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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第四十五話

 豊臣に下るんなら伊達に下ってもしょうがないとか、食事の恩だとか言っておじいちゃんに雇ってもらうことになった。
最初はどういう心変わりかと訝しがってたおじいちゃんも、民の為にあえて降伏を選んだその勇気に感服したとか何とか
適当にヨイショしたら、すっかりその気になってくれて助かりました。

 いや~……おじいちゃん、知らない人ホイホイ信用したら駄目だっての。
敵の間者だったらどうすんのよ……あ、風魔がいるから大丈夫ってこと?
っていうかさぁ、風魔が寝返ったらどうすんのよ。相手は金さえ貰えれば他の主を持っちゃうような人間なんだよ?
北条よりも良い給料を貰って、こっちに来いって言われたら寝返る可能性だってあるだろうに。

 「この北条家の為に死力を尽くして働くのじゃー!!」

 「……はは、まぁ頑張ります」

 ってなわけで、雇ってもらった私の仕事はおじいちゃんの世話係。
いいのか、いきなりそんなポジションに据えて、と思ったけど、豊臣へ下る決意をさせた私の功績を高く評価されたらしい。
で、自分の側近とまではいかないけど、近くに置いてもいいかなって思ったっぽい。

 だから、知らない人を……まぁ、いいや。ぶっちゃけ、北条が滅ぼうが何しようが私には関係ないし。
それに、おじいちゃんの側にいればいろいろと情報も引き出せるだろう。そうなれば早く伊達に情報を流すことが出来る。
風魔も雇用関係にある以上は百パーセントとは言わないけど、それなりに動いてくれるはずだ。

 状況が理解したいと言っておじいちゃんから聞き出した話だと、伊達軍約一万の軍が小田原城へとなだれ込もうとしているらしい。
北条を完膚なきまでに叩きのめす……ってのが、一番の目的ではなくて、そこへ侵攻をかけようとしている豊臣を討つべく出陣したらしいんだけど、
豊臣の軍勢は約三万、使者が先に到着しているだけで、後方には三万の兵が迫っているそうだ。
一体どういう経緯で豊臣を討とうとしてるのか分からないんだけどもさぁ、何で政宗様は強い相手とばっかり戦いたがるかね。
一応風魔に調べてもらったんだけど、羽州やら近隣諸国で伊達と敵対している連中は皆手付かずのままになってるらしいし。
全く……小十郎はどうして諌めなかったのかね。いや、強引に押し切られた……か?

 それはともかく、一万対三万……あんまりこの状況で思い出したくないけど、人取橋の戦いを思い出しちゃう。いや、史実の方のね。
まぁ、こっちの世界でも人取橋の戦いってのはあったけど……今はそれはさておいてだ。
先代の輝宗様の弔い合戦である人取橋の戦いは、七千対三万の圧倒的不利にも関わらずに大敗することなく
どうにか生き残ったって話なんだけど、数的にはあの状況に近い。
このまま放っておけば、小田原城で両者がぶつかるというのは予想が出来る。

 普通はこの不利を危機として感じるもんだけど、政宗様の場合状況が厳しければ厳しいほど燃えるってタイプだから、
おそらく嬉々として突っ込もうとするのは目に見えてる。
小十郎が諌めて引き止めてくれると有難いんだけど、何かあの子も政宗様が成長されるにつれて
諌めが甘くなってきたような気がするしなぁ……
織田を倒して勢いに乗ってる今、小十郎じゃストッパーにならないと考えておいた方が良いのかもしれない。

 「それでのぉ、今城にいる使者殿が剣の達人でな、伊達の小倅なぞ恐ろしくはないほどの腕前を持っておるのじゃ!」

 政宗様を凌ぐ剣の使い手、か。
それは会ってみたいような気がする。おじいちゃんの世話を任されてる今なら、会う機会は出てくるか。
焦って会いに行くよりも今は情報を先に仕入れることを重点的にやった方が良いかもしれない。



 夕餉の時間になっておじいちゃんに膳を運ぶ。
下座には見知らぬ逆三角形の前髪が印象的な目つきが嫌に鋭い男が座っている。
不機嫌なんだかどうなんだか分からない厳しい顔をする男は、特別何も言わずに食事を摂っていた。
……あれが、豊臣の使者?

