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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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23.舞空遊跳

 
前書き
ちなみに時系列的にオーネストはまだダンジョン内で殺戮の宴中です。 

 
 
 オラリオの冒険者は数多くいるが、その戦闘スタイルで最も多いのは剣一本だ。
 杖は魔法使いしか使わないし、魔法主体で戦う冒険者はそもそも絶対数が少ない。短剣やナイフはリーチが短くて使い手を選ぶ。槍は長すぎてダンジョン内では取り回しのきかない時がある。ハンマーや斧は重くて取りまわし辛く、ドワーフや猪人など力のある種族しか使わない。
 以上の理由から、冒険者の戦闘スタイルは自然と剣一本に集約しがちなのだ。

 そしてもう一つ――手で持つという点では盾もあまり使われない。
 盾とは、古来より「人」と戦う際に身を守ることを前提としている。鎧では対応しにくい様々な攻撃に対して、盾は非常に優れた防御性能を有していることも確かだ。しかし、ダンジョンではどうしても好まれない。

 ダンジョンはいつ、どこで、どれほどの数の魔物が攻撃してくるか分からない。どちらかといえば集団戦や一対一の戦いを前提としている盾は、ことダンジョンという環境下では重りになる。ダンジョン内で必要なのは機動力と継続性……片手を塞ぎ、重量もある盾はどうしてもデッドウェイトになる。
 ともすれば生まれつきの怪力を持つ種族でなければ持ち歩くのは難しいし、長期間ダンジョン内を動き回ることを加味しても盾は持って行かない方が合理的だ。後々に盾を持ち歩けるほどステイタスや体力に余裕が出来たとしても、盾持ちに回帰するケースは少数だ。

 だから、ココのように剣と盾を持った昔ながらの剣術はオラリオでは珍しい。
 珍しいが故に、このオラリオでは盾作りが得意な職人が少ない。丈夫な盾を用意する分には問題ないのだが、その盾に細かい注文を付けた際にきっちり応えてくれる職人が少ないのだ。

 そんな盾大好き人間たちのささやかな望みを叶えてくれる隠れ穴場の一つ、『シユウ・ファミリア』。そのホームの一室で、一人の職人が静かに盾を吟味していた。
 様々な角度から盾の表裏を覗き、手に持った小さな鎚でカツカツと叩いて音を聞き、やがて静かにテーブルの上に置く。
 ココ専属のシールド鍛冶師(スミス)、フー・リィライはどこか満足そうに結果を報告した。

「罅や歪み、金属疲労は殆ど無い。このまま使ってもいいよ。いやー、スキタイの人は本当に盾の扱いが上手だよね!」
「トーゼンよトーゼン!私達スキタイにとっては基礎教養レベルの技術なんだから!」

 外見は大人びているのに、すぐに煽てに乗っては自慢げに胸を張るのが彼女の子供っぽい所。その精神年齢の低さたるや、ほぼ同年齢のフーを苦笑いさせる程度である。しかし、彼の褒め言葉そのものにに嘘偽りはない。

「『衝撃受流(パリィ)』と『衝撃相殺(ブロック)』だっけ?おかげで修理する側が楽でしょうがないなぁ」

 アマゾネスやドワーフと違ってスキタイはヒューマンの集団だ。遊牧騎馬民族として武勇を立てては来たが、生まれついてのアドバンテージはないに等しい。だからこそ、彼等は常に戦闘技術に磨きをかけている。
 『衝撃受流(パリィ)』も『衝撃相殺(ブロック)』も決して門外不出ではないし、練習さえすれば他人にも真似事が出来る。だが、それを実戦や土壇場で活用できるレベルになる者は殆どいない。二つの技術は共に失敗した際にモロに攻撃を受けるため、リスクを考えれば回避に行動を絞った方がいいからだ。
 ところが、スキタイの戦士は当然として20歳になる前には回避・パリィ・ブロックの3つのどれでも敵の攻撃を防げるようになっている。だからスキタイの戦士は武器を滅多に壊さない。予想外の攻撃で装備に予想外の負荷がかかる率が周囲と比べて異様に低い証拠だ。

