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八神家の養父切嗣

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二十七話:ホテル


 ホテルアグスタ。森の中に佇むその姿はアンバランスにはならず、寧ろその白い外観が周囲をより際立たせているかのように感じられる。ここでは年に数度、安全性の確認されたロストロギアのオークションが開かれる。

 ロストロギアはその危険さが強調されることが多いが元々は考古学的価値が高く、金持ちの道楽趣味として最適なものもある。いわば骨董品だ。そういった背景もあり、会場として使われるホテルアグスタにとっては大きな収入源となっている。

 これだけで終わるのならば健全なオークションで済むのだがそうもいかない。木を隠すには森の中が最も向いているようにロストロギアを隠すのはロストロギアの中が最適なのだ。

 管理局から正式に安全だと認められたロストロギアと同時に認められていない密輸入されたロストロギアも運び込まれる。その目的が裏で売りさばくためなのか、それとも購入した品に紛れ込ませて別のルートに流すためのかは分からない。ただ一つ分かることと言えばそこで少なからず悪事が行われていることだ。

「頼んでおいたものは仕入れてくれているかい?」
「ええ、それは勿論。途中管理局員の姿を見た時は肝を冷やしましたがね」

 多数のロストロギアが集まるため、そのどれかをレリックと誤認したガジェットが襲撃してくる可能性があるために機動六課がホテルアグスタの警護に当たっている。そのために裏の人間達はどことなく居心地の悪い思いをしている。

「あくまでも彼らは上の警護だ。密輸品の検挙に割く時間はないだろう」
「そのようですね。まあ、こちらとしては大助かりですが」

 ホテルアグスタの地下にある倉庫の一角にて行われる怪しげな会話。それは二人の男が織りなすもの。一人は違法ロストロギアの密売人。そしてもう一人は衛宮切嗣である。切嗣はある骨董品の購入をするためにこんな場所にまで来ているのだがこれには理由がある。

 まず、第一に切嗣の真の目的は骨董品、ロストロギアを買うことではない。勿論、買い取ったロストロギアを管理局に流して管理させるので無駄ではないのだが、本当の目的は密売人の後ろにいる組織を暴くことだ。言わば潜入捜査のようなものを切嗣は上からの命で行っているのだ。

「しかし、魔導士殺し様がこんな立派なコレクターだとは思いもよりませんでしたよ」
「奪ったものを売りさばくのもいいが、気に入ったものは集めるようにしているんでね。何、ただの趣味さ」

 切嗣が潜入捜査において有能な部分はそのネームバリューだろう。金の為なら何でもする殺し屋と周囲に思われているために相手も自然と同類と信じ込む。そのためコンタクトも取りやすく疑われづらい。

 また密輸された質量兵器の買い取り手にもなっているためより深く踏み込んでも怪しまれないのだ。相手もまさか切嗣が管理局側の人間だとは思わない。数週間後には突如として管理局員に攻め込まれ無残にも散っていく定めとも知らずに。

「そんなことより、現物を確認させてほしい」
「はい。ささ、頼まれていたものはこちらです」

 手に持っていた箱を置き、厳重に包まれていた衝撃緩和剤や包みを取り除く密売人。切嗣はその様子を微動だにせず見つめながらこの男をどうするか考える。ここで情報を聞き出せるのならそのまま返せばいい。

 だが、ここで口を割らなかった場合は少々強引に聞き出すことになる。最高評議会はこの案件よりも時期に訪れる重要案件に切嗣を投入したいと考えている。そのためにこんなところで油を売っているわけにはいかないのだ。もっとも、密売人の末路はどちらであっても事故死(・・・)と決まっているのだが。

「さあ、こちらが古代ベルカ時代に作られた不思議な力を持つと言われる、黄金の杯です」
「確かに黄金だが……本物なのか?」
「はい、それは勿論。ただの黄金とは違い魔力を出してみますと、このように吸収します」

 密売人が手から赤色の魔力を放出すると、あっという間に杯は魔力を飲み込んでしまう。この性質にわずかばかりに目を見開く切嗣。密売人は驚いたのだろうと解釈しさらに説明を加えていく。

