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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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薄氷のような盤上で
  11.凍てついた歯車

 
前書き
今回は時系列的に前話と同じ日です。
なお、現在ベルくん就職先を求めてオラリオ内を放浪中。

ストーリー倉庫にあった頃と比べて一部の設定が変わってます。 

 
 
 アズライールがギルドに向かったその頃、オーネストはいつものようにダンジョンに魔物を殺しに向かっていた。ただ、その隣を歩く人物がいつもと違うことは、少なからず周囲の喧騒に拍車をかけていた。
 軽薄そうで、両肩にそれぞれ片翼の天使の人形を乗せたキャットピープル。
 表に顔を出すことが少ない男だが、それでも知っている者は知っているレベル4の冒険者。

 『人形師(マリオネティスタ)』のヴェルトール――『アルル・ファミリア』唯一にして最強の戦闘要員である。

 しかし、彼の手の内を知る者は数少ない。
 判明しているのは、固有の魔法によって人形を操って戦う事……そして、戦いに於いては両肩に乗せた片翼の天使人形こそが、彼の戦闘における武器である事。そして――彼もまた、『ゴースト・ファミリア』であるという事。

「むっふっふっ……謎多き男はモテるんだぜ……!」
「後は喋らなきゃ完璧だな。喋ると馬鹿がバレる」
「うおーい!?喋らないとナンパ出来ないじゃ~~ん!?」
「知るか。喧しいから黙れ」

 ただし、性格がおちゃらけているのは彼にナンパされた者なら誰でも知っている事実である。

(アズの奴……よりにもよって何でコイツを寄越す?)

 理由は数多考えられるが、恐らくは実力の話だろう。
 オーネストですら知らないが、ヴェルトールにはまだ他人に見せていない「切り札」がある。素のヴェルトールも戦闘能力はかなりのものだが、それ以上の何かを彼は隠し持っている。どうやらアズはその内容まで具体的に知っているらしく、自分が傍に居られない時の最後の切り札として考えているらしい。
 それはまぁ、分かる。
 だがオーネストが一番嫌なのは……。

「なーなーオーネスト~!お前結構モテるよな?なんかコツとかあんの?」
「……………」
「寡黙ッ!!超寡黙ッ!!『無口な男はつまらない』とかよく言われるけどお前がやるとなんか様になってんだよな~。それともアレか?命の危機を颯爽と救われて惚れちゃうっていうパターンなのか?お前結構人助けするもんな!」
「…………………」
「あ、そうそう!俺さぁ前から聞きたかったんだけどお前って『エピメテウス・ファミリア』の『酷氷姫(キオネー)』と知り合いなの?偶に一緒に喋ってるって噂聞くんだけど!あんな性格キッツイのとお近づきなんてどんな魔法使ったんだよ~なーなー!!」
「……………………」

 オーネストは彼と一緒にいると自分の知能が下がりそうな錯覚を覚える。
 その感覚が自分に妙な虚脱感とテンションの低下を誘うのが嫌なのだ。

 これが知りもしない有象無象の悪意ある言葉や無知ゆえの言葉ならオーネストはまるまる1年以上でも余裕で存在無視できる。しかし、ヴェルトールは曲がりなりにも同行者なので最低限意識をそちらに流しておかなければならない。
 正直、面倒くさくて帰りたい。しかし昨日もやる気がなくなって帰ったので体が鈍るのは嫌だ。

(ならば、障害は破壊せねばならん。殴って黙らせるか斬って黙らせるか……それが問題だ)
(なんかオーネストが末恐ろしい事を考えてる気がする!?止むを得ん、安全確保のためにちょっと黙っておくか……)

 尚、結局この後ヴェルトールは1分と黙っていられずぺらぺらとどうでもいい話を喋りだし、最終的に頭蓋が割れんばかりに頭を殴られたのであった。 



 = =



 このオラリオのファミリアに数多くの二つ名あれど、『エピメテウス・ファミリア』の『酷氷姫(キオネー)』に比類する『氷』の使い手はない――と冒険者は評する。

 その『酷氷姫(キオネー)』――リージュ・ディアマンテは、雪のように白い身に戦装束を纏って前線に立っていた。艶のある純白の頭髪に、雪のように白い肌を覆う防具は最低限しかなく、代わりにその手には氷のように碧い刀身を晒す刀が握られている。纏う空気は張りつめ、視線だけで相手を凍りつかせそうなほどに冷たい。

