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ホテル

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「これは?」
「あの団体の表向きのメンバーと資産だ」
「はあ」
「見てみろ。おかしな点はないか」
「ちょっと貸して下さい」
「ああ」
 山根はそれに応えて尾松にそのファイルを手渡した。尾松はそれを受けて受けてファイルを読みはじめた。そこには色々と細かいデータが書き込まれていた。
「ふうむ」
「どう思う?」
「僅か数人の団体ですか」
「そうだ、五人のな。元々小さな団体が分裂して出来たものだからだ」
「成程」
 尾松はまず人数を見た。すると山根からこうした返事が返って来たのである。
「五人ですか。本当に小さいですね」
「そうだな」
「けれどそれにしては」
 尾松は資産を見ているうちに気付いていった。
「車とかクーラーとか。やけに設備がいいですね」
「そう思うか」
 その言葉に反応したのか山根の目の光が鋭くなった。
「それにここのビルの部屋を借りるのって。結構しますよ」
「都心だからな」
「それも平気でやっているし」
「おかしいと思うか」
「そうですね。あからさまじゃないですかね」
 尾松は考えながら述べた。言葉の調子が慎重なものとなっている。
「ここまで持ってるのって。五人位じゃ」
「資産はどれだけあると思う?」
「五千万はあるんじゃ」
「異常だな」
 山根もそれに気付いていたのである。それをあえて尾松に見せてきたのだ。人数、規模と比してあまりにも資産が多いのである。
「そうですね。それで金の入り所は」
「本人達が働いているらしい。宗教活動の傍らな」
「プロテスタントは働いてお金を儲けるのっていいんですよね」
「ああ、確かな」
 二人はこのことに関しては学校で習った記憶があった。だから言えたことである。ちなみにこれは正解である。その為新教は商工業者の間で広まったのである。
「だったらお金持ってる理由もわかりますけれど」
「一人当たり一千万だ。どうやって作ったと思う?」
「どうやってって」
「普通に働いてそれだけの金が手に入るか?すぐに」
「まさか」
 そんな仕事はそうそうない。それは誰にでもわかることだ。
「それじゃあ」
「こいつ等が怪しいな」
「オウムとかと同じってことですか」
 尾松の声にも暗いものが宿っていく。
「それじゃあ」
「それは調べてからわかる」
 山根の声もまた暗くなってきていた。探る調子であった。
「わかるな、それで」
「ええ、よく」
 尾松もそれに応えた。二人の声が同じ暗さになった。丁度同じ暗さにである。
「仕掛けるぞ」
「役者はどうしますか?」
「二人だ」
 彼はそう言って立ち上がる。
「ついでに言うとな」
「はい」
「その団体のうちの一人の経歴見ろ」
「ええ」
「そしてだ」
 山根はここで事件が起こっているホテルの資料を出してきた。
「そこのデータも見ろ」
「こっちもですか」
「よく見ろ、そして驚くな」
 山根は念を押す。
「よくな。それでわかるな」
「ええと・・・・・・」
 尾松は宗教団体とホテルの資料、両方を見比べていく。見比べているうちに彼はあることに気付いた。
「何か苗字が一緒のがいますね」
「そこだ」
 山根の声がそこで止まった。まるで時計の針の様に。寸分違わず。
「もっとよく見てみろ」
「!?どうしたんですか?」
 あまりにも山根の言葉がいわくの様なものを含んでいるので尾松としても妙なものを感じずにはいられなかった。何か疑念を抱かずにはいられなかったのだ。
「一体」
「すぐにわかる」
「すぐにって・・・・・・!?あっ」
 資料を見比べてすぐにわかった。そのことが。
「これってまさか」
「わかったな、それだ」
 山根は尾松が驚きの声をあげたのを聞いてそう声をかけた。
「わかったな、からくりが」
「こういうことだったんですか」
「そうだ、じゃあすぐに罠を仕掛けるぞ」
「はい」
 尾松はそれに応える。
「それで罠に使う役者はどうしますか?」
「そっちは何時でも手配出来る」
「何時でもって」
「この街はな、何でもあるんだ」
 壁にかけてある上着に袖を通しながら言う。焦茶色のお世辞にも見栄えのいい上着ではなかった。だがそこに妙な趣きが感じられた。
「役者も手配先があるんだ」
「そうなんですか」
「それも今から教えてやる」
「今から」
「来い」
 顎で命じてきた。
「知りたいんだったな」
「わかりましたよ。それじゃあ」
 尾松は面白そうに笑って立ち上がった。そして彼は自分の制帽を手に取った。山根は刑事なので私服だ。だが尾松は制服なのである。
「行きますか、警部」
「御前いい刑事になるかもな」
 山根はそんな彼を見て言った。まだ正式な刑事ですらないが。
「すぐにそう答えた奴ははじめて見たぞ」
「何にでも興味を持つ方でして」
 尾松はその笑みを浮かべたまま答えた。
「時々それが仇になりますけれどね」
「じゃあ今のうちにどんどん仇になっておけ」
「また変わった言葉ですね」
「若い時の仇は後で糧になるんだ」
「だったらいいですけれどね」
「年長者が言うんだから間違いはない」
 あまり根拠がない場合もある言葉である。特にこうした不気味な事件においては。
「だから安心しろ」
「じゃあ安心します」
「それでな」
「ええ」
 話を元に戻してきた。
「まずは事務所に行く」
「役者さんの」
「いいか、これはあくまで公のやり方じゃないからな」
 山根は尾松に顔を向けてそう釘を差してきた。そういう事件の解決の仕方もあるのだと。彼は尾松にそう述べているのである。剣呑な調子で。
「あくまで裏道のやり方だ。覚えておけよ」
「わかりました」
「わかったらいい」
「で、その事務所後々まで使えるんですよね」
「使い方が難しいがな」
 そういう性質のやり方の特徴であるとも言える。
「というとやばいところですか」
「下手したら首を持って行かれる」
「首って」
 それだけで尋常ではないものであるのがわかった。尾松はそこにぞっとするものも感じた。だがそれは口には出せはしなかった。そうした雰囲気であったからだ。
「後でじっくりと教える」
「恐いのは嫌ですよ」
「恐いからこそ使えるんだ」
 山根は扉を開けながらこう言った。
「それだけのものがあるからな」
「はあ」
「これが上手くいけば事件は終わる」
 山根は断言した。
「というか終わらせる、いいな」
「わかりました、じゃあ」
 二人は部屋を後にしてその事務所へと向かう。それから数日後あのホテルに風変わりなカップルが姿を現わしたのであった。
 その二人は髪を滅茶苦茶に染め、そしてやたらとけばけばしい化粧に何処で買って来たのかわからないような服を着ていた。あちらこちらにアクセサリーを着けて、それがさらに異様さを見せていた。変わった身なりの者が多いこの街でも滅多に見られない様な連中であった。 
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