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大海原でつかまえて

作者:おかぴ1129
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05.姉ちゃんの声

「シュウくん!! ぐっもーにーん!!」

 翌朝、僕は金剛さんの超絶に元気なモーニングコールで起床した。金剛さんは姉ちゃんの姉だからなのか部屋の合鍵を持っており、その鍵で僕が寝ている間に侵入され、モーニングコールとともに掛け布団をひっぺがされたのだ。

「いやー、比叡をいつもあんな感じで起こしてるから、シュウくんもそれでいいかなーと思ったんデス。歯磨きをしに洗面所に行くデスヨー」

 ケラケラと人懐っこい笑顔を浮かべながらそう話す金剛さんから歯ブラシをもらい、共用の洗面所で一緒に歯を磨く。しかし、見事なほどに女の子ばっかりだな……中には小学生みたいな子もいる。

「ちゃんと三分磨かなきゃダメよ響~。 しゃこしゃこ」
「ダー。しゃこしゃこ」
「むぐむぐ……ごぱぁ。暁ちゃん……歯ブラシが落っこちそうなのです……」
「私は……眠くなんか……ないわよ。だって……いちにん……まえの……クカー」

 四人組のちっちゃい子のうちの一人が、そう呟きながら歯磨きの途中で寝ていたのが印象的だった。昨晩ここに到着してすぐに遭遇した天龍さんや龍田さんのように、個性的な女の子が多いんだなぁ。さすがゲームの中の世界。

 とはいえ、こんな小さな子たちが過酷な戦場に出ているのかと思うと、複雑な気持ちではある。こんな小さな子でも、あんな凄惨な戦いをせざるを得ないんだよな……この世界は。

「むぐむぐ……ごぱぁ。歯磨きが終わったらブレックファーストデース。榛名と霧島が先に食堂で待ってると思いマスヨー!」
「ふぉぁーいっ。しゃこしゃこ」

 食堂に行くと、金剛さんが言っていた通り榛名さんと霧島さんが席を取って待ってくれていた。

「シュウくんはじめまして。私は榛名です」
「霧島です。シュウくんには一度お会いしたいと思ってました」

 二人からそう言われて照れくささを感じながら、僕は3人を見比べる。姉ちゃん含めて4人とも全然違うタイプの人なんだけど、4人ともどことなーく似てるんだよね。

「ほわっつ? どうしたんデース?」
「いや、みんなやっぱり姉ちゃんの姉妹なんだなーと思って。どことなく似てるなーって」
「当たり前デース! 比叡は私のカワイイ妹デスからネー!」
「はい! とても頼りになるお姉様です!」
「そうですね。比叡お姉様は、私達の誇れる姉です」

……あれ? てことは、ここにいるみんな、僕の姉になるのか?

「デュフフフフ……これはいい事を聞いたデース。比叡が聞いたらヤキモチを焼くデスネ。戻ってきたらイヤーホールをディグらせてよく聞かせなければならないデス!」

 金剛さんがご飯を頬張りながらほくそ笑んでいる。僕は何か余計な一言を言ってしまったのかもしれない……。

「大丈夫です。いつものことですよ」
「はい! 榛名も弟が出来るとうれしいです!!」

 榛名さんは朗らかな笑顔でそういい、霧島さんはメガネを光らせながら味噌汁を飲んでいた。よかった。なら気にしなくてもいいのかな?

 そうこうしているうちに、岸田と提督も食堂にやってきた。昨日は大淀さんに存分に罵られたためか、二人とも、睡眠不足の目の下のクマとは裏腹に、非常に顔がツヤツヤしている。二人は朝食が乗ったお盆を両手で持ち、僕達の席に向かってきた。

「おはよーシュウ」
「岸田おはよ。昨日はどうだった?」
「シュウ……よかったぞ……罵倒というのはいいものだ……あぁ……」
「だろう? 大淀の罵倒が毎日聞けるおれは、幸せ者だ……あぁ……」

 ダメだ。岸田一人でさえ手が付けられない変態だというのに、提督も合わさってブーストがかかってる……岸田の友人として止めた方がいいのかなぁ……。

 なんてことを思っていたら、鎮守府内に放送が鳴り響いた。
『提督と岸田様は大至急、執務室にお戻り下さい。繰り返します。提督と岸田様は、大至急、執務室にお戻り下さい』

 直後、岸田と提督は白目を向いてビクンビクンと痙攣を始めた。もはや出来の悪いホラー映画に出てくるゾンビにしか見えない。主に下半身から挙動が崩れている。

「また……また天国タイムが始まるのか……!!」
「素晴らしい……なぁ提督、ここは極楽浄土なのかなぁ……探せば五代目三遊亭円楽がいたりしないかなぁここ」
「円楽師匠はいないが、極楽だというのは同感だ……」