 彼女こそが『エピメテウス・ファミリア』の最強の鬼札にして団長。
 主神の旗を掲げし味方に栄えある勝利を。立ちはだかりし(あまね)く敵に絶対の敗北を。
 ファミリア外にまで轟く戦上手で、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』に於いてただの一度の敗北も無し。指揮官である当人さえもレベル6を誇り、誰に対しても情け温情をかけることはない。
 その指揮と部下の統率ぶりは、ダンジョン内でも健在であった。

「遊撃隊、5秒後に一斉撤退!!攻城隊、突撃用意!!」

 刃のように鋭い女傑の指示に従い、攻城隊と呼ばれた重装備部隊が密集陣形にて突撃槍を構える。
 魔物たちを浮足立たせる軽装の剣士たち――遊撃隊は全員が自分の役割に区切りをつけ、魔物達の合間を縫って素早く戦線から脱出。直後、5秒が経過した攻城隊は雄叫びを上げて魔物の群れに突進した。

「突撃ぃぃぃぃぃぃぃッ!!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 装備の重量とリーチを生かした攻城隊の足がダンジョンの床を勇ましく踏みしめ、回避の隙がない突撃槍の壁が魔物を容赦なく吹き飛ばしていく。重量、防御力、リーチの三段を活かした戦法は、人間と魔物の両方に対して有用だ。驚くほどにあっさりと突撃槍に蹂躙される魔物たちの死体を前に勝利を確信する冒険者たちだったが――それで終わりではなかった。

 不意に、冒険者たちの足元に影が差す。ハッとして上を見上げた遊撃隊士の目に映ったのは、新手の襲撃だった。空中を飛行する鳥型魔物が、鎧を貫く嘴と眼球を抉る鋭い鉤爪を携えて上空から飛来したのだ。

「くそっ、上だ!上に魔物が残ってるぞ!!」
「高度が高い……これじゃ槍も剣も届かないぞ!」
「――喚くな」

 凜、とした一声が隊を一瞬で平静に引き戻す。
 彼等にとっては予想外の事態であっても、予めこの階層の魔物と戦法を把握しているリージュは眉一つ動かさずに剣を正面に差した。
 その行動の意味が「構え、撃て」を指し示すことが分からない愚昧はこのファミリアにいない。
 既に彼女の後ろで魔法及び弓を構えた部隊が、団長の意を汲んで迎撃態勢を整えていた。
 照準を定め終えた投射隊長が叫ぶ。

「投射隊、構え!射てーーーッ!」

 瞬間、空中を性格無比な弓矢と雷、炎、魔力光の弾丸が乱れ飛んだ。
 得物を狙った魔物たちは次々に射撃に巻き込まれ空中で錐揉みになり、その命を散らす。仮に生き延びて地表に落下しようとも、下で待ち構える遊撃隊の剣士たちが素早く刈って無力化した。

 ――と、魔物の中でもひときわ体の大きな個体が対空射撃を掻い潜ってリージュに迫る。

「キョエエエエエエエエエエエエエッ!!!」
「一匹抜けてきた!?」
「だ、団長!避けて下さい!!」

 唯でさえ軽装である彼女がもしもモロにダメージを喰らえば、その華奢な身体を容易に引き裂いてしまうだろう。今から誰かが庇おうにも、援護が間に合わない――と団員たちが肝を冷やした瞬間、もっと肝を冷ます冷たい一言がひゅるり、と流れた。

凍てつけ(ヘイル)

 遅れて、ガガッ!!と地面に何かが突き立った。
 よく見れば、それは嘴ごと正面から真っ二つに斬り裂かれた鳥型魔物だった。鮮やかに裂かれた身体は血液一つ漏らすことはない。何故なら、魔物の身体は端から端まで完全に凍結しているから。

「喚くなといった。同じことを言わせるな、愚か者が」

 彼女は、その場の誰にも認識できない速度で既に魔物を両断していた。
 彼女が握る刀、『村雨(むらさめ)御神渡(おみわたり)』から漏れる凍りつくような冷気が、斬られた魔物を凍らせた正体だった。
 彼女の持つ固有魔法――『絶対零度(アブゾリュートゼロ)』は全てを凍てつかせる氷獄の刃。自らの身体と装備に雪妖精(メイヴ)の加護を纏わせ、触れるだけで氷像になるほどの冷気で魔物をも圧倒する。

