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珠瀬鎮守府

作者:高村
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響ノ章
  睡眠不足

 
前書き
提督が倒れた後、響と伊勢は湯船に浸かる。
そして翌日、隊長は姫と話す。 

 
 伊勢と共に湯船に浸かる。時刻は夜半を通り越し、今や東の空は薄ら明るくなっている事だろう。
「意識のない患者二人担ぎ込まれてどちらにも命に別状がないのは幸いだけどね、もうちょっと騒がしくないといいな。後、厳しいようだけど提督に関しては悪化する可能性もあるって事は確かよ。三日月も、最悪死ぬまで記憶は戻らない」
 そう言った看護師の言葉が頭に浮かぶ。提督を担ぎ込んだ後、入院時に世話になった人が二人の状態を私に教えてくれたのだ。
「莫迦ね」
 伊勢の漏らした言葉が、誰のことを言っているかは容易に理解できる。確かに、提督と云えどもその評価が正しいのかもしれない。
「私より先に倒れるなんて。最後まで立っていなければいけない立場の人間でしょうに」
「柏木提督も、誰よりも早く逝ったよ。あの二人は似たもの同士なのかもね」
「故人に言いたかないけど、うちの鎮守府って二代続けてへんてこな人がなったものね」
 伊勢は大きく溜息を吐く。提督が倒れれば、伊勢はもっと忙しくなる。少なからず、提督があたっていた姫の警備は他のものに割り振られる。伊勢の休暇も先延ばしだ。
「あーあ、こんなんなら日向を旗艦に推薦しておけば良かったわ」
 その愚痴はきっと本気ではない。彼女はやるべき事はやる人間、それが私がこの数日で固めた彼女の印象だ。変に人に何かを擦り付ける人間ではない。今もこうしてその事で悩んでいるのだから。
「このまま意識が戻らずに。着任から僅か十日足らずで解任、て事は嫌ね」
「この前三日月に押し倒された際もけろっとしてたし、信じて待つしかないよ」
 そうね、何て返して伊勢は湯船の中立った。
「お先、響」
 彼女を見送って一人湯船に浸かる。前途多難だ。着任した瞬間にその手には負傷した艦娘達、機能を失った鎮守府、そして、姫。提督はそれに耐えられなかったのか。精神がではない、肉体が。半ば仕事中毒と化している、そんな事は薄々気がついていた。だが、彼自身がその許容限界に気が付かなかったように、私達も確信を得なかった。否、それは間違いだ。気づこうとしなかった。誰しもが限界だった。私も、何度倒れかかったか分からない。そうして、私は提督が寝ている時を知らない。私が起きている時には起きていた。私が寝ている時に寝ている、そんなのは都合の良い解釈だ。だが誰しもがそう思った。思わずにはいられなかった、それだけだ。
 否、きっと誰かさんは気付いていた。彼女はそういう人間だ。ただ彼女は武装がないので警備が出来なかった。提督も意図的に近づかせなかった部分もあるだろう。
「莫迦、ね」
 それを言葉に出してから、私は笑った。そう、それでも、責任の所在は提督にある。気付かなかった部下が十割悪い、そんな事はない。だが、だからこそ彼は姫を生かす。その無茶の果てに何かを得るために無理を通す。普通の提督ならばこの自体を起こさない。何かが変わる、そう彼は信じているのだ。そうしてそれを、私は期待しているのだろうか、それとも……。
 私は立ち上がる。これ以上居ても、逆上せるだけだ。脱衣所に向かい着替え外に出た。朝日は上り明るくなっている空を見て、酷く眠気を覚えた私は自身の天幕へと向かい、死んだように眠った。



