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異界の王女と人狼の騎士

作者:のべら
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第六十九話

 ブルーシートで隔離された空間から出るなり、王女は大きく、そして何度も何度も深呼吸を繰り返していた。
 すこし嘔吐(えづ)いたりしている。

「姫、大丈夫? 」
 俺は心配になって声をかけた。

「うん、……だ、大丈夫。ちょっと休めば、たぶん、回復すると思うわ」
 いつの間にか彼女の顔色がかなり悪くなっている事に気付いた。

「ちょ、ちょっとベンチに座ったほうがいいよ」
 そう言って、王女を近くのベンチに座らせる。

「はぁ、……全く、情けないわ」
 背もたれに体を預け、天を仰ぎ見ながら呟く。
「能力で深追いしすぎたわ……。それは私がそうするであろうことを予測して、アイツが罠をしかけていたようなものね。私が能力のコントロールがうまくできないことも織り込み済みの罠をね。ふん、おもしろいわね、単細胞馬鹿と思っていたのに、思った以上に手ごわいわ」

 俺は彼女の言っている言葉の意味がよくわからずにただ見つめているだけだ。

「シュウにはわからないわね。面倒くさいけど、説明してあげるわ」
 そう言って、体を起こす。
「この殺人事件の犯人は破壊衝動の固まりのような犯行をしている。残された血痕やその他の痕跡とかを見ればそれはわかるわよね? でも、人間達の科学捜査? っていうのかしら、それによってはほとんど解析できない痕跡しか残していないの。人間にとってはただの残虐でしかないどこにでもあるような猟奇的殺人事件の現場にしか見えない。……でも、私やお前のような能力を持つ人間が見れば、あまりにあからさまな、人以外のものによる痕跡が残されている」

「それで姫がここには犯人の痕跡がこびりついている気持ち悪いくらいに残っているって言ってたんだね」

「そう。これでもかっていうくらい、うん、自分の存在をアピールするかのように残していた。だから、私は犯人は馬鹿がつくほど大胆な奴だと思い、残された痕跡からどれほどのところまで辿れるか調べてみようと思った。でも、探索レベルを今の私ではきちんとコントロールできないから、かなり深入りしてしまわざるを得なかったわけ。……そして、犯人の思惑通りに、私は奴が仕掛けた地雷の一つを踏んでしまったわけ」
 そう言って肩をすくめる。

「体調が悪くなった原因がそれなの? 」

「まあそんな感じ。……私は犯人がどんな奴か知りたくて、ううん、知らなくちゃいけないって思って残留思念にアクセスしようと試みた。そして思ったより簡単にそれを捕らえ、入り込むことができたの。今思えば、それがすでに罠だったわけだけど。……でも、犯人の尻尾を掴んだって思ってた私は、ぜんぜん気づけなかったのよね。……馬鹿だわ。で、犯人が残した思念の奥へ奥へと入り込んで行ってたら、ふと気づいたの」
 目を閉じて体を少し震わせた。
「私が犯人の思念を捉え、そこに残された全てを調べつくそうとしている間に、その残留思念に仕掛けられた本体が逆に私の心の中へと侵入しようとしてたのよ」

「そんなのってあり得るの? 」

「調子に乗りすぎてて気付くのが遅かったけど、とりあえずは大丈夫だったってところね。あのまま気付かずに続けていたら犯人の思念が私の心の中に入り込んでいたでしょうね」

「入り込まれたらどうなるんだ? 」

「心を乗っ取るとかそういったことは出来ない。でも、それはウィルスのように私の心を浸食し、少しずつでも影響を与えていくんでしょうね。もちろん私が何を考え何をしているかは、犯人に筒抜けになっているでしょうし。もしかしたら記憶を書き換えたり、自我をも変更していったのかもしれないわね。試してみても良かったけど、気持ち悪いしね」
 少し面白そうに言う。

「よくわからないけど、トロイの木馬みたいなものを現場に残していったってことか。俺たちがここに来るだろうって見越して? 」
 そうならばかなりやばくない??

「寄生根ごときが小癪(こしゃく)な真似をってところかしら。でも所詮はミミズ以下の生命でしかない。単細胞と行かないまでもたかが知れているってことよ。
 ふふん、逆に闘志に火が点いたわ。私を乗っ取ろうなんて身の程をわきまえぬ愚か者には正義の鉄槌を下さないと気が済まないわ。シュウ、分かっているわね」

「うん、もちろん。あんなのをのさばらせていたら大変な事になる。一刻も早く潰さないとね。うん、潰してみせるよ」

「いい感じね、じゃあ行くわよ」
 そう言って立ち上がった王女。
 俺も後を追おうとするが、直ぐに立ち止まった。

 王女は少し歩いたところで突然よろめき、地面に倒れ込んでいったからだ。
 俺は体を加速させ、すんでのところで彼女を受け止めた。
「姫、大丈夫か? 」

 王女は虚ろな目で俺を見返す。
「うう、軽くやっつけたつもりだったけど、そうは行かなかったみたいね」
 
「一体……」

「心に食い込んで根を張った思念を無理矢理に引きはがそうとしたら、当然、無事では済まない、……わけね。……そんなところね」
 と、力なく呟く。
 さっきまでは何とか空元気を出していただけだったんだ。
 寄生根との見えない戦いは、俺が思っていた以上に過酷で、王女にかなりの深手を負わせていたっていことなんだ。

