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竜門珠希は『普通』になれない

作者:水音
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第1章:ぼっちな姫は逆ハーレムの女王になる
  メイドロボは割と欲しいんですよ。いやマジで

 
前書き
 
 身の回りの世話を含む家事全般をしてくれるキャラ、皆さんはどのキャラがいいですか?
(嫁にするかどうかは除く)
 
 

 




 星河と昴の二人と別れ、珠希は朝に立ち寄った商店街へ向かう。
 いつもの帰り道ではあるが、珠希も(作者も)忘れてはいない。今日は朝イチで買い取った桜鯛の回収がある。


(あん)ちゃん。ただいまー」
「おう。珠希ちゃん、お帰り」

 珠希が魚屋の間口から声をかけると、買い物客のおばちゃんたち三人に囲まれて世間話をする「魚屋の若大将」と、商店街の他の店主らや買い物客から呼ばれているらしい青年は、片手をあげて返事をする。
 こんな、まるで自宅のようなやり取りも長年の通い詰めの結果だ。

「あら珠希ちゃん。学校帰り?」
「はい。そうです」
「ほんと、若い人って声からしてハリがあるのよねえ」
「あたしらにはもう厳しいわぁ」
「なーに言ってるんですか。まだまだ5歳くらいサバ読んでもイケますって」
「それがそうとはいかないのよぉ」
「そうね。目元とかシミとか、こればっかりはねえ」

 今ではこうして40代の主婦の会話に難なく溶け込んでいけるくらい、互いにジェネレーションギャップを超えて気心知れ合える仲でもある。
 魚屋に買い物に来ていた主婦の皆様はおろか、この商店街の長年の常連なら珠希の存在はほぼ知っている。小学生の頃から父や兄に家事能力のレベルアップのために足繁く連れてこられては、商店街のプチアイドル的存在にもなっていた珠希を知らないとなると、この商店街では新参者かモグリであると言われるくらいだ。

「んー。そういうときは青魚でも……と言いたいんだけど」
「それもなかなか厳しいでしょう? お値段的に」
「ですよねー」

 肌のハリやらシミ対策で効果的な食材だからといって、魚屋の店内で葉物野菜やらレバーを挙げるのはさすがに憚られる。老化現象抑制目的の化粧品やサプリメントに至っては通販のCMで耳にするくらいでまったく知らない。そもそも母である彩姫がそういう類の化粧品を使っている様子がないにもかかわらず、まだ10代の珠希や結月と同様のレベルを維持しているというのだから驚きだ。
 しかも対策に必要なEPAやらDHAを豊富に含む青魚は店頭に並んでいるものの、段ボールの裏に書かれている値段(すうじ)財布の中身(てもと)を総合的に考えるとそうそう迂闊に手を出せなくなっている。


 所帯じみた話だが、これがやりくりというものだ。切り詰めるところを切り詰めなければ首回りがキツくなるだけでなく、万事に対応できなくなる。急転直下で何が起きようとぬかることなく対応し、平常に復旧するのは政府だけの仕事ではなく、家を支え守る者たちの仕事でもある。

 特に珠希の家族はそれが壊滅的にできない。それなりの家事は父・大樹や兄・暁斗でもでき、弟の聖斗も軽い料理くらいなできないこともないが、母の彩姫と妹の結月は掃除すらまともにしないし、やれと言ってもできない。最大の難関はその問題母妹がそれすら補って余りある美しさと可愛さといい性格を持っている点だが。


「でも春のこの時期、サバとかメバルとかアイナメとか美味しいのに」
「そうよ。そうよね。でもこんな旬の時期に高いのよ?」
「それ、あんたいつもどの魚に対しても言ってるじゃない」
「そうよー。さっきだって若大将に散々愚痴ってたじゃないの」
「あー、俺は全然気にしてませんよ?」

