房は大成功。短期間であっという間に元を取り、その後も暫くは安定した稼ぎを出していた。ところがそれから僅か1年も経たずして工房に問題が発生した。それは、『改造(カスタム)』の存続の有無、方向性の有無を巡って激しい口論が起きたのだ。

「『改造(カスタム)』は難しい技術……品質を落とさずに強化するには高い練度が必要だった。アルガードとウィリスにはそれが出来たのだけれど、残りの8人は残念なことにそれに追いつける技量ではなかった。つまり、当時の工房はアルガードとウィリスが『改造』に付きっきりで、残りの8人がその手伝いをしつつ思い思いの作業をしていたの。最初はそれで上手くいっていたけど……」
「デキる人に仕事を集中させると負担も集中して不満が爆発しちゃいそうですねぇ……」
「まさにそれが諍いの種になりました」

 アルガードとウィリスはその頃既に『改造』を延々と続ける一日に疑問を抱き、『改造』の業務を縮小しようと主張し始めていたそうだ。しかし、当時の工房は収入の7割が『改造』によるもの。当然ながら反対意見が出た。二人がいたからこそ『改造』の品質が保てて儲けることが出来たのに、その二人が仕事量を減らせば収入の大幅低下は免れない。
 次第にグループは『改造』以外の作業を求める二人、それに断固反対する三人、職人として自分たちも『改造』をやらせてほしいという五人に別れ、多数決で作業配分の変更が受け入れられることとなった。

「職人の意地もあったんだろうねぇ。真剣に物作りをしてるってのに、本当に評価・信頼されてるのは二人だけ……自分だって出来ると思った筈だ。……それに見合う実力があるかどうかは別だけどね」
「アズさん、ちょっとその言い方は……」
「あ、いや。悪く言うつもりはなかったんだけどね。ホラ、職人の間ではよくあるんだよ……なかなか本格的な仕事を任されないで燻ってる新人っていうの?自信はあるけど実力が伴ってない人に限って一人前の仕事をさせろってうるさいんだー、ってシユウにいつか愚痴られたのよ」
「まぁ、シユウとも交友があるのですか?うふふ、あの人も大変みたいですね?」

 ちなみに話題に上がったその身の程知らずのファミリアはフーの弟弟子にあたるらしいが、アズもまだ顔を合わせたことはない。

「しかし、貴方の指摘は尤もなもの。私としては品質を落としてまで利益を上げる必要はないと言ったのですが……工房の10人はウルカグアリ・ファミリアをもっと大きくすることでこそ私への恩に報いることが出来ると考えていたそうです。結局私はその決意に負けて変更を許可して………それが、ひとつの悲劇を引き起こしました」
「悲劇………ですか?」

 完全にではないが、全員の思惑をある程度反映した結果だ。最善ではないかもしれないが、改善はされている。少なくともトローネにはどうしてそれが悲劇とやらに繋がるのかが分からない。だが、アズはその時に不思議と悲劇の正体に勘付いた。

「品質の低下によって武器が脆くなり、お客に死人が出た………しかも、工房の誰かにとって特別な冒険者が。違う?」
「まさにその通りです。アルガードとウィリスが最も恐れていた事態でした。……それにしても、どうして分かったのですか?」
「ちょっとした推理と……過去の『死』の気配。うまく説明できないんだけど、そういうのを感じる体質でね。ヤな体質もあったもんだよ。さ、続けてくれ」

 少しだけ切ない苦笑いを浮かべたアズに先を促され、ウルは語る。

「『舞牡丹(まいぼたん)』ピオ・ルフェール。当時としては珍しい小人族の女剣士でした。『ヘラ・ファミリア』所属、レベル3……アルガードとウィリスとはよく三人で仲睦まじく過ごしているのを見ました。もしかしたら恋心もあったのかもしれませんが………なれば尚の事、彼女の死は二人の心を深く穿ったことでしょう」
「そんな………お、おかしいですよ。二人は『改造』の腕は確かで、しかもピオさんとお友達だったんでしょ!?いくら品質が落ちるって言っても、そんな常連さんならお二人が手を抜くようなことを許す訳が!」
「その指名が増えすぎたことが元々二人の仕事が集中しすぎた理由……だから、業務内容が変更された際に指名のシステムは禁止になりました。ピオはそれでも二人の所属しているのだからと信じて『改造』を任せ――遠征中に突然剣が限界を迎え、その隙に魔物の凶牙に斃れたのです」

 当時の作業記録は残っていない。指名制の禁止によって誰が誰の剣を担当して『改造』したのか、誰も把握していない。確かなのは、親友二人以外の誰かがその剣を担当し、粗悪な改造を施してしまったことだけ。

 ピオの亡骸はダンジョンの安全地帯に弔われ、剣は彼女の仲間の怒りの視線と共に工房へ帰ってきた。その時の二人はどんな表情をしていたのだろう。憤怒に染まったのか、悲嘆に沈んだのか、現実を受け入れられずに呆然としたのか――ウルは敢えてその話を避けた。二人もそれを追求することはなかった。