「ドワーフなんかあっという間にベッコベコにしちゃうからね。やっぱり盾の扱いは君達(スキタイ)が一番だ」
「ふっふん、もっと崇め奉るがいいわー!」
「はいはい……まったく君はこーいう時だけ調子がいいねぇ」

 こうやってスキタイを褒められたとき、ココは何となく自分が褒められるよりも誇らしい気分になる。理由は自分でもよく分からないのだが、きっと自分を育て鍛えてくれた人々が素晴らしき先人だったのだと思えるからなのだろう。

「でもそんなこと言うなんてちょっと意外~。フーってば戦いには行かないのにそういうのは知ってるんだ?てっきりここに籠りっきりでソッチの知識は駄目なのかと思ってたけど」
「おいおい、何言ってるんだ。君が暇さえあればスキタイの偉大さについてこんこんと語り続けるから覚えたくなくても覚えたんだよ……?」
「そだっけ?全然覚えてない!」
「ったく、自分で喋っておいてコレだから君は……」
「ふわぁ~……おっ?ねーねー天井のカドっこにあるあの染みの形って若干クマっぽくない?」
「もう話聞いてないし!」

 さっきまで会話していた筈の彼女は、現在大きな欠伸をしながら天井のシミの模様を一心不乱に見つめている。あまりにも不真面目なココに呆れたフーの目線が突き刺さるが、あの世界一我慢しない男――オーネストを以てして「本能で生きている」と言わしめた彼女は細かい事は気にしない。というか、下手をしたらゴースト・ファミリア内で一番神経が図太いので本気で気にしていない。

 生真面目なフーは、内心そんな彼女と反りが合わないと思っている。
 戦い以外では不真面目だし、人の忠告をあんまり聞いてくれないし、酒に強くもないくせに酒を飲んではオーネストの館で二日酔いに苦しんでいる。あんまりに自堕落だから面倒を見てあげることもあるが、どうにも彼女とは会話でも生活でも距離感が掴めない。
 だが、ココは何故かフーに懐いている。仲がいいというより懐いているという言葉がしっくり来るのは、彼女がどこか動物的な気性だからだろう。見かけたらちょろちょろ近寄って来るし、館でも暇になると近づいてくる。盾作成の専属契約を交わしているから余計に顔を見る機会は多かった。

(ま、彼女が人間的な「好き」を見せるのはオーネストと一緒にいる時だけなんだけどね……)

 そう考えるとほんの少しだけ喉に何かつっかえた気分になるのは何故だろう。とりあえず、こんなソリの合わないのに恋してたとは考えたくないので普段は気にしないことにしている。確かにココは美少女かもしれないが、頭に「残念」の文字を接続した方がよりしっくりくる。

「はぁ……ともかく、君が盾を大事に使ってくれるんなら製作者冥利に尽きるよ」
「どもども。でも、うーん……フーって変だよね」
「君に言われたくないよ!……というか、どこが変なんだい?」
「だってさ。そーいうのってさ、鍛冶屋としちゃあ商売あがったりなんじゃないの?防具が壊れなかったら仕事なくなるから売上げ落ちちゃうじゃん。唯でさえそんなに景気がいいファミリアじゃないんだし、仕事が減ると困るんじゃない?」
「ファミリアの経営に関しちゃ一言余計だっての!まったく、何を言うかと思ったら……君らスキタイの戦士たちの盾は一つ一つがオーダーメイドなんだよ?一つ作るのにそれこそ1週間以上かかるくらい丹精込めてるんだ。そんなに気合を入れたモノをしょっちゅう壊されたら造り直すこっちの精根が保たないって」

 フーは苦笑いしながら肩を竦めた。実際にはそれに加えて盾に使用する希少金属の仕入れなどにも手間がかかるため、更に時間がかかることもある。

「そもそも、そんなにしょっちゅう壊れるような装備作ってたら親方(シユウさま)に殴られる。『冒険者の命を護るのはお前の防具なんだぞ!』……ってな風にね。だから私の防具は装備する冒険者の無事を祈って全力で造る。もしそれでも防具が壊れるんなら、次はもっと凄い奴を作ってやるさ」
「むむ……偶にはアツい事言ってくれるじゃん!そーいうのがフーの戦いって訳だね!」
「そう言う事さね。それに、盾は私の子供(ファミリア)みたいな存在でもある。それが壊れず無事に戻ってくるのはいいことだ。きっちり役目を全うしてるんだから……長生きしてほしいのが親心、さ」

