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101番目の哿物語

作者:コバトン
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第十七話。再戦の刻

その十字路に足を踏み入れた途端、空気が変わるのが解った。
『ロアの世界』。
ロアたちが、自分の戦う領域として形成する、都市伝説の世界に入り込んだのだ。
その世界の中では、科学的、論理的に解明されるような事象ではなく、『物語』的な力が作用するロアの為の世界。
ロアのルールによって支配される不思議空間。
だから、本当は……

「『ターボ婆さん』や『首なしライダー』が相手だから、本当はバイクとかに乗っている方が現れ易いのかもね」

などと口に出すと。

「まあ、それを追いかけて驚かしたり、殺すのがわらわたちのロアじゃしの」

「ケッ、いつまで待たせる気だよ。来るの遅ェぞ、兄貴」

十字路の真ん中に、ラインと氷澄、それに相変わらずド派手な特攻服を着たジーサードが立っていた。

「わざわざ戻ってくるとは、どういう風の吹き回しだ?」

氷澄は右手でメガネのフレームに触れ、そのままメガネを上げながらキザったらしい台詞を吐いた。
……うん。こいつは、こういう如何にも的な台詞を言ってくると思っていたよ。

「なんせ俺は『101番目の百物語(ハンドレッドワン)』と『不可能を可能にする男(エネイブル)』の『主人公』だからな。仲間と相談して君達を倒して、俺の話を聞かせる為に来たんだよ」

「俺を倒す? お前が? 一体何の冗談だ? それに……話だと? お前を取り込んだ後に、お前の物語達を厚遇する、という話なら乗るけどな」

「氷澄はその辺りは守るぞ。契約通り、わらわにもちゃんと携帯ゲーム機と最新のゲームは必ず渡してくれるしの」

「って、ライン。そういう情報は敵に言わなくいい!」

「親しみ易い『主人公』像を作ってやるのも、物語としての責務じゃろ」

「そんな責任はないから、静かにしててくれっ!」

肩を竦めながら大げさに「ヤレヤレ、最近の若者はキレ易いのう」と首を振るライン。
あんな小さな女の子に『若者』呼ばわりされるのって、なんだか不思議な気分だろうな。
そして、契約はゲームでいいのかよ!

「チッ、オイ、ライン、ヒズミ!
話が進まねェぞ! ラブコメは後にしやがれ!」

「ラブコメしてねえよ⁉︎ ラインが騒がしいだけだ」

「ぬっ、わらわのせいにするのかのう。昨夜はあんなに激しくしておいて……」

「間際らしい事言うな⁉︎」

「やれやれ、男の責任逃れは見苦しいぞ?」

「だから、してねえだろうが______⁉︎」

氷澄が絶叫したその時。

「静かに出来んのかァァ______ッ⁉︎」

まるで俺や一之江みたいなやり取りだな、などと思っていたら、キレ易い若者こと。ジーサードはライン達に向かって大声で恫喝し始めた。
怒鳴られた氷澄はビクッとしながらも、すぐに何でもなさそうな表情をして俺の方に顔を向け。

「……ゴホン、では改めて。話ってなんだ?」

そう尋ねてきた。

「やれやれ……仕方ないのう」

ラインも氷澄との話を切り上げて、俺の方に顔を向けてきた。
今のやり取りで解ったが、どうやらジーサードは氷澄の物語というわけではないみたいだ。
氷澄の反応は昔のかなめ……品川の火力発電所でジーサードの命令に逆らえなかった頃の態度そのものだったからな。
そう。それはつまり……!
逆らえない(・・・・・)のだ。自分より強い奴に……。

「おい兄貴、話ってなんだ?」

段々解ってきたぞ。奴らの力関係が。
氷澄にとって、ラインは俺と一之江みたいな感じで。
そう考えるとジーサードはカナ。
主人公のロアを物語として持っていようが、逆らえないんだ。
物語(ロア)としての『格』が違い過ぎて。
などと、考え事をしていると。
ジーサードが尋ねてきたので。
俺はジーサード達と『交渉』を進める事にした。

「ああ。『主人公』が『主人公』が取り込むと、そいつの持っている物語が増えるっていうのは理解したんだ。だから、狙われるっていうのも仕方ないってな」

「その通りだ。俺は既に、お前以外の『主人公』も狩っているからな」

「遅えよ。理解すんのが……だが、その通りだ。俺も何人かの『主人公』を既に取り込んでいるからな」

俺の言葉に同調する氷澄やジーサード。
彼らも彼らでそれぞれの『物語』があったんだろう。
『主人公』が『主人公』を取り込む。
人間が人間を襲う。
だからこそ、『主人公狩り』なんていう異名で呼ばれているのだろう。
それは、例えるなら人材の奪い合い。
優秀な人材を無理矢理相手から奪う、略奪行為。
元武偵として、その行為を認めたくないが……。