 この商店街では特に珍しくもないため、通行人も粗方スルーしているものの、40代の奥様方3人と20代後半にして鮮魚店の主を父親から継いだ青年、そこに学校帰りの制服姿のJKという異色の組み合わせによる井戸端会議――なる無駄話――はさぞ異質な光景なのだろうと思う。


「それで、珠希ちゃんは何を買いに来たの?」
「あたしですか?」
「そう。あたしたちよりよっぽど主婦してる珠希ちゃん家の献立は気になるわー」
「そうね。今日はどのお魚にするの?」
「えっ? 別にそんな大したもの――」
「ほら珠希ちゃん。朝に買い置きしてたヤツだよ」

 本職専業主婦の方々から持ち上げられたせいで小心者が顔を出した珠希は、謙遜抜きで話題の行き先を別方面に変えようとする。まさか既に買っていて、取り置きまでしてもらっていると正直に告げても、珠希の家庭状況も表面的ながらお耳に拝借(・・・・・)しているこの奥様方は軽く受け流してくれるものの、今日は買った品が品である。
 そして、そうこうしている間にも魚屋の兄ちゃんは珠希の心境を一ミクロンたりとも察することなく、店の奥の業務用冷蔵庫から白い発泡スチロール箱を抱えて持ってきてしまった。

「あら、今日は大量なのね」
「あ、いえ、そんなわけじゃ……」
「何を買ったの珠希ちゃん?」
「えっと……」
「あ、これってもしかして桜鯛?」

 周囲を取り囲んで次々と質問を浴びせる奥様方を前に、退路を断たれてしまった珠希は隙をつかれ、箱の中身を覗かれてしまった。

「え? 嘘っ?」
「ホントよ。ほら」
「あ、ちょっと――」
「あらっ、本当だわ」

 何度でも改めて言うが、この長女体質者は群れの中で目立つのも苦手だが、人に群がられるのも苦手である。

「……ぅう、兄ちゃん……?」
「ああ、うん。何かすまんかった……」

 これは結構値が張るのではないかと目利きを始めた奥様方をしり目に、箱を持ったままの体勢をキープせざるを得なくなった珠希が恨めしそうに魚屋の兄ちゃんを睨むと、兄ちゃんは口の端を引きつらせながら謝ってきた。もう立派に後の祭りであるが。



 ……
 …………
 ………………


「それじゃあまたね。珠希ちゃん」
「は、はいぃ……」
「若大将も。また来るわー」
「今度はもっとマケてよね?」
「ははっ、ウチとしても努力します」


 ――やっと終わった。
 奥様方の一方的なエンドレストークに飲み込まれた珠希が解放されたのはあれから20分近く過ぎてからのことだった。

 ずっと箱を持ち続けていた珠希の腕もそろそろ疲れを覚えていたところ、エンドレストークの最中に別の来客対応で何度か会話を抜け出していた魚屋の兄ちゃんはすまなそうに帽子を目深にかぶって謝ってきた。

「いやぁ、悪いな珠希ちゃん」
「いえ、もういいです……」

 奥様方に対しての敬語がそのまま残っていることにも気づかず、肉体的ではなく精神的な疲労にやられた珠希はあさっての方向を向いて返す。ひとたび捕まるとこうなることはわかっていた……はずだった。頭でわかっていたのと実際にこうして味わうのは別の話であるとはいえ。

 そんなとき――。

「……あれ? おねーちゃん、何してんの?」

 おねーちゃん、と背後から呼ぶ声に振り返ると、そこには去年まで珠希も袖を通していた中学校の制服に身を包んだ――とりあえずの身内贔屓含む――とびきりの美少女が立っていた。

「あれ? もしかして結月ちゃん? 大きくなったなぁ」
「やだなぁおにーさん。どこ見て言ってんのー?」
「あんたこそ身長以外のどこ見られてると思ってんのよ。結月」
「おねーちゃん。それ軽くセクハラなんだけど?」