「その気になればこいつは底なしレベルで吸っていきますよ。人間じゃとてもじゃないけどこれは満たせませんよ。以前の持ち主なんかが試したらしいですけど十人がかりでも吸われ続けたとか。まあ、どれだけ注いでも特に何も起きないんですが」
「なるほど……確かに本物だろうな。しかし、毎回毎回これだけのものをどこから―――」

 そこまで言いかけたところで切嗣の耳に何かが爆発した振動が届く。ホテルの中、しかも地下の為に良く耳を澄ませなければ聞こえないが、戦場で生きてきた切嗣はすぐに察知したのだった。そろそろ頃合いだと判断し、もう一つスカリエッティから依頼されていた仕事をこなすためにデバイスを軽く操作しルーテシアに指示を送る。

「どうかされましたか?」
「どうにも上で戦闘が始まったみたいだ。激しいものになるかもしれない」
「私達も避難した方が良いでしょうか?」
「いや、機動六課が激しくとも全て防ぐだろうから大丈夫だろう。それよりも……」

 切嗣は何かを振り払うように首を振り再び出自を確かめようとする。まるで上にいる娘のことを忘れようとするかのごとく。





 切嗣が地下で違法取引を行っている頃、地上では六課とガジェットが争いを繰り広げていた。

「ヴィータ、上に逃げた敵を頼む」
「おう、シグナムは下のデカブツを頼むな」

 レリックの反応と誤認しホテルアグスタのロストロギアに群がってくるガジェット。それをシグナムとヴィータの二人が前線で攻めていき、取り逃がしたガジェットはシャマルが感知しザフィーラが串刺しにして始末する。ヴォルケンリッターの完成されたコンビネーションの前には知能の低いガジェットはひとたまりもなく壊されていく。

 その様子に新人達は感嘆の声を上げながら自分達は別にいらないのではないのかと心の中で呟く。だからと言って気を抜くわけにもいかない。そう気を引き締めなおしたところである変化が訪れる。

 突如としてガジェットの動きが無人のそれから有人の操作に切り替えられたのだ。同時にキャロのデバイスであるリュケイオンが近くで召喚術が使われたことを察知する。

「キャロ、それって?」
「私以外に召喚術が使える人は六課にはいません。つまり―――敵です!」
【こちらグリフィス。今しがた巨大な魔力反応を感知しました! 状況から考えて敵性反応と仮定します】
【こちらリインフォースⅡ空曹長。至急、反応ポイントに向かいます!】

 はやての副官であるグリフィス・ロウランからの報告を受けてツヴァイが反応のあった場所に飛んでいく。その間にも突如として有人操作に切り替えられたために驚き、取り逃がされたガジェットが隊長陣の守りを抜けてフォワード陣の元に向かってくる。それを素早く察知したティアナは他の三人に指示を出す。

「とにかく守りに徹して後ろには決して行かせないようにするわよ。アクシデントが起きた以上は隊長達が戻ってくるまでの時間を稼ぎましょ!」
「分かった! 絶対に守ろうね、みんな!」
「はい!」
「分かりました!」

 各々が現れたガジェットに対して苦戦しながらも対応していく。本来であれば速度でガジェットを上回るはずのエリオはガジェットの巧みな操作の為に中々トップスピードが出せずに苦戦していた。しかし、そこへティアナが複数の弾丸を放ちガジェットの移動ルートを限定させたことで状況は変わる。

 直線になればガジェットがエリオの速度から逃れられるはずもなくあっけなく討ち取られていく。その成果に喜ぶエリオであったが敵はまだまだいる。一機ずつ先ほどのようなやり方でやっていたのでは埒が明かないどころか他の機に突破される可能性がある。それに気づいたスバルはある行動に出る。

「みんな、ガジェットは私が引き付けるから集まったところで一気に倒して!」
「はあっ!? さっき隊長達が戻ってくるまで耐えろって言ったばかりでしょ!」
「でも、それだと一般人の方にガジェットが行くかもしれないよ! ティアだって空を飛べない私達じゃ全部は足止めするのは難しいって分かってるでしょ」

