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101番目の哿物語

作者:コバトン
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第四話。パンパカパーン!

「た、ただいま……」

控えめな声で挨拶をする。
家に帰ってきたが、理亜と顔を合わすのは気まずい。
誰もいませんように。
玄関のドアを開けて中を見ると靴は置いてなかった。
誰も帰っていないのか?
そんなことを思いながら帰宅の挨拶をするが。

「お帰りなさい」

リビングからスリッパの音が聞こえて来て、エプロン姿の理亜が玄関まで出迎えにきた。
その顔を見ただけでドキッとしてしまう。理亜とどう接すればいいか、今まさにそれを俺は悩んでいるから。
だが理亜は敵ではない。
一之江達からしたら、敵対関係なのかもしれないが俺からしたら妹のような存在だからな。
むしろ、こういった事態になってしまったのだから、それこそずっと一緒に、仲良くしたい。
そう思うのだが……。

「か、帰ってたのか」

それでも、声は上ずってしまう。
気まずい、非常に気まずい。
リサやかなめでいい。
誰か早く帰って来てくれ!

「はい。……兄さん」

理亜は俺を見つめると。

「はふぅ」と溜息を吐いて。
お説教っぽい口調で告げる。

「いいですか、兄さん。私と兄さんは確かに、今はちょっぴり意見のすれ違いが発生しています。ですが、それはそれ、これはこれです。私たちがそれを気にして生活態度までおかしくなると、兄さんの両親や私の両親がまず心配します。それは兄さんにとっても嬉しくないでしょう?」

確かに理亜の言う通りなのだが。

「それはそうかもしれんが……」

それは簡単に見えて、難しくないか?

「朝は朝。夜は夜です。夜の物語のことは朝の世界に持ち込みません。ですから、ちょっと最初は難しいかもしれませんが、極力いつもの生活を続けますよ。兄さんも出来れば頑張ってみて下さいね?」

「ああ、解った」

問題点はいっぱいあるが、少なくとも理亜がいつもの生活を続けようとしてくれるというのはなんだか安心する。ついさっき、みんなには理亜を倒すと宣言したばかりだが、それでも理亜がいつもの理亜でいてくれるのが嬉しいのだ。
だが、理亜の方からそう言ってきたのは予想外だった。
本当は俺の方から「出来れば、朝の間だけでも、いつも通りの生活を続けないか?」と提案するつもりだったからだ。
ギクシャクしたままで凄さなきゃならんのは嫌だったからな。

「それにしても、帰ってくるのが遅かったですね。もしかして宿泊先で御飯を食べてしまいましたか?」

理亜の口から宿泊先という言葉が出た事にドキッとしてしまう。
先輩の家に泊まっていた事がバレた日には、この仮初めかもしれない『いつもの生活』すらも、俺は失ってしまうかもしれない。いや、むしろ家族会議が開かれてかなめやリサに『俺断罪』やら、『俺浄化』とかされるかもしれん。
……胃が痛くなってきた。
胃腸薬あるかな?
などと、現実逃避していると。

「まあ、兄さんからしたら色々と考えないといけない事もあるのでしょう……それは判ります。
ただ、作っておいたカレーが冷めてしまったのが残念です」

「カレー作っておいてくれたのか?」

「はい。だって、食べたかったんでしょう?」

理亜に言われて思い出した。授業中に来たメールで確かにそんなやりとりしていたな。
……すっかり忘れたが、わざわざカレーを作ってくれる辺り、理亜の優しさを感じる。
さっきまであんなに冷酷な口調と態度で接しられた相手なだけに、今のこのいつもの優しい雰囲気で接して貰えると嬉しくて仕方がない。
これが理子が言っていたツンデレっていう奴か?
いや、理亜はいつもはクールな娘だからクーデレも兼ねたツンクーデレなのかもしれん。

「なんか変なことを考えていませんか、兄さん?」

そして鋭い娘でもある。

「か、考えてない。それじゃあ、早速食べようかな」

「まあ、いいでしょう。それでは手を洗ってうがいするのを忘れないで下さいね。ただでさえ徹夜して戦っていたんですから、抵抗力が弱まっているはずですので」

そう言って理亜は台所に向かって歩き始めた。
さらりと『戦っていた』なんて言う以外はいつも通りの会話だった。
だからこそ余計に、俺は悩みを深めることになる。
本当に戦ったり、反発しあう道はないものか。理亜ならちゃんと話し合えば解ってくれるのではないか。そういう……兄妹が仲直りするのも、物語としては王道だろう。
かなめやジーサードの件もあるが、よし、なんとかしてみるか。
そんな決意を密かに固めて、俺は洗面所に向かった。








