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投げ合い

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6部分:第六章


第六章

「やったぞ、勝った!」
「俺達は勝ったんだ!」
 その彼の耳に勝利に喜ぶナインの声が届いてきた。
「御前のおかげだよ!」
「よくやった村山!」
「ああ」
 村山はベースの上でその言葉に頷いていた。だがその顔はにこりともしていない。
「俺は勝った」
 二塁ベースからベンチに戻って告げる。
「この試合に。何とかな」
 まだ光正を見ていた。彼はまだ動けない。監督やナインが何とか彼を動かせて並ばせる。彼は泣いていた。そうして右腕を抱いていた。
「それだけ投げたのか」
 医者は試合を知っていた。そのうえで呟いたのだった。彼は今自身の病院にいた。そこで試合結果を聞いていたのだ。そこには光正の投球数もあった。
「よくそれだけ。投げられた」
「あの腕ですね」
「頑張ったと言うべきか」
 医者は看護師に応えた。
「いや、頑張ったというレベルじゃないな。これは」
「そうですね。本当に」
 看護師もそれに頷く。
「四試合分は投げていますよ」
「それだけ投げるなんてな。じゃあ私は」
「あの子の腕をですね」
「絶対に治す」
 答える言葉は強かった。
「何があってもな」
「そうですね。やって下さい」
「あれだけ投げたんだ」
 心から光正をたたえていた。
「それに応えるさ」
「はい」
 程なくして光正が病院に来た。そうしてその腕の治療に入った。腕のダメージはかなりのものだったが治るものだった。医者は必死に頑張ってその腕を治療した。そうして冬になった。冬にはそれまで痛んで仕方がなかったその腕が痛まなくなってきていた。
「もうすぐだよ」
 診察室で医者は光正に対して告げた。
「もうすぐ投げられるようになるからな」
「もうすぐですか」
「うん、そうだ」
 笑顔で光正に言う。
「またあのピッチングができるんだ」
「信じていました」
 光正は彼の言葉を受けて応えた。
「絶対にそうなるって。だから俺は」
「私の治療を受けてくれたのか」
「そうなんです。またマウンドでの投球を見せます」
 彼も笑顔になっていた。その笑顔で右腕を動かそうとするがそれは慌てて止めた。
「危ないですね。今は」
「うん、もう少しな」
 医者も笑顔で彼に述べる。
「もう少しだから。我慢してくれ」
「甲子園のマウンドはもう投げられないでしょうけれど」
 彼の高校生活はそれで終わりだ。そうなってしまえばもう甲子園で投げることはできない。しかしマウンドは甲子園だけではないのだ。彼はそれもわかっていた。
「大学でまた」
「そっちへの進学はもう決まっているのか」
「いえ、それはまだです」
 だがこれについての返事ははっきりしないものであった。
「推薦はないんで」
「その腕のせいでかい?」
「っていうか断ったんです」
 ここで彼は意外な返事をした。
「断った!?またどうして」
「実はですね」
 光正は医者が驚く顔を見て答えた。
「その大学にはあいつも受けるってことがわかりまして」
「あいつ!?誰なんだねそれは」
「村山ですよ」
 彼は笑って述べてきた。
「あいつが受けるってわかって。それで辞めたんですよ」
「何でまたそうしたんだい。勿体無い」
「勿体無くはないです」
 しかし彼はまた言う。
「あいつと投げ合っていたんですよ」
「それはそうだけれど」
「だからですよ」
 しかし彼の言葉は変わらない。表情も毅然としていた。
「あいつとまた投げ合いたいですから」
「甲子園の時みたいにか」
「今度は負けませんよ」
 彼は明るい声で述べた。
「絶対にね。あいつから手紙も来ましたし」
「そうなのか」
 これまた喜ばしいことであった。光正の言葉に医者も笑顔になる。
「それじゃあ大学でも投げて」
「今度こそ勝ちますよ。そう手紙を返しました」
「それはいいことだ」
 医者としてあるまじきではないかと思える程患者に感情移入していた。しかしそれを止めることはもうできなかった。医者も心からそのことを喜んで楽しみにしていたからだ。
「それじゃあ絶対に」
「はい、腕を治して下さい」
 光正は満面の笑顔で医者に頼み込んだ。
「またあの時みたいに投げられるように」
「あの時どころじゃないぞ」
 医者はその光正に言葉を返す。
「もっとだ、もっと」
「もっとですか」
「そうだ。好きなだけ投げられるようになる」
 喜びのまま光正に告げる。
「これからも。ずっとな」
「じゃあ投げます」
 光正もそれに応えて言う。
「これからもずっと」
 彼は今これからのことに期待を胸に膨らまさせていた。大学に入って好きなだけ投げて今度こそ村山に勝つ。それで胸が一杯だった。もう腕のダメージのことはどうでもよかった。ただこれからのことに胸を奮わせるだけであった。そうして医者と笑顔で誓い合うのだった。これからの希望に対して。


投げ合い   完


                  2007・12・20
 
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