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暗殺者

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1部分:第一章


第一章

                      暗殺者
 近頃この国では暗殺が頻発していた。犠牲者はいずれも国の中枢を担う優れた者達ばかりである。
「今度はローズ卿がか」
「はい」
 国王であるバッキンガム王にまたしても悲報が届けられる。彼は王の間においてそれを聞いて思わず顔を顰めさせた。そのうえで言葉を発するのであった。
「また同じなのだな」
「同じです」
 報告に来た首相のコノート公爵が述べる。実は彼の前任者もまた暗殺されているのだ。
「顔が真っ黒になって事切れておりました」
「苦悶の顔を浮かべてだな」
「その通りでございます」
 公爵はそう王に告げる。そこまで聞いた王の顔がまた険しくなったのであった。
「これで何人目か」
「十人目かと」
 公爵はまた答える。
「今月に入って」
「先月では七人だったな」
「そうです」
 思えばかなりの数である。しかもその全てが同じ死に方である。これで何もないと思う程王も公爵も愚かではなかった。
「全て。怪死か」
「記録では流行り病にしておりますが」
「記録は記録だ」
 王は言い捨てた。実際のところ記録は記録であり真実ではないのだ。公では病死になっていても実際は違うということなど歴史においてはざらである。今もまさにそれであった。
「あくまで記録でしかない」
 王はその口髭を奮わせた。そこには強い憂いが見られる。彼は今こうして国を支える者達が次々と消えていくことに不安と危惧を感じていたのである。
「それ以外の何者でもない」
「左様です。然るに」
「何だ?」
「宮中では噂が立ちこめております」
「それについては私も知っている」
 王はすぐに公爵に言葉を返した。
「魔術で殺しているのではないのか。そうだな」
「そうです。噂は急激に広まり」
「噂とはそうしたものだ」
 王は忌々しげに言い捨てた。
「簡単に広まる。人の口に鍵はかけられないからな」
「はい。ですがこのままでは」
「首相が言いたいことはわかっている」
 王は首相に顔を向けて述べた。
「このままでは。恐慌状態になるというのだな」
「そうです。早急に何とかしなければ」
 彼は王に対して述べる。
「取り返しのつかないことになります」
「そうだ。しかし」
 ここで王はまた言った。
「どうして死んだのかわからぬ」
「それです」
 そこであった。何故彼等が死んだのか原因が一切わからないのだ。だからこそ噂にもなるし彼等も対処のしようがなかったのである。
「同じ死に方ですが。それがどうしてなのかは」
「犯人として怪しい者はいるか」
 王は次にこう問うた。
「誰か。どうなのだ、そこは」
「それもわかりません」
 公爵は残念そうに述べた。
「しかしです。思うのは」
「全て私の信頼する者達だ」
 王は言った。彼等は全て優秀な者達であり王が仕事を任せている者達なのだ。そうした意味でこの公爵もまた同じである。
「皆今の問題で私に賛成してくれていたな」
「そうですな」
 公爵は王の今の言葉にはっとした。
「そういえば」
「今の聖職者への課税問題に」
 実は今この国は聖職者への課税問題で揉めているのである。財政難の解決と聖職者の特権と腐敗の解消が目的であるが当然ながら聖職者達がこれに頑強に反対しているのである。彼等とて自分達の特権を失うつもりはさらさらないのであるからだ。だからこそ問題になっているのだ。
「全て賛成する方々ばかりです」
「そして反対派は一人も死んではおらぬ」
 王は述べた。
「だとすればだ」
「何だ、簡単ではありませんか」
 ここで誰かの声が聞こえた。そうして一人の黒い髪に目をした浅黒い肌の若者が入って来た。黒い髪は長く伸ばし髭は剃っている。細身で鋭利な顔立ちの美男でありその吊り上がった切れ長の目が特に目立つ。服装は黒づくめであり黒い上着にズボン、靴、マントという格好だ。実に目立つ若者であった。
「それでは答えは一つしかありませぬ」
「何用だ」
 王は彼の姿を認めて言葉を少し曇らせた。
「呼んだ覚えはないぞ」
「おや、そうでしたか」
 だがこの黒づくめの若者は彼にそう言われても平気な様子であった。
 
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