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姉ちゃんは艦娘

作者:おかぴ1129
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番外編・弟と別れてから

 体中に大怪我を負ったシュウくんを残し、私の姿は消えた。消えた後も少しの間だけ、私の意識はそのまま漂い続けていた。

「姉ちゃん?!! 姉ちゃん!!!」

 シュウくんには私の姿がもう見えてないようで、必死に私を呼び、私に触れようとして周囲を手で探っていた。

―シュウくん!! 私はここだよ!! お姉ちゃんはここにいるよ!!

 私も必死に声を出し、もう私にすら見えない私自身の手で、必死にシュウくんの手を取ろうとしたが、すでに彼に触れることは叶わなかった。

「ね゛え゛ぢゃぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 私が見た最後のシュウくんは、私の耳に針のように刺さる声で、必死に私に呼びかける姿だった。そのシュウくんの声を聞き、泣き叫ぶシュウくんの姿を見ながら、私の意識は遠のいていった。ごめんなさい。シュウくんごめんなさい……

 気がついた時、私はかつてレ級と戦った海の上に呆然と立ちつくしていた。

「あれ……私……」

 まるで不思議な夢を見たあとの朝のような感覚だった。あの日レ級ともみくちゃになって海中に引きずり込まれてから今日まで、まるで長い夢を見ていたかのような感覚だ。不思議な事に、こうしていざ戻って海の上に立っていると、あっちの世界で過ごした楽しい日々に今一現実味が感じられなかった。

 でも、あの楽しい日々も、大切な人との出会いも、すべて現実だった。今私が手に持っているバットが、すべてを物語っている。

「比叡?! 比叡デスか?!!」
「比叡お姉様?!」
「ウソ! 比叡さんいた?!!」

 もう何年も聞いてなかったかのように懐かしい声が背後から聞こえた。振り返ると、金剛お姉様たちを始めとした艦隊が、私を見つけて一斉にこちらに向かってきていた。

「お姉様……?」
「比叡! ひえーい!!」

 まず最初に金剛お姉様が私に飛びかかってきた。私は猛スピードで抱きついたお姉様の勢いに押され、そのまま海面に倒れこんでしまった。

「比叡お姉様ー!!」
「比叡さーん!! 会いたかったよー!!」

 倒れてしまった私と金剛お姉様に、更に榛名と鈴谷も倒れこんできて、私たち4人はもみくちゃになってしまった。

「うわっぷ……こ、金剛お姉様……く、苦しいです」
「何言ってるデース! まったく世話を焼かせる妹デース!!」
「本当に……比叡お姉様……よくぞご無事で……」
「毎日ずっと探してたんだよ? ホント、見つかってよかった……」

 金剛お姉様が泣きながら私の頭をもみくちゃにしてくれる。榛名も鈴谷も私にしがみついたままポロポロ涙を流してくれている。霧島と加賀さんは私たち四人とは少し離れているが、二人とも笑顔で私を見守ってくれていた。

「帰ってきたんだ……私、こっちに帰ってこれたんだ……金剛お姉様! この比叡、帰ってくることが出来ました!」
「いえーす! ……比叡、ウェルカムホーム!!」
「はい! ただいま戻りましたお姉様!」

 自然と涙が出てきた。一度は諦め、二度と会えない覚悟をしたお姉様たちと、私はこうして、再び会うことが出来た。

 その後、皆に曳航してもらって鎮守府に戻り、司令にこの数カ月の間のことを説明された。なんでも私がいない間に、全国の鎮守府を巻き込んだ一大作戦があったらしい。それをきっかけに仲間入りを果たした艦娘たちもいたりして、私の知らない新顔の子も増えていた。