 魚屋の兄ちゃんには余所向けの愛想のいい笑顔を浮かべていた結月だったが、キワドいところを抉る珠希のツッコミで口を尖らせる。

 ――竜門(りゅうもん)結月(ゆづき)
 色々と『普通』じゃない竜門家の一人にして、珠希を「おねーちゃん」と呼ぶこの世で唯一の妹。前述のとおり、おおきなおともだち()が大好きな現役の女子中学生(JC)である。

「……で、結月。あんたがここ通るとか珍しいんだけど?」
「そこのP’s Makerで買うものあるから」

 姉妹の自宅と結月の通う中学校を結ぶ通学路にはないこの商店街(アーケード)、しかも家事などほぼしない結月がここに姿を見せる事由が浮かばなかった珠希だったが、結月は商店街の一角を指差して答える。

 その先にあるのは『P’s Maker(ピースメーカー)』という看板を掲げるお店。
 朝、珠希に挨拶してきた睾×(タマ)ナシ筋骨隆々の色黒オネエが店主を務める手芸品店だ。しかも家から一番近い手芸品店で、なおかつ現役コスプレイヤーの眼鏡にかなう最低限の品揃えもあるとなれば、その店主や店員たちと親しくなっておくのに当然損はない。実際、あのオネエ含む店員さんたちは結月の趣味も知っているし、何かと相談に乗ってもらったりしているらしい。
 が、それはそれで姉としての珠希の立つ瀬がなくなっていくようで悲しかったりするのは内緒の話だ。


「まーた無駄遣いか」
「どこかのおねーちゃんがもうちょっと露出を控えろとか言わなかったらこんなことしなくて済むんだけどねっ」
「よしわかった。それは譲歩の可能性含めて再検討しよっか」
「えっ? ホントに?」

 家事全般どころか一家の財布の紐まで握る万能型長女相手には精神的にも物理的にも手も足も出せない家事能力皆無な妹は口だけを出して反論するが、ここで予想外の姿勢を見せた姉に目の色を変えて縋りついてきた。

「あくまで可能性だよ。か・の・う・せ・い」
「可能性が少しでもあるなら私は賭けるよっ!」

 政治家的灰色会話をしたにすぎない珠希を前に、まだ灰色会話の恐ろしさを知らない結月はどこかの熱血主人公らしい台詞を吐いて両手を握り締める。
 少なくとも、今結月が必要としている金額が常識的で良心的な範疇であれば最初から珠希が自分の財布から出すつもりではあったのだが、それはそれでただでさえ趣味(コスプレ)には全力で財布の紐が緩い結月を甘やかすことになってしまうのでそっと胸にしまっておく。

「じゃあ兄ちゃん。また来るね」
「おう。珠希ちゃんも結月ちゃんも、またな」
「うん。それじゃね。おにーさん」

 この趣味一直線の妹に灰色会話の恐ろしさを味あわせるべく、ひとまず魚屋の前を離れることにした珠希は、発泡スチロールの箱を持ち直すと家路に就く。

 しかし――足腰使えるうちは立ってる親でも容赦なく使っていく、というのが珠希のスタイルでもある。しかもそれは親どころか兄や弟や妹すら遠慮なくこき使っていく傍若無人さと表裏一体である。
 そして仮にこの万能型長女相手に抵抗しようものなら、智謀に長けたこの暴君はありとあらゆる古今東西の格言や理論を持ち出し、法律も武力も自在に使い分けて言い分を通させてしまう。

 こんなんだから親しい友人からも「美少女の振りしたインテリ893」などと呼ばれてしまうのだが、当の本人はそもそも自身がインテリ美少女だという自覚がないのだからなおさらだった。


