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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第五十七話

 どんよりと館全体を包んでいた負のオーラが、幸村君を中心に発しているように見えるのは気のせいだろうか。
いや、そう言いたくなるくらいに空気が重い。
覇気とか元気とかそんなものが根こそぎ無くなった、って感じで息が詰まっちゃうほどに
重苦しい空気を背負ってるんだもん。

 後継に選ばれるのは様子を見ている限り何となく予想出来てたけどもさ、全く気付かなかったのかしら、この子は。
っていうか、周りも何も言わなかったのかね。特に佐助とか。

 「……お待たせして申し訳ござらぬ。某の様子を見に足を運んで下されたとのこと。
……この幸村、嬉しく思っておりまする……」

 本当か? 本当に嬉しく思ってる? それ、建前じゃない? だって、全然嬉しいって顔してないよ?

 「……佐助、人間ここまで変わるもの? つか、鬱病入ってない?」

 「その“うつびょう”ってのが何だか分からないけど、ここ最近はずーっとこんな感じだよ」

 ……この子、御屋形様がいなくなったらどうするつもりなんだろう、なんて思ってたけど、
やっぱり思うようになっちゃったかぁ……。
だってさ、縁起の悪い話でアレだけど御屋形様が死んだら絶対殉死しそうだもん。
それくらいの入れ込み様なのはあの短期間で十分分かったし、こうなるのも予想の範囲内っちゃ範囲内だ。

 「……小夜殿、奥州へ戻られたのでござるか……?」

 「う、うん。つい最近の話だけど」

 「……政宗殿に無体を働かれてはござらぬか……? ……あ、この話は内密なのでござったな……」

 「い、いや、もうバレてるから……」

 政宗様と幸村君が戦ったことで、私が出奔した理由も実は男じゃなかったという話も全部バレたらしい。
で、結局姉にもその話が届いて、政宗様が命を落としかけるような事態にまで発展したらしいけど、正直討ち取ってもらっても良かったわ。
ちなみに一枚噛む結果になってしまった小十郎は、あの体調の悪さもあって、丸一日説教を食らったので勘弁してもらったらしい。
何度か具合を悪くして気を失ったらしいけど、その度に起こされて説教されたってんだから、あの人も大抵鬼だ。
私を迎えに言った時に姉を盾にして政宗様に脅しをかけたというのは本当らしいけど、
もう周知の事実だと言わなかったのはそんなことを知られたら奥州に戻れない、なんて私が言わないようにする為だったとか。
まぁ、戻って来てもらえないのは困るから、ってのは分かるけどもねぇ……。

 ……てか、それは良いんだけど……。

 「……幸村君、『天!覇!絶槍! 真田幸村、ここに見参!』……って言ってみて」

 「……天、覇、絶槍……真田幸村、ここに見参……」

 暗っ!! 暗すぎる!!
さっきから声の張りは全然ないし、表情は終始暗いし、笑っても口元がちょっと歪むだけで全然笑えてないし……
メンタルクリニックとか連れてって診てもらった方が良くないか? コレ……。
そんなもんこの時代にないのは分かってるけどもさ、本当にそう言いたくなっちゃうんだよ。

 あんまりこういうテンションの相手の悩み聞くのは苦手なんだけどもさー……
話聞いてやるしかないかぁ?

 「幸村君、話聞くからさ。悩み事があるんなら、ここで全部吐いちゃいな? ね?」

 そんなことを言うと、俯きがちだった顔を上げて、暗い表情のまま口を開いた。

 「……御屋形様が病に倒れ、某を後継者として武田を任せると言われたのでござる。
本来ならば、武田を継ぐは御屋形様の血族であらせられるべきなのだが、某は武田とは血縁上では縁もゆかりもござらぬ身。
……先程、小夜殿が言われたことが、今武田で起こっているのでござる。
そのことで家中が割れている状態であり……しかも、最近は豊臣の後継を名乗る石田三成殿と天下統一を目指す徳川家康殿が、
事実上の天下の覇権を巡っての戦いをしようと各国に同盟を持ちかけているのは存じているとは思うが、
この甲斐にも家康殿から同盟の話が参った。
武田はそれを受けるのかどうかでまた家中が割れている……
ただでさえ、某が後継となったことで騒然としているところにこの問題……どうしたらいいのか某にも分からぬのでござる!」

 ……あー、完璧に二重苦ってところか。
まぁ、他にもいろいろ問題があるんだろうから、悩むところも大きいんだろうけどさぁ……こんな鬱病みたいな状態にもなるか。
政宗様みたいに当主になることを前提として教育受けてるわけでもないから、
いきなり自分にそんな大任が転がり込んできて動揺しないはずも無い。

 「後継の問題はこの際置いておくとして、差し当たって徳川との同盟を結ぶか否かってのを早急に結論付けないといけないわよね」

 まぁ、個人的には徳川に付いた方が良いと思うけど、蒼紅が共闘するって話は無かったから西軍に付くんだろうねぇ。

 「幸村君的にはどうしたいわけ?」

 「徳川は先だって武田へ攻め入っている……同盟とは名ばかり、従属を迫っているに他ならぬ。
それに徳川は織田包囲網で一度同盟を結んだ相手とはいえ、御屋形様が敵と認めた相手。
某はそれを覆してまで同盟を結ぶ気にはなれぬ!」

