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異界の王女と人狼の騎士

作者:のべら
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第七十七話

 結局、エイレに混ぜられてしまって、いまいち成果の無い調査になってしまったわけだ。
 もっとも、最初からそれほど期待なんてしてなかったから仕方がないよな、……と自分を慰めるしかなかったけど。

 すでに日は沈み、あたりは暗闇に包まれている。

 ―――夜。
 街はひっそりと静まりかえっている。

 普段の夜のこの時間なら、街は多くの人で賑わっているというのに、道を歩く人はいつもと比べると本当にまばらだ。時折見かけるのはパトロール中の警官くらいしかいない有様。よほどの用事が無い限り、普通の人たちはみんなさっさと家に帰っているんだろう。

 聞いた話だと、寮生活を行っている生徒でさえ、少々の不便があってもわざわざ学園都市外の自宅に一時避難し、極力自宅から学園都市に通うようにとの指示がいっているらしい。
 寮生で通学不可能なくらい自宅が遠い生徒はどうしろって? それについては仕方ないので教員たちも寮に交代で泊り込むことにしたらしい。まあ、先生も殺されているから、自分たちもばらばらで住んでいるのが怖くなったのかな。もちろん警察の意向もあったんだろう。部活は無期限全面中止、さらに授業も毎日一時間の短縮となっているから結構みんな暇を持てあましているじゃないかな。外にもなかなか出られないからね。

 そうはいっても、退屈だからといってもわざわざ外に出るような酔狂な人なんてほとんどいないだろう。猟奇的連続殺人鬼が学園都市を彷徨(うろつ)いているとなると、流石に怖いよな。
 
 狙われているのは、おそらくは俺たちの学校関係者であるとされているものの、いつその矛先が他の人間に向かうかも知れないという可能性も否定できないわけだから、誰もが警戒せざるを得ない状況にある。

 学校には警官が張り付いて警備に当たっているし、寮と教員宿舎には24時間体勢で警官が張り付いている。もちろん学校も警備員を増員して警察と連携しているようだ。だから、学校と寮にいる限りは安全といえる状態にはなっているはず。

 さて、俺はというと、まるで心配はしていなかった。だって漆多が犯人だと分かったから奴が何をしようとしているかがわかってしまったからだ。あいつが殺しているのは彼を苛めた生徒、そして彼を助けなかった教員だ。つまり怨恨による犯行だ。……被害者の心臓をなぜ抉っているかは不明だけれど。
 そして、すでに俺の知る限り標的になるであろう該当者の全員が殺されたと思う(それ以外は俺がすでに殺してしまっているんだけど)。

 俺以外にはもう誰も生きていない。

 奴が次に狙うのは、もはや俺しか残っていないんだ。
 彼の憎しみの最後の対象。

 奴は姿を隠したまま何をしているかは分からない。しかし、必ず仕掛けてくるはずだ。

 ―――その時、俺は奴を斃せるのか? 躊躇無く、親友を屠れるのか?
 答えは今は出せそうにない。いや、出したくないんだ。できることならずっと、……永遠に引き伸ばしたい。しかし、幾許(いくばく)もなく、俺たちはその回答を迫られ、望む望まないにかかわらずその結論を出すことになるんだ。

 それは絶対不可避な宿命なんだろうか?

 あいつとは幼馴染で、小さいころから良く遊んだ。何かするにもあいつと一緒だった。買ったばかりの自転車で、親には内緒で二人で遠出して、めちゃめちゃ心配させて叱られたり、悪戯をして先生に思いっきりぶん殴られたこともあった。小さいころからの付き合いだから、お互いのことは自分の事のように知っていた。だからお互い本音で話すことができたし、喧嘩もよくしたな……。
 「しばらく二人で黙っているといい。その沈黙に耐えられる関係かどうか」という言葉があるけど、振り返ると俺たちはお互い無言の時間があっても、ぜんぜん気にならなかった。
 
 俺とあいつは親友だったと思うし、今でもそうだと俺は思っている。

 そんなことをいろいろ考えながら街をふらつき、あてもなく歩いて時間をつぶしながら、俺は部屋に帰った。帰ると王女は起きたばかりだったようだ。眠そうな顔で俺を出迎えてくれた。

 そして、晩御飯の準備を始めた。
 王女と出会ってから、料理のレパートリーがかなり増えてたんだ。
 毎日毎日弁当ばっかりじゃ栄養のバランスが悪いし、飽きてしまうからね。一人暮らしなら適当に済ましてたのに、ずいぶんと変わってしまったものだと自分でも思う。
 料理本も図書館で借りたし、ついには自分で買ったりしてる。手際も結構良くなったかな。
 そんなこんなで出来上がった「きのこと鶏のささみのホイル焼き」と「かぼちゃの南蛮漬け」「キャベツと油揚げの味噌汁」を食卓に並べていく。