 盾に注がれる柔和な視線。使命を果たす我が子を可愛がるように、フーの指先がココの盾を撫でる。
 道具は消耗品だ。武器に拘りのない戦士だと平気で手入れを怠って、早く道具としても役目を終えさせられる。ギルドなどで配布される安物の大量生産品ならそうでもなかろうが、手間暇かけて製造された物ならば作り手も使い手も愛着というものが湧く。
 少なくともココには、今のフーが自分の埼品に愛情を注いでいるように見えた。

「君も無茶して壊れないでくれよ、ココ」
「……………う、うん」

 不意の一言にココは少し驚いたが、気恥ずかしさから少し目を逸らしつつも素直に頷く。
 フーという男は生真面目で口うるさい時があるが、いつでも優しい。アズは善性の中に酷く乾いた面が見え隠れするが、彼の優しさはじわりと浸透してくる献身的な暖かさがあった。
 きっとこの男は表に出れば女性の心を掴むんだろう。アマゾネスのタイプではないが、きっとヒューマンやエルフには人気が出るに違いない。今はマイナーファミリアの工房に籠っているしレベルも1だから注目されてはいないが、なんとなくココには想像がついた。

(そう考えるとフーって優良物件よね。別に結婚したいとかは思わないけど、本当ならこーいうのを旦那にしたほうが夫婦生活とか上手く行くのかな……)

 ……が、同時にココは知っている。
 この男は優しいけれど、時々ものすごく酷い事を言ってその優しさを台無しにするのだと。

「君がくたばったらこの子は自力で帰って来れないからね。この子が活躍するために頑張って生き残ってくれ!」
「おいコラー!?私より盾優先かーいっ!ちょっといい話っぽくて感動したのに酷い裏切りを見た!」

 いい笑顔で親指を立てるフーのジョークとも本気とも取れない態度が、どうにもココには理解しがたい。こういうとき、ココはつくづくこう思う――フーのことは嫌いじゃないけど反りが合わない、と。



 = =



 ココはダラダラするのも好きだが、走り回るのも好きだ。
 休める時に休んで動くときに動く。実に野生動物的だが、そもそも人間だって昔は野生動物と大差なかった事を考えれば不自然はない。だからココは時折、街の屋根から屋根に飛び移ってオラリオ中を駆け回る。

「やっふぅぅぅ~~っ!!」

 足を踏みしめて、トップスピードを維持したまま跳躍。宙に投げ出された身体にぶつかる風の心地よさを感じながら、2件飛ばしで建物の屋根にとん、と着地。着地のエネルギーを最小限に抑え、トップスピードを落とさないまま今度は通りを挟んで反対側へと跳ねる。

 その姿は余りに早すぎて地上からは一瞬しか見えない。戯れに彼女を追跡しようとした冒険者もいたが、その殆どが1分もしないうちに振り切られている。故に奇声を上げながら屋根の上を疾走する謎の女の正体は案外と知られておらず、特徴的な黒髪から『黒豹(ブラックパンサー)』という仇名で囁かれている。

 なお、追いかけっこに負けた冒険者たちがリベンジに燃えていろんな場所を飛び跳ねていた所、楽しそうという至極単純な理由で参加者が増加。偶然練習場の近くを通りかかったオーネストによって『移動遊戯(パルクール)』という名前の競技になりつつあるのはここだけの秘密だ。
 ……補足すると、オーネストは彼らの動きが前世界の記憶にあったスポーツのパルクールに似ていたからそう呼んだだけで、それを聞いた周囲が勝手に採用したのが真相である。アズに到っては鎖を使った全く新しい移動方に挑戦して「これが俺の立体機動!」と意味不明な事を叫びながらバベルの頂上に鎖を引っかけて飛んで行ったが。あの鎖、いったいどこまで伸びるのだろうか。噂によるとフレイヤの部屋に突き刺さって部屋の主を死ぬほど驚かせたそうだ。