「比叡……よく戻ってくれた」
「はい! 司令もずっと私を探し続けてくれていたことは金剛お姉様から聞きました!」

 金剛お姉様の話によると、私が姿を消してからずっと、司令の指示で私が消えた海域に捜索隊を出してくれていたらしい。一大作戦の間中も常に探してくれていたという話だ。

「構わんさ。お前が戻ってきてくれれば、それでいい」
「ありがとうございます! そう言っていただけてうれしいです!」
「行方不明の間に何があったのかは、明日大淀を交えて詳しく事情聴取を行う。今日のところは、入渠した後ゆっくり休め。姉妹たちと積もる話もあるだろうしな」
「はい! ありがとうございます! それでは、今日のところは失礼します!!」
「うむ。改めて……比叡、おかえり」
「はい! ただいま戻りました!」

 その日の夜は、私の帰還を祝した“比叡さんおかえりなさいパーティー”を催してくれた。一大作戦が終わって間もない状況で資材も枯渇気味だったが……

「比叡が戻ってきたんならやるに決まってんだろ!」

 とどこかの誰かは全然言いそうにない司令の一言で、急遽執り行われる運びとなったようだ。

「比叡さんおかえりなさい。久しぶりに私のお料理、堪能してください」
「はい! 鳳翔さんありがとうございます!!」
「あなたがヒエイね? 私は戦艦ビスマルクよ」
「ビスマルクさんはじめまして! 比叡です!」
「いずれ演習であなたと戦ってみたいわね。その日が楽しみだわ」
「ひぇえ〜……お、お手柔らかに……」

 久しぶりに会ったみんなも、初めてあったみんなも、とても私によくしてくれた。久しぶりに食べる鳳翔さんの料理はやっぱり美味しかった。

「比叡お姉様……榛名は……榛名はうれしいです……」
「ありがとう榛名! 私も久々に榛名の顔が見られて嬉しいよ!」
「本当に……よくご無事で……探し続けた甲斐がありました……」
「ありがとうございます加賀さん! 探し続けてくれたこと、感謝してます!」

 榛名はやはり以前と変わらず榛名で、加賀さんも以前と変わらず、静かに喜んでくれていた。じんわりとだが確実に、鎮守府に戻って来られた喜びが私の胸に実感として広がっていった。

 でも、一人足りない……。

「比叡さん比叡さん、一つ聞いてもいい?」

 ひとしきり盛り上がってる時に、オレンジジュースを片手に暁がこう言った。

「ん? 暁ちゃん、なに?」
「今まで比叡さん、どこで何をやってたの? だってあの海域にずっといなかったんでしょ?」

―チクッ

「え……えーとね……」
「あ! 私も聞きたいのです!」
「そうだね。私も興味があるな」

 第六駆逐隊の面々が皆、目を輝かせて私の方を見る。締め付ける感覚が私の喉を襲い、声を出そうとすると力が抜けて声が出なくなった。あの日々の思い出は私にとって楽しい思い出のはずだ。それなのに、思い出そうとすると胸がチクチクと痛み、喉が震えて声が出なくなる。なぜだろう。

 私の様子を見ていたのか、金剛お姉様が話に割って入ってくれた。

「そういう話はまた今度でいいデース!! 今日は比叡が帰ってきたことが何よりめでたいんですヨー!! なんせ“比叡さんおかえりさないパーティー”なんだからッ!!」
「ぇえ〜! でも聞きたいー!!」
「ツッキー? 一人前のレディーは物事を急がないものデスヨー?」
「そ、そうなの?」
「そうデース! そしてもちろん、ツッキーは一人前のレディーデスヨね〜?」

 金剛お姉様はそう言いながら、暁ちゃんには分からない角度で、私にウインクをして見せた。さすが金剛お姉様……暁ちゃんの扱いに……というか駆逐艦の子の扱いに長けていらっしゃる……。

「そ、そうよ! 私は急がないわ!! だって一人前のレディーなんだもの!」
「おーけー! さすがツッキーは一人前のレディー!!」
「もちろんよ! だって私は、一人前のレディー!!」
「いえーす! なぜならツッキーは~!!」
「「一人前のレディー!! かんぱーい!!」」

