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浪速のど根性

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1部分:第一章


第一章

                   浪速のど根性
 彼が生まれたのはかなり騒がしい場所だった。大阪の住吉だ。
「おい守」
「何や父ちゃん」
 家にいるといつも父親から声がかかる。どうして声がかかるかというといつも同じ理由からだった。
「忙しくなってきた。店に出て来んかい」
「ああ、わかったわ」
 いつもそれに応えてゲームを中断させて店に出る。彼の家はお好み屋だった。大阪といえばお好み焼き、そういう意味では実に大阪らしい家だった。
 彼の外見もお世辞にも垢抜けたものではなく歩き方も柄のいいものではない。そんな格好で街を歩きそうしていつも騒いでいた。
 店でも同じだった。客を相手にするのもさばけていたが同時に柄はいいものではなかった。
「おい坊主たこ焼きまだか?」
「ちょっと待ってや」
 中年の今作業現場から帰って来たといった雰囲気の親父に言葉を返す。言葉を返しながらたこ焼き用の鉄板の上のお好み焼きをひっくり返している。
「今焼けるで」
「焼きそばはまだかいな」
「そっちはこれからや」
 言いながらさらに焼きそばの用意もする。お好み焼きは客がそれぞれ焼いている。
「海苔足らんで」
「母ちゃん、海苔やて」
「あいよ」
 店の後ろにいた恰幅のいい中年の女が応える。エプロンがソースで汚れて随分経つものだった。見れば店自体にお好み焼きのソースの匂いが染み付いている。煙には鰹節と青海苔、それにマヨネーズの匂いが混じっていた。大阪のお好み焼きの匂いだった。
「はいよ、海苔」
「毎度」
「ビールあるかい?」
「今度はビールや」
「ここや」
 今度はさっき彼を呼んだ角刈りの痩せた男が応える。そしてすぐに瓶ビールを出してその先を何と指だけで空けてしまった。
「どうぞや」
「ええのう、おやっさんのそれは何時見ても」
「手馴れたもんやな」
「こういうのは経験やで」
 ビールを頼んだ客のカップにそれを注ぎつつ愛想のいい笑顔で応える。
「空けるのもな」
「力ちゃうんか?指の」
「それがちゃうんや」
 少し誇らしげな声でその客に言う。
「工夫とな。馴れやで」
「そういうもんかな」
「何でもそうやろが」
 親父はまた笑って客に話す。
「仕事でもそやろ?まず何度も何度もやってみて」
「ああ」
「それで覚える」
 このことをあえてという感じで話す。
「それやで。やっぱり」
「そういうもんかいな」
「そや。それでや」
 話をさらに続けるのだった。
「うちのこいつかてな」
「坊主か」
「そや、守な」
 今たこ焼きを焼き終えて焼きそばを焼いているその息子を親指で背中越しに指差す。
「こいつかて最初は下手なもんやった。それがや」
「何回もやってるうちにか」
「やっとあれだけできるようになったんだ」
「俺の技はあれだけかい」
「そや」
 息子の文句にもはっきりと言い返す。
「その程度って言おうか?じゃあ」
「アホ、俺は天才やぞ」
 彼も彼で負けていない。
「その天才捕まえて何言うんじゃ」
「天才やなくて天災やろが」
 親父も負けてはいない。
「そこになるまでどんだけ失敗してん」
「ほんの十回位やろが」
「十回も失敗すりゃ充分じゃ」
 こう返すのだった。
「十回も失敗しやがってからにな」
「そう言う親父は何回失敗したんじゃ」
「知るか、そんなもん」
 また随分な返事だった。
「いちいと覚えてられるかい」
「何処までアホなんじゃ」
「親に向かってアホって何じゃ」
「最初言うたんは親父やろが」
「子供にはアホって言うてもええんじゃ」
 こんな調子で店の中はいつも騒がしい。しかしそれでも明るく雰囲気はいいままだった。その雰囲気のいい家で家を過ごしていて。守は店が終わってから後片付けをしながら家族に言ってきた。
「なあ、今度の日曜やけれどな」
「どないした?」
「俺試合や」
 こう言うのだった。
「ボクシングのな。試合なんや」
「ほう、部活のやな」
「そうや。だからな」
「弁当か?」
「ああ、それや」
 彼が言うのはこのことだった。
「弁当欲しいんやけれどな。何か作ってくれんか?」
「じゃあお好み焼き弁当やな」
 母親が言ってきた。
「それでええな」
「おい、またそれなんか!?」
 お好み焼き弁当と聞いて顔を顰めさせる守だった。彼は丁度今鉄板を拭いていた。拭いていると小さな女の子が彼に声をかけてきた。
 
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