 その通りだった。縦横無尽に空を飛び回れるガジェットに対してこちらは飛べない。長引かせれば相手は自分たちの届かない距離まで高度を上げてしまう可能性もある。そうなれば自分達に敵を止める手段はない。唯一キャロとフリードが飛ぶことができるがそれだけの時間を確保できるとも思えない。

「……分かった、引き付けておいて。ただしあくまでも時間稼ぎとして引き付けておくのよ。一気に倒すとなるとあんたごと吹き飛ばしかねないから」
「オッケー、それじゃあ行くよ!」

 他に道がないと覚悟を決めティアナはスバルに指示を出す。ニッコリと笑顔を作ったスバルはガジェットの近くを通りわざと敵のレーダーが自分に向くように仕向ける。その数は四機。

 当然それだけのガジェットに銃口を向けられれば逃げ場は限られてくる。前も横も後ろも塞がれた。ならばどうする。簡単だ、上に逃げればいい。スバルはウィングロードを創り出し空へと駆け出す。これによって相手の一撃目は躱すことができた。だが、それは悪手だった。

「馬鹿、スバル! 空に逃げたら今度こそ逃げ場がないじゃない! 早く私達の援護が届く範囲まで降りてきなさい!!」

 自由に宙を飛べれば一見全方向に動けるように感じられどこにでも逃げ場があるように感じられる。それはあながち間違いではない。そう、自由(・・)に飛べればだ。ウィングロードを走ることで空を駆けるスバルに自由は少ない。姉のギンガや亡き母クイントであれば何本ものウィングロードを創り出すことで相手にどちらに向かうか悟らせないことができる。

 しかしながら修行中のスバルでは一本が限界。これでは自分の進行方向に待ち伏せをしていてくださいと言っているようなものだ。地上にいる時よりも逃げ道が狭まってしまう。それを理解しているためにティアナは悲鳴にも似た叫びをあげているのだ。

「う、うん。わかった」

 スバルも飛び上がってから同じことに気づいたらしく顔を青ざめさせて下に降りようとする。だがその時、彼女は見てしまった。自分から離れてホテルに向かう、民間人に危害を加えかねないガジェットを。

「ちょっ! スバルッ!? キャロ、ちび竜、あいつを止めて!」

 叫ぶティアナを無視してスバルはホテルに向かう一機に突進していく。すると相手も気づいたらしくこちらを向く。それだけなら喜ばしいことなのだが後ろにはしっかりと残りの三機がついて来ている。要するに挟まれてしまったのだ。

 この危機的状況から脱するには球状にバリアを張り身を守るか、横に逸れて全力で逃げ出すかのどちらかだろう。だが、スバルの選択はそのどちらでもない目の前の敵を破壊することだ。防御などしない。逃げもしない。

 ただホテルにいる民間人を危機から遠ざけることしか考えていない。その結果自分が撃ち落とされてもしかたがないだろう。一つだけ気になるのは後ろの敵だが、それは仲間に撃ち落としてもらおう。丁度固まっている上に今は自分の方を向いていて背後は死角になっている。倒すには最高(・・)の状況だ。

「ティア! 後ろの敵を全力で撃ち落としてッ!」
「だから、それやったらあんたまで―――」
「全然平気、私は前方の敵を落とすからお願い!」
「ちゃんと聞きなさいよッ!!」

 聞く耳を持たないとはまさにこういうことなのだろう。スバルは自分が仲間か敵のどちらかに撃ち落とされる可能性を理解しながらも止まらない。ティアナはある意味で普段通りの暴走に悪態をつきたいのを我慢しクロスミラージュにカートリッジを装填する。しかしながらその引き金を引くことはできない。

 味方に当たると分かっていて撃つのは敵に立ち向かうのとは違うプレッシャーを伴う。そもそも普通は撃たない。しかし撃たなければスバルは確実にガジェットに撃ち落とされる。何とかガジェットだけに当てようと汗ばんだ手で引き金に指をかけた時、ティアナ達の前を赤い風が通り過ぎていった。

「一撃―――必倒ッ!」

 そんな仲間達の混乱を知ることなくスバルはリボルバーナックルでガジェットを貫く。ひとたまりもなく爆発するガジェットを見送り、既にすぐそばまで迫ったレーザーに覚悟をして目を瞑る。