「大丈夫か? 今日はもう無理だな。家に帰ろう」
 そう言って、俺は王女を背負った。

「いや、まだ夜はこれから。寄生根の活動も夜になるに違いない。……こんな時に休んでられない。また被害者が出ることになるわ」

「誰かが犠牲になるのはなんとしても止めたいけど、今は姫の体の方が大事だよ。とにかく帰って休むんだ」
 王女が俺の言うことに対して、不満を持っているのは分かったけど無視した。

 そんなの関係ないよ。

 強がってるけど、王女はかなりのダメージを受けている。俺と彼女の心が繋がっているってことを抜きにしたってそんなの分かるんだ。当たり前だよね。

 王女は無理をしている。俺が思っている以上に。そしてこれからも今以上に無理をし続けるつもりに違いない。
 それだけだ。
 放っておいたら早晩破綻するしかない。もちろん彼女だってそんなことくらい分かっているはず。でも、続けざるをえない。
 生き残るために、生き抜くために。戦いに勝利するために。

 無理をし続けることを止められるのは、俺しかいないんだ。まがりなりにも彼女と契約して主従の関係を結び、それなりの力を手に入れているんだ。少しは王女の力になれるんだから。
 そして、この世界でマリオンという名の異世界のお姫様が頼ることができるのは俺しかいないんだ。
 だったら、俺が止めるしかないじゃん。俺が守るしかないんだ。

「わかった。……すまない、シュウ」
 弱々しい声だけど、王女が従ってくれた。

「大きな通りに出たら、タクシーも拾えると思うよ。だから少し我慢して」
 そう言うと、俺は歩き出した。
 
 公園の出口では警官とすれ違ったが、彼らには俺が見えていないらしい。
 全くの無反応で俺が通り過ぎてもずっと動かなかった。

 本当は直ぐにでもタクシーを呼んであげたかった。早く部屋に帰って横にさせてやらないと。
 でも、殺人事件のあった公園にタクシーをよこせっていっても誰も来てくれる訳がない。ただでさえ連続殺人事件ということで夜間は外出が自粛ムードなんだ。そんな時に人気の無い公園に配車をする会社なんてないだろうし、来てくれる運転手なんているわけないよな。
 だから、もう少し大きな通り、それか繁華街とかに行かないと無理なんだろう。

「ここから川を渡ったところに大きなショッピングセンターがあるんだ。まあこんな時間だからもう閉まっているけど、周りにはファミレスとかレンタル屋とかモンキーホーテがあるから、人の出入りも結構あるんだ。そこまで行ったらタクシーも拾えるんだ。だから少し我慢してくれ」

「私なら大丈夫よ。心配しないで……」
 耳元で弱々しく話す王女。

「分かった。俺の背中じゃ寝心地悪いだろうけど、少し休んでたらいいよ」

「うん」
 そう言って王女は俺の肩に小さな頭を乗せると、目を閉じた。
 普段はえらそうなのに、妙にしおらしい態度をされると思わず照れてしまう。絶対的な信頼を得ているようで、なんだか誇らしく思ったり。このへんが王女たる所以(ゆえん)なんだろうな。

 ほのかに、なんだかよく分からないけれど、すごくいい香りが漂ってきた。
 くんくんと嗅ぐとそれはどうやら王女から漂ってきている。特に香水とか何もつけていないのに体臭がこんなにいい香りなのかな? と思ってみたりする。こんな時でもなんだか余裕ぶっこいているな、俺。
 でも、使っているのは俺のボディシャンプーと俺のリンスインシャンプーのみなんだ。どこにも芳香が漂うようなものは入っていない。
 うーん? 
 これは汗とかの臭い? まさかね。汗でこんな高級な香りがするなんてありえん。
 人間じゃないじゃん。……あ、人間じゃ無かったな。
 王族だからだ、と一言で解決されてしまいそうな話だよな。まじで。
 
 俺は歩きながら、どうでもいいことをいろいろ考える。
 上を見上げると満天の星が輝いている。
 街の明かりでだいぶスポイルされているとはいえ、大都会じゃないからまだまだ綺麗な空なんだろうな。
 少し肌寒いくらいの夜風に吹かれながら、誰も歩いていない堤防の上の道を歩いていく。

 時間が時間だから車も通っていない。だから恐ろしく静かだ。
 虫の音も聞こえないしね。

 そんな中、王女と二人で歩いているんだ。

 この姿だけを見たら、兄が遊び疲れて寝てしまった妹を背負って歩いているように見えるんだろうか?
 ……そういえば、昔、亜須葉と一緒にこんな真夜中の川沿いを二人で歩いていたことがあったなあ。あいつ、怖くて泣き出したりして、俺の手をぎゅっと握って離さなかったなあ。何でそんな夜に歩いていたかは記憶が無いんだけれど。何かどうしてもそうしなければならない理由があったんだとは記憶しているけど、それが何だったかは全然思い出せないや。
 なんだかいつも記憶がアヤフヤなんだよな。
 昔のことだから覚えていないって言い切っていいんだろうか?
 そういえば、ここ数年のことをよく覚えていないんだよ、俺。

 そんなことを考えているうちに、橋の(たもと)にたどり着いた。 
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