 全力を出せば、その温度はセルシウス度−273.15 ℃――物質のエネルギーが最低になるとされるその温度に達すれば、例え推定レベルがいくつであろうと一撃だけで全身を氷結させて戦闘不能に至らしめうる。
 これはステイタスとかそういう問題ではなく、物質存在としての問題。
 彼女の天性のバトルセンスと組み合わされることで、彼女の実力はオラリオでも10指に届いている。

 ――そもそも、本来ならばこの程度の魔物の群れなど彼女ならば1分とかからず皆殺しに出来る。それをやらないのは、団員の練度を向上させるための措置に他ならない。団員たちが肝を冷やしたのも、彼らが比較的新人の部類であり彼女の実力を正しく理解していなかったことに起因する。

 そして彼女は、敵だけではなく味方にも恐ろしく厳しいことで有名だった。

「攻城隊。この程度の事態で隊列を崩すとは、一体何の冗談だ?貴様等のミス一つで守るべき後衛が危険に晒されることをよもや理解していないとは言うまいな………陣形を崩してよい瞬間など戦いの場には存在しない。あるのは陣形の前進、後退、固定、そして陣形の変更のみだ」
「も……申し訳ありません!以後、同じ失態を犯さぬよう誠心誠意努力いたします!!」
「謝らなくともいいし、口だけの決意表明など聞きたくもない。次に同じことをすれば、他のファミリアに被害が及ぶ前に――わたしが貴様等の首を斬る」
「り……了解ッ!!」

 感情の抑揚がない淡々とした言葉が、美しい筈の彼女の無機質な冷たさを余計に際立たせる。
 この人は本気かもしれない、と思わせるだけの迫力に、攻城隊の体格に恵まれた男達が震えあがった。
 リージュの目線は次に遊撃隊へと向かい、遊撃隊の隊員の背筋が一斉に伸びる。

「遊撃隊。貴様らは攻城隊と投射隊の隙を埋める存在だという自覚が欠片でも存在するのか?空中から魔物が飛来した際、奥の魔物の生き残りに気を取られて投射隊への援護を怠ったな。そちらは攻城隊の仕事であり、攻城隊の出張った投射隊を守るのが貴様等だ。それを分かっていて反応が遅れたのならば、それは最早投射隊に対する『味方殺し』と同意義だ。――貴様らは味方と魔物のどちらを殺したい?それとも愚図な自分たちが死にたいのか?」
「いいえ、死にたくありません!!殺したいのは魔物であります、団長!!」
「ならばその回転が悪い脳みそをもう少し効率的に扱うのだな。どうしても回らないのならわたしに相談しろ。頭蓋を割って中に潤滑オイルを指してやる」
「命を賭してでも回転数を間に合わせますッ!!」

 遊撃隊もまた、攻城隊と同じく恐ろしいまでに冷酷な言葉に震えあがる。
 現在このファミリアでは、主神のエピメテウスでさえ彼女の顔色を窺っている節さえあるほどの恐怖政治が続いている。流石の彼女もダンジョンを出ればそこまで厳しくはしないが、戦闘訓練や試合では全く容赦がない。酷い時は新人十数名を纏めて訓練し、見込みがないからとほぼ全員をファミリアから追い出したほどだ。
 なお、この訓練を生き残った数名は現在立派な幹部候補として成長しているので見る目はある。
 見る目がある分、本気で冷たく容赦がないのだ。

 最後に彼女は投射隊へと目線が向く。
 投射隊は偶然ながら全員が女性で構成されており彼女たちもまたリージュの言葉を直立で待つ。が、先ほどの二隊に反してその言葉は非常に短くて素っ気なかった。

「照準が甘い。以上だ」
「ええっ!!もっと罵って下さらないのですか!?」
「我々一同、あの冷酷でゴミを見るような目線と情け容赦ない罵倒を待っていましたのに!!」
「貴様らは既に脳みそが腐っている。ダメになったのからゴミ箱に捨てるだけだ」
「ああっ、それです!そのど~~しようもないクソムシを蔑む極寒の目線っ!はぁ、ゾクゾクするぅ……!」

 恍惚の表情や「キャー!お姉さまー!」等という黄色い声を上げて喜ぶ投射隊。
 ………ま、まぁ時折こんな特殊な連中が入ってくることもある。何せここまで冷たいと筋金入りのマゾヒストなら垂涎物だろう。事実、ファミリア内には彼女の罵倒を浴びるためにファミリアを追い出されないギリギリのミスを繰り返す猛者もいるほだ。
 この世にマゾのいる限り『エピメテウス・ファミリア』は安泰だ。
 