(だが、まあ。戦いなんてものは結局、奪い合いだからな……)

欲しいもの。手にしたいものがあるから戦いは起きるわけで。
その戦い自体を全部無くすなんてことは当然ながら出来ない。
だが、だからこそ。ルールや決まりごとを守る必要がある。
奴らは態度や言葉こそ乱暴だが、そのルールとかは守る奴というのは理解出来る。
先ほどのラインの発言では、『契約は必ず守る』と言っていたしな。
だから、俺はジーサードや氷澄にある事を提案しょうと思う。

「俺よりも経験があるお前らなら、仲間になってくれたら心強いと思ったんだよ」

「……仲間?」

氷澄は俺の言葉の意味を考えるように問いを挟み。

「ケッ、なんだそりゃあ」

ジーサードは呆れたような、だけど何故か嬉しそうな顔をして。

「フンッ、命乞いか?」

氷澄は馬鹿にしたような視線を俺に向けてくるが。

「いや、命まで取る気はないだろ、お前ら」

そう、命まで奪う気は初めからなかったのだ。コイツらは。
やろうと思えば出来たのに。コイツらからは悪意や殺気といったような人に害をなす感じは感じられなかったからな。

「む……」

「チッ……」

「人の物語を無理矢理奪うってのはあんまり褒められた事じゃないけどさ。でもある意味『主人公』なんて多かれ少なかれ、他人の物語を無理矢理終わらせたりするような奴だからね。だから、それに関しては別に悪いことだとは思わないさ、俺は」

それにコイツらは、最初から正々堂々と現れた。
正面から戦いを挑んできたし、罠にかけるようなこともなかった。

「俺はこの街……ってより、友人とか、家族とか、大切な人達を守りたいんだよ。怖がらせるだけで害を与えない『ロア』やハーフロアならいいけど、命を奪ったりする危険な『ロア』から。だけど、俺一人じゃ絶対に手が回らないだろ? だから、一緒に街を守ってくれる『主人公』仲間が増やせたらいいなー、って思ったんだ」

これが、『俺』の本心だ。
戦いたくない、という気持ちも未だにあるが。
俺には、俺達には戦う力があるのだ。
せっかく戦う力があるんだ。だったら悪意があるロアを退治するのが本来の『主人公』の役目だろ?

「……ふむ」

頭ごなしに否定されるかと思ったが、氷澄は考え込むように顎に手を当てる。

「ケッ、何を言うかと思えば……ンなこと、当たり前だろうがァ!」

ジーサードは悪意あるロアから街を守るのは当然といった感じで腕を組む。
……というか、ジーサード。
ツンケンしてるが、やはりお前ツンデレだろう。

「氷澄、向こうの小僧の方がお主よりも何倍もちゃんと主人公っぽいぞ」

「うるさい、黙っていろライン。ああいう主張は、甘いから出来るものだ」

「お主だって充分甘いくせに。追いかけずに、リベンジの機会を与えるためにこの雨の中ずっと待っているなどを甘さ以外の何物でもあるまいて」

「ばっ……こらっ、バラすなライン!」

「ほっほっほっ」

あ、やっぱりこいつら、いい奴なのかも。
実を言うと、さっきまでコイツらの事は許せなかった。
一之江を傷つけ、俺の物語を奪おうとしている奴らだからだ。
だが、今こうして接してみると。
コイツらにはコイツらの事情があって、やむなく戦っているというのに気づいた。

「一文字疾風。貴様の主張は……」

「っ⁉︎ 今、なんて……?」

「何だよ、今度は」

「ちゃ、ちゃんと名前で呼ばれたっ」

「うん?」

と氷澄。

「は?」

とジーサード。
二人は訝し気に俺を見る。

「いや、周りに何度言っても、みんなモンジモンジ言うから嬉しくて」

「ああ______うん、いや、そうなのか」

「お前だけだよ、俺をちゃんと名前で呼んでくれたのは……お前、やっぱり良い奴だな」

「いや、俺がいきなりお前をモンジとか呼んだら、仲良すぎだろ」

「確かに……愛称で呼ばれるくらい仲良しになってしまうわけか。参ったな。俺にはそっちのけはないから女性に愛称で呼ばれるのならいいんだけど……いや、しかし、親しくなるのは問題ないか。こっち関係に男友達っていないしな……」