「わーい、美味しそう」
 王女が嬉しそうにそれを見る。
 
 唐突にテーブルの上においた携帯電話にメールが届いた。

 ディスプレイを見た。
 ―――漆多からのメールだった。
 俺は王女に気づかれないよう、こっそりとメール本文を見る。

(すべてのことにケリをつけたい
 市立植物園で待っている
 一人で来てくれ)

 ついに、来たか……。
 それが最初に思ったことだった。

「誰からなの? 」
 と王女。

「う、うん。ごめん……姫、ちょっと今から出かけなくちゃならなくなったんだ。だから、食事は一人で済ませておいてくれるかな」

「どうかしたの? 」

「ちょっと実家のほうで問題が起こったみたいで、今すぐ来てくれって亜須葉からメールが来てね。ちょっと帰るのは遅くなるかもしれないから」
 そう言いながら俺は部屋の隅に脱ぎ捨ててあったブルゾンを手にし、食卓においた財布をポケットにねじ込む。

「ふふん、……漆多って奴からなんでしょう? 」
 背後で王女が呟く。

「え、……ううん、違うよ。本当に」
 その声は震えていなかっただろうか? 俺は恐る恐る振り返った。

「私に嘘をついても無駄よ。ちっとも嬉しくないけれど……お前の考えることは、すべて私に筒抜けだってこと忘れたの? 」
 呆れたような顔でこちらを見ている。

「ああ、……そうだったね。うん、そうだった。しかし、ヤレヤレだよな。忘れていたよ。姫に隠しても仕方ないか。……そうだよ、姫の言うとおり漆多からのメールだよ」

「で、何なの」

「ここから電車で一駅向こうに市立植物園があるんだけど、そこで待っているから、一人で来てくれってさ。大事な話があるそうだ」

 王女はどこで手に入れたのか学園都市の地図を取り出し、植物園の位置を確認し始める。地図上のあちこちに赤いボールペンで丸印がつけられ、見たことのない文字がたくさん書かれてある。これが王女の世界の文字なんだろうか?
「……なるほどね、あの子も馬鹿じゃないみたいね。……むしろ、結構エゲツナイと言ったほうが正解かしら」
 深刻そうに呟いた。

「どういうことなんだ」

「前に地脈の話をしたでしょう? 空間や地下を巡る流体エネルギーのことを。善なるもの、悪しきもの、中立なるものそれぞれのエネルギーが地上を流れている。そしてこの学園都市は地脈の量が他の地域と比べてかなり多いの。漆多が選んだ場所は、私が調べた限りでは学園都市でも5本に数えられるくらいのエネルギーの吹出口となっている場所なのよ。……それもあの子にとって有利な地脈のね」

「地脈の噴出口のあるなしで何がどれくらいの違いがあるっていうんだい? 」

「実際にあの子が能力を発動させてみないと分からないわ。でも寄生根にとって有利な事は間違いない。考えつくのは魔力は地中よりずっと供給されるから、彼の魔力が尽きることが無くなるわ。当然、その能力も飛躍的に増大されるでしょうね。……そうなると、施術される結界の影響力も予想しきれないわね。
 基本、結界というものは、外からの侵入を防ぐだけでなく、結界内を施術者にとって有利な状況に変えてしまうことなの。さらには取り込んだ敵(獲物)の能力をできる限りそぎ落とすためのものなの。無尽蔵な魔力を得た寄生根による、その張り巡らされた結界の中で戦うとした場合、お前がこれまでの戦いの中で経験したこととは比較にならないくらいの苦戦が予想できるってことね。しかも彼は3人目の宿主だ。宿主を変えるたびにその宿主の能力を吸収して強くなるって言ったわよね。……すべてがお前にとっては不利な条件だらけよ」

「そうか……苦戦は免れないってことなのか。……でもどの程度苦戦するかも未知数ってことだよね。つまりは行ってみないと分からないということだ」

「お前、本気でそんな馬鹿なことを言っているの? 」
 王女が呆れた顔で俺を見る。

「うん。もちろん行くつもりだよ」

「わざわざ相手に有利な状況で戦うなんて馬鹿のすることよ。どんな罠が待ちかまえているか分かったもんじゃないでしょう? そんな危険を冒さずとも、ここは待つ場面でしょう。そして、逆にこちらに有利な場所へあいつを引き込む戦略を考えるべきじゃないの」

「それは無理だろうね。持久戦に持ち込もうとしたって、もし、あいつが誰かを人質に取ったりしたら結局は同じ事になるよね。亜須葉とかが狙われたら結局は同じだよ。むしろ更に条件が悪くなる。……それに」

