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にぎわいの季節へ

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第一章

                       にぎわいの季節へ
 東北の冬は長い、寒くてとても長い。
 雪は深く積もっていて外に出るのも億劫だ、けれど。
 その冬にだ、お祖母ちゃんは私にいつも言っていた。
「冬があるから春があるんだよ」
「それで春はよね」
「あったかくてね」
 暖房の効いている部屋の中でいつも私ににこにことして話していた。
「それで桜も咲いて」
「つくしも出て来て」
「生きものも出て来る」
「それが春よね」
「春はいい」
 お祖母ちゃんはこの季節についていつもこう言っていた。
「あんないい季節はないよ」
「あったかくてお花も咲いて」
「蝶々も出て来てね」
「お祖母ちゃん春好きよね」
「大好きだよ」
 本当ににこにことしていつも私に話してくれた。
「ここは寒いからね」
「特になのね」
「好きなんだよ、あたしは」
 こういつも話してくれた、これは私が子供の時のことだ。」
 けれど私は高校を卒業してだった。
 大学は東京の大学に進学した、東京に出てその冬に驚いた。
「あったかいわね」
「ああ、あんた東北よね」
「東北生まれよね」
「そう、秋田よ」
 私は大学で知り合った友達にこう答えるのが常だった。
「秋田の冬は長くて寒くて」
「雪が多くて」
「大変よね」
「こんなものじゃないの」
 本当にだ、秋田の冬は。
 東京のものとは比べものにならない、それで東京のこの冬の中にいても。
 寒いことは寒いけれど平気だ、それで友達にも笑顔で言えた。
「あったかくて嬉しいわ」
「私達には寒いけれどね」
「結構以上に」
「からっ風吹くし」
「けれどなのね」
「ええ、嬉しいわ」
 冬が暖かくてだ。
「雪もいつも積もってる訳じゃないから、それで冬の後は」
「ええ、春よ」
「春が来るからね」
「それはそっちと一緒よ」
「日本なら何処でもね」
「そうよね、春は楽しみにしてるわ」
 このことは変わらない、東京にいても。
「東京の春もね」
「それで桜見るのね」
「東京の桜も」
「そうするわ、私春が一番好き」
 冬の後に絶対に来るその季節がだ。
「桜が咲いて他にも色々なものが出て来る」
「その季節が」
「一番好きなのね」
「大好きよ、春が待ち遠しいわ」
 冬の中で私は友人達に言った、このことは東京でも変わらない。そうして東京での大学生活を楽しんでいた。その四季、特に春も。
 大学を卒業して就職してからもそれは変わらなかった、結婚しても。
 結婚しても東京にいた、その東京の冬にだ。
 私は住んでいるマンションの中でだ、夫と一緒に夕食の鍋を食べながら笑顔でこんなことを言った。
「春になったらね」
「ああ、桜見るんだな」
「お花見もして」
 そしてとだ、夫に言うのだった。
「春の食材でお料理もして」
「春を楽しむんだな」
「春になるって思うだけで」
 本当にそれだけでだ。
「気持ちは明るくなるわ」
「結婚前から言ってるな」
「だってね、私秋田でしょ」
「秋田の冬は寒いからか」
「もう春が待ち遠しいの」
 本当にそうだ、心から。 
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