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魔女将軍

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2部分:第二章


第二章

「決して。それは宜しいですね」
「おお、何という慎重な方なのか」
「そこまで考えておられるとは」
「この針をです」
 老婆に近付ける。老婆は怯えた顔になっているがそんなことには一切構わない。
「刺しますがここでわかることがあります」
「何ですか?」
「魔女には紋章があるのです」
 彼は語るのだった。
「紋章?」
「そうです」
 彼はまた語る。
「悪魔との契約によって付けられた紋章でして。そこを刺しても痛みが及ばないのです」
「ふむ、奇怪な」
「まさに魔女ですな」
 人々はこれまた彼の話を純粋に信じるのであった。何しろ魔女が本当にいると思われていた時代だ。これもまた当然のことであったのだ。
「それを確かめる為の針ですが」
「どうされるのですか?」
「刺します」
 彼は言った。
「刺して痛くない場所があれば魔女です。それでわかるます」
「成程、そうだったのですか」
「それでなのですね」
「さあ、今から」
 怯える老婆は声を出せない。どうやら喋れないらしい。魔女が喋れないということがあるのかどうかと考える隙もあるがそれでも人々はホプキンズの話術の前に目を晦ませていた。彼はその間にも老婆に近付き針を突き刺したのであった。すると。
「刺しましたぞ」
 針を一旦人々に見せて述べる。確かに針はある。
「ですが痛がりませんでしたな」
「ええ、確かに」
「そういえば」
「しかし別の場所を刺せば」
 また刺す。今度は痛みで顔を歪ませる。皺だらけの顔が苦痛で歪んでいた。
「この通りです。つまりはです」
「この老婆は魔女なのですか」
「やはり」
「ほら、これもまた」
 老婆の腕をまくる。そこのシミを一つ指差す。
「これはそのマークです。ここを刺しても」
「むむっ」
 やはり痛がらない。人々はこれを見てさらに確信するのだった。
「ではこの老婆は」
「魔女なのですか」
「左様、魔女です」
 高らかに宣言するホプキンズであった。
「これが何よりの証拠。紋章も実際にありましたし」
「では魔女は早速」
「裁判にかけ」
「裁判にかけてもお任せ下さい」
 恭しく人々に述べてみせた。
「私が腕によりをかけて魔女に裁きを与え。そして」
「火炙りですか」
「そう、火炙りです」
 この時代の魔女とみなされた者の末路であった。惨たらしい拷問をこれでもかという程受けそれから生きたままじっくりと焼かれるのである。こうして多くの者が犠牲になってきた。ドイツに至ってはその火炙りの煙で空が曇ってしまったとさえ言われている程であった。
「魔女には火炙りこそが相応しい。ですから」
「殺せ」
 誰かが言った。
「殺せ」
 そしてまた別の誰かが。
「殺してしまえ」
「魔女は殺せ」
 声が次第に大きくなっていく。それは一人から出されている言葉ではなかった。老婆を取り囲み多くの者が発していた。言葉を発することができない老婆に対して。
「火炙りだ」
「忌まわしい方法で蓄えたものは全て教会に戻せ」
「そう、その通りです」
 またしてもホプキンズは笑うのだった。顔が少しであるがそれまでの善意に満ちたようなものから何か別の邪なものまで見られてきた。
「忌まわしい全ての罪を清める為に」
「魔女を殺せ!」
「火炙りにしろ!」
 人々の声は絶叫になってきた。最早老婆の運命は決まった。少なくとも誰もがこう思った。老婆は怯えその中で震えているだけのように思えた。しかしこの時だった。
「待たれよ」
「!?誰だ」
「あっ、貴方は」
 人々が声がした方を振り向くとそこには一人の司祭がいた。初老の知的な目の光を漂わせている落ち着いた顔立ちの司祭であった。
「司祭様、どうしてここに」
「確かめたいことがありましてな」
 ホプキンズに対して答える。答えながら前に出て来て何時しか老婆の前に立っていた。
「確かめたいことですか」
「はい、まずは蝿ですな」
「そうです。蝿です」
 最初にホプキンズが証拠だとしたその蝿である。
「この蝿です」
「ふむ」
 見れば蝿は叩き潰されている。ホプキンズが証拠だとした後で人々に悪魔として潰されたのである。もう身動き一つしはしない。
「この蝿ですな」
「蝿がどうかされましたか」
「暫し拝借します」
 こう言うとその蝿を受け取った。そして火打石を取り出しそれを側にあった枯れ木と共に焼いたのであった。人日とはそれを見てまずは首を傾げさせた。
「燃えましたな」
 蝿を燃やしつつ人々に対してこのことを告げるのであった。
「今確かに」
「ええ、まあ」
「燃えていますが」
 人々もホプキンズも何が何なのかわからないまま人々の言葉に答えた。
「ですがそれが一体」
「何かあったのですか?」
「これです」
 司祭ははっきりとした声で人々に言った。
「これ!?」
「そうです、御覧下さい」
 あらためて人々に対して述べるのであった。ホプキンズも何が何だかわからないといった顔で司祭の為すことと言葉を見て聞いているだけであった。
 
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