 そう言いながら、うつろな目で朝食を載せたお盆を持ったまま、フラフラと食堂を出て行くゾンビ二人。その後ろ姿を見守りながら。金剛さんが呟いた。

「なんかテートクが二人いるみたいデ~ス」

 同感だ。タチの悪い変態が二人もいる……昨日は甲殻類でしかなかった二人だったが、今日はまさか歩く死体にまで落ちぶれるとは思わなかった……

 その後は興味津々になっていた他の艦娘たちから質問攻めにあいながら、鳳翔さんが作ってくれたとても美味しい朝食に舌鼓をうった。『今日は特別サービスだよっ』と瑞鳳さんが作ってくれた玉子焼きも美味しかったが……

「正直に言っていいよ? お姉さん怒らないから」
「比叡姉ちゃんの作った玉子焼きの方が……好きデース……」
「シュウくんは比叡さんがホント好きなんだね~」
「シュウくん、やはりワタシとも姉弟のようデスネ!!」

 とかなり恥ずかしい思いをしてしまった。違うんだッ! 瑞鳳さんの玉子焼きも美味しいんだけど、僕は玉子焼きはしょっぱい派なんだッ! 瑞鳳さんの玉子焼きは甘いんだッ!!

 その後は金剛さんたちに連れられて鎮守府を色々と歩き回っていたのだが、ちょうど夕張さんから艤装に関する熱いレクチャーを受けている最中、鎮守府内に提督の声で放送が流れた。その声は、食堂から出て行った二人の歩く死体の片割れとは思えないような、緊迫さが感じられる声色だった。

『金剛とシュウは、大至急執務室に来い。繰り返す。金剛とシュウは大至急執務室に来い。以上』

 僕と金剛さんは顔を見合わせた。僕はもちろん、金剛さんもきょとんとしている。

「何でしょう?」
「何デスかねー……」

 執務室に到着すると、そこにいたのは提督と岸田と大淀さんの3人。大淀さんはオシロスコープのような通信機で誰かと通信している。提督と岸田は朝の生ける屍と同一人物だとは思えないほど、真剣な顔をしていた。

「テートク~。来たヨ~」
「ああ。ちょっとマズいことになった」

 提督がそう言い終わるか終わらないかのところで、大淀さんが会話に割って入る。

「提督、救援艦隊、無事帰投しました」
「了解した。報告はいらん。先に傷が酷い者から順に入渠をさせろ。全員に高速修復剤の使用を厳命する」
「了解しました。全員、高速修復剤を使用して入渠させます」

 大淀さんはそう言うと執務室からカツカツと出て行った。大淀さんの歩くスピードから、比叡姉ちゃんは救援部隊と一緒には帰ってこれなかったんだということが、なんとなく分かった。

「岸田、何かあったの?」
「ああ。提督、言っていいか?」

 岸田がいつになく深刻な表情で提督を見る。提督は岸田に無言で頷き、岸田もそれを受けて真面目な顔で僕に答えた。

「落ち着いて聞けよシュウ。昨日出撃した救援部隊が、比叡たんを奪還どころか、比叡たんに辿り着く前に全員轟沈寸前の大破で戻ってきた」
「What?!」

 今一状況が読み込めない僕よりも、金剛さんの方が早く反応した。

「金剛さん金剛さん」
「ハイ?」
「どういう状況なの?」
「シュウくんと別れた時の比叡、傷だらけだったデショ?」
「うん」
「艦隊の六人全員が、あの状態で戻ってきたんデス」

 そんなバカな?! 救援部隊の6人は手練だったはずなのに!!

「確かに手練だ。だが比叡がいる海域を守るように、めっぽう強い潜水艦隊がいたようだ。あの海域は潜水艦タイプの深海棲艦との遭遇はほぼゼロに等しい。俺も油断していたよ……」

 提督が苦々しい顔をしてそういう。

「妙高たちとビス子と赤城の編成なら、大抵の相手には負けない。だが潜水艦への攻撃は不可能だ。加えて潜水タイプの敵との遭遇が極端に少ない海域で完全に対潜警戒がずさんだった上、相手は確実にスナイプを決めてくる手練……やられた……」

 岸田も悔しそうに歯ぎしりしていた。提督という人種にとって、自身が編成した艦隊で作戦が完遂出来ないことは、轟沈で仲間を失う事の次に無念で悔しいことだと、僕は後で岸田から聞いた。

「で、でも、それならすぐに救援に向かわないと!!」

 そうだ。作戦が失敗したのなら、すぐにもう一度出撃しないと……じゃないと姉ちゃんが……

 不意に、オシロスコープのような通信機から、ピーピーという発信音が鳴った。提督は左手のひらを僕に向けて僕たちを制止し、通信機のマイクを取る。

「鎮守府だ」
『こちら比叡です!』

 ……姉ちゃん!!