「それじゃ結月、これ持って」
「うん……って、えっ? ちょ、これすっごい重いんだけど?」

 道すがら珠希から渡された発泡スチロールの箱を受け取ったが、その予想外の重さに油断していた結月は二、三歩ほど前後に大きくふらついた。

 箱の中身は桜鯛一匹と冷却用の氷だけ。
 しかし結月が油断していたのは珠希がさも軽そうに片手で渡してきたせいであり、この姉は結月とほぼ変わらない身長にして平均より重い体重と低い体脂肪率の持ち主であることを失念していたせいでもある。

 なお一般的に知られているように、同じ大きさの筋肉と脂肪では筋肉のほうが重い。
 ゆえに細身でありながら筋肉の塊である少女は周囲の他の女子よりおm(以下略)――。


「何してんのこれくらいで。ほら、家に帰るよ」
「え? P's Makerは? 買ってくれるんじゃないの?」
「寄るとは言ってない。買うとも言ってない。ついでに言うと予算次第では却下」
「うわ騙された! おねーちゃんオニだ! アクマがここにいる!」

 発泡スチロールに入った桜鯛を持たされた挙句、寄り道しようと思っていた手芸用品店にすら寄らせてもらえなくなった結月は、他にも買い物客がいるというにもかかわらず商店街(アーケード)の中で珠希を非難する。

 しかして大人の世界――契約社会で口約束ほど恐ろしいものはない。事実、絶対という言葉は何に対しても絶対的(・・・)であり、「必ず(・・)する」と言った以上は必ずしなくてはならない。極論に聞こえるが、それが個人の得る社会的信用の礎である。
 こと、いざ評価されるのは「できる・できない」といった可能性ではなく、その先の「やる・やらない」といった行動とその結果である。大抵の場合、誰の、何の手ほどきも受けていない初心者に最初から不可能なことをやれとは言わないのだから。


「不謹慎なこと言わない。可能性があるなら賭けるんじゃないの?」
「やめてもう私のお小遣い(ライフ)は0だよ!」
「はあっ? 今月分の渡したの先週だよ? 無駄遣いしすぎ」

 金銭感覚や計算能力のない小学生じゃあるまいし。
 一家の家系すべてを預かる身として珠希はそう思ったが、結月はあの父と母の娘にして、兄の妹だ。趣味に湯水のようにお金を使うのは間違っていないと両親……と兄の背を見て育ってきている。
 それが一般世間では金遣いが荒いとみられることにも気づかないまま。


 とはいえ――。

「おねーちゃんだって、こないだイベントぶん回すために課金しまくってたじゃん!」
「あれはあたしの収入からだっつーの」
「で、結果は?」
「ドーピングで余裕」
「このブルジョワ廃課金者め」
「なんとでも言えばいいさー。あたしは○蓮のためなら世界を敵に回す!」
「そこ断言しないでよ。私が言うのもなんだけどさ」

 このな○かれ好きの少女P、推しているキャラのためなら学校生活(セカイ)を敵に回し、課金に課金を重ねてドーピングしながら徹夜でイベントをフルマラソンする気概も持ち合わせている。それでいて家事に一切手抜きをしないそのスタイルはある意味、ブラック社畜の鑑とも言えるかもしれない。


 ――しかしながら。
 人は自分にないものを他人に求めると言うものの、このイベント加○を確定させたこの少女は自分にない属性であれば病弱ですら構わないのだろうか……。


「とにかく、あたしも人の趣味に細かく口出しはしたくないんだからさ――」
「はいはい。わかったよわかってるよ、おねーちゃんの言いたいことは」
「本当に?」
「ホントに」
「本当の本当に?」
「ホントのホント」
「へぇ……」
「……っ。ホントだってば。………………たぶん」

 真剣な面持ちで、自分の顔が映り込みそうなほどまっすぐ目を見てくる姉の無言の圧力の前に、はや中学2年にして小悪魔系のスキルを習得し始めている結月もすぐに腰砕けになってしまう。
 その原因が同性すら魅了するレベルにあるこの姉にあるとは言えないでいるのは、当の本人が自分の美貌や知性、持っているスキルに自信を持っていないという最大かつ意味不明な障壁が存在しているためである。