 金剛お姉様と暁はこう言いながら肩を組んで、それぞれお酒とオレンジジュースを一気飲みしていた。助かりました金剛お姉様……ありがとうございます。

 ひと通り、久々の鳳翔さんの料理に舌鼓をうった後、パーティーはお開きとなり、私達は各々自分の部屋に戻った。私は今日、数カ月ぶりに自分の部屋に帰ってきたのだが、私が向こうに行く前と比べると、キチンと整理整頓されていたのがまず驚いた。ベッドも洗濯したてで糊の効いた綺麗なシーツが敷かれていて、寝転ぶととても心地いい。いつ私が戻ってきてもいいように、金剛お姉様が毎日部屋を掃除し、シーツを張り替えてくれていたそうだ。

「はぁ〜……久しぶりの鳳翔さんの手料理……美味しかったなぁ〜……」

 窓のカーテンを開けた。私の部屋の窓からは、天気が良ければ夜になると月が見える。そして今夜は月がとても綺麗な夜だ。窓を開けると冷たい風が入ってきて、それが頬を撫でる感触が心地いい。さっきまでのパーティーでほてった身体を優しく冷やしてくれる。

 向こうにいた頃、私はよく夜になるとベランダに出て、月を眺めながら鎮守府の皆を思い出していた。金剛お姉様や司令、榛名や霧島……もう会えないかもしれないけれど、この家族と新しい生活を営むのも悪くないのかもしれない……自分にそう言い聞かせ、やっと決心がつき納得出来た時に、現実をつきつけられ、この鎮守府に戻された。

 鎮守府に戻れたことはうれしかったし、久々にみんなの顔を見ることが出来たこともうれしかった。うれしかったのだが、一つ足りないものがあった。喜びを分かち合うべき人が、一人足りない。

―姉ちゃん!!

 私は壁に立てかけた大切なバットを手に取った。シュウくんが私にプレゼントしてくれた、今の私にとって何よりもかけがえのないものだ。あの夢のような日々は本当にあったことなのだということを……私の大切な弟は確かにいたのだということを教えてくれる、とても大切なものだ。

「ひえーい。起きてマスかー?」

 不意に、ドアの向こうから金剛お姉様の声が聞こえた。自分も知らないうちに目に溜まっていた涙を私は手で拭った。

「はーい。起きてますよお姉様」
「久しぶりに一緒に紅茶でもどうデスか? 両手が塞がってるからドアを開けて欲しいデース」

 私は慌ててバットを立てかけドアを開けた。ドアの向こう側には、両手に紅茶の入ったティーカップを持った金剛お姉様が笑顔で立っていた。

 久しぶりに飲む金剛お姉様の紅茶は本当に美味しかった。香りも味も何もかも、私が淹れた紅茶とは段違いで比べ物にならない。

―美味しい……姉ちゃん、紅茶淹れるのうまいね。
 でもなんでいつも僕にココア作らせるの?

「もっとちゃんと、金剛お姉様に紅茶の淹れ方を教わっておけばよかったなぁ〜……」
「What? どうしマシタ?」
「やっぱり金剛お姉様の紅茶は美味しいな〜……と思いまして」
「サンキューねー比叡!」

 自身が淹れた極上の紅茶の香りを楽しみながら、金剛お姉様がバットに気付いた。お姉様は机に紅茶を置き、そのバットに手を伸ばす。

「このバット、比叡を見つけた時、大切そうに持ってたデスネー。けっこう凹んでるようデス」
「はい! このバットは、とても大切なものなんです」

―チクッ

「しばらく会わないうちに、比叡には大切な思い出が出来たようデスネー」
「そうなんです! 聞いて驚かないで下さいよお姉様!!」

―チクチクッ

「実はですねお姉様!! ……私たちに……!!……おと……」

 おかしい。話をしようとすると、喉が痛くなり、胸が締め付けられて声が出なくなる。向こうの話は、私にとってとても楽しい思い出のはずた。こっちに戻ったら、シュウくんのことをお姉様たちに自慢するつもりだったはずだ。それなのになぜ、いざその話をしようとすると言葉につかえ、喉が痛くなり、うまく声を出すことが出来なくなるんだろう。