 閑話休題。
 ともかく、ココはこの屋根の上界隈では「『移動遊戯(パルクール)』の開祖」とも「幻の走り屋」とも噂される注目の的なのだ。そんな人物を見かけた周囲は、当然ながらこう考える。――競いたい、と。

「いたぞ、『黒豹』だ!」
「へへっ!鍛えに鍛えた俺のパルクールテクで今日こそ正体暴いてやるぜ!」
「『黒豹』様~~!サインちょうだ~~~い!!」
「ブラックパンサー……略してブラパン?」
「その呼び方は止めろ!下着屋みたいになるから!」

 ココに追い縋るように十余名の冒険者が素早い身のこなしで屋根の上へと駆け上がり、跳躍するココの後ろに着いた。ジャッカルが野を駆けるように、鷹が空を切るように、オラリオの街並みの上を集団が駆け回る。

「おーおー集まってきた集まってきた。そんじゃー今回は北通りにあるギルド支部の屋根を最初に踏んだ人の勝ちねー!!」
「「「「やぁぁってやるぜ(わ)ッ!!」」」」

 ルールらしいルールも碌にない。
 あるのは『イケてない事をするな』という暗黙の了解だけ。
 争うためではなく、金儲けの為でもない。ただ純粋に、この瞬間――群れとなって一つの目標めがけ疾走する瞬間が心地よい。自分の限界を探るように全力で、自らが楽しむことを忘れぬよう伸び伸びのと、オラリオの自由な若者たちは一斉に駆け出した。

 思い思いの速度で自由な順路を辿り、バラバラな人間たちは有機的に動き回りながら進む。ある者は建物の間に垂らされた洗濯ロープを足場に飛び、ある者は看板の上を伝うように進み、中には狭い路地を三角飛びで跳ねまわって方向転換する器用な者の姿もある。
 不思議な事に、彼らは皆『黒豹』との競争に負けると何も追求せずに自然解散する。正体を確かめるという目的がある割には顔も隠していないココの正体を詮索しない。それはもしかすると、彼女に正体不明のままでいて欲しい、謎多き憧れの存在のままでいて欲しいという願いから来るのかもしれない。

(次からはサングラスとかで目元だけでも隠してみよっかな?)

 誰も知らない正体不明のカリスマ。そういうのも夢があって面白いかもしれない。
 そう思いながら、ココは周囲で一番丈夫そうな屋根に飛び移り、そこで周囲が自分を通り過ぎたのを確認してからゆっくりとした足取りで屋根の端へと行き、それより先に足場のない淵に背を向けた。

「なんだ、突然……まさか試合放棄か!?」
「いや、ちげぇ!あれは何か……やろうとしてる!!」

 異変を察知したメンバ―の足が止まった。
 勝利したい思いはあるが、それ以上に――あのパルクールの女王が何をしようとしているのかをその目で見極めたい気持ちが激しく胸を躍った。あの時、初めて彼女の背中を追いかけた時に見えた新しい世界を、また彼女の背中が見せてくれる。そんな根拠のない高揚感が、全員の視線を彼女へと集めさせる。

 すぅ、と、『黒豹』の身体が重力に従って屋根の外へと傾く。
 彼女がそのまま重力に従い続ければ――彼女は頭から建物の下へと落下して無残な死を遂げる。それほどに無抵抗で、(なぎ)のように穏やかに空間を彼女の黒髪がふわりと広がった。

 その直後。

「――ッ!!!」

 ダンッ!と腹の底を叩くような重音を立ててつま先が『黒豹』の身体を宙に投げ飛ばした。
 いや、投げ飛ばしたのではない。跳躍だ。それも、バック宙返り。

「綺麗………!」

 思わずそんな感想が漏れるほどに、『黒豹』は美しい放物線を描きながら鮮やかに回転する。
 高さ10M近く、飛距離にして30Mはあろうかという人生史上最大の跳躍。しかも、彼女はそれを後ろを向いて回転しながらこなしている。
 やがて、放物線の最高高度を通り過ぎた頃に顔の所の回転は徐々に緩やかに、そしてしなやかに体を開き、遙か遠くにあった建物の屋根の先端を正確にストンプして更に跳ねる。