 と、そんな集団の元に――風を斬り裂いて『何か』が飛来した。
 今度の隊の反応は早い。重装備の攻城隊は他の部隊を庇う形で陣形を組んで『何か』に警戒。遊撃隊はその合間から注意深く『何か』を観察して臨戦態勢。投射隊は攻撃可能ポジションに速やかに移動し、魔法の詠唱準備や弓矢の構えを取る。

 リージュにとっても100点満点の対応。だが、彼らの警戒に反して、『何か』は既に死んでいた。
 覗き込んだ隊員が息を呑む。魔物は獣に近い姿だが、目元は横一線に斬り裂かれ、両碗は切断され、腹のあちこちが深く貫かれている。足は既に筋が切れて骨格を無視した方向へねじ曲がっており、再生する気配が皆無であることから魔石が砕かれていることが分かる。

「これは……バグベアー?やけに図体がでかいが、全身を切り刻まれてる……」
「『怪物祭』で見たのの2倍って所か。新種……いや、他の魔物の魔石を喰った強化種かもしれん」
「問題は誰がこれをやったのか………ですね」

 ざりっ、と、地面を踏みしめる音がした。
 険しい表情をしたリージュがその音がした方へ一歩踏み出した。

「全隊、警戒体制へ――わたしが前に出る」
「っ!?り、了解!」

 敵か味方かも分からない未知の存在に対して最も犠牲者を減らす術。それは、最強戦力による速やかな殲滅である。つまり、彼女もそれだけ相手に警戒しているという事になる。
 先ほどの魔物は『魔物を襲って強化された疑惑』がある。相手が冒険者ならばそれでもいいが、これよりも強い魔物が返り討ちにしたのだとしたら――命の保証はない。

 緊張が空間を奔る中、地面を踏みしめる音は焦りもせずに規則的な音を垂れて近づく。
 そのシルエットが見えた瞬間、誰かが「あっ……」と気の抜けた声を上げた。この状況下で集中を切らすような真似をしたのは誰だ、と怪訝そうに眉を顰めた隊員たちは、やがてその声の主を確認して愕然とした。

 言葉は後ろでも横でもなく前から聞こえてきた。
 そして現在、隊の中でただ一人だけ前へ出ている人物といえば――リージュ・ディアマンテその人。
 誰よりも厳しく、誰よりも強く、誰よりも冷たい彼女が――まるで年相応の少女のような声を上げていた。

「――俺がそんなに珍しいか、『酷氷姫(キオネー)』」

 返り血に染まる剣を握った男が『エピメテウス・ファミリア』の視界に入った。
 リージュは既に気付いていたのか何も言わないが、ファミリアたちはその予想外の人物に驚愕の声を上げた。

「なっ……『狂闘士(ベルゼルガ)』だと……!?」
「オラリオの異端者……こんなところで出くわすとはな」

 オーネスト――『狂闘士』の二つ名を持つ、謎の冒険者。
 傲慢不遜、傍若無人、正体不明の暴力剣士としてオラリオ中にその名を轟かせるその男は、オラリオの二大異端者とまで呼ばれるに至っている。神を貶し、己の我を貫く為ならば暴力脅迫なんでもあり。明らかに街の異物である筈の彼は、この街で唯一ギルドにもファミリアにも束縛されない人間である。
 と、その背後からヒョコっと猫人間が顔を出した。

「お~い、俺もいるんですけど?『人形師(マリオネティスタ)』のヴェルトールくんもいるんですけど~?Say,ヴェルトール!はい、みんな一緒にぃ?せーのっ!………(ファミリア側に耳を向けている)」
「喧しい。たんこぶで三段アイスでも作ってほしいか?」
「調子に乗ってスイヤセンっしたぁぁーーー!!」
「声がでかくて喧しい」

 ゴキンッ!と頭頂部をぶん殴られたヴェルトールは、こぶで三段鏡餅のような形状になった頭を抑えて「ゥォ……ぁっ……」と静かな悶絶を漏らした。オーネストはそれを一瞥すると別に立ち上がるのを待ちもせずにその場を横切る。
 魔物から魔石を回収などしない。社交辞令もなければ気遣いもない。自分の同行者でさえも「付いて来れない奴など知ったことか」と言わんばかりに見捨てるその行動に、ファミリアたちは内心で顔を顰めた。