「あれ……? ごめんなさいお姉様……楽しい思い出なのに……」
「比叡?」
「あのですねお姉様……私達に……私に……」

 まただ。私は楽しい思い出を話したいのに、それがうまく声に出せない。喉がぎゅうっと締め付けられ、うまく声が出せなくなる。胸がチクチクと傷んで、痛くて痛くて涙が溜まっていく。

「違うんですお姉様! 楽しい思い出なんです!!  ひぐっ……私は向こうでとても楽しい生活をしていたんです!!」
「比叡……」

 いやだ。泣きたくない。ここで泣いたら楽しい思い出じゃないみたいだ。私は、自分に弟が出来たことがうれしいんだ。楽しい思い出として、金剛お姉さまに話したいんだ。

「違うんです! 楽しい思い出なんですって!  ひぐっ……悲しくなんかないんですよお姉様!!」
「……」
「あのですね?  ひぐっ……あっちで……最初に……ひぐっ……出会った子が……!」

 不意に、金剛お姉様が私を抱きしめてくれた。

「私たちと離れ離れになってる間に、とっても素敵な出会いと、とても悲しい別れをしてきたんデスね比叡……」
「や、やだなーお姉様! 悲しい思い出なんかじゃないですよー……ひぐっ……あっちで……シュウくんに……ひぐっ」

―姉ちゃん!!

 シュウくんの名前を口に出した途端、私の胸の中で、シュウくんとの思い出と声がキラキラと輝き始めた。私の声に紛れてシュウくんの声が聞こえた気がして耳を澄ますけど、シュウくんの声は聞こえない。

「比叡? 泣くのを我慢しなくていいんデスよ?」

 金剛お姉様の抱擁は暖かく、お姉さまの声は私の耳にとても心地よく、私の胸に染みいっていく。泣くわけないです。お姉様に自慢したいことがいっぱいあるんです。

「とても大切な思い出なんデスね……」
「そうなんです……ひぐっ……」

 とても大切な人が出来たんです。

「でも、その人とお別れして戻ってきたんデスね」

―イヤだ!! 姉ちゃん!!! 姉ちゃん!!! イヤだぁあアアアアアアア!!!

「辛かったデスね比叡」

 金剛お姉様が、私の頭を撫でてくれた。かつて私が大切な弟の頭を撫でた時のように、優しく、だけど少しだけ乱暴に、何度もくしゃっと撫でてくれた。

「お姉様……私たちに……私に、弟が出来ました」
「弟デスか? なんて名前の子デスか?」
「シュウくんです。橋立シュウくんです」

 楽しい土産話をしているはずなのに涙が止まらない。普通に話そうとしても、声が涙声になってしまう。鼻がつまり、鼻声になってしまう。

―好きなんだよ!! 姉ちゃんのことが好きなの!! だから帰らないでよ!!

 私も好きだよシュウくん……

「会いたいよ……また会いたいよシュウくん……」

 会いたい。またシュウくんに会いたい。今また泣くのを我慢しているかもしれないシュウくんに会って、思い切り抱きしめてあげたい。無理してないかな……大丈夫かな……ちゃんと泣けてるかな……

「会いたいよぉ……シュウくん……声を聞かせて……抱きしめさせてシュウくん……」
「……」

 思い出の中のシュウくんの輝きが増した。私にバットをくれた。ヒーローと言ってくれた。お風呂あがりの私に怒ってくれた。レ級との戦いの時に助けに来てくれた。そして、いつも私の隣にいて笑ってくれていた。

「会いたいですお姉さまぁ……私、ひぐっ……またシュウくんに会って、お風呂あがりに怒られたいです……私の隣で笑って欲しいです……ひぐっ……お姉様……シュウくんに会いたいです…!!」
「ずっとこうしててあげマス。だから好きなだけ泣いていいデスよ?」

