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水の国の王は転生者

作者:Dellas
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第二十話 王子の願い


 人質を殺すと脅されたマクシミリアンは、風穴のジャコブの警告に従う事にした。

「これはこれは、マクシミリアン殿下、お初にお目にかかります」

「約束通り人質は開放してもらうぞ」

「もちろんです。ですが、その前に杖を出して頂きましょうか」

「……」

 マクシミリアンは無言のまま、金ピカの杖をジャコブの足元に放り投げた。

「……ふふ」

 ジャコブはニヤリと笑い、金ピカの杖を拾った。

「殊勝な心がけです……おい、お連れしろ」

「ははっ」

 マクシミリアンは取り巻きに四方を囲まれ、連れて行かれようとした所……

「ちょっと待て」

 と、ジャコブに呼び止められた。

「ひょっとしたら、この杖は偽物で本物を隠し身っているかもしれん。全身を踏まなく探せ」

「疑り深いんじゃないか? まあ、調べてもいいけど」

「自信がお有りの様で」

「当然だろう? 下手な事をすれば人質の命が危ないからな。それと……もう一度言うが人質は解放してくれよ」

「約束しましょう。ですが、彼ら魔法衛士の解放は認められない」

 魔法衛士は杖なしでも戦力になることが予想されるからであろう。

「……分かった。用件を飲もう」

「結構です。おい、よく調べろ」

「ははっ」

 取り巻きのメイジが服を脱がし杖を隠し持っていないかそ調べ始めた。
 だが、いくら探しても、杖は見つからなかった。

「これで、信用してもらえたかな?」

「ふむ……約束通り、人質は解放しましょう」

 取り巻きの一人がジャコブに駆け寄ってきた。

「ですが、よろしいのでしょうか? 勝手に開放してしまって」

「我々の任務は王子の捜索を確保だ。それにあの豚どもを永く飼っていたら、余りの五月蝿さについ皆殺しにしかねないからな……ふふ」

「そ、そうですか」

 取り巻きは思わず後ずさった。

 一方、マクシミリアンは貴族たちの所へ行き気遣いの言葉をかけていた……

「皆の解放を約束した。これで家に帰れるから、皆、希望を持とう」

「殿下!」

「嗚呼、マクシミリアン殿下……」

 人質の貴族たちが心配そうに見ている。

「大丈夫さ、よもや殺しはしないだろう」

 そう言って、貴族たちに愛想を振りまいていると、一人の少女が申し訳なさそうに現れた。

「キミはさっきの……」

「マクシミリアン殿下、ごめんなさい」

 その少女は、先ほどジャコブに殺されかけた少女だった。
 見た目の年齢はマクシミリアンと同じぐらいだろうか。

「キミ、名前は?」

「ミシェルの申します」

「よし、それじゃミシェル。ミシェルは、一度、死に掛けたが命を拾った。この幸運を胸に、今までのような貴族らしい貴族ではなく、別の……まったく新しい貴族を目指すようにして欲しい」

「新しい貴族とは何なのでしょうか?」

「新しい貴族とは……そうだね」

 マクシミリアンは少し考えて……

「僕の考える新しい貴族、それは『ノブレス・オブリージュ』……高貴さは義務を強制する。権力の上に胡坐を掻かず、社会的地位に見合った行動もしくは責任を自分自身に課す……と、言った所かな」

「???」

 ミシェルは理解できていないようだった。

「そうだね……要するに、貴族に生まれたからには、貴族であるからには、グータラな生活は許されない……って所かな」

 少し違うかな?……と、思いつつもミシェルに説明した。

「たくさん勉強すれば、いいのかしら」

「そうだね、それと社会奉仕とかもね」

 とりあえずミシェルに言い聞かせる。

「ミシェルだけじゃない! ここに居るみんなに、もう一度聞いて欲しい!」

 人質の貴族に向かって声を上げた。

(昨日はろくに取り合って貰えなかったが……)

 マクシミリアンは人質の貴族たちにもノブレス・オブリージュを説いたが、今回の貴族たちの反応はまちまちだった。

(昨日よりは上々の反応だったが……)

 マクシミリアンは心を静める。

(もし……これで変われなかったら。残念だが……もう駄目だ)

 粛清リスト入りである。

 マクシミリアンは、貴族たちがトリステインに有用な人材に成れるのであればチャンスを与えたかった。
 可哀想だから……と、いう意味ではなく。

(貴族ぐらいしかキチンとした教育を受けていないからな)

 という理由があった。

 現在、ちゃんとした教育を受けているのは貴族ぐらいで、平民にいたっては奇特な領主が読み書き程度の教育を施すぐらいだ。
 将来的に平民に教育を施す様に改革しても人材として使い物になるのは、例外を除いては数年、十数年先だと睨んでいた。
 トリステインは永い不況からようやく脱する事ができた。だが、もっと高く、もっと先へ行くには、もっともっと人材が必要だ。

(変われるなら変わって欲しい……)