2010年6月19日。一文字家リビングルーム



理亜特製のカレーは、少し冷めたぐらいでは味を損なったりはしていなかった。
甘口というわけでもないが辛さが控えめで、カレーの風味や理亜が入れる隠し味的な何かのおかげか、普通に美味かった。

「ご馳走様でした」

「はい、ありがとうございます」

理亜はいつもこう言う。
そこは『お粗末様でした』ではないのか、と以前聞いてみたが、理亜曰く『お粗末様でした』という言葉は、粗末なものを出したみたいで許せないんです、とか言っていた。
そんなプライドを持っている理亜は面白い子だと思う。

「それじゃあ兄さん。洗い物はお任せしますけど。今は寝てしまって、起きてからでいいですからね?」

理亜が料理を作って、俺が洗う。
それは、俺が憑く前の一文字が行なっていた俺達2人の役割分担的なルールとなっていた。

「それと、兄さん。私は、やっぱり……諦めませんからね」

その言葉を、食べ終わるのを待ってから言う辺り、理亜の優しさを感じる。

「ああ、解る。俺も気持ちは同じだからな。大事な家族に……妹に危険な真似はさせなくないからな」

「はい。私も大事な兄には、苦しんだり、悲しんだりして欲しく……ありませんから」

俺をじっと見つめてくる理亜。その目には折れない決意があるような気がした。

「私の物語になること、考えておいて下さいね。その……悪いようにはしませんから」

「ああ、きちんと考える。ちゃんと、理亜のこと、俺のこと、みんなのこと。考えて考え続けて、俺達にとって最高にいい結末(ネバーエンディング)になるように考え込んでやるよ」

「兄さん……」

「理亜。俺はお前が既に知ってる通り、ただの一文字疾風なんかじゃない。全くの他人。遠山金次だ。騙してた事は謝る。悪いと思っている。本当ならここでお前と話すのは俺じゃない。一文字の役目だ。
その機会を奪ったのは、お前から大事な家族を奪ったのは俺だ。
だから俺はどんな罰でも受ける。傷つけてくれても構わない。
だけど、これだけは知っておいて欲しい。
俺もお前の兄同様……理亜のことは大事な妹だと思っている」

「だったら……」

「だが、ここでお前の言葉に屈したら。お前の物語になったら俺の仲間は……一之江達はどうなる? アイツらは望んでロアやハーフロアになったんじゃない。アイツらだって、苦しんで、悩んで、それでも前へ進もうと一生懸命頑張ってるんだ。理亜、お前の力なら確かにハーフロアである一之江や鳴央ちゃんを人間に戻せるかもしれない。
だけどさ、それまでハーフロアとして歩んできた一之江達の物語は。ハーフロアとして過ごしてきた想いはどうなる?
ロアであるキリカや音央はどうなるんだ?
ロアというだけで消されるかもしれないと思うアイツらはお前のことをどう思うと思う?
悩んでるのは俺やお前だけじゃない。
頼むからアイツらの努力を、苦しみを、想いを、存在を否定しないでくれ!」

……。
……
言っちまった。熱く語るつもりはなかったが思っていたことが全て出てしまった。
気まずい雰囲気が再び室内に漂うが、理亜はそんな空気の中でも口を開く。

「……兄さんの言いたい事は解ります。それでも私は兄さんに私の物語になって欲しいんです。
私は……諦めませんから」

「ああ、それは俺も同じだ。考える事は諦めない。
どんな難関だって、考え続ければ突破口があるはずだ。今は見えなくても、いつかそれが形になる日が必ず来る。俺はそれを散々学んできたからな」

前世で散々無理難題に挑んで、何とかしてきたからな。
だから、今抱えてる問題も何とかなるに違いない。

仲間を信じ、仲間を助けよ。

武偵憲章にもあるが、仲間を信じて無様だろうとカッコ悪いだろうが、突き進む。それが俺だ。

「……はふぅ。考えるのは構いませんが、猶予はそんなに与えるつもりはありませんよ」

理亜は俺から視線を逸らすと、伏し目になって告げた。

「だから、なるべく早く。私の物語になることにした、と結論して下さいね」

「その結論になるかは解らんが、答えを先延ばしにならないように出す」

俺がそう告げると、理亜はさらに伏し目がちになり、その長いまつげが憂いを持っているかのように見えて、なんだかその姿を見るだけで胸が締め付けられてくる。
理亜の姿を見ていると、やはりというべきか。
お約束な展開で、血流が体の中心に集まりそうになったので、俺は食器をキッチンの流しに置くと、そのまま自室に戻ることにした。
そんな俺に理亜は声をかける。