 翌日、姫の扉の前で二人が話す声を聞いた。
「そんな事を言われましても、之も警備なのです。我慢していただきたい」
「我慢しているのは何方だ。私は良いと言っているだろうに。この階から出なければ良いだけだろう? 何を警備する必要がある。監視とはっきり言えばどうだ」
 要領を得ぬ会話に私は半ば呆れながら扉を開けた。
「響殿」
「響か」
 二者共闖入者である私に視線を注ぐ。対して私は自身の手元に視線を注ぐ。手に持っているのは姫の昼食だ。
「忝ない」
 礼を言う姫に昼食を渡し、二人にどうしたか尋ねる。
「姫殿が我々の警備が要らないと」
 隊長の言葉に少し疑問を抱きつつも姫に言葉をかける。
「何でまた」
「お前たちの言う警備が、お前たち自身に大きな負担となっているのは確かだ。もし本当に警備なら、そんなもの私に要らない」
 先廊下で聞こえた台詞が繋がる。それでも、姫の近くに人員を置き続ける理由、それは、姫を信用していないからに他ならない。警備ではなく監視の為。
「監視の為なら、私は裏切らんぞ」
「分かっているじゃないか、監視と。監視対象が其れを言うのかい」
「私は危害を加えぬ、そう誓ったぞ。あれは、生半可な気持ちでしたものではないのだが」
 曰く、提督と姫は金打を鳴らし合ったという。
「ですが、そう易易と目を離せるものではなりません」
 監視と開き直った隊長が言う。現に続けているのもそのせいだ。例え誓ったといえど、はいそうですかと言えたものではない。
「物悲しいな。隊長よ、以前佩用していたな? 金打の意味知らぬ者ではあるまい」
 隊長が黙る。私にとってそれがどんなに重い事かは分からない。ただ、確かにそれは絶対の誓い、そう思わせる程その無言は重たかった。
「私はそういった思いを乗せてあの場で誓った。あんまり踏み躙られるのは、そろそろ私も限界だぞ」
「ですが提督殿が続けていた手前、我々が止めるわけにはいきません」
「あやつが居た頃は警備なぞされていないぞ? 風呂場くらいだろうお前たちが居たのは。あいつは向かいの部屋に居る、ただそれだけだった。勿論奴とて監視の意味は合っただろう。だが、外ではあくまで見つからないようにする見張り、そう建前は立てておったわ」
 私は思案する。結構な時間を姫の側で過ごし、監視という役割を果たしていた提督は今や病床に伏す。その御蔭で、復興の手伝いと三日月の監視を除けば、夜中に用事を済ます姫の手伝いのみだった私達の仕事は姫の監視という多大な時間を新たに割くことになった。この多忙な時期に、これはある意味致命的だ。伊勢も含め、私達は限界に近い。それは隊長も例外ではないだろう。
「分かった、姫。信じよう」
「な、正気ですか響殿」
 もう一度私の名前を呼ばれて、先感じた違和感を思い出した。ああ、そういうことか。
「三日月の事件の時、姫は提督と三日月の事、よく見てくれていたしね。的確な判断だった。私が居ない時にも何をするってこともなく隠れていてくれたし……それに、隊長だって姫の事、そう呼んでるでしょ?」
 殿と敬称をつけているのだ。隊長も、姫の事をどのような形でかは分からないが、認めている。いつか彼自身が言っていた言葉を思い出す。彼が言った「貴方達」の中に、今は姫も入っているのだろうか。
「これは、その」
「提督が退院した時、多忙のあまり全員倒れてました、なんて洒落にもならないよ。私は姫を信じる。姫には我慢してもらおう」
「ほう? 私が、我慢と?」
「暇でしょ? 提督もいないし、警備という名の話し相手も居ないわけだし」
「話し相手か、その割にはぴりぴりしていたが……まぁそうでもないぞ。提督が持ってきた本も多々ある。あやつの執務室にも、業務とは関係のない本があるしの。勝手に読ませてもらおう。勿論機密情報の類には手を出さん。出したところでもう意味もないしな」
 私は彼女の言葉に、ある事を見出す。
「提督が本を持ってくるのって、いつから?」
「この鎮守府に来てから直ぐだ。暇だと言ったら渡して貰えた」
「最初はどんなのを?」
「最初は……応急処置関連の本だった気がする」
 成る程、姫が妙に提督や三日月が意識を失った際に的確な指示が出来たのか不思議だったが、そういうことだったのか。
「そういう事だ。暇を持て余す事はない」
 結局その後隊長が折れる形で姫の警備、基監視はその日以降無くなった。私達は提督が倒れる前の忙しさに戻る事となるはずだったのが、鳳翔さんの手配で昼間の伊勢達の業務は減り、私達は十分な睡眠時間を確保する事が出来るようになった。勿論全員が同時というわけではなく、不測の事態に備え夜中一人は起きている事になっていたが。 
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