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浪速のど根性

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5部分:第五章


第五章

「俺にとっちゃ勉強なんてどうでもええんや」
「いつも同じこと言うな」
「ちょっとは進歩しいや」
「だからや。そんなん名前が書ければええ」
 これだけにこだわっていた。
「そやけれどな。ボクシングはちゃう」
「それで食うつもりかいな」
「食うのはお好み焼きでや」
 もう一つの生きがいも出す。
「しかしや。ボクシングはや」
「何や?」
「俺の夢や」
 今度はヒンズースクワットをはじめた。試合の後でもいつものトレーニングだった。
「これはな。俺の夢や」
「何になるつもりや?」
「決まっとるやろ」
 こう譲に返した。
「チャンピオンになるんや」
「チャンピオンか」
「そや、世界チャンピオンや」
 スクワットでさらに汗をかきながらの言葉である。
「世界チャンピオンになる。だからや」
「ボクシングやってるんやな」
「拳一つで世界を掴む」
 言葉が確固たるものになっていた。
「これからな」
「アホみたいな夢やな」
「空想し過ぎや」
 譲も沙耶もそんな兄の言葉をばっさりと切り捨てた。
「そんなんできるかいな」
「精々学校のチャンピオンやろが」
「言うな、おい」
 今の言葉は守にとっては聞き捨てならないものだった。
「俺が負けるっちゅうんかい。今まで無敗の俺に」
「じゃあ今度の全国大会どうするんや?」
「優勝するんかいな」
「当たり前やろが。やっと出るんや」
 強い言葉だった。
「一年では試合よりまずトレーニングやった」
「ああ」
 この学校ではかなり素質があっても一年の間はみっちりとトレーニングを積んでいくのが方針なのだ。だから彼は大会に出ていなかったのだ。
「二年は残念やったけれどな」
「折角大阪府じゃ優勝したのにな」
「盲腸なんてな」
「無念やった」
 そういう事情があったのだ。だから彼は二年の時は全国大会には出ていないのだ。急性盲腸だったのでどうしようもなかったのだ。
「けれどや。その無念を越えてや」
「今度は交通事故かもな」
「車には注意しいや」
「御前等ちょっとは応援せんかい」
 あまりにも冷たい彼等の言葉に遂に切れた。
「それが兄貴に言う言葉か」
「兄貴やから言うんや」
「そやで」
 ぶしつけな感じの返事だった。
「他の人間にこんなん言うかいな」
「失礼やろが」
「俺やったら失礼ちゃうんか」
 そんな彼等の言葉に内心かなり腹が立った。
「何ちゅう奴等や、全く」
 言いながら今度は腕立て伏せをはじめた。汗が床に滴り落ちる。
「それでや。その大会やけれど」
「ああ」
「何時やった?」
「確かもうすぐやったよな」
「もうすぐももうすぐや」
 守の言葉は不意に妙な感じになった。
「来月や」
「そやからトレーニングも何時にも増して熱心なんやな」
「そういうことや。けれどな」
 ここで彼は言うのだった。
「お好み焼きはやるからな」
「それはかいな」
「そや。安心せい」
 顔だけでなく手の甲にも汗が流れている。身体全体から湯気さえ立っている。
「それは忘れんからな」
「ほなまあ頼むで」
「精々殴り殺されんようにな」
「まだ言うか、御前は」
 沙耶の今度の言葉にもまた言う。
「俺は相手を殺したりはせえへん」
「兄ちゃんが殺されるって言うたんやけどな」
「俺はスポーツマンやぞ」
 言葉の胸が張っていた。
「そんなことするかい。いつも正々堂々や」
「卑怯なことはせえへんってことかいな」
「そうや」
 このことは断言していた。
「絶対にな。それはあらへん」
「まあ昔からそうやったしな」
 譲は兄のその言葉を聞いて頷いた。
「兄ちゃんせこいこととか汚いことはせえへんからな」
「勝つか負けるかや」
 実に単純明快な二者択一だった。
「どっちかしかないんや」
「で、勝つんやな」
「そや、絶対に勝つ」
 また断言する。
「何があってもな。今回も勝ったるで」
「そうかいな」
「まあ精々死なんようにな」
「まだ言うんかい」
 最後まで口が減らない沙耶にかなり腹が立った。だが今はトレーニングを優先させたのだった。そしてその全国大会。彼は順調に勝ち進んでいた。まるで去年のうっぷんを晴らすかのように。勝って勝って勝ち続けていた。
「おいおい、絶好調やな」
「凄い勢いやないか」
「当然や」
 守は部員達の言葉に応える。先程の試合も勝ったのである。彼等は今試合会場の外の自動販売機のコーナーでドリンクを飲んでいた。守が飲んでいるのはポカリスエットだった。
「どいつもこいつも強い」
「強いか」
「伊達に全国大会に出てるわけやないわ」
 このことは認める。
「しかしや」
「しかし?」
「何や?」
「俺はもっと強いんや」
 ポカリスエットを飲んで自信に満ちた顔で述べたのだった。
「だから勝てるんや」
「御前が強いからや」
「そや」
 また断言してみせる。
「俺はな。これまで人の倍トレーニングを積んできた」
「まあそれはな」
「ようやってたわ」
 これはもう皆が知っていることだった。
「御前ボクシングは真面目やからな」
「あとお好み焼きのことは」
「どちらも俺には離せへんものや」
 立ってポカリスエットを飲みながら語る。
「どちらもな。だから」
「真面目にやるんかい」
「どっちも死ぬ気でやっとる」
 また言うのであった。
「死ぬ気でな」
「よっしや、死ぬ気か」
 一人が彼のその言葉を受けて言った。
「そこまで思うておるんやな」
「あかんか?」
「いや、ええ」
 彼はそれはよしとした。
「しかしや」
「しかし。何や?」
「それだけか?」
 強い声で彼に問うてきた。この部員は今はコーラを飲んでいる。ダイエットペプシだ。
「それとボクシングやな」
 これも話に出すのであった。
「やっぱりこれもや」
「そうか」
「やっぱりそうなるか」
 部員達は彼の今の言葉に頷いた。
「根性見せたるで」
 守はまた言った。
「浪速のど根性な」
「ああ、そや」
 彼の浪速のど根性という言葉に反応したのか。部員の一人がここで言った。
 
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