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富士山

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4部分:第四章


第四章

 ここで下も見る。そこにはだ。
 雲があった。空にある筈の雲がそこにあった。そして雲に透けてだ。
 世界があった。人のいる世界、それに緑の森があった。その町と森は豆粒の様に小さい。
 その小さくなった世界を白い雲を透かして見てだ。彼等は言うのだった。
「これがなんですか」
「富士山の頂上で見えるもの」
「松本さんが仰ってた」
「それなんですね」
「そうだよ。他の場所では絶対に見られないものだよ」
 完全な青空、そして小さくなった世界はと。松本も応える。
「富士山の頂上以外ではね」
「そうですか。本当にここでだけ見られるものですか」
「どちらも」
「そう。だからね」
 それでだとだ。松本は優しい笑顔になってだ。
 そしてだ。彼は一回生達にこうも述べた。
「山に登ればこうしたものが見られるからね」
「これからも山にですね」
「登っていくんですね」
「この二つの光景は富士山だけのものだけれど」
 だがそれでもだというのだ。その他の山でもだとだ。
「それぞれの山の頂上に。登った人だけが見られるものがあるから」
「だからこそですね」
「これからも」
「そう、山を登っていこう」
 笑顔で後輩達に言うのだった。
「それじゃあね」
「はい、わかりました」
「それなら」
 こうしてだ。彼等は登山の喜びを知りだ。そのうえでだった。
 これからも山に登ることを誓う。しかしだった。
 ここでだ。松本は彼等にこう言うのだった。
「ああ、登山はこれで終わりじゃないから」
「えっ、終わりじゃないって」
「それって一体どういうことですか?」
「まだ何かあるんですか」
「山は頂上まで登って麓まで戻るまでだよ」
 それまでがだ。登山だというのだ。
 このことを話してからだった。そしてだった。
 彼等にだ。あらためてこう告げるのだった。
「じゃあ今からね」
「この富士山をですか」
「降りていくんですか」
「そう、じゃあ降りようか」
「ううん、半分ですか」
 ここでだった。一回生達は。
 うんざりとした顔になりだ。そのうえで松本に言った。
「これで終わりじゃなくてですか」
「降りることもあるんですか」
「それもなんですか」
「当たり前だよ。山には頂上と麓があるからね」
 それ故にだとだ。松本は微笑んで彼等に話す。
「そうなるよ」
「そうですか。じゃあ」
「これから降りんですね、麓まで」
「登ったところをもう一度」
「そう、じゃあ降りようか」
 早速だ。松本は足を踏み出した。
 そしてそのうえでだ。後輩達に言ったのである。
「麓までね。降りるのは登るよりずっと楽だからね」
「わかりました。それじゃあ」
「今から降ります」
「麓まで」
 一回生達は少し苦笑いになって松本に続いた。だがその顔は皆晴れやかなものだった。そしてその額には爽やかな汗があった。その汗を拭きながら彼等はまた一歩踏み出すのだった。


富士山   完


                    2011・12・29
 
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