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拳と弓

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5部分:第五章


第五章

「あの二人をよくな」
「お手柄だよな」
「いや、それは」
 大次郎は彼等の言葉に少し気恥ずかしそうな顔を浮かべてきた。
「まあ。何とかしたいと思いまして」
「それであたし達は」
「それがいいんだよ」
「そうそう」
 皆照れ臭そうにする二人に対してまた言う。
「おかげで大変なことになりそうだったのを避けられたよ」
「あんた達のおかげでな」
「その通りです」
 ここで待っていたかのように会長が出て来る。にこりと笑いながら。
「貴方達のおかげです、全て」
「僕達の」
「あたし達の」
「そうです、これからも頑張って下さい」
 絶妙のタイミングでまた二人に言う。そう、二人にだ。
「二人で」
「二人で!?」
「はい、二人で」
 にこやかな笑みと共に二人に暗示をかけるかのように。そう言うのだった。
「これからも。貴方達が頼りですから」
「僕達が、ですか」
 大次郎はその言葉を聞いて目を丸くさせる。そうして悠里の方を見た。
「それじゃあこれからも」
「御願いしていい?」
 悠里も大次郎の方を見て問う。
「僕も。いいかな」
「ええ、いいわ」
 こうして二人はパートナー同士となった。こうして彼等は二人で会長を助けて空手部と弓道部の良心となったのであった。
 このことは忽ちのうちに学園中の話題となった。しかしそれは秘密があった。
 生徒会室。会長はそこにいた。だがそこにいるのは彼だけではなかった。
「上手くいきましたね」
「ああ。こんなに上手くいくとは思わなかったがな」
「全くですわ」
 制服姿の直樹と麗がいた。二人はにこやかに笑っていた。
「これで御二人はより親密になりパートナー同士となった」
「もうすぐ恋人同士にもなりますわ」
 麗は普段とは全く違うにこやかな笑みで言う。本当に喜んでいるのがわかる。
「しかし。何だな」
 ここで直樹が言う。
「あの二人も奥手だからな。ここまで行くのに苦労したものだ」
「それですよ」
 会長は苦笑いで彼の言葉に応える。
「最初貴方達御二人がここに来た時は驚きましたよ」
「それは俺もだ」
「私もですわ」
 二人はここで顔を見合わせる。少し剣呑な雰囲気が漂う。
「まさかこいつも同じことを考えていたとはな」
「意外というか何というか」
「御二人がそれぞれ同じことを考えておられたというのですからね」 
 会長も自分の席に座り頷いていた。その時のことを思い出して感慨もそこにはあった。
「同時にここに来られて私に話をされて。それで」
「こいつの考えだったが。上手くいったな」
「よく合わせて頂きましたわね」
 実は直樹と麗は大次郎と悠里がよく二人で合っていることに気付いていたのだ。しかもその二人が気付いていないそれぞれの気持ちにまで。だからこそ何とかしようと会長に相談しに行ったのだ。それが正解であったのだ。もっとも直樹も麗もお互い強敵と書いて『とも』と呼ぶ相手が自分と同じことを考えているとは思いもしなかったが。
「おかげでまあ助かった」
「こちらもですわ」
「皆さん気付いておられないようですね」
 会長は言った。
「まだ誰も。当然御二人も」
「気付かないに越したことはないさ」
 直樹がそう応えた。
「気付いたら俺たちの芝居がわかってしまうだろ」
「それだけは避けませんと」
「そうですね。ところで」
 ここで会長は二人に顔を向ける。
「んっ!?何だ?」
「何ですの?」
「御二人はそのまま強敵と書いて『とも』なのですね」
「当たり前だろ」
 最初に答えたのは直樹であった。
「それ以外に何があるんだろ」
「そうですわ」
 続いて麗が言う。どうやら彼等に関しては変わることはないらしい。
「俺とこいつは何があっても交わることはない」
「何時か。決着を着けますわ」
 会長の前で睨み合う。しかしその顔は妙に晴れやかで不敵な笑みを浮かべていた。
「やれやれ。そちらは変わりなしですか」
 会長はそれを聞いてお手上げといった顔を自分の席で浮かべる。苦笑いも混ざっているそれ程深刻な顔ではない。
「困ったことですね」
「ふん、変わる筈もない」
 直樹は麗を不敵な笑みで見据えたまま述べる。
「俺とこいつはな」
「全くですわ。けれど」
 麗も同じ顔で直樹を見て笑っていた。
「今回はよかったですわね」
「あいつ等の為だ」
 だから今回は協力したというのだ。何も話がわからないというわけではないのだ。
「その為だったらな。俺達も」
「一肌でも二肌でも」
「ええ。ではまた」
 会長はそんな二人に笑う。二人も今度はまたにこりとした笑みに戻った。秘密の芝居は何とか成功してカップルを生み出したのだった。
 だが大次郎と悠里はそれに気付いてはいない。それでも二人一緒になっていた。この日も二人で下校しようとしていた。ここで悠里が囁いてきた。
「ねえ」
「何?」
「ちょっと。いいかしら」
 少し顔を赤らめさせて。小さな手をそっと大次郎に添えてきた。小さいが鍛えられている、そうした手で握ってきたのであった。
「うん」
 大次郎はその言葉にこくりと頷く。彼もまた悠里の手を握る。そうしてそっと下校する。それを見送り三人には気付かないが。それでも二人は手をつないで歩くのだった。


弓と拳   完


                 2007・5・1 
 
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