「アルガードを除く9人は、間もなくしてファミリアを抜けました。工房内での激しい犯人探しと、これ以上そのメンバーが同じファミリアにいることが精神的に辛くなったことが重なったのでしょう。彼等はホームの職人からもファミリアの名誉に泥を塗ったと罵られ、失意のうちにファミリアを去りました。そのまま職人を辞めた者もいれば、よそのファミリアへ『改宗』した者もいました。共通していたのは………誰もが後悔をしたことだけ」
「自らの手掛けた作品で死人を出したことか、それとも利益を追求するあまりに大切なものを欠落させたことか。後悔のポイントは沢山あったろうね………どうしようもない最悪の結果への分岐は」
「……アルガードさんとウィリスさんは、どうなったのですか。大切な人を喪って……それが仲間の所為だと恨んだんでしょうか。それとも自分たちが業務形態に不満を言ったことをどうしようもなく悔いたのでしょうか」

 トローネは、二人の職人の心を慮る。もし自分が致命的なミスによって同僚を死なせたら……担当冒険者に誤った情報を与えて死地に追いやったら……自分の心は、その責任に耐えきれるだろうか。

「ウィリスとはそれ以来とんと話を聞きません。冒険者を続けているかも定かではありません……アルガードは今も工房を一人で切り盛りしています。今でこそ普通にしていますが、事件後は自らの命を削るように鬼気迫る働きようで……仕事をしていなければ、心が耐え切れなかったのでしょう」

 だとしたら、少なくともその二人には動機がある。
 いよいよ犯人に近づいてきた。トローネはそろそろアルガードに対する嫌疑を口にしようとして――ウルが続けて放った言葉に口をつぐんだ。

「20年もかけて少しずつ取り戻したあの子の平穏を死で以って奪おうなどと、いったい誰が斯様(かよう)な事を……!工房に恨みがあるのならばファミリアの主神たる私を狙えば良いではないですかっ!!卑劣なっ!!」
「工房に恨みのある存在に心当たりは……?」
「逆恨みならいくらでも出来ましょう!少なくとも『舞牡丹』の事件ではヘラ・ファミリアと和解しました!ともすれば、これは組織ではなく個人の恨み……!一番苦しんだのは当事者のあの子たちなのに、身勝手が過ぎるではないですか!」

 トローネは頭に冷水をかけられた気分になった。
 ウルの手は、怒りに震えていた。彼女にとってアルガードは愛すべき眷属。彼女はアルガードの事を犯人だなどと一遍たりとも疑ってはない。今、彼女は嘗てと今の工房を任せたファミリア達に卑劣な闇討ちを仕掛けた『真犯人』に憤っているのだ。

 ――今、この神に「アルガードを疑っている」などと告げられようか?

「もはや是非もありませぬ。直ぐにでもアルガードを呼び出します!我がファミリアは戦いは不得意なれど、姿も見せぬ卑怯な犯罪者の手を振り払えぬほど弱卒になった覚えはありません!」

 まずい、とトローネは思った。もしもアルガードが本当に犯人だった場合、既に彼の復讐は終わっている可能性がある。だとすれば、事情を知ったアルガードに証拠隠滅されたりしらを切られて逃げおおせる事も出来る。ウルの様子からして彼に嫌疑がかかっているなどと知れれば協力を得られなくなるかもしれない。
 逆に、逃走の為に更なる犠牲を重ねられれば目も当てられない。あんな殺人アイテムを作成できる男なのだ。本気になればどれほどの犠牲が生まれるか想像もつかない。どちらにしても、今というタイミングでアルガードを呼ばれるのはまずい。 
 かといって、彼女をどう説得すればいい。一瞬頭が真っ白になったその直後、アズが口を開いた。

「――落ち着いてくれよ、ウル。どこで犯人が見ているのか分からない現状で派手に動いたら、向こうが功を焦って余計に危険になるかもしれないんだ」
「余計に?何故です?」
「犯人は几帳面だ。1日に一人ずつターゲットを狙ってきている。だとすれば仮にアルガードさんがターゲットだとしても今日一杯は手を出してこない筈だ。いや、むしろカースさんの生存を知って焦っているかもしれない。アルガードさんを護るためにファミリアが大きく動けば、相手はターゲットに手が届かなくなる前に直接動くかもしれない」
「……なるほど、今は犯人を刺激する行動を取るべきではないと?」
「何所に誰の目があるか分からない。ここは波を立てないように静かに動くべきだ。大丈夫、俺やギルドの雇った手練れが速やかにアルガードを保護する。だからウルはなるだけ平静を装って、彼を保護する許可をくれ」

 神に嘘は通じない。だからアズは敢えてアルガードへの嫌疑に触れず、アルガードが狙われている事を前提とした場合の本心として説得した。しばしの沈黙の後、ウルはその怒りを鎮めた。

「そうすれば犯人を見極めてこれからの凶行を止めるための対策も取れる、とおっしゃりたいのね。口惜しいですが、今の私は些か平静を保てていなかったようです……分かりました。主神として、貴方たちにアルガードの事を任せます。必ず……必ず守り抜いて頂戴」

