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バレンタインに黒薔薇を

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6部分:第六章


第六章

「そうさせて頂きます」
「ならいいわ」
 娘の今の言葉を聞いて微笑む母であった。
「それならね」
「とにかく。日本のバレンタインは」
「チョコレートをプレゼントするからね」
「お母様もそれは御存知だったのですか」
「日本人よ」
 こう答えてみせたのであった。
「私は日本人よ」
「だからなのですね」
「その通り。日本人ならバレンタインはチョコレート」
 胸を張っての言葉である。威風堂々とさえしている。そのせいで姿勢がかなりよく見えて突き出た胸がかなり大きく見えてもいた。
「だからそれはね」
「当然なのですね」
「そうよ。お母さんだってあれよ」
「あれ?」
「今もお父さんにチョコレートあげてるから」
 右目を可愛くウィンクしての言葉である。
「実際のところね」
「そうでしたの」
「あれっ、知らなかったの」
「初耳ですわ」
 冴子はその整った顔をやや困惑したものにさせていた。
「それは」
「そうだったの。だったら知らないのも無理はないわね」
「バレンタインは聖バレンタインが殉教した日とばかり」
「まあヨーロッパじゃそうね」
「はい」
「けれどここは日本よ」
 これが最大の問題であった。日本なのである。間違っても信仰がそのありとあらゆるものに関わってくるヨーロッパとは違うのである。
「日本ではキリスト教徒は少ないから」
「そういえば私達も」
「真言宗じゃない」
「でしたわね」
 実は彼女にしろそうなのである。キリスト教徒ではないのだ。ヨーロッパにいる時でも家には十字架はなく仏壇が置かれていたのである。欧風そのものの左右対称の屋敷の中にだ。
「そういえば」
「お母さんも仏教徒だから」
 このことは確かに宣言した。
「そういうのは全然しないわよ」
「クリスマスは」
「日本人はクリスマスはちゃんとお祝いするのよ」
 全く気にしていないという顔で微笑んでみせたのであった。
「忘れずにね。ツリーを飾ってケーキを食べてシャンパンを飲んでね」
「矛盾しませんのね」
「何か悪いの?」
 矛盾という返答にはこれであった。
「それの何が」
「そう言われますと」
「ないでしょ。誰にも迷惑かけてないし」
 そして今度はこうも言うのであった。
「だからいいのよ、全然ね」
「そうですのね」
「そうよ。お正月もお盆も七五三も」
 最早宗教が複雑に入り組んで訳がわからなくなっていた。
「そのバレンタインでも何でもやったらいいのよ」
「それでは私も」
「全然気にしないで好きな子の為に作りなさい」
 これが結論であった。
「いいわね」
「わかりましたわ。それでは」
 こんな話をした後で一時夕食を作る為に中断したがすぐにはじめてであった。夜遅くまでそれを続けようやく完成した。そしてそのバレンタイン当日であった。
 
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