「比叡か。その後どうだ」
『今のところはなんとか。でも相手は複数の艦隊で波状攻撃で攻めてきて、休むヒマを与えてくれません……燃料も弾薬も残り少なくなってきました……』

 姉ちゃんと提督の声だけが、執務室に響き渡る。懐かしくて、聞くだけで涙が出るほどうれしいはずの姉ちゃんの声のはずなのに……ずっとこの日を待っていたはずなのに、うれしさじゃなく、不安と焦燥感だけが胸に去来する。

 提督は姉ちゃんからの報告を聞きながら僕の方を見て、左手で僕を手招きする。

「比叡。昨晩出発した救援隊は、先ほど全員大破で戻ってきてしまった」
『やっぱり……私を囲む敵艦隊、強くなってるんです。今は小島の影に隠れてますけど、このままでは見つかるのも時間の問題で……』
「心配するな。すぐに再度艦隊を編成して救援に向かう。今日の夕方まで耐えられるか?」
『分かりません……こればっかりは……』
「耐えられると言え。じゃないと、お前の帰りを待ってる人が大勢いるんだ」
『私も帰りたいですよ! でもどんどん攻撃が激しくなってきて……』

 提督がマイクを僕に渡した。僕は震える手でマイクを受け取り、口に近づける。

「そのボタンを押しながら話すんだ」

 耳元で提督にそう言われ、僕は恐る恐るマイクの側面に付いたボタンを押し、震える喉から声を出し、姉ちゃんに呼びかけた。

「姉ちゃん」
『……え? ……シュウくん?』

 シチュエーションさえ無視出来れば、この数カ月間、僕が心から待ちわびた瞬間だった。姉ちゃんが僕の名前を呼んでくれた。ゲームの定型文なんかじゃない。一緒に暮らしてきた姉ちゃんが、また、僕の名前を呼んでくれた。

「うん。こっちに来たよ」
『……ホントに? ホントにシュウくん?』
「うん。あきつ丸さんに連れられて、岸田と一緒にこっちに来た」
『シュウくん……よかった……また……また声が聞けた……』
「うん……姉ちゃん……僕も……声が聞きたかった……ずっとこの日を待ってた……」

 無線機の向こう側から、ぐすっという鼻をすする声が聞こえ、姉ちゃんが泣いているのが分かった。僕も胸が一杯になり目に涙が溜まってくる。この瞬間を、ぼくたちはどれだけ待ちわびたことだろう。この日が現実になる日を、どれだけ待ち焦がれただろう。この無線の向こう側には、姉ちゃんがいる。姉ちゃんと同じ空の下に、今僕はいる。

「シュウくんシュウくん、マイクをこっちに向けて下サイ」

 金剛さんにそう言われ、我に返った僕は、金剛さんのいる方向にマイクを向けた。金剛さんは深く息を吸い、声を張り上げてこう言った。

「ひえーい!! シュウくんに会うためにも、救援部隊が駆けつけるまでがんばるデスヨー!!」
『お姉様もそこにいるんですか?』
「いえーす! シュウくんのお世話係をしてマース! 比叡が言ったとおり、とってもいい子デスネー!!」
『ハハッ! もうシュウくんと仲良くなったみたいですね!』
「榛名と霧島も、“やっと弟に会えた!”って喜んでマース!」
『ひぇええ?!!……し、シュウくんは、私の弟ですッ!!』

 提督がプッと吹き出し、岸田が悔し涙を流しながら天井を見上げているのが見えた。……しかしこの二人の会話、聞いてるこっちは恥ずかしくてたまらない……

「だったら救援艦隊がそっちに着くまでがんばるネー! そしてこっちまで来てくれたシュウくんの元に帰ってくるデース!!」
『はい! ありがとうございますお姉様!! シュウくん!』
「はいっ!」
『また会えるんだね! またシュウくんに会えるんだね!!』
「うん! また会えるんだよ姉ちゃん!!」
『こっちに来てくれてありがとう! お姉ちゃん元気出た!!』
「よかった! その調子だ姉ちゃん!!」
『お姉ちゃん、気合! 入れて!! 行きます!!!』

 提督が僕の方を叩き、マイクを催促してきた。僕が提督にマイクを渡すと、提督は即座にマイクのボタンを押し、口に近づけ通信を送る。

「どうだ比叡? 元気出たか?」
『はい司令! 私、シュウくんに会います! 会いたいです! 絶対に持ちこたえてみせます!!』
「その意気だ。定時連絡を忘れるな。何かあれば即時通信を送れ。絶対に持ちこたえろよ」
『はい司令! それでは!! ……シュウくん、待っててね!!』

 ぷつっという音と共に通信が途絶えた。一刻を争う事態のはずなのに、姉ちゃんの明るさのおかげで執務室に漂う空気はピリピリとはしておらず、むしろリラックスした柔らかい空気が漂っている。

「テートク、シュウくんが来てくれてよかったネ」
「だな。あとであきつ丸に間宮でアイスでもおごってやりたい気分だ」

 ん? なんでだ? ……まぁいいか。

「……提督」

 相変わらず涙が零れないように天井を見上げている岸田が、そのままの体勢でそうつぶやく。提督は無言で頷き、通信機のスイッチをひねった。鎮守府内にチャイムが鳴り響き、提督が鎮守府内での施設内放送を行う合図だというのが、ぼくにも理解出来た。

『これより第二次比叡救出作戦を敢行する。加賀、球磨、キソー、ゴーヤの4名は直ちに執務室に集合。全員が揃い次第ブリーフィングを始める』
 
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