 強い意志の籠った瞳。彼の事を絶対的に信じている目だ。
 事ここに到って、アズとトローネはほぼ同じ疑いを抱いた。

(本当にアルガードさんは犯人なの……?復讐心をもしも欠片でも持っていたのなら、主神ともあろうお方が気付かないとは思えない。だとしたら、犯人はアルガードさんの方ではなくて……!?)
(彼女の口ぶりからして、もうアルガードとウィリス以上には手がかりがない。だけどアルガードはファミリアという行動制限があり、ウィリスの方は不明……可能性が高いのは後者だな)

 こうして、容疑者が一人増えた。
 行方不明の男――ウィリス・ギンガム。もしも彼が復讐を誓っていたのならば――アルガードが狙われない保証はない。



 = =



 ぎしり、と脳髄が軋む。
 これは痛みだ。生きていなければ感じることが出来ない痛み。僕の大切な人を蝕んだ痛み。大切な人が、二度と感じる事の出来ない痛み。痛み。痛み。狂おしいほどに求める痛み。しかし、その痛みが今の僕にはどこまでも心地よい。

 震える手で焼き(ごて)を握りふらふらと作業台へ赴く。自分の体が言う事を聞かないような錯覚に苛立ちながら、作業台に着く。眩暈、頭痛、嘔吐感、あらゆる苦が僕を責め立てる。しかし、それでもいい。あの時の後悔と身を焦がす衝動に比べれば、こんなものは春風のようにぬるい。

 ふと、作業台の淵から甘く優しい香りが鼻腔を擽った。
 最近は花の香りだけが唯一ぼくを癒してくれる。僕の召使いが時々くれる花だ。彼女もこれを気に入ってくれている。仕事場に入って声を発するだけでも邪魔なあの召使いを追い出さないのは、この花を活けてくれるから。それだけだ。

 足音が作業室の外から近付いてくる。

「失礼します。お花の取り換えに参りました」
「ああ………」

 恭しく一礼した召使いの青年は作業台の花瓶を持ちだし、新たな花を生けた花瓶を置く。一分一秒でも花が部屋にないことが腹立たしいため、花瓶ごと代えるよう命令してある。丁寧に花瓶を置く召使だが、こいつが作業台のすぐ近くに存在すると言うだけで虫唾が走る。
 ここは神聖な場所なのだ。何も分からぬ愚か者が足を踏み入れること自体が愚かしい。目的さえ終えたらとっとと追い出してやりたくなる。

「如何いたしました?何やら顔色が優れぬ様子ですが……」
「ああ、いや。最近少し忙しかったのでな……今日の夕餉は精の出るものを頼むよ。寝れば身体もよくなるさ」
「左様ですか……あまり無理はなさらぬようにしてくださいませ。貴方様はわたくしの仕える主。主の身に何かが起きては、わたくしは貴方様に申し訳が立ちませぬ」

 さも心配そうに顔色をうかがうこの男に焼き鏝を押し付ければ、どのような声で鳴くだろうか。きっとこの世のものとは思えぬほど悍ましい死に際の豚のような声をあげるだろう。こいつは僕はそんなことを考えているなどと思いもしていないだろう。

「心配するな。もう行け」
「……御用がおありでしたら、いつものように呼び鈴を」

 ああ、苛立たしい。出て行けと言うのが分からないのか。お前は邪魔なのだ。必要な時に必要なだけ口を開き、それ以外は沈黙して近寄らなければいいのだ。召使いが出て行ったのを確認し、僕は焼き鏝を放り出した。今はストレスで集中できないし、花も来た。しばし心を落ち着かせながら新聞でも読むことにする。

「………7人連続の不審死……ふくクッ……次の新聞では8人目の登場だな。もうすぐあがりだ、僕の最後の大仕事が!なあ、そうだろう!?そうだよな………あははっ、はははははははははっ、あはははははははははははは………!」

 壊れたカラクリのように笑いつづける男の作業台には、美しい桜色の牡丹の花が静かにたたずんでいた。
 
 

 
後書き
没会話1

「相手は神様ですよアズさん!?敬語使おうとか思わないんですか?」
「オラリオに来てこの方一度も考えたことねぇな。人間の友達より友神の方が多いし。ええっと……ロキたんだろ?ヘスヘスだろ?ファイさんだろ?フレイヤ、タケちゃん、シユウ、ガネーシャ、三馬鹿神……ソーマ………んー、多分全部で30人くらい?」
「下手な神様より交友関係広いっ!?」
「しかもさらりと大御所の名前が混じっていますね……」

 バベルの頂上辺りから『誰がアンタの友達よ、誰がっ!!』と色気もへったくれもない声が聞こえた気がするのは気のせいだろうか。


没会話2

「そうですか………オスカー、マーベル、クライス、ローレンツ、ゴウ、ミヘイル、クレデント、カース………みな、私の嘗てのファミリアで間違いありません。そう、あの子たちはもう逝ってしまったのね……」
「ウル様……心中、お察しします」
「いや、ナチュラルに流してるけどカースさんは死んでないからね……?」

 はっ!とした表情でこちらを向く二人に「ああ、天然なのね……」とアズは遠い目をした。
  
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