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魔女将軍

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7部分:第七章


第七章

「それだけは申し上げておきます」
「絶対に」
「魔女が街にいればです」
 司祭は魔女の存在を認めたうえでそんな彼等に語る。
「そう簡単に見つかる筈がないのです」
「ですよね。魔術があるんですから」
「空を飛んだり姿を変えたり」
 魔女が使うと俗に言われてきている魔術である。箒に乗って空を飛ぶ黒衣の魔女というイメージはこの時代にもあった。何しろマザー=シプソンというそのものの外見を持つ魔女と言ってもいい存在がいたのはこの他ならぬイギリスであったからだ。当時はイングランドであったが。
「そんなことができるんですから」
「簡単には」
「多くの人が拷問によって倒れました」
 司祭はこのことにも心を痛めているのであった。
「ですが本当に魔女ならば」
「拷問なんかその前に簡単に逃げてしまいますか」
「魔術で」
「そうです。そんなことは簡単な筈です」 
 あくまでこう言うのであった。
「何にでも変身できるのですよね」
「ええ」
「確かに」
「それならば蝿や蚊にでも変身して」
 ホプキンズが主張した使い魔のそれである。
「逃げられる筈です。審問の際にも」
「隠せますか」
「魔術を本当に持っているならばです」
 この部分が実に強調されるのだった。司祭が言いたいのは本物の魔女がこの様な審問で見つかる筈がなくその際のでっちあげは決して許さないということなのだ。
「簡単に隠せます」
「では世間の魔女狩りは」
「全て出鱈目です」
 断言してみせた。
「捕まっている魔女は全て偽者です」
「偽者ですか」
「言い換えれば無実の人です」
 この言葉がとりわけ重要であった。
「決して魔女ではありません。有り得ません」
「有り得ませんか」
「断じてです」
 またしても断言であった。
「全て無実なのです」
「ではこれから見つかる魔女もまた」
「御気をつけ下さい」
 人々に対して警戒を教える目で語る。
「貴方達は魔女を恐れています」
「はい」
「それは確かですね」
「否定できません」
「それはとても」
「その心は誰にでもあります」
 魔女だけに対してではないのだ。他の様々なことにも。司祭はここではかなり広範囲に対象を広げて人々に話をしているのであった。
「誰にでも」
「そうですか」
「そしてです」
 さらに言葉を続ける。
「それに気付いて付け込む者がいるかも知れません」
「ではそれが」
「そう、彼だったのです」 
 ホプキンズであるというのだ。ここで彼の邪悪さがとりわけクローズアップされた。これは今回の話では当然の流れであった。
「彼だけではありませんが」
「そうだったのですか。我々の心に付け込んで」
「その通りです」
「そして金儲けを」
「無実の人を陥れてです」
 やはりホプキンズは邪悪なのであった。こうした行動を悪と呼ぶべきならば。
「貴方達を騙して」
「騙されないようにする為には」
「知ることです」
 司祭は厳かに人々に告げた。
「そして心を静かにすることです」
「知って静かになるのですか」
「そうです」
 このことを人々の心に刻み込むようにして語るのであった。
「その二つがあれば付け込まれることはなくなります」
「左様ですか」
「惑わされてはなりません」
 重ね重ね忠告してきた。
「その二つを身に着けて。決して」
「わかりました」
「これからは決して」
「様々な人がいます」
 ここでまたホプキンズについて語るのだった。
「中には心正しくない者もいます」
「はい」
「そうした輩を見破り騙されないことこそが大事なのです」
 司祭はあくまでこのことを強調するのであった。人々にどうしてもわかってもらい身に着けてもらいたいが為に。これこそが彼の願いであった。
「それは御願いしますね」
「はい、今ここに」
「それを誓いましょう」
「神はそれを望んでおられます」
 司祭として相応しい言葉が出された。
「正しきことを知り常に静かな心であられることを」
「そうすれば」
「最早魔女を見つけると騙る輩にも騙されることはなくなります」
 こう人々に語るのであった。それから暫くして当のホプキンズが死んだという話を聞いた。司祭はその話を己の務めている教会で聞いたのだった。
「死んだのですか」
「はい、そのようです」
 若い僧の一人が彼に答えるのだった。今彼等教会の礼拝堂の清掃を行っている。神父達の前に十字架のキリストとステンドガラスがある。黄色や青、緑の光がステンドガラスから教会の礼拝堂の中に入り込んでいた。彼はその中でホプキンズの話を聞いたのである。
「まだ詳しくはわかりませんが」
「この前までは元気だった筈ですが」
 司祭は話を聞きつつこう述べた。
「確か」
「それが急にだそうです」
 若い僧はまた彼に語る。
「急死と言うべきでしょうか」
「急死ですか」
「結核だそうです」
 僧は述べた。当時の死因としては非常に多いものであった。結核にかかったならばもう長くはないとまで言われていた病であったのだ。
 
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