「その表情(カオ)は反則じゃん……」
「ん? 今何か言った結月?」

 こんな難聴主人公な一面を覗かせるのもまた然り、である。


「……あ、そういえばさ、おねーちゃん」
「なに? どしたの?」
「今日聞いたんだけどさ、おねーちゃんの学校に『師匠』のお孫さんいるらしいね」
「え? 『師匠』の?」

 話題を変えた結月の口から何年ぶりかの「固有名詞」を聞き、珠希は思わず聞き返した。

「うん。なんか私とおねーちゃんが通ってた道場に今でも通ってる人がクラスメートにいて、その人から聞いた」
「へえ。あたしも結月も即行辞めたのにね」
「そうだね。てか、私はああいう身体動かす系のは無理だし。あ、師匠は師匠でまだまだ元気だってさ」
「え? あの人当時既に70近くなかった?」
「いや今もまだ道場に出てるんだってさ。凄くない?」


 この「師匠」というのはこれより以前の話に登場した、珠希が護身術を習うために通っていた空手道場の師範のことである。
 なぜ護身術を? といういきさつは前述したとおり、無知と無邪気の塊だった当時の珠希が知らないオ×サンからお菓子をもらう代わりに××を××に××されようとしたところを良識と正義感ある近所の人の通報により救われたという件が根底にある。

 実際のところ、この事件の後に珠希の両親は親戚中から非難を受けてしまい、自由にのびのび育てるという仮初の放任主義の教育方針変更をせざるを得なくなったせいでもあるが。

 そしてこの教育方針変更の対象には当時から珠希と並んで美人姉妹と言われていた結月も含まれていた。


「はぁー。まだ現役とか、今時分の年寄りはマジ凄いわ」
「おねーちゃん。その発言は年寄り臭い」
「………………そっか。じゃあ結月。もうちょっと買い物してこうか?」

 女性に対し、ストレートに年齢を尋ねるのは(様々な意味で)禁忌(アウト)である。しかもおおよそ30歳(アラサー)を境にアウトになる理由事項の比率が変わってくるため、その場の空気清浄器を誤作動させないためにも世の中の男も女も注意したいところである。
 なぜ人生指南役的オネエ系キャラがそれをやっても許されるのかは、作者として少しばかり謎であるものの。


「えっ? いや……、ちょ、ちょい待っておねーちゃん。私さ、これ今でも結構限界近い感じなんだけど?」

 桜鯛と大量の氷が入った発泡スチロールの箱を両手で抱える結月は、早くも筋肉がプルプルと震え始めてきた両の下腕に無茶を言わせて箱を持ちあげてアピールする。

 同じ空手道場にて同じ師から同じ護身術を習ったとはいえ、当時はまだ身体を動かすことが好きだった珠希が空手も並行して習い始め、一年経たずに段位取得まで駆け上がったのに対し、当時既にオタの傾向が出始めていた結月は護身術だけ(・・)に必要な体力と技術だけを覚えるまでに留めていた。
 その意識と姿勢の差が今如実に姉妹の体力差、筋力差となって表れている。

「いやいやいや、そんな謙遜しなくていいんだよ結月?」
「だから謙遜じゃなくてね――」
「あー。やっぱり若い結月はまだ体力あるみたいだし、今のうちお米でも買い置きしとこうかなぁ? 3袋くらい」

 暁斗(あに)が一人暮らしを始めて5人家族になったとはいえ、珠希の家には今まさに野球部にて食べ盛り・伸び盛りの成長中の聖斗(おとうと)がいる。
 竜門家の食費の半分近くをその胃の中に収めるこの弟、一回の食事でご飯大盛り3杯を当たり前のように平らげるにもかかわらず、会話の5回に1回は「腹減った」と呟くのだから、米の消費量も一般家庭の比ではない。