 「じゃあ、御屋形様が従属しろと言えば、従属しちゃうわけ?」

 「そ、それは……」

 ……これは甲斐はしばらく荒れるな。大将がこの調子なら、家中も騒然としたままだろうしさ。

 「……佐助ぇ、後継にするって突然決まった話じゃないんでしょ? 何でそういう教育しておかないの」

 「俺様に言われても……跡取りにする教育なんて、一介の忍が出来るわけないでしょうが」

 そりゃそうだけどさぁ……背中を見て学べ、は、幸村君には些か酷だったんじゃないの?
この子、きちんと説明しないとそういうところは理解出来なさそうだし。

 これは幸村君を情けないと一方的に責められたもんでもないわ。
きちんとこの事態を見越して準備をしておかなかった信玄公にも責任がある。
……っていうか、この事態も試練だと言うつもりかもしれないけどさぁ……。
物事何でも気力と根性で乗り切れるわけじゃないのくらい、信玄公くらいの人なら分かってるだろうに。

 幸村君の側にいられるのが佐助だけ、ってのは些か辛いな。側近になれるのが忍じゃ、余計に納得しないっしょ。

 「……こりゃ、完璧に信玄公の準備不足だな」

 「なっ……御屋形様に落ち度があると申されるのか!?」

 この期に及んでそんなことを言う幸村君に、正直イラッとした。

 「当たり前でしょうが!! 伊達だって、政宗様が家督を継ぐまでに涙無くしては聞けないような壮絶な物語があるのよ!?
政宗様は嫡男で正室の子だから跡取りとしては申し分ないのに、隻眼だからって理由で跡取りから外されそうになったくらいなの!!
たかが病気で右目失った程度で揺らぐようなそんなデリケートな問題だってのに、
全く関係の無い血筋の者を立てようとしてんだから、根回しくらいはきっちりやっておくのが筋ってもんなの!!
大体後継に立てようってのに、側近の一人も置かずに後継者としての教育もやってないってのが信じられない!!
事実上の側近が佐助一人でどうすんの!? これじゃ、忍としての用途で使えないでしょ!!」

 だからがっつり怒鳴ってやったわけだけど、私の勢いに押されて幸村君が引いている。
ちなみにこっちのお供四人も引き気味だけど。てか、分かってんのかしら。私が言ってる言葉の意味が。

 「……忍の用途で使えぬとは」

 「佐助の“今の”ポジションは、伊達で例えるならば小十郎よ。
独眼竜と竜の右目の関係なわけ。佐助も何が言いたいか分かるでしょ?」

 そう言えば、佐助が渋い顔をして頬を掻いている。
幸村君はまだ分かっていないようだが、とりあえず佐助が分かってくれてるのなら助かる。

 「竜の右目ってのは軍師やって戦場で政宗様の背中守ってればいいってわけじゃないのよ。
あの子がどうして竜の右目と呼ばれているのかと言えば、政務から戦まで幅広く政宗様を支えているからなの。
全ての意味で政宗様の背中を守って、想定される危険から政宗様を遠ざけてる。
先代は小十郎に傳役として政宗様の教育を託しながら、同時に小十郎が傳役の任を離れた時に
今度は政宗様の側近になれるよう教育も施してきた。
何時御自身がどうなっても政宗様が困らないようにと政宗様が小さいうちから側近選んでたしね。
つまり佐助もそれを求められているわけ。そういうポジションなら副将としても立たなきゃならなくなる……
忍として簡単に駒にしてしまえば、幸村君を支える役目がいなくなる。
うちは小十郎が最悪いなくなっても、政宗様の周りには側近が他にもいるから然したる問題じゃないの。
位だってそこまで高いわけでもないしね。小十郎が目立ってるだけで、他にも優秀な側近はいるんだよ」

 あくまで小十郎と政宗様の補佐である私とは大違いなほどに、小十郎の役割って実は結構キツイ。
よくアレで禿げないなぁと思うけど、本人に指摘すると怒られるから何も言わないでいるけどさ。
実は地味に気にしてるのは知ってるからねー。
父上も晩年は地味に頭髪薄かったし、実家の兄も二年くらい前に墓参りに戻って頭を見たらすっかり禿げてたし。
そんなん見たせいか、小十郎ったらそれから抜け毛の量を結構気にしちゃって、時折鏡見て溜息吐いてたりするから笑える。
まぁ、あの子頭髪以外は妙に体毛少ないし、脛だって男のくせにつるっつるだ。
ま、本人はそれも気にしてる節があるみたいだけど、体毛が全部頭にいってるような気がするから当分は大丈夫だと思うわね。

 「……俺様も、そんな役割を担う気は本当はないんだけどねー……」

 言葉にならない幸村君の隣で、ぼやくように佐助がそう口にする。

 本当……大丈夫なのかねぇ、甲斐は。さっさと御暇して、奥州に今が狙い目だから攻めろって文でも送るか? この際。 
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