「兄さん。ちゃんと歯磨きしてから寝るんですよ」

「子供扱いするな。……理亜もなるべく早く寝るんだぞ」

「……はい」

ちょっとぎこちないが、いつも通りの会話を交わす俺達。ぎこちないこのやりとりを早くいつも通りのやりとりにしないといけない。俺の為にも、理亜の為にも。
それがいい兄というものなんだろう。きっと。







2010年6月19日。疾風の部屋



とは言ったものの。俺はパジャマになることもなく自分の部屋のベッドに寝転がって天井を見つめていた。

「あんなに優しい理亜が……俺を物語にしたい理由、ダメだ。解らん」

戦っていた時の怖かった理亜の姿。
さっきの優しい理亜。
どっちも理亜なのは確かだ。
あんなに優しい理亜が、あそこまで怖い存在となってまで戦う理由。
それはどんな理由なんだ?
……。

「ダメだ。解らん……」

ベッドの上でゴロゴロ転がっても仕方がないのだが、『考えることを諦めない』と格好つけたところで、ヒステリアモードではない俺にいいアイディアが浮かぶはずもなく。
だからこそ、人はすぐに考えることを諦めて、安易な方向に走ってしまうのだということを痛感する。

「なんか哲学っぽいな」

実際哲学がどんな学問なのかはよく解らんが、きっとそういう人の考え方とか本質とかについての学問に違いない、なんて偏見を抱きつつ。

「なんて説明すりゃいいんだ……」

俺はDフォンを眺めながら、キリカにどう説明するべきか悩んでいた。あいつはまだ魔術を使用した代償のせいで満足に動くことも出来ないでいるからな。一時的にせよ目が見えなくなっているキリカには、起きた出来事を報告しておくべきだろう。そう思っているのだが、どこから説明すりゃいいんだ?
などと悩んでいると。







ピロリロリーン!




「うおっ」

いきなりDフォンから軽妙な音が鳴り響き、その音に驚いた俺は手に持っていたDフォンを落としそうになった。

「っとっとっとぉ」

両手でお手玉しつつ、なんとか落とすのは免れる。
Dフォンの画面を見るとそこには『メール着信』とある。
誰からだ?
メールを開いてみると……。






差出人・管理人

タイトル・おめでとうございます!

内容・パンパカパーン!
流石にメールに音が鳴る機能は付けられませんでしたが。
一文字疾風様『百物語の主人公』化と『不可能を可能にする男の主人公』化おめでとうございます!
いやー、めでたい!
管理人は、一文字疾風さんことモンジさんの活躍を、今後も超楽しみにしております!
頑張って下さい‼︎

ps・パンパカパーン!
おめでとうございます。
貴方は都市伝説『パンツを亜音速でランドリーに投げ込む男』のハーフロアになることが決定しました。
管理人はモンジ君の変態……ゴホン。ご活躍を超楽しみにしています。
決して捕まっちゃえ、などとは思っていません。
ええ、思っていませんよ。





そんな内容だった。

「う、胡散臭ぇ〜」

Dフォンに仲間以外から初めてメールが来たが、何で俺のアドレスバレてんだよ、とか。
『8番目のセカイ』に管理人なんていたのか、とか。
何で主人公化したのがバレてんだよ、とか。
最後の何で知ってんの⁉︎
とか、いろいろ突っ込みどころがありまくるメールの内容だった。

「しかも、モンジってなんだ。そこは一文字疾風のままでいいだろうが!」

突っ込みを入れてDフォンをベッドの上に放り捨てる。

「ふーっ」

なんかドッと疲れてきた。
そろそろひと休みするかな、なんて思っていたが。



ピピピピピピピピピピッ



今度は普段使っている普通の携帯電話から着信音が鳴り響いた。

「今度は誰だよ?」

ベッドから手を伸ばして、携帯電話を持ってくる。
画面を開くとそこに表示されていたのはキリカの名前だった。

「おおっ、もしもし!」

『わっ、勢いがあるねモンジ君?』

キリカの声を聞いていると、それだけで何故だか目頭が熱くなった。
俺はキリカに弱いなあ。クラスメイトなのに年上的な存在だからか、あるいはメンタルケアをしてくれてるからだからか。俺はキリカに弱い。

