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浪速のど根性

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8部分:第八章


第八章

「ビリケンさんにな」
「その二つに願かけしてきたんやな」
「そや。大阪やで」
 またこれだった。
「この二つにお参りせんでどないすんねん」
「まあ御利益はちゃうわ」
「他の神さんよりもな」
 部員達もそこは大阪贔屓だった。
「けれど法善寺は行かんかったんかい」
「そこはどないしたんや?」
「そこは大会前に行ったわ」
 どうも結構神仏を拝む性質のようである。
「だから今はええ」
「そうか。だったらええんやけれどな」
「とにかくや」
 ここでまた言うのだった。
「大阪が第一やろが」
「確かにな」
「まあそれはな」
「見てみい」
 後ろを振り向いてきた。
「あれを。あれは何や」
「大阪城や」
「天守閣や」
「そうや。太閤さんの作った大阪城や」
 今の大阪城は徳川幕府が作ったものだがそれはあえて無視していたのではない。守はそんなことは一切知らないだけである。
「あの大阪城は天下第一の城や」
「確かにな」
「それはな」
「そう、大阪は天下第一なんや」
 かなり論理性に欠ける言葉であった。
「その大阪の人間が東京を先に言うなんてどうなんや」
「まあおかしいわな」
「言われてみればな」
「だからや。俺はそういう意味でもやったるで」
 力瘤入れて宣言する。
「勝つ。勝ったる」
「絶対にやな」
「ああ。勝つのは俺や」
 また宣言した。
「大阪が勝つんや」
「ほな。やってくれるんやな」
「当たり前や」
 二つの拳を作って胸の前で打ち合わせた。
「やったるで。絶対な」
「勝つのはうちか」
「大阪や」
 また言う。
「勝つのは大阪やで」
「まあそやな」
 部員の一人がまた言った。
「大阪のうどんと東京のうどんどっちが美味い?」
「あんなうどん食えるか」
「あれが食いもんか」
 皆言いたい放題である。
「あのつゆ墨汁か?」
「醤油そのまま湯にとかしたんちゃうんか」
 大阪人特有の文句のつけ方である。彼等はまず東京をけなす時にうどんを出すのだ。その黒さと辛さを言わなくては気が済まないのだ。
「あの辛さもなあ」
「食えるかいな」
「ホンマや」
 やはり辛さを叩いてきた。
「しかも蕎麦かてなあ」
「ああ、あれもあかんで」
 蕎麦までけなすのはあまりないが彼等は別だった。
「量少ないしな」
「高いしな」
「そやそや。しかもやっぱりつゆがあかん」
 つゆまでけなす。
「あんなんやったらスーパーで大安売りしてるの買ってのびるまでたいて食うた方がな」
「美味いわな」
「そうや。何が蕎麦は東京や」
 蕎麦まで容赦なくけなす。
「あんなんあかんあかん」
「蕎麦も大阪やな」
「天麩羅も寿司もや」
 そこにまで話を持っていく。
「狸親父あれ食うてあたったしな」
「アホやアホ」
 徳川家康のことだ。彼が鯛の天麩羅、実際は鯛をごま油であげたものを食べてそれで死んだことを笑いものにしているのだ。大阪人の間で彼は今だに人気がない。それもその筈で大阪といえば豊臣だがその豊臣を滅ぼした憎き相手に他ならないからである。
「寿司もな。東京の寿司屋は威張っとる」
「何で食い物屋が威張るんやろな」
「アホやからやろ」
 彼等の歳で自分達で寿司を食べに行く筈がない。だからこれも偏見でしかない。しかし偏見だからこそ思いきり言っていたのだ。
「ホンマ東京はな」
「あかんあかん」
「食いもんで惨敗しとるがな」
「こっちは人情の街大阪や」
 大阪の人間がよく使うキャッチフレーズだ。
「あんな何もないスカみたいな街とはちゃうからな」
「絶対に負けへん」
「ちょっと聞くで」
 ここでその試合をする守が皆に尋ねてきた。
「食いもんでは圧勝やな」
「ああ」
「それだけで勝ってるわ」
 皆このことはすぐに返してきた。
「さっきから言うてるやないか」
「それがどないしたんや?」
「じゃあ聞くで」
 何故かここで彼の顔は真剣そのものになっていた。
「お好み焼きともんじゃ」
「お好み焼きと?」
「どっちが上や」 
 こう皆に問うてきた。
「どっちがや。上や」
「どっちがか」
「そや。どっちが勝っとる?」
 声も真剣そのものだった。その声で皆に問うのであった。
「それをはっきり聞きたいんやけれどな」
「アホ言うな」
「そんなのわかっとるわ」
「そや、最初からな」
 これが皆の返答だった。
「わかっとるって?」
「お好み焼きの圧勝やろが」
「これが一番勝ってるわ」
 皆また口々に言う。
「あんなもんじゃみたいなゲロみたいなもん食えるか」
「こっちのお好み焼き見てみい」
 そのお好み焼き屋の息子に対しての言葉だ。
「ボリュームもあれば味もええ」
「しかも安くて何でも入れられる」
「モダンにも出来る」
 話を少し膨らませてもいた。お好み焼きとモダン焼きはまた違うものだからだ。
「全然勝負にならへんがな」
「そら御前が一番わかっとることやろが」
「そやな」
 あらためて皆の言葉に頷く守だった。
「そやったらな」
「行くんか」
「ああ、行ったる」
 ここで大阪城に顔を向けた。そのうえでまた言う。
「太閤さんに誓うで。俺は絶対に勝つ」
「太閤神社お参りしたか?」
「あっ、それはまだや」
 言われてこのことを思い出す。
「それはな」
「まだまだあかんのう」
「それを忘れたらあかんやろが」
 皆呆れて彼に言う。
「まあな。それはな」
「試合終ってからやな」
「戦勝報告やな」
 守も言った。
「これはな」
「そや。それでええやろ」
「ほな行くで」
「ああ。絶対に勝ったる」
 歩きはじめてからまた述べる。
「真正面からな」
 最後にこう言って試合に向かう。リングには同時に向かう。観客席の声援の中向かい合う相手は一見するとスマートな二枚目であった。
「あいつか」
「そや、原申伸や」
 セコンド役の部員の一人が言った。相手側の青コーナーの席に座っている相手は涼しげな顔をした好青年といった外見だった。
「あいつがそうや」
「下町のもんじゃ焼きの息子やな」
「その通りや」
「そうは見えへんけれどな」
 守は自分のセコンドと話をする彼を見て言った。ライトに照らされるリングの周りは多くの観客達で埋められまさに決戦の場であった。
「渋谷とか原宿か?」
「ああ」
「そこにいそうな感じやな」
 彼はそのまま感じたことを述べたのだった。
「見ただけやったらな」
「そやな。けれどな」
「強いんやな」
「めっちゃ強い」
 こう答えが来た。
 
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