 だがこんな状況下でも一家の家計と食事事情が窮地に陥らずにいられるのは、現役JKでありながら原画家なんぞもやっている、竜門家長女にして小心者オタである珠希の知恵と手腕の賜物だ。

 そして、こんな万能型長女を下手に怒らせるとどうなるか――。

「うわ~んっ!! さっきのは言いすぎでしたごめんなさいぃぃぃっ!!!」

 丸々一匹の桜鯛と大量の氷の入ったスチロール容器を両手に抱えながら、結月は必死に姉に許しを請うほかなかった。



  ☆  ☆  ☆



「ただいまー」
「ただいまー」

 こうして文字にすると同じだが、珠希の「ただいま」の語尾が平坦であるのに対し、結月のほうの語尾は綺麗な右肩下がりだった。
 理由は言うまでもない。今も両手に抱えている、朝イチで姉が買い込んだスチロール製の箱で大量の氷とともに眠る桜鯛(なかみ)のせいだ。これは最後の最後まで美味しくいただく権利があってもおかしくないくらいに。

「あーっ、もーつかれたー」
「うんお疲れ結月」

 玄関先に桜鯛の入った箱と腰を下ろし、これ以上はもう無理なことを身体で表現せんとばかりに足を投げ出す結月だったが、珠希はそんな妹に気持ちの入っていない言葉を投げかけると桜鯛の入ったスチロール箱をさも軽そうに左手一本で持ち上げた。

「軽ッ! おねーちゃんにイタワリノキモチってのはないの?」
「労わってほしいならあたしより働け」
「おねーちゃん並みに働いてる人とかこの世にいないし!」

 副業やらサビ残やら――働く時間やら量やら質やらの問題は単純に比較できないが、少なくとも彼らが皆睡眠時間2、3時間の中で家事をしながらが学校生活を送り、イラストレーターの仕事を抱えているわけではない。しかも珠希の家事能力や学業成績や生活態度に大きな問題は見当たらず、学業成績はトップクラス、仕事でも売れっ子の部類に入る。

 そしてそんな姉の姿を見ていれば、いくら政治に疎い結月でも一年のうち150日もお互いに揚げ足の取り合いをしているどこぞの議員さんたちの激務(・・)が生温く見えるのも致し方ないことである。


「ぅあ゛ーっ。誰か我が家にマル○連れてきてぇっ!」

 お前の年齢いくつだよ、とツッコんでみたくなる某メイドロボを結月が要求する一方、続編(・・)に自分と同じ発音をする姉キャラが出ている身としては、ここはその姉御がタ○坊や○二(おとうと)にやっているように結月に制裁(アイアンクロー)してやるべきなんだろうか、と考えてしまった。

 なお現状、珠希の左手には桜鯛(と大量の氷)入りのスチロール箱、左肩にはスクールバッグがかけられており、右手には立ち寄ったスーパーで買った5kgの白米が入ったビニール袋が握られている。アイアンクローよりは5kgの白米をジャイアントスイングして結月の頭を横薙ぎしたほうが早いだろう。


「いや掃除しかできないメイドとかいらないし」
「『仰げば○し』歌えば心取り戻すかもなのに?」
「だとしても下取り出して三姉妹買うわあたしは」
「ここでまさかのチェンジ!? 作品的にもチェンジしてるし!」

 でもこういう場合は『交換(チェンジ)』じゃなくて『改良(アップグレード)』か『上位互換(アッパーコンパチ)』だけどな、とまではツッコまない。あえてツッコんであげない。それが妹に対する姉の些細な(どうでもいい)優しさである。

