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消えた凶器

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1部分:第一章


第一章

                          消えた凶器
 ある日のことだ。資産家のジュゼッペ=ファリーナ氏が殺された。
 ファリーナ氏はシチリアで大きな農園を持ち他にも様々な事業を展開していた。また裏ではマフィアとも深い関係があった。そうした人物だ。
 だからだ。容疑者となるとだ。
 候補者が多過ぎた。何しろ裏社会とも関係があるのだ。
 それに加えてだ。彼は。
 女性問題が多かった。まだ幼い少女に手を出したりだの若い女中を妊娠させて追い出したりだのだ。そうした話は尽きない人物だった。
 そのせいでだ。女性問題からも捜査が進められていった。
 だが、だ。問題はだ。そこではなかった。
 事件の捜査にあたったのはシチリア警察のルチアーノ=ゴッビ警部だった。髭だらけの厳しい顔に黒髪をいささか伸ばした中年の太った男だ。
 その彼がだ。こう署長に報告していた。
「容疑者は一人に忍び込めました」
「ほう、あれだけいたのにか」
 これまた恰幅のいい署長がだ。彼の言葉に少し驚いた顔になって応えた。
「二十人はいたのにか」
「はい、とにかく女性問題の多い御仁でした」
 ファリーナ氏はとかくそういう人物だったというのだ。
「ですが。状況やアリバイからです」
「一人に絞り込めたか」
「被害者の執事のティト=バルティアーノ氏です」
「何っ、執事が犯人か」
 これを聞いてだ。署長は。
 少し驚いた顔になってだ。警部に問い返した。
「普通はここで婚約者を汚された若者とか娘を弄ばれた親が出て来るが」
「そうした容疑者もいましたが」
 やはりだ。そうした者もいた。
 しかしだ。警部はここでは違うと言ってだった。
 そのうえでだ。また署長に話した。
「ですがその執事一人に絞られました」
「で、その絞った根拠は何だ?」
「犯行時間に彼は屋敷の中に被害者と共にいました」
 そしてだというのだ。
「それと共に。殺害に至る理由もありました」
「その理由が重要だな」
「孫を手篭めにされ妊娠させられたのです」
「執事の孫にまで手を出したのか」
「はい、彼に長年仕えている」
 その忠義ある者の、だというのだ。
「孫。被害者も幼い頃から知っていた幼い娘のです」
「しかも幼いか」
「初潮が来たばかりの小さな女の子に手を出したのです」
 聞いただけで胸糞の悪くなる話だ、署長も話を聞いて内心思った。
 だがそれは隠してだ。彼は警部の話をさらに聞いた。
「そしてそれを怨んで、です」
「執事は自分の主を殺したか」
「どうして殺したのかもわかっています」
 警部は話をさらに進めた。
「それもまた」
「刺したのか?銃か?」
「棍棒の様なものです」
「それでだな」
「後頭部を何度か殴って」
「そこまでわかったのだな」
「はい、わかりました」
 まさにそうだというのだ。わかったとだ。
 だが、だった。警部はだ。
 ここでだ。署長にこう話した。
「しかしわかったのはここまでです」
「凶器は何だった?」
「それがわかりません。そして」
 さらにだった。この事件についてどうかとだ。警部は話した。
「容疑者は容疑を否認しています」
「凶器がなければどうして殺したかまではわからないからな」
「当然指紋等も見つかっていません」
 凶器が見つかっていないなら当然だ。肝心のそれがだ。
 そうしたことを話してだった。警部は。
 署長にだ。こんなことも話した。
「ただ。執事は愛犬家でした」
「犬は誰でも買っているだろう」
 さして珍しいことでもないとだ。署長はこのことについては素っ気無く返した。
 
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