「あー、いや。ちょうどキリカの声を聞きたいと思ってたんだ」

『わわっ、モンジ君がなんか嬉しいことを言ってくれてる! デレ期だ!』

このノリ。まるで理子みたいだなぁ、本当。

『そういえば、さっき街の外に出てたね? なんかあったのかなー、って。『主人公』の能力関連でおっかないことでもあった?』

「ああ、いや、そっか」

キリカとの交信を終えた後に理亜が現れたんだったな。つまり、キリカは知らないのだ。
俺が理亜こと『終わらない(エンドレス・)千夜一夜(シェラザード)』と出会い、そして悩んでいるということを。

「そっち方面では問題ない。あれから特に進んでないよ」

部屋の中とはいえ、街中ということもあり俺は言葉を濁すが。

「ふーん、なるほどね。なるほど。つまり、あの後になんかあったんだね。んでもって、多分瑞江ちゃんが、それについて会話する為に街の外に出た、と」

キリカは俺が敢えて触れない理由を察してくれた。
流石の頭の回転力だ。キリカがこう気付くのだから、理亜にいるかもしれないブレインこと『魔女』もそう思っているはずだ。ということは、だ。
一之江の言う通り、この街の中で『終わらない(エンドレス・)千夜一夜(シェラザード)』の会話はやはり避けた方がいいのかもしれんな。

『じゃあ、そっちの話は後回しにして。先に言っておかないと危ないかなーと思ったことを連絡しておくね?』

「うん? 危ないこと?」

『モンジ君、さっき瑞江ちゃんの能力が使えるようになっていたけれど。もし、私の力を使いたいなー、と思った時は注意して欲しいな、と思って』

「注意か。やっぱ代償関係か?」

キリカの力。『魔女』の能力は凄まじく。かなり便利で、いろいろなことが出来る反面、その力を使うにあたって代償を支払わなければいけない。今こうしてキリカは普通に会話しているが、その当のキリカは一時的に目が見えなくなっている。便利だが、その力を使うには支払わなければいけない代償は大きいのだ。

『それもあるけど、そもそも『魔女』の力は女の子用だからね。男の子が使うようには出来ていないってのもあるの。割とメンタルに直接影響が出たりするから。こう、モンジ君の理性が利かなくなっちゃったり』

「マジでか」

理性が利かない俺。
ヒステリアモードの俺よりもヤバイなそれ。
ただでさえ、ヒステリアモードなんていう地雷を抱えてるのに、キリカの魔術を使った代償で理性が崩壊したら、拳銃自殺間違いなしになるぞ。間違いなく。

『うん。もし理性が利かなくなっちゃって、瑞江ちゃんとか襲ったら大変だもんね』

「一之江を? 俺が? 襲う?」

襲われるの間違いだろう。

『ふふっ。まあとにかく。誘惑に抵抗してくれないモンジ君はつまらないと思うので、そのままの君でいて欲しいわけですよ、親友のキリカちゃんとしては』

「小悪魔めっ」

『あははっ』

キリカの発言を要約すると。
『私がどんどん誘惑しても一線を越えないさじ加減でいてね?』という意味だろう。
さすがは『魔女』だ。
まあ、ヒステリアモードなんて地雷を抱える俺からしたら、キリカがそういう風に接してくれるのなら大いに助かるんだけどな。
とはいえ……。

「俺はこれ以上キリカに代償を支払って欲しくないぞ」

魔術を使う度にキリカが代償を支払う姿なんか見たくない。
だからそう伝えると。

『あ……うん。それは大丈夫だと思うよ。モンジ君がきちんと『主人公』になったおかげで、私も頼ったり出来るかもしれないの』

キリカは俺の心配が杞憂だとばかりに苦笑いしながら説明してくれる。

「ん、そうなのか?」

『代償の肩代わりとかね。私の力をモンジ君を通して使う、っていうのが出来るようになったから、モンジ君が私の代わりに代償を負うっていうのも出来るようになるんだよ』

「そんなことも出来るのか⁉︎」

驚きのあまり、大声を出してしまう。
……しまったな。
今の声量だと理亜に聞こえたかもしれん。

『それで喜んじゃうんだね……私がモンジ君を利用するかもしれないのに』

「キリカには恩があるからな。返せる恩はきちんと返さないと寝覚めが悪い。それに俺『達』にとって不本意じゃない使い方をするなら、構わないと思う。ああ、でも、誰かを殺すーとかは勘弁な」

『君はそれで本当にいいの?』

「正直……よくわからん。だが、利用するされるは前いた場所じゃあ、よくあることだったからな。
だから人間を生け贄にしてやるー、とかそういったことでもしない限りその事に関しては俺は何も言わないさ」