 マクシミリアンの願いが彼らに届くかは神のみぞ知る。






 この光景を見ていたジャコブは長い鼻を揺らしながら寄って来た。

「見事な演説でしたな、殿下」

「……フン。そう思うんだったら、名演説に免じて僕も開放して欲しいものだね」

「それは聞けませんね。開放なんかしたら、それこそマヌケだ」

「そんな、マヌケじゃない貴方が、何故こんな失敗すると分かっている蜂起に手を貸したんだ?」

「別にどうもしませんよ。分け前が良かった。……それだけですよ」

「金が欲しかったら、僕の所へ来ないか? 働き次第では、懐も温まるし指名手配も消してやろう」

「ははは……止めておきましょう。実の所『こちら側』の水が合ってましてね」

「それは残念」

 承諾しない事を予想していたのか、マクシミリアンはあっさり引っ込んだ。

「さ、おしゃべりはここまで。……おい、お前ら連れて行け」

 マクシミリアンはジャコブを含めた取り巻き達に連れられて行かれた。

「……あ、そうそう」

 途中、四方を囲まれたマクシミリアンは何かを思い出したように言葉を発した。

「何かしましたか? 殿下」

「名前を聞いてなかった。なんていうんだい?」

「ジャコブと申します。巷では風穴のジャコブと云われていますよ」

「なるほど覚えておくよ。……最後にもう一つ」

「注文が多いですな」

「実は朝から何も食べてないんだよね。何か食べさせてよ」

「……分かりました。おい、お前、厨房にひとっ走りして、何か持ってこさせろ」

 ジャコブはそう言って、ヤクザ者数人を走らせた。






                      ☆        ☆        ☆





 マクシミリアンを見送るしかなかったクーペとフランシーヌは、一度、屋敷から撤退する事を決めた。
 屋敷から脱出した二人は、途中、密偵団員5人を合流、その内2人を屋敷の監視用に残し街中に消えていった。

「あの、えっと、ミスタ……で良かったのかしら? ミスタ・クーペ?」

「ええ、結構でございますよ、ミス・フランドール」

 傍から見れば貴族の令嬢とお付のメイドの関係だった。

「それで、ミスタ・クーペ。これからどうするのですか?」

「まずは市内の暴動を鎮圧しましょう。その際に力を借りたい人たちが居まして、これからその人たちの所へ向かいます。上手くすれば殿下救出にも力を貸してくれるかもしれません」

「その人たちって、どの様な人たちのですか?」

「ミス・フランドールも、よくご存知でしょう。マダム・ド・ブランの皆さんですよ」

「マダム・ド・ブラン……ですか? たしか最近急成長した所と聞いていましたが……」

「まあ、詳しい話は道すがら説明しましょう」

 密偵団員を含めた5人は騒然とする街中を進んだ。



 ……しばらく街中を行くと、フランシーヌはモクモクと空へと昇る黒煙を見た。

「煙? 火事かしら?」

 フランシーヌは黒煙の昇る方向を指差した。

「あらら、あの方向はひょっとしたら……」

「なにか心当たりでも?」

「ええ、あの方向はアルデベルテ商会の方向ですよ」

「ええっ!? 一体何が……」

 驚くフランシーヌ。だが、クーペは何処かこの状況を予想していたようだ。

「アルデベルテ商会が、この街の縫製職人から恨みを買っていたのは、知っていますよね?」

「はい、聞きました」

「この暴動のドサクサに紛れて、商会を襲撃したんでしょうね」

「だとしたら……」

 フランシーヌは思わず息を呑んだ。
 この反乱を画策した、男のあっけない末路にやるせなさを感じたのだ。

「いきなりですが、予定を変更してアルデベルテ商会まで行きましょう。生きていたら身柄を確保したいので……」

「裁判にかけるつもりかしら?」

「いえ、アルデベルテの弁舌の才は、是非とも欲しいと常々思っておりまして。身柄を確保したら殿下に推挙しようかと……」

「黒幕を味方に引き入れようって言うの!?」

 元凶を生かし、あまつさえマクシミリアンの家臣にしようと画策するクーペに、フランシーヌは不信感を顕わにした。

「殿下も、同じ事をお考えなさると私は思っていますがね。要は優秀か否かの違いでしかありません」

「だ、だからと言って……」

「ミス・フランドールも殿下のご寵愛を受けたいのでしたら、それなりに有能でなくてはいけません」

「……それとこれとは」

 論点をずらされたフランシーヌは顔を真っ赤にして俯くしかなかった。




 黒煙の昇る方向へ走ると、燃え盛る建物を群集が取り囲んでいた。
 更に群集が固まっている方向を見ると悲鳴の様な声が聞こえた。

「どうやら、アルデベルテ氏は生きているようです。早く助けましょう」

「……その様ですね……悪運の強い奴」

 フランシーヌは不穏な事を言っていた。

「よし、スープクラウドを」

 クーペが命令すると、3人の密偵団員が一斉にルーンを唱え始めた。
 たちまちスリープクラウドの雲が発生し、群集の周りを漂う。

「ん?」

「なんだこれ!?」

「うう、眠くなってきた」

 3人のスリープクラウドで群集はバタバタと倒れ、残されたアルデベルテは虫の息ながらも生きていた。

「彼に水の秘薬を」

「分かりました」

 団員がテキパキをアルデベルテに治療を施した。

 それに対して、アルデベルテに思うところのある、フランシーヌは遠巻きから見ているだけだ。

「おい! おまえら、なに勝手な事してんだ!」

「コイツは八つ裂きにされたって、文句は言えないんだよ!」

 スリープクラウドの範囲外だった群衆たちがアルデベルテを奪還しようとして、たちまちクーペたちを取り囲んだ。

「……ど、どうしよう」

 フランシーヌは遠巻きから見ていたおかげで、巻き込まれなかったが、このままにしては置けない。

「もう一度、スリープクラウドで……」

 そう言って杖を取り出すと……

「ちょっと、お嬢さん。これは一体どういう事? どうして火を消さないの?」

 と、後ろから奇妙な声が聞こえた。

 フランシーヌは声の方向へ振り向くと、そこには背が低く奇妙な体系の女と5台ほどの鉄張りの馬車があった。


 
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