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TOL~幸運と祝福の物語~

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プロローグ②

「かあさん!」

ガバッと布団を跳ね除けて起き上がる。
差し出した右手は空を切り、何とも言えない虚無感だけが残る。
全身から冷や汗が溢れ、今すぐにでも水浴びしたい気分だ。

「…っ。」

差し出した右手を、そのまま頭まで持っていき、こめかみを掴む。
ここ数年の間だけで何百回見ただろうか。

俺が見た夢は本当にあったことなのか分からない。
俺が赤ん坊の頃の記憶なのだろうか。
何百回と見て分かることは、あの女性が俺の母親かもしれないということと、鎧を纏った…いや正確には赤い鎧を纏った集団が水の民を殺したという事実のみだ。

俺が常に身に付けているペンダントに、直径5㎝程の石と、一人の女性が赤ん坊を抱えている写真が裏に隠されている。その写真の女性と夢に出てくる女性が似ているというだけで、母親である証拠にはならない。もしかしたら歳の離れた姉さんかもしれないし、近所の女性だってことも可能性として存在している。
しかし、初めて夢で女性を見た時、俺は迷うことなく思ってしまったんだ。この女性が俺の母親なんだと。

そして母親が水の民である証拠は、白い光の物体。あれは水の民しか使えない<テルクェス>と呼ばれる爪術の一つだ。恐らくだが、母さんは陸の民のやつらに殺されたんだろう。水の民を恐れている陸の民に。
まあ、あいつらの気持ちも分からんでもない。俺たち水の民からしたら陸の民も同じことが言えるのだから。今生きている水の民の多くは、陸の民に生活を奪われた敗北者だ。だから恐れというより憎しみを強く持っている者の方が多い。
ただ、関係のない陸の民まで憎んでいるのは不思議に思う。実際のところ、近くの町まで買い物に行くと分かるが、水の民に執着しているのは国のお偉いさん達ぐらいだろう。普通に暮らしている者の多くが、水の民=煌髪人といったお伽噺感覚でしか見ていないことが分かる。
まあ、今の水の民は過去に囚われ過ぎじゃないかってことだ。俺からしたら害さえ無ければ、そこまで陸の民全体を敵視する必要はないだろうと思っている。
まあ、害を及ぼす陸の民…少なくとも母親を殺したあいつらだけは許す気はないが。

「…起きるか。」

胸に残る虚無感が薄れた後は、体に残る不快感を早く拭いたかった。
とりあえず着替えるかと思っていた時、不意に扉の開く音が聞こえる。

「早く起きなさいよフォルナ!」

そういって俺の返事を待たずして、金髪ツインテールの少女が部屋に上がりこんでくる。

「なんだよフェニモール。こんな朝早くから。」
「なんだよじゃないわよ!今日は…。」

フェニモールは俺に何か文句を言おうとしたのか分からないが、俺を見て停止する。
俺は何のことか分からずに後ろを振り返ったりしたが特に何もない。

「ん、どうかしたのか?」
「ななな、なんで服着てないのよ!!」

顔を真っ赤にしたフェニモールが勢いよく背を向ける。
そう言われて俺は顔を下に向ける。
そういえば着替えようとして服を脱いでいたのを忘れてた。
シャツも汗ばんでいたから脱いでいる。
つまり?

「あー…すまん、フェニモール。まさか着替え中に入ってくるとは思わなかったもので。」
「いいい、いいから!!早く着替えて!!」
「まあ、パンツ姿だったから特に問題ないだろ。ってか何そんなに顔赤くしてんだよ。」
「誰だって赤くなるわよ、バカ!!と、とりあえず早く着替えてリビングに来ること!分かったわね!」

フェニモールはそういって部屋から出ていく。
残された俺は少し釈然としないながらも着替えを済ませる。

今部屋に入ってきた少女はフェニモール。俺が居候させてもらっている家の長女だ。
15歳の時、俺を拾ってくれた村長が老衰で倒れてしまった。
その時は一人暮らしでも始めるかと考えていた時、幼いころから遊んでいた所謂幼馴染の、フェニモールと妹のテューラが何かと心配してくれ、気が付けば自分の親まで説得し家に住むことが決まっていた。
俺としては、5歳も歳下の女の子に気を遣わせてしまったことに情けなさを覚えるものの、正直誰かと暮らせることは嬉しかった。
まあ、フェニモール達の両親も気さくで優しい二人であることも居候しようと思った要因でもある。

「うーん、それにしても何慌ててるんだろう?今日何かあったっけ?」

部屋から出てリビングに向かう途中、記憶を遡らせながら階段を下りる。

「おはよー。」
「ん、おはようテューラ。フェニモールは?」
「顔真っ赤にして出て行ったよ。」
「そうか。」

テューラが笑いながら答えてくれるのを聞きながら台所に向かう。

「あ、お母さんが朝ごはん作っておいたから食べてから行きなさい、だって。」
「分かったよ、サンキュー。」

サンドウィッチが並べてある皿を持って、テューラの前に座る。

「なあテューラ。今日何か予定あったっけ?」
「…本気で言ってる?」

サンドウィッチを頬張りながらテューラに質問をすると予想以上に反応が悪かった。
まだあどけなさが残る顔立ちからの笑顔の中に、怒気が含まれていることを瞬時に理解する。

「い、いや。ちゃんと覚えてるよ、うん。」
「ならいいんだけど…ちなみに今日は何の日でしょうか?」
「きょ、今日?えーと…。」

鬼気迫る笑顔から顔を背けつつ必死に脳を活性化させる。
何の日?記念日とかだっけ?結婚記念日?誕生日?…誕生日?

「…あっ!」
「やーっと思い出しましたか。では今日は何の日ですか?」
「…フェニモールさんとテューラさんの誕生日です、はい。」
「だいせいかーい。よく出来ましたねフォルナ君。」
「誠にすみませんでした!!!!」

謝罪の意を込めて、全力全開で、机に向かって頭を下す。

「本当にもう…このことお姉ちゃん知ったらどうなるだろうな~。」
「それだけはご勘弁を!命が幾つあっても足りません!」
「いや、どれだけ怖いのよ。」

洒落抜きでフェニモールを怒らせたらダメだ!正直敵に回すといけないランキング1位が不動となりつつあるフェニモールだぞ。

「いやいや、あいつ怒らせたら飯抜きとか普通にあるからな!?それになにより、あいつの作る飯が食えなくなるのが辛すぎる!」
「…これが胃袋を捕まえられた男の末路なのね。」
「うるせいやい!」

テューラが何かかわいそうな目を俺に向けて来るが知ったこっちゃない。
こればっかりは居候を始めさせてもらった日から変わらない思いなのだから。

「まあ、黙ってあげてもいいんだけどねー。」
「…何が目的だ?」
「目的だなんて酷いなー。ちょっと町まで行って欲しいものがあるなーって思っただけだよ?」
「くっ…悪女め。」
「え?お姉ちゃんに誕生日忘れてたこと言って欲しいって?」
「いやー今日はお兄ちゃん何でも買ってあげたい気分だな!!何か欲しいものがあるなら言っていいよ!!」
「流石お兄ちゃん!頼りになるー。じゃあ、今日はエスコートお願いね。先に外で待ってるよ。」
「…。」

テューラはそういうとスキップをしながらリビングを出ていく。
俺はその様子を目で追いかけながら財布の中身を確認するのであった。 
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