「ウソだろ……あの回転のなかでどうやって着地タイミングが分かるんだよ!」
「しかも足場が下手したら滑りそうなくらい狭い……一体どこに目が付いてるってのよ……!?」
「今度は宙返りではなく空中回転捻りだぞ!!」

 縦の回転から横の回転へ、加速の反動を十全に活かした上で身を捻り、バランスを一切崩さない体勢移行。そして下手をしたら目を回してそのまま落ちそうなほどの回転の後、『黒豹』は側転二回、宙返り連続4回、更に空中2回転半身捻りを加えて完全に体勢を立て直し、そのまま更に目的地へと高く跳躍した。

 そこに到るまでの流れるような速さ、高さ、体裁き、そして神懸かり的なバランス感覚。
 そして何より、失敗すれば大怪我間違いなしの常識離れの大技を、この土壇場で平然と行って成功させる『イケてる』心意気。

「凄い………やっぱり『黒豹』は凄いや!!」
「おい、急いで追いかけるぞ!!このままじゃゴールの瞬間さえ見逃しちまう!!」
「『黒豹』様ぁ~~!!一生ついてゆきますぅ~~~!!!」

 若い冒険者の間で密かなブームの兆しを見せる『移動遊戯(パルクール)』の最先端を駆け抜ける正体不明のカリスマウーマン。その正体が明かされるのは、本人が思っているより遙かに先になりそうだ。



 = おまけ =



 一方、そんな若者たちの娯楽を天高いバベルから見下ろす一人の女神。

「相変わらずオリオンの所のお姫様はヤンチャね。でも……うふふ、結構見応えがあるじゃない。参加してる子たちも楽しそうに魂の輝きを増してるわ。スポーツ……冒険者のやるスポーツ大会、『祭典競技(オリンピック)』なんてあったら面白いかもしれないわ」

 このオラリオにも娯楽は数多くあるが、スポーツというものは何となく注目度が低い。どうせ体を動かすのならば冒険者らしくダンジョンで暴れて武勇を立てろ、という潜在的意識があるからだろう。しかし、偶にはああやって何の気兼ねもなく純粋に体を動かすことを楽しむのを観察するのもいい。普段とは違う魂の輝きが見られる。

 偶には良い事を思いつくな、と内心で自画自賛していたフレイヤだったが、不意に嫌な事を思いだしたように顔を顰める。………念のために言うと、楽しい時も怒っている時も微笑を湛えているタイプのフレイヤとしては『激レア』と呼んで差支えない表情である。

「………とりあえず『祭典競技(オリンピック)』が採用された暁にはルールの文言に『死神っぽい人、鎖を使う人、黒コートで神に対して馴れ馴れしい男は参加資格を認めない』って書きこんでおきましょう。うん、そうしましょう」

 今現在、その条件にばっちりぴったり当てはまる人物はたった一人。『告死天使(アズライール)』のみである。ではなぜフレイヤがそんな特定の人物だけ締め出すようなルールを作ろうとしているのかというと、それは彼女が『移動遊戯(パルクール)』の存在を知ることになった日に起きたある事件が発端となっている。


 あれはそう、数か月前の事――フレイヤは自室で寝ていた。
 別におかしいことではない。時間帯は昼だったがフレイヤとて昼寝くらいはするし、むしろフレイヤの場合は夜の方が忙しい。だから別に昼寝していてもおかしくはないのだが――そこに、とんでもない闖入者が現れる。