 ダンジョン内に味方を置き去りというのは、この界隈では死ねと言っているようなものである。何せ普通に潜っていても命の危機があるのがダンジョンという場所なのだ。味方を捨ておくとは、そのまま命も捨ておくということなのだ。
 それを、オーネストは気にしない。
 気にしないからこそ、オーネストは異端者なのだ。

 だが、そんな暴君の行く先を雪のように白い手が遮った。

「待て」
「……………」
「こんな場所で『再会』したのも何かの縁だ。一緒に行かないか?」
「……………」

 普段はアイアンメイデンなどと揶揄される彼女の発した言葉は、普段の彼女のそれと比べてどこか柔らかい。だが、オーネストは横一線に口をつぐんだまま答えない。
 その様子を見たリージュは静かに、そして悲しそうに目を伏せた。

「だんまりか。やはり、まだ――赦してくれないんだな」
「………『俺』には何のことかわからんな」

 俺、という言葉に含みを持たせたオーネストはそのまま遮った手を退けて前へ進む。
 何かを伝えるわけでもなく、リージュも無言でその後ろに続いた。

 二人の間にそれ以上の会話はなく、なのに二人の間には他人が口を挟めない場の重さ。
 割り込むことが無粋なほどに静かで、寄りも離れもしないもどかしい空間。
 まるで二人の時間だけが周囲とは別に流れているように、終わりの見えない無言の歩みはほかの人間を置き去りにした。

「団長の指示ないけど……どうしよう」
「とりゃーず二人に着いていけばいいんじゃない?着いてくんなとは言われてない訳だし」
「そ、そうっすね………」

 結局、二人の歩みは3階層下にある安全階層(セーフティーポイント)まで延々と続いた。
 その間にも多くの魔物が出たが――先を歩いていた二人が歩みを止めることなく全てを一撃で切り裂いたため、誰一人として怪我人は出なかった。


(しかし、さっきの呼び止め……わからんな。普通オーネストを留めようと腕なんか出したら、あいつナチュラルに跳ねのけるかへし折るぞ?うーん、『酷氷姫(キオネー)』と予想以上に複雑な関係なのか……)

 ヴェルトールの知る限り、最も近しい存在であるアズでさえあんなふうに呼び止めたら乱暴に手を振り払われる。すなわち彼にとっては彼女がそれだけ非凡な存在なのか、あるいは――

「デレ期か?」

 ほんの小さな、足音に紛れて消えるくらいの音量でぼそっと呟く。
 発言の直後にヴェルトールの額当てのド真ん中にズガンッ!!とオーネストの投げナイフが直撃して首が盛大にのけぞった。

「グボォォォッ!?衝撃で首がァァァーーーッ!!ここっこここ殺す気かぁッ!?額当てがなければ即死だったぞ!!」

 命中する瞬間に辛うじて首を反らしたためにムチ打ちだけは免れたヴェルトールが涙を流して抗議するが、オーネストは全く意に返さない。

「今、ひどく不快な気配を気配を感じたのでな」
「この超能力者(バケモン)がッ!!昔もその『不快な気配』で暗殺者を6,7人撃ち落とした事あるだろッ!!」
「正確にはお前の知らないのを含めて12人だ。お前、13番目の裏切り者になってみるか?」
「意味は分かんないけどものすごく不吉ッ!!」

 友人の地獄耳レベルが究極に達していることを悟ったヴェルトールは保身のためにそれ以上考えるのをやめた。そんな二人の様子を、『酷氷姫』は、ほんの少しだけ羨ましそうに見つめていた。
  
 

 
後書き
オーネストの攻撃技(基本)
・震脚……地面を蹴り砕く技にしか見えない威力。人間~小型魔物程度ならこれだけで転ぶ。
・破砕脚……猛烈な威力の蹴り。転倒狙いで足に当てるが、中級魔物が食らうと普通に足がもげる。
・素手……特に流派はないが、基本的に格闘技での禁じ手とそれ以外の喧嘩殺法を全部使うスタイル。
・殴殺拳……ほぼワンパン一撃。時々反動で自分の腕の骨が折れてるが、敵は肉塊になる。
・滅多刺……メチャクチャに刺しているようで実は全部急所、部位破壊狙い。
・居合斬……音速を超えた斬撃。一度『不壊属性』の剣を真っ二つにしたという意味不明の噂あり。
・真向唐竹割……食らうとたとえ防御しても人間が50Mは吹っ飛ぶ戦車級の威力。
・投擲……スキルの一つ。ナイフなんかを本気で投げると大砲並みの貫通力。
 etc……etc…… 
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