「それに何よ」

「アイツは真正面から俺と戦うつもりに違いないんだ。だから俺もそれを受けて立つ必要がある。それが男ってもんじゃないか」

「はぁ? ……お前、本当に馬鹿でしょう? 」
 と、格好つけた俺に膠も無い(にべもない)台詞。呆れ顔だよ。
「死ぬかもしれないのよ。馬鹿正直に相手の誘いに乗る必要なんてどこにもなじゃない。真正面から戦うっていったって、それが本当かどうかなんて分からないでしょ? 罠を仕込んでいない保障なんてどこにもないのよ。……お前の言うように人質をとっているかもしれないのよ。その時、お前はその人質になっている人間を見捨てて戦うことができるの」

「あいつは自分が圧倒的に有利になるように考えて行動してるんだろう? そして、すでにその体制は整っているんだよね。だったら、人質を取るような姑息な事をしないんじゃないか。それに、前に姫は言ってただろう。寄生根に乗っ取られた人間はその人間のパーソナリティを引き継ぐって。あいつと俺は親友だ。今でもそうだと思っている。だから俺はあいつの性格は分かっている。誰かを利用して自分の目的を達成しようなんて考える奴じゃないってことを」
 それだけは言える。
 人は誰しもいろんな欠点や嫌な部分を持っているだろう。それは俺にも漆多にもあるものだ。自分のすべてがかかった場面では、人はいろいろと姑息なことを考えるかもしれない。漆多だってそうだと思う。だがしかし、あいつは誰かを犠牲にしてまで目的を達成させようとする卑怯な奴では無い。それだけは断言できる。

「ふふん。よっぽど信用しているのね。殺してやろうとまで憎まれているのに」

「あいつは……親友だからね。何もかも俺の軽率な行動が原因なんだから。俺さえしっかりして、寧々を諭してやっていればあんな事にならなかったんだ……きっと。だから、終わらせる義務が俺にはある。俺がやらなきゃならないんだよ」

「愚かな……済んでしまったことは変えられない。お前がどんなに悔やんだところで、時間は巻き戻せないのよ。死んだものは生き返らない。~たら、~ればなんて事は考えるだけ無意味なこと。世界は結果が全てでしかないわ。それに、お前はあの場においてはベストを尽くしているわ。何も悔やむところはないはずよ。……お前がそこまでしなければならない義務は無いじゃない」

「姫、君の言いたいことは分かるよ。だけど漆多は俺との戦いを望んでいる。すべてを失ったあいつは俺を殺すことで全てにケリをつけようとしているんだよ。だから……俺にはそれに答える義務があるんだ」
 そう。
 漆多は俺を斃す事で喪失感を埋めようとしている。俺は王女を護るため、そしてこれ以上の犠牲者を出さないため……いや、こんな考えは偽善か。ただ相手は誰であろうと関係なく、寧々を殺した寄生根を叩き潰すために漆多を斃すのだ。

「仕方ないわね、私もついて行くわ」

「いや、姫は連れて行かない」

「な……。寧々さんが殺されたのも、漆多や他の生徒が寄生根に取り付かれ多くの人を殺したことも、そしてシュウ、お前があんな目に遭ったのもすべて私のせいじゃない。私がこちらの世界に逃げてこなければ何も起こらなかった。すべて私の責任よ。お前の論理を押し通すというのなら、私も行かなくちゃならないはずよ。すべてのリスクをお前だけに押し付け、私だけが安全な場所でいられるわけがないでしょう」

 俺は首を横に振った。
「駄目だ。姫は残るんだ。……確かに姫の言うこともわかるよ。だけど、今度だけは俺と漆多の問題なんだ。だから絶対に連れて行かない。行けないんだ」

「お前、……死ぬつもりなの? もしかして、漆多と刺し違えるつもりなの」
 王女はポツリとつぶやいた。

「違うよ。俺は死ぬつもりなんてないよ。今回は俺も全力で戦わなければならないんだ。どんな状況になるか想像も付かない結界の中で、姫を護りながら戦うのは難しい。理由はそれだけだよ。……俺は結界内すべて焦土化させてでも勝たなければならないんだ。だからそこに姫がいたら勝てない。勝利するためには、姫を連れては行けない」
 
「見くびらないで。自分の命くらい自分で護れるわ。それに、私を護れないくらい不利な条件で戦うことを回避すればいいのよ。彼の有利な条件で戦う必要なんてやっぱり無いじゃない」