大変悩ましい問題だ。

「解るぜ、兄貴。俺も何度言ってもキンゾー、キンゾーって呼ぶ奴らがいるせいで、何度ブチのめそうかと思ったことか。やっぱり呼ばれるなら美しく、周りの奴らがビビるくらいのカッコイイ愛称で呼ばれたいよな、男なら!」

と思っていたら、ジーサードが凄い勢いで喰いついてきた。
ああ、やっぱりお前も苦労していたんだな、俺と同じような問題で。

「え⁉︎ わかっちゃうのか! ジーサード」

「キンゾーはキンゾーじゃろ? ジーサードより呼びやすくていい名前じゃと思うがな。
ジーサードじゃとジジくさいしのぅ」

確かにジーサードはじーさんと間違えやすいが。

「おい、ライン! てめェは後で殴る!」

そして、そんなジーサードに反応する人達がいた。
うん、意図してやってはいないが、俺のペースに相手を巻き込むことができた。
こういう戦法を得意とするのが一之江だ。おかげで、戦闘面におけるイニシアティブは取れていた。
場の空気を支配する者が、後の戦いも制する。
それは、戦では当たり前のこと。

「ま、それはさておき。俺だって、こんな提案をタダでするつもりはないよ氷澄」

「ほう……取り引きというわけか」

「ああ。だけど俺には差し出せるものが何もないからな」

そう。俺には差し出せるものなんて何もない。
俺の物語達を差し出す?
そんなものは論外だ!
大事な人達を差し出すつもりなんてさらさらない。

「だったら、何で取り引きするつもりだ?」

「俺達が勝ったら、今の提案を考えてくれ」

「なるほど。それで、俺達が勝ったら?」

「あぁ、俺を……」

好きにしやがれ!
と言いかけたその時。

「私達が貴方の物語になるわ!」

今まで黙っていた音央が高らかに宣言してしまった。

「おい、音央⁉︎」

止めようとしたが。

「私たちは『神隠し』。先ほど見た通り、その能力はかなり有効です!」

それに続いて、鳴央ちゃんまでもが強い口調で告げた。

「い、いや、何を言っているんだ、二人共、そんなこと」

「いいのよ、勝てばいいんでしょ!」

「そうです、勝ちますよ、モンジさんっ!」

しまった、二人共熱血状態になっている。これは何を言っても止まりそうにない。

「ほう……面白い。『神隠し』か」

そして氷澄も楽しげに口を歪めた。
乗せられてるとは気づいていないようだ。

「氷澄、言うておくが、今お主めっちゃ乗せられているぞ?」

対して、ラインは冷静に突っ込んだ。
あれが熟年の余裕というやつか。

「そんなことは解っている。だが______俺に、俺達に勝てると思っているのが、どれだけ間違っているのか。教えてやらないとな?」

……気づいていて、それでもあえて乗ったのか。
いかにもプライドの高いタイプだと思っていたから、こういう挑発には乗ると思っていたが、気づかれていたというのは計算違いだ。乗せられているというのが解っていて。それでもあえて乗ってくるとは思わなかった。意外と警戒心が強い、用意周到な奴なのかもな。