 金剛お姉様は、さらに力を込めて私を抱きしめてくれた。奇しくも、私がシュウくんにしてあげたことと同じことを、今度は金剛お姉様が私にしてくれた。涙が止まらない。気持ちが溢れて声になってしまうのを抑えられない。私は金剛お姉さまに抱きしめられながら、何度も何度もシュウくんの名を呼び、思い出の中のシュウくんの姿を追いかけた。

 フと、涙で滲んだ視界の中に、別れ間際の泣き叫ぶシュウくんの姿が見えた。私は一人で叫び続けるシュウくんを抱きしめてあげたくて、シュウくんに手を伸ばす。

『ね゛え゛ぢゃぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!』
「シュウくん……今行くから。お姉ちゃんが抱きしめてあげるから……!!」

 私とシュウくんの心をザクザクと傷つけていく彼の声を止めてあげたくて、私は必死に涙で滲んだシュウくんの姿に手を伸ばす。でもあと数センチ伸ばせば触れられる距離まで来た時、シュウくんの姿は消えた。

「シュウくん……シュウくん……」

 シュウくんごめん……そばに居てあげられなくてごめん。一番つらい時に、抱きしめてあげられなくてごめん。

「お姉様……」
「ハイ」
「別れ際……シュウくんは泣いてました。私を探して、泣き叫んでいました」
「……」
「今は大丈夫でしょうか……泣くのを我慢してないでしょうか……私の好きな笑顔を見せてくれているでしょうか……?」
「大丈夫デス。私が大好きな比叡の弟なら、今は泣いていても、そのうち笑顔で比叡を思い出せる日が来マス」

 その言葉を聞いて、私は一抹の寂しさと、それ以上の大きな安心が全身に満ちていくのを感じた。そっか……なら、よかったぁ……

「比叡? シュウくんとの思い出、もっと聞かせてくだサイ」

 抱きしめている腕の力を抜き、私の肩に手をかけてお姉様がそう言った。

「シュウくんとの思い出をもっと聞きたいデス。楽しかったシュウくんとの日々を、スマイルで一杯話すといいデス。そうすれば、シュウくんもきっと喜ぶネ!」

 笑顔でそう話すお姉様の表情は、どことなくシュウくんの屈託のない笑顔に似ていた。私の弟は、知らないうちに金剛お姉さまにも似ていたらしい。お姉様、長くなりますよ?

「比叡もワタシの妹デスからね。ドンとこいデース。それに、比叡の弟なら私の弟でもありマース。弟の話はワタシも聞きたいネ!」

 お姉様の優しさが胸を打つ。ありがとうございます。お姉様のおかげで、シュウくんとの出会いが悲しい思い出にならなくて済みそうです。でもお姉様、シュウくんは私の弟です。いくらお姉様でも、そこは譲れません。

「OH……そーりーね比叡。でもヤキモチをやくとは……比叡はカワイイお姉ちゃんデース」
「違います!」
「……で、弟は、どんな子なんデスか?」
「はい! 男の子なのに言葉遣いがちょっと柔らかくて……でも時々男っぽいしゃべり方して……いつもお風呂あがりの私に“コラー!!”って怒ってくれて……」
「比叡のお風呂あがりはセクシーですからネー」
「いつも私の隣にいて……私といると笑ってくれて……私のことをいつも気にかけてくれて……」
「素敵な弟デース。とってもいい子が弟で羨ましいデス」
「向こうでレ級と戦った時も……そのバットで助けてくれました……とても強くて頼りがいがあって……」
「比叡を助けられるぐらい、シュウくんは強い子なんデスネ」
「そのバットをくれて……とても優しくて……でも辛いことがあるといつも泣くのを我慢して……私が抱きしめて……ひぐっ……頭を撫でてあげないといけなくて……」
「さっきの比叡にそっくりデス。シュウくんにいろんなものを一杯もらったみたいデスね」
「はい。いっぱいもらいました。ひぐっ……大切な思い出を……大切な気持ちを、いっぱいもらいました」