『ふーん、そうなんだー。安心してー、流石にモンジ君と一緒にいるウチは、あんまり悪いこともしないから』

「つまり、俺と一緒にいれば、キリカは良い魔女になるんだな」

『お、それってプロポーズ? くすくすっ』

「うぐっ」

そんな気はなかったのだが。言われてみるとプロポーズっぽい、のか?
いや、だが、しかし。一緒にいれば悪さをしないなら、俺が監視役としてキリカの周りにい続ければいいのは間違いない。
だが、プロポーズとか言われるとキリカのウェディングドレス姿なんかを思い浮かべてしまい……

『ん、どうかした?』

「あ、いや……キリカってウェディングドレス似合いそうだなって思って」

『妄想が飛躍してたー⁉︎』

「ば、違っ⁉︎ そう言うんじゃなくて、今後も長く一緒にいられたらいいよな、とか思っただけだ。流石にまだ結婚とかは考えられん」

『まだ?』

「あ、いや……おいおい考える予定とかもない。すまん、変な事言ったな」

ヒステリアモードになっていないはずなのに、今日の俺は何かおかしい。
疲れが溜まってるせいか、自制が利かなくなってるみたいだ。

『もう、モンジ君ったら。最近はちょいちょい私も口説くよね?』

……そう言われると、そうかもしれない。俺はなんだかんだで、キリカにしかこの手の事は口にしていないような気がする。うーむ?

『ま、嬉しいからいいけどね。嬉しいと回復も早くなるし』

「そういや、そんなことも言ってたな」

『うん。魔女の魔力はメンタル、精神力から来るからね。嬉しい、楽しい、美味しい、気持ちいい、この辺りがいっぱいあると、それだけ回復も早くなるんだよ』

なるほど、嬉しい、楽しい、美味しい……その辺は気分を高める感情だからわかるからそれはいいとして。
き、気持ちいい、だと……。
キリカが気持ちいい事……。

いかん、ヒスる⁉︎

『モンジ君のスケベっ!』

「な、何でだ⁉︎ まだ何も言ってないだろう⁉︎」

『エッチな妄想してドキドキしてたでしょ!』

何でわかんだ⁉︎
してたけど。してヒスりかけたけど。

「す、すまん。なんか今の俺はやっぱり、誰かにすがりたいのかもしれん」

理亜のことは俺の精神をガリガリ削っているような気がする。
そのせいか、普段は言わない言葉や妄想がホイホイ湧き出てしまうようだ。
なんというか良くないよな。こういうの。
ヒステリアモードになりたくないってのももちろんあるが、なによりキリカが優しいからってそういう対象で見るのは。

『あー、ふーん、なるほどね。つまり、そういう感じの出来事があったってわけだね』

もっとも、俺がどんなに言葉を濁しても、キリカにはバレてしまうのだが。
キリカならきっと良い心理カウンセラーの先生になれるだろう。
しかし、キリカが心理カウンセラーの先生になったら、患者さんを誘惑しそうだからやっぱりダメだ!

『うん、なんとなく解った。モンジ君、そろそろ寝ておいた方がいいかもしれないね。
君の脳はかなりのダメージを受けてるみたいだから。
私の魔術のせいっていうのもあるんだけど。これはそうだね……神経性の遺伝形質が原因かな?』

「なっ……どうしてそれを」

『君の頭の中に入った蟲さん達がいろいろ教えてくれたの。いろいろ……と。聞きたい?』

「いや、いい……」

聞いてはいけない話というものがある。これはきっとそういった類の話だ。
厄介事に巻き込まれやすい、不運な俺にもそのくらい解る。

『そっか、それは残念』

全然残念な声じゃないのに、キリカが残念というと、本当に残念と思えてくる。
不思議だ……。

『昨日からいろいろあったみたいだからね。今日はもうゆっくり休んだ方がいいと思うよ?』

「……そうだな。そうさせてもらおうとするかな。そんじゃ、おやすみなさいだな」

『うん、おやすみ、キンジ(・・・)君っ。ゆっくり寝てね?』

「おうっ」

俺達はほぼ同時に電話を切った。
キリカとの通話を終えた俺は驚くほど落ち着いた自分の心に、キリカという存在が癒しになっていることを実感する。

「……よし、寝るかー」

俺はベッドに寝転がって毛布を掛けると。
キリカとの電話の余韻に浸りながら、静かに目を閉じた。

 
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