 だが、なぜこの全方向型万能姉がマ○チに厳しいかというと――。

「くっ……。そんなにダーリンダーリン言われたいかこの姉は」
「うん。はる○ん可愛いしねー」
「そんなん言われんでも知ってるし」

 この長女、ただ単純にメイドの中では次女が好きだからである。
 決して某原画家323氏と同じ趣味・嗜好だからではない……と思う。そのはずだ。

 ただし珠希が好きなメイド次女(かのじょ)、作品の名前だけ知っている程度では珠希と語らうことができないのが残念なところ。そもそもメイド次女(かのじょ)、TVアニメ版では――とまあ、XRAT○Dのリリース時期とアニメ放送時期とかの都合上、生徒会長様とご一緒にOVAにうんぬんかんぬん……(以下省略)。
 当時は年齢も年齢だった珠希もそんな事情はつゆ知らなかったが。


「そもそもおねーちゃんのストライクゾーンが安定してないってどういうこと?」
「あたしはメインもサブも非攻略対象も分け隔てなく愛してるってこと」
「でもそれっておねーちゃんが節操ナシなだけだよね。あんまはっきり言う気はないけどさ」
「――とか言いつつ、おもっきしぶっちゃけやがりましたね今?」
「やっぱ自覚あんじゃん!」


 見た目ょぅ○ょな18歳以上から合法ロリなど序の口、淫乱ピ○クもいらない○髪の娘も、ありとあらゆる登場人物(キャラ)を愛でる平等博愛主義も二次元の前では単なる節操なしと紙一重である。……いやほぼ同義語か?

 だがこの節操なし小心者長女の場合、「メイン」や「サブ」の単語の後には「キャラ」ではなく「ヒロイン」の四文字が省略されているからなお厄介なことこの上なしだ。


「おかえりふたりともー」

 そんな一文の得にもならない姉妹喧嘩(ろんそう)を玄関の上がり口で繰り広げていると、廊下の角からちょこんと白襦袢を着た黒髪ロr……ではなく、珠希と結月の母親である彩姫が顔を覗かせていた。

 なお、珠希や結月と並べば三姉妹に見られるほど若々しい顔立ちをしているが、既に4人もの子供を産んだ御年○○(本人の希望を尊重して削除)歳である。高校生や中学生の娘だけならまだしも、この母親の胎内からは既に大卒社会人の長男が生まれていることもお忘れなく。

「ただいまおかーさん」
「おかえりー。結月ちゃん」
「汐里さんは? もう帰った?」

 母と妹の愛くるしい――という表現には若干の違和感はあるものの――スキンシップをよそに、珠希は一直線にキッチンに向かいながら今日訪問すると言っていた彩姫担当の編集者、遊瀬汐里との間に何か問題がなかったか確認を求めた。

「帰ったよぉ。今日のしおりんはガチガチの仕事モードだったよぉ~」
「へえ。やれればやれるんじゃん」
「彩姫ちゃんは何もヤらせてもらえなかったんだけどなぁ……」

 珠希の褒め言葉はあくまで汐里(へんしゅうしゃ)に向けたものであって、心底残念そうな顔をしてがっくりと肩を落としている母親(さっか)に向けたものではない。
 だってそりゃあ、いっつも取材協力とかいう建前で担当作家からレズ調教されてちゃ編集者やってけないもの。

 それに編集作業の時間を考慮し、印刷所やら何やらの日程から逆算した締切(デッドライン)はとうに過ぎ去った48時間前のはずだ。まさかこの状況から間に合わせるつもりなのか、さすがこの一癖も二癖もありすぎる作家の担当美人編集者(お世辞込み)。次に会ったときにどちらが調教されているのか改めて聞いてみよう。


「そういうのはご自身の婚姻相手と思う存分やればいいんじゃないかな」
「珠希ちゃん。朝とゆってたことが違う」
「常識的な範囲のプレイをご存分にどうぞ、的な?」

 別に今さらもう1人産んでもらっても構わないし、むしろそっちのほうが甘やかされた末っ娘(ゆづき)に責任感なんてのが生まれるかもしれない。

 ジト目の彩姫に見せつけるように肩をすくめた珠希は、早速買ってきた桜鯛を箱の中から取り出し、鱗取りの準備を始める。アンコウの捌き方までマスターしている身にとっては包丁一本での鱗取りなどお手の物だ。