 話していたら涙が溜まってくる。いけない。これではシュウくんに笑われる。泣いてるとこなんか見せたことないのに……『姉ちゃんは泣き虫だなぁ~』って笑われる。

「比叡?」
「はい!」

 金剛お姉さまは、泣いてる私に向かって、自身の広角を両手で持ち上げ、ニッコリと笑った。

「すまーいる!」
「ひぐっ……はい! お姉様!! ひぐっ……すまーいる!」

 その夜は、ずっと金剛お姉様に抱きしめられ、シュウくんの話を聞いてもらった。金剛お姉様は、時に興味深く、時にクスクスと笑い、時に楽しそうに、時に驚いて、ずっとシュウくんの話を聞いてくれていた。

「……それで、今日はそんなにヒドい顔をしているわけか」

 これは、睡眠不足で目の下にクマができ、泣きはらしたせいで目が真っ赤に腫れている私を心配していた司令に、その理由を説明したときの司令の反応だ。少々呆れた顔はしているが、憤慨というよりは苦笑という感じだ。

「そうデース……とても面白い話デシタけど……今日はちょっと眠いデース……」

 私の隣で、金剛お姉様がフラフラの状態でそう言う。いつもは元気なお姉様だが、程度で言えば私よりも金剛お姉さまの方がヒドい。今のお姉さまの顔は、普段は可憐で元気なお姉様にあるまじきヒドさだ。今日だけはお姉様の頭の上に『Z』の文字が、いくつかプカプカ浮いているのが見えた。

「まぁいい。今日は二人の出撃は無しだ。大淀。金剛と比叡の出撃予定は今日はキャンセル。代わりにイタリアとローマでローテを組んでくれ。彼女たちの練度向上も兼ねることにしよう」
「分かりました。聴取が終わり次第、各人に伝えます」
「サンキューね……テート……クカー……」
「寝るなー。事情聴取への同席はお前が言い出したことだろうがー」

 司令はそう言いながら席を立ち、お姉様の顔をペチペチと叩いていた。お姉様は叩かれながら、『あんっ……ダメ……比叡が見て……マース……ウヒヒヒ……』と言っていた。

「まいっか……さて比叡」
「はい!」
「この数カ月、何があったのか話してくれるか?」
「はい! 分かりました!!」
「テートク……ひょっとすると……ヤキモチやくかもしれない……デース……」
「お前……寝てるのか起きてるのか、どっちかにしろよ……つーかヤキモチ?」
「デュフフフ……」
「それじゃ、まずレ級と共に海中に沈んだ後から話してくれるか」

 私は、この場に持ち込んでいたシュウくんのバットを強く握りしめた。シュウくん、私はこれから、シュウくんとの楽しい思い出を司令やみんなに知ってもらうね。

「はい。海中に沈んだ後、気がつくと私は、神社に立っていました」
「それはどこの神社だ?」
「分かりません。どうも別世界のようです」
「ほほう」

 自分でも突飛な話だとは思うが、やはりシュウくんが言うとおり、シュウくんがいるところとこちらは、違う世界なのだろう。少し心配になり司令と大淀さんの様子を伺うが、二人とも至極真面目に、冷静に私の話を聞いてくれていた。司令は冷静だけど優しい眼差しでまっすぐに私を見つめ、大淀さんは冷静にパソコンのキーボードを叩いて発言を記録している。

「それで、その後は? 現地の人とは接触したか?」
「はい!」

 この日からしばらくの間、私はこの話を司令だけでなく、艦娘のみんなにすることになる。そして、その度に『素敵なロマンスですわ~……ぐすっ』『おれもそんな弟が欲しいぜ……姉ばっかり4人も……』『私にも弟が欲しい! そうすれば私も、きっと一人前のレディー!!』と色々な感想を聞かせてもらえることになる。

「弟が出来たんです! シュウくんって言って、私の自慢の弟です!!」

 シュウくん、聞こえてる? シュウくんは、お姉ちゃんの自慢の弟です。そしてあなたは、私にとって一番大切な人です。

 終わり。
 
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