 次の瞬間には体に衝撃が訪れるだろうと思ったがそれは来なかった。代わりに届いたのはシールドでレーザーを弾く音。ハッとして振り返るとそこには自身を守るヴィータの姿があった。

「スバルッ! 勝手に暴走しやがって、馬鹿かてめえはッ!!」
Schwalbefliegen.(シュヴァルベフリーゲン)

 独断専行で危機的状況に陥ったスバルを怒鳴りつけながら器用に鉄球を打ち出すヴィータ。一機は鉄球に当たって落とされたものの他の二機は上手く躱してしまう。だが、そこまでは予想済みだ。

 よけた方角へ突進していきアイゼンで吹き飛ばし、もう一機へとぶつけて動きを止める。そのまま間髪を置かずに巨大な鉄球を上から叩き付けるように飛ばし、二機纏めて粉砕する。そして、怒りの形相を向けてスバルへ向き直る。

「ケガすると分かっていて突っ込む馬鹿が居るかよ! しかも自分ごとを撃ち落とせなんてふざけたこと言いやがって。おまえは今まで何を学んできたッ! 何があっても生きて帰ってくる訓練だろうがッ!!」
「すみません。でも……逃したら被害が出るかもしれない。それだけは認められないんです」

 謝りながらも直す気がない発言にヴィータの怒りはさらに上がりさらに怒鳴りつける。しかしながら、それでもスバルは動じない。

「そういう一丁前の言葉は自分の身を守れるようになってから言えって言ってるんだよッ!!」
「それでも―――目の前で誰かが傷つくのは耐えられないんです」

 その言葉を聞いた瞬間にヴィータは思わずゾッとした。言葉の内容以上にその瞳が余りにも澄んでいて。まるで透明なガラス球を覗いているような気分に襲われたから。怒りも言葉を失ってしまった。

 スバルのその顔は、その表情は、ある男を思い出させるにはあまりにも似すぎていた。

「ヴィータ副隊長、あの……私も止められなかった責任があります。こうなることは薄々感づいていたのに……」
「……ティアナ、おまえはスバルを連れて裏口の警護に行け。後は隊長陣で片づける」
「は、はい」

 駆け寄ってきたティアナにぶっきらぼうに指示を出し、ヴィータは何かを振り払うように空へと飛び立つ。考え過ぎだろう。考え過ぎであってほしい。だがスバルの瞳が脳裏にこびりついて離れない。あの目は―――人間がするべき目ではない。





 スカリエッティのアジトに不気味な笑い声が響く。今回、スカリエッティは六課、厳密に言えばエリオやスバルのデータ採取の為に切嗣とルーテシアの助力を得てガジェットに襲わせ、戦闘データをさらに詳細なものにした。

 個人的な趣味(・・)に使う骨董品に関しては切嗣に協力を要請し何食わぬ顔で入手することにも成功した。だが、この笑いはそれらの成功に喜んでいるからではない。もっと面白いものを見つけたからである。

「くははは! 素晴らしい、実に素晴らしい! 創造主の手を離れたが故に私自らでは決してなしえなかった変化が訪れるとは。やはり生命とは最高の素材だ!」

 モニターにはサーチャー越しにスバルの姿が映し出されている。今まではただのタイプゼロとして、作品の一つとしてしか見ていなかった。しかし、今回の件でその考えは変わった。いや、確信したと言った方が正しいだろう。彼女もまた異常者であると。

 己の欲望を満たすに相応しい存在であると。

「祝福しよう、スバル・ナカジマ。君は無限の欲望を背負うにふさわしい―――」

 そう、今の彼女がそんなことを望んでいないとしても彼女が衛宮切嗣に憧れる限り逃れられない。遠くない未来に彼女は彼と同じように願うだろう。誰もが平和であるというあり得ない世界を。なぜなら彼女は―――


「―――正義の味方になるからね」
 
 

 
後書き
ホテル+ケリィ=爆発
やりたかったけど特にフロアを貸し切って籠っている人もいなかったからボツに。
また、別の機会を探します。

後、黄金の杯が出てきましたけど特に願いを叶えたりはしません。あくまでも杯です。 
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