「いいだろう。その提案、乗ってやる! 『神隠し』を手に入れる為にもな!」

その宣言を聞いた時、俺の中でも絶対に負けられない気持ちがさらに強まった。

「さて、頼むわよモンジ。あんた、絶対勝ちなさいよねっ」

「ああ、解ってるよ。ありがとうな、音央、鳴央ちゃん。おかげで俺ももう後には引けなくなった!」

「はい、モンジさん、信じています!」

俺は音央と鳴央ちゃんの手を一つずつ握ると、そのまま氷澄、ライン、ジーサードの方を見て。

「行くぜ!」

そして駆け出した。

「______この桜吹雪______散らせるものならッ!」

音央と鳴央ちゃんも同時に走り出し、俺が手を離すとそのままラインに一直線に向かっていく。


「散らしてみやがれッ!」

______パアァァァァァァァァァン‼︎

俺の拳の先から銃声にも似た衝撃音が上がり、拳の先から音速を超え______円錐(ヴェイパー)水蒸気(・コーン)が放たれる。

『桜花』。時速1236㎞にもなる。音よりも早く相手を打ち負かす。
俺の得意技だ。

「何をしてくるかと思えば、突っ込んでくるだけか」

口元に笑みを浮かべながら、氷澄は振り向いた。

「おりゃあああ!」

拳を氷澄に向けて突き出す。が、氷澄の体は青い残像を残してひらりと俺のパンチを躱していた。

「くっ、幻か。これも『幻の邪眼(ファントムアイズ)』の能力か」

「俺の目を見ていた者は、現実と虚実の認識があやふやになるのさ」

「なら、これならどうだ______!」

俺は一度後退をしてから再び氷澄に向かって駆け出し、そして全身の筋骨を順番に連動させていく。
音速を超える突きを氷澄に向けて繰り出す為に。

『イメージは世界を、ロアを変える力を持つ』

キリカと初めて戦った日に言われた言葉がふと頭の中で思い浮かぶ。
俺の持つロア。
不可能を可能にする男(エネイブル)』。
それは、物語を変えることができる存在。
『出来ない』を『出来る』に変える力を持つロア。
まるで、作家や編集者が物語を手直すように……。
ふと、そのことを思い出した俺の頭の中で。
チリッと、何かが反応した。
作家や編集者みたいに……?
この考え方は間違っていないはずだ。
……駄目だ。まだ何かが足りない。
何かを見つけないといけない。
俺が『百物語』の『主人公』になる為には。
俺はヒステリアモードの空間把握能力と、常人を超越した反射神経を駆使して。
『桜花』を放った。
ただし、片手のみで。
『桜花』は片手でも放てる。
なら右手で一発。左手で一発。
右足で一発。左手足で一発。
計4回分の桜花をほとんど同時に発動させたらどうなるか?
それも刺撃や打撃ではなく、衝撃波で吹き飛ばせれば……。
イメージ的には『妖刀』の『炸牙』を思い浮かべる。
漫画やアニメで同じみの飛ぶ斬撃。
『桜花』の衝撃波を飛ばす技。
その、手刀版。

「______炸牙」

いわば、劣化版『炸牙』。
名前は思い浮かばなかったから、暫定的に妖刀と同じ技名だけど……ま、いいか。

バガァァァァァァァァァァァァンッッ______!

「あ……ぐッ……」

俺が放った衝撃波により、氷澄は後ろに10メートルほど吹き飛ばされた。
仰向けにぶっ倒れた氷澄に、ガラガラっと、崩壊した塀の瓦礫が降り落ちる。

「安心しろ。この技は距離さえ空いていればハエも死なない技だからな」

かつて、『妖刀のセイジ』に言われた言葉を告げながら考える。
これで一之江がやられた分はやり返してやったぜ。
残るは……。

「俺の物語は誰にも渡さない!
奪いたきゃ、俺を散らせてみやがれっ!」

残るはラインとジーサードだけだ。
氷澄単体なら最早さほど脅威ではない。
そう思っていたが……。
だが、氷澄からは何か得たいの知れない力を感じる。
気は進まないが。やはり止めはさしておくべきか。
そう思い、氷澄に向け、再び『桜花』を発動させて。

「ハッ、甘ぇよ。『彗星(コメット)』!」

氷澄に向かって駆け出した俺の前に。
ジーサード。遠山金三が立ち塞がり。
そして……。

______パァァァァァァァァァァァァァァァァァン!

俺が放つ音速の拳を受け止めた。
俺は『桜花』が受け止められたことに驚きつつも、回し蹴りを放つが。
それもジーサードの腕によって防がれた。
蹴りを放ってすぐに後ろに後退した俺だが。
驚きを隠せずにはいられない。

(い、今のは______『橘花』⁉︎)

『桜花』を逆ベクトルに放つ、第二の桜花。
それを……ジーサードも出来るのか。

「何驚いてんだ、前にも言っただろう? 俺はお前さ、遠山金次。
『G』の血族ならこのくらい、一度みりゃ、簡単に出来る!」

そうなのか?
出来んのか?
確かにジーサードの言う通り、遠山(うち)の家系は全員ほぼ人間離れしている奴らしかいないが。
遠山の血を引く奴なら出来ても不思議では……イヤイヤ。
やっぱりおかしいからな!
見取り稽古を簡単に出来る人間がいてたまるか!

「さて、あの日の決着を付けようぜ、兄貴」

「はあー、本当に今日はツイてない」

朝に、赤マント。夜にはベッド下の男に、邪眼使いに、ターボ婆さんときて……よりによってお前かよ。
キンゾー。
俺の精神はもう崩壊寸前まで落ちてるぞ?
かなめもそうだが、お前には兄を敬う気持ちとかないのかよ?
だが……ま、仕方ないか。
お前にはお前の理由。サラ博士を生き返らせたい、という理由があるのだからさ。
だけど……負けて俺の物語になっても文句は言わせないぞ?
俺にも負けられない理由ができたからな。
だから……。

「いいぜ。闘ってやるよ。兄として弟に教育してやる」
 
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