「…………?」

 ふと、どこからかジャラジャラという金属同士がこすれ合うような音が近づいている事に気付いたフレイヤは眼を覚ましてその正体を確かめようとした。今までここに住んでいて一度も聞いたこともない音であるが故、気になったのだ。音は外から、ということは外を見れば千里眼染みたフレイヤの眼でその正体を確かめられる筈だ。
 いまいち目が覚め切っていないフレイヤは、寝ぼけ眼を擦って立ち上がりテラスへ向かう。
 そう、来訪者が訪れたのは丁度その時のことだった。
 バベルの頂上というこの街で一番高い場所のテラスに鎖を引っかけた盛大な来訪者(おバカ)が。

「これが俺の立体機動ーーっ!!………ってヤバイこれ加速殺しきれない壁に突っ込むうううッ!!」
「きゃああああああ!!黒いナニカが空を飛びながら猛スピードでこっちに迫って来てるぅッ!?」
「うお~!くっあ~~!ぶつかる~~~~~!!こうなったら最終手段、インド人を右にッ!!」
「黒くてカサカサして飛ぶのいやあああああああ!!こっちこないでぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 謎インド人を発動した男は右腕に持っていた鎖を捻って辛うじて外壁直撃コースを回避。ズドガッシャアアアアアン!!と盛大にド派手な音を立ててフレイヤの部屋に突っ込んできた。
 なお、何故フレイヤが流石に愛せない家庭内害虫(あれ)を連想したのかは謎である。

 後から聞いてみると、アズは『移動遊戯(パルクール)』という遊びをやっているうちに彼にしか出来ない独自の遊び方を発見してはしゃいだ結果、動きをコントロールしきれずにここに突っ込んで来たらしい。前々から正体不明で死神っぽい男だったアズだったが、フレイヤも流石にここまでダイナミックに寝込みを襲ってきた男は初めてだった。

 彼女としては色々と――フレイヤ独自の視点から見て――気に喰わない所があるアズだったが、この件でなんとフレイヤは悲鳴をあげてスッ転んだ上に呆然としている所を見られるという猛烈な失態を冒した。
 何というか、そういうのはフレイヤのキャラではないのだ。キャラではないのにアズ相手にそう言う所を見せてしまったというのは、彼女からすると果てしない恥辱なのだ。
 好きな相手にそういう所を見せて魅了するのなら何の抵抗もない。だが、押しかけてきた好きでもない男にそういう生娘のような部分を見られるというのは、美の神のプライドからすれば不覚以外の何物でもない。

 それが例えアズの意図ではなかったとしても、「いいようにやられた」という事実がフレイヤの中に生まれてしまう。別にフレイヤの『愛』の邪魔など何一つしていないから恨んだりはしないのだが……ともかくその日から、フレイヤはアズが苦手になった。

「もう、何なのよ……魅了には欠片も引っかからないし、魂は『死神より死に近い』し……わたくしの部屋にまで押しかけておいて平謝りして帰るだけって何よ!?男として燃え上がるものはない訳!?貴方はいったい何なのよ~~~っ!?」

 結論から言うと、こうだ。

 アズライール・チェンバレットは、美の女神フレイヤを以てしても「意味わかんない」。

 尚、オッタルは自分の主が生娘のように騒いでいる光景を見て「フレイヤ様は今の光景を眷属には絶対に見られたくないだろう」と判断して静かに耳と目を塞いだため、情報が外に漏れる事はなかった。
  
 

 
後書き
アズの神様異聞録
・ヘスヘス(ヘスティア)に金を貢ぐだけ貢いで困らせるだけ。
・ロキたん(ロキ)と運命的な出会いを果たし、茶番コンビになる。
・タケちゃん(タケミカヅチ)に七支刀の切先の上で胡坐をかくコツを教わる。
・フレイヤをモヤモヤさせるだけ。アズさんマジパネぇっす。
・ファイさん(ヘファイストス)に『キミに合う武器なんてウチにはない』と言われてちょっと凹む。
・ソーマを舎弟にして神酒飲み放題になる。
・実は時々友神と一緒にギャンブルしているが、アズの馬鹿勝ちと神の馬鹿負けの結果お金は±0。
・ガネーシャと会話↓
「俺がガネーシャだ!」
「じゃあ俺もガネーシャだ!」
「うむ、お前もガネーシャだ!!」

 アズ は おうごん の ガネーシャかめん を てにいれた !!
  
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