「姫、……聞いてくれ。姫が言うように、もし、俺が戦いを避けて自分に有利な条件であいつを戦おうとしたら、その条件を満たすためには時間が必要になるよね。それまでは逃げ隠れしないといけないんだろうね。仮にそうするとして、教えてくれないか。あいつがあいつでいられるのは一体どれくらいなんだ? ということを。これまで戦った如月や蛭町も、結局は自我を失いただの化け物になってしまった。きっと、いや、間違いなく漆多もそうなるんだよね。……そうなったらただ姫を狙い殺戮を繰り返すだけが目的のものになってしまうんだろう? それじゃあ駄目なんだ。だから……俺は漆多が漆多であるときに戦う必要があるんだ。人であるうちにあいつを殺さなければならないんだよ。……親友として。
 だから俺は逃げるわけにはいかない。ただの化物として漆多を殺すより、人として、俺の最高の親友として死なせたいんだ。たとえそれがどんなに俺にとって辛い選択肢だとしても……。それが俺のできる唯一の償いなんだ。わかってくれ」
 呻くように、呟くように、訴えるように俺は語った。
 嘘偽りのない言葉だった。
 王女は俺を見つめ、少し考える。

「本当に、お前の決意は揺るがないの? 」

「もちろん」
 俺は答えた。

「勝算はあるの? 」

 俺は首を振った。
「勝算があるかどうかは分からない。……でも、俺は絶対に負けないよ」

「やっぱり勝算も何もなしに行こうというの? 」

「まあ、そういうことになるかな。でも、俺の中では勝てるという確信はある」

「でも、その根拠は何も無いわけなのよね」

「ははは、そうなんだけど。でも約束するよ。絶対に勝って帰って来るから」

「約束……。それは保証も何もない約束なんでしょう? 何の根拠も無いのに気休めだけで簡単に約束なんてしないでちょうだい!! お前もなの?……みんな馬鹿じゃないの」
 姫は明らかに怒っている感じ……。俺を睨んでいる。

「どうしたんだ、姫。俺の力を信じてくれよ。必ず帰って来るんだから」

「約束します。安心してください。必ず。きっと。絶対に。間違いなく。帰ってきます。……みんなそう言って逝ってしまった。みんな、口先だけの約束をして。馬鹿よ馬鹿馬鹿。本当に馬鹿みたい。そんな言葉で私が安心するとでも、信用するとでも思ったの」
 瞳が潤んでいる。

「なあ、どうしたんだ姫。なんか変だぞ」
 俺は動揺を隠しきれない。王女の態度は明らかに普段とは異なっていて、何か変だよ。


 唐突に王女が俺に駆け寄りしがみついてきた。
「姫、どうしたんだ? 」
 と慌てる俺。

「……お前の言いたいことは分かっているつもりよ。きっと分かっている。だけど、だけど……。だからお願い、シュウ。絶対に死なないで。お前まで死んでしまって、私を悲しませないで。絶対に必ずここに帰って来て! 」
 俺を見上げる王女の瞳からはついに大粒の涙がこぼれ落ちている。
 声も涙声となっている。

「……大丈夫だよ。絶対に」

「約束よ……本当に。絶対に、絶対帰って来るのよ。私、私……もう、誰も、誰も失いたくない。お願いだから、もう私を一人ぼっちにしないで、お願いだから。もう、ひとりぼっちなんて嫌……嫌、嫌」
 あまりに弱々しく悲壮感に溢れた顔で俺を見つめる王女。これまで見せたことのないような姿だ。今にも倒れてしまいそうに弱々しい。一体、どうしてこんな激しい反応を彼女がするのかは分からない。でも彼女の過去を一瞬垣間見たような気がして、なんだかこれまで以上に王女のことが愛おしく思えた。
 俺は無理矢理の笑顔を見せる。
「もちろん帰ってくるよ。帰ってきたらうまいもんおごってやるよ。だから、泣きやめよ。帰ってくるまでに、何が食いたいか考えておけよ」
 そう言って、彼女の頭をなでなでしてあげる。
 しばらくはそうして抱きしめていた。次第に彼女の体から震えが収まっていくのを感じていた。ゆっくりゆっくりと。
「落ち着いたか? 」
 と俺は王女を見つめる。
 涙を拭いながらコクリと頷く王女。
「よしよし」
 そういってまた頭を撫でてあげる。
 そして、おでこにキスをする。

「ぶ、無礼者……。油断をしたらすぐこれだ。もう、馬鹿。……私は大丈夫。だからシュウ、約束しなさい。絶対に帰ってくるのよ。生きて必ず」

「その元気があれば大丈夫かな? きっと帰ってくるよ」
 俺は自信たっぷりに頷く。

「帰ってきたら家計が破綻するくらいのものを食べさせてもらうんだから、覚悟しなさい」
 そう言って、無理矢理に笑顔を作り、にこりと笑った。


 
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