 「石田殿、御口に合いますかな?」

 「……特に不味いということはございませぬ。御気になさらず」

 おまけに愛想も無い。ここは嘘でも美味いって言おうよ。
使者なんだからさぁ……破談になっちゃ困るんじゃないの? っていうか、何を考えてあんなの送ってきたんだか。

 けど、おじいちゃんは特に気にした様子も無く、これが美味いだの何だのと、ほとんど独り言のような感じで話をしている。
使者は眉間に軽く皺を寄せていたが、特に怒り出すわけでもなく淡々と食事を済ませている。

 うーん……アレは人付き合いが苦手なタイプかしら? 本当、何でそんなんを使者として送り込んだのかしら。

 「……ところで北条殿、そちらの女御は」

 「お、おお、これはワシの世話役でな。名を小夜というのじゃ。
女だてらに侍を志しておってな、御恥ずかしながら豊臣に従属するのを決めたのも、この小夜のお陰でもあるのじゃ」

 厳しい表情をしている男の眉間の皺が少しばかり緩くなったのを見て、私は愛想笑いをしつつ怪訝に思った。
何故緩くなった? 不本意だけど豊臣への従属を促した立役者だから?

 「氏政様」

 軽く紹介を促してみると、おじいちゃんが上機嫌のまま私に向かって唾を飛ばす……じゃなかった、説明してくれる。

 「お前さんにも紹介せねばならんかったの、こちらは豊臣の配下石田三成殿じゃ」

 この人が石田三成か……何というか、随分と嫌な空気を纏った男だなぁ。血の臭いが抜けてないもん。
上座と下座で割合距離があるんだよ? 今日の食事に肉なんか使ってないのに生臭い嫌な匂いが届いてくるんだもの、
あれは相当人を殺していないと染み付かないよ。
剣に狂っている小十郎でさえ、あそこまで血の臭いはしないもの。

 「石田殿はな、今まで数々の城をたった一人で落としてきた猛者なのじゃ。
その実力を認められて今では秀吉公の左腕とも言われておる」

 たった一人で、その言葉に目を丸くした私の反応は間違ってないと思う。
嘘でしょ、って言いたかったけど、どうにもこの人の纏う空気は尋常なものじゃない。
さっきも言ったとおり、血の臭いはするし余程多くの人を殺さなければ纏えない空気だもん。
本人の意思に関係なく波乱を呼ぶ……そんな印象を持たせるには十分過ぎるし。

 おじいちゃんの話を聞きながら、退席したいが退席出来ないといった様子の石田に助け舟を出すべくおじいちゃんを諌めることにした。
それを合図に石田が退席したのを見て、私はその後姿をこっそり目で追う。

 一人で落としてきた猛者、それがどれほどの実力かは分からないけど、
交渉が決裂した時に先陣を切って討ち滅ぼす役目を任されて来たのかもしれない。
竹中さんが稲葉山城で使った手の変形で、少数の手勢で城内を混乱させて大軍を仕掛けるって感じに。
無論、下ったら伊達討伐の任をとそういう打ち合わせだったのかもしれないけど。

 実力を見たいところだけど、今回はそんな悠長なことは言ってられない。
伊達が到着するまで後二日程度しかないと聞く。今日明日中に情報をきちんと集めてここを出ないと間に合わない。
説得する時間が無くなってしまう。流石にそれは困るから。

 胸に湧いた嫌な予感を、汁物を飲んで咽ているおじいちゃんの背中を擦りながら誤魔化していた。 
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