 ……さて、それじゃ制服から着替えてから鱗取りでも――などと珠希が考えていると、後ろから不穏な会話が聞こえてきた。

「ねえ結月ちゃん。ちょっとこの生意気なおねーちゃんの口塞ぎたい気分なんだけど」
「あー。それじゃボールギャグでも持ってこよっか?」
「バイトギャグのほうがいいかなぁ。あと手錠と足枷。珠希ちゃん暴れるとリアルで全身凶器になるし」
「うんそうする。おねーちゃんの馬鹿力恐いもん」


「………………ほー。誰の何が恐いって? 結月」
「え゛……っ?」
「誰が馬鹿力なのか、聞いてるんだけど?」
「え、いや……、あの、その……、あぅぅ……」

 気配もなく背後に忍び寄り、仁王立ちする珠希の前に結月は完全に逃走のタイミングを失い、ついには言葉尻と一緒に抵抗する気力まで消えてしまった。

「お母さんも。実の娘に何をしようと画策してたのか教えてもらえます?」
「……っ。た、珠希ちゃんが、お母さんの性欲(ストレス)発散に身も心も付き合ってくれたら全部まあるく、まーるく済むと思うんだ……けど、なぁ……」
「あたしには無理です。まだ処女でいたいんで」
「そういうの、今の時代風潮的には……」
「今も昔もその量や質だけがモノサシじゃないっつーの!」

 どこか他人行儀に話す娘を前に、必死に珠希の怒りを回避するポイントを探ろうとする彩姫だったが――こちらもあえなく撃沈。

 お互い好き合うまで性行為を避け、純潔でいようとする娘とキモチいいことには積極的な母の考えが見事に相反しているせいもあるが、まだ常識的貞操観念に近いものを持っているのは娘のほうである。時代の風潮とか流行とか、誰もがやっていることとか関係なく。
 ――というか、激しい運動でも破れることがある純潔の象徴的なその薄い膜には、基本的に最初から小さい穴が開いているものなのだが。


「結月。今すぐ手錠2つとギャグ2つ持ってきて」
「え? おねーちゃんまさか自分で――」
「何言ってんの? お母さんと結月の分だよ」
「ぅえ゛っ? 彩姫ちゃんもなのぉ?」
「今の流れでなに自分は関係ないフリしようとしてんのお母さん?」
「……で、ですよねぇぇぇ……」
「ほら早く持ってきてよ結月。早くしないとおねーちゃん、久しぶりに腕拉ぎ十字固めやりたくなってきちゃうから……」
「っ!? わ、わかった! わかったわかったわかりましたからおねーちゃんの得意技(それ)だけは勘弁してくださいっ!! 腕が捥げるからっ!」

 満面の笑みを浮かべる珠希とは対照的に、結月は血の気がない青ざめた顔でその場からダッシュで姿を消した。

 腕拉ぎ十字固めは珠希が最も得意な固め技だ。段位試験のときもこれで黒帯を取得できたくらいに。
 そして今に至るまでその技はあまりにも目に余る結月の行為を諌めるお仕置き技として活用されており、見事に結月の脳裏にそのトラウマが蘇ってくれたようだった。ちなみに本気でやりすぎて結月の靭帯を痛めさせてしまい、逆に珠希がこっぴどく怒られたこともある。



 なお余談ではあるが、この後、後ろ手に手錠をし、足も枷で拘束されてギャグを噛まされた母と妹に対し、珠希がタ○姉のごとく容赦ないアイアンクローをしまくったのは言うまでもない。



  
 

 
後書き
 
なお前書きの質問、作者は×××ちゃんを希望します。

見事当てた方には豪華景品を発想(←注:誤植ではない)します。
 
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