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姉ちゃんは艦娘

作者:おかぴ1129
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4.姉ちゃんはヒーロー

 初夏。全国の吹奏楽部員たちが、夏のコンクールに向けて息巻いている季節だが、そんな時にうちの顧問が中々ファンキーなことを言い出しやがった。

「明日、この街の草野球チーム“大滝川テレタビーズ”の試合があるんだが、その応援にうちの吹奏楽部も出撃することになった」
「はい!」
「曲目はとりあえず野球部応援の時と同じでいいだろう。ヒット打った時のファンファーレっつーかジングル覚えてるよな?」
「はい!」
「んじゃ問題ないな。明日は8時に部室に集合。その後手配したバスに楽器搬入ってことで。以上、解散」
「はい!」

 みんな『はいッ!』て返事をしてるけど、僕を含めてみんなの本音は絶対違う。

「先輩」

 僕の隣の席に座る、同じくトロンボーンの後輩、秦野が話しかけてきた。年下の割にえらく落ち着いた感じの女の子だ。不思議とウマが合い、話をする機会もとても多い。長い黒髪でポニーテールの髪型といい、なんつーか比叡さんとは間逆なタイプの感じだ。

「ん?」
「今の話、どう思います?」
「秦野は?」
「多分、先輩と同じこと思ってます」
「やっぱり? 僕も秦野と考えてること同じだと思う」
「んじゃ試しに声に出してみますか」
「うん」

「「このクソ急がしい時期に余計な仕事を増やすなやゴルァ!!!」」

 ああ……やっぱり秦野もそう思ってたんだね……吹奏楽部って意外と体育会系だもんね。仕方ないね。反射的に『はいッ!!』って本心とは真逆の返事しちゃうのは……

「この時期にってのはしんどいなぁ。ニヤニヤ」

 出た。父さんお得意の、息子に降りかかった不幸をあざ笑うこのニヤケヅラ……。これは、ぼくが湧き上がるイライラを夕食時に家族+比叡さんにグチっていた時の、父さんの反応だ。父さん、あなたも元吹奏楽部でしょ。コンクールの近いこの時期に、こんなことやってる場合じゃないのは知ってるでしょう。今年は本気で金賞狙ってるんだから。

「シュウくんは音楽やってたんだね~……」

 比叡さんはなにやら感心したかのようなびっくりしたかのような顔をして、食卓に玉子焼きを並べてくれた。初めてお弁当を作ってくれたあの日以来、比叡さんは時々夕食時に玉子焼きを作ってくれる。何でも知り合いの人に教わった自信作なんだとか。誰って言ってたっけ……ズイホウさんだったかな?

 あと、最近の比叡さんは少しずつ私服が増えてきていた。時々母さんと服を買いに出かけているらしい。比叡さんはよくTシャツとデニムのパンツを好んで着ていた。動きやすい服装が好みなようだ。カチューシャは外さないけれど。

「言ってなかったっけ? トロンボーンやってる」
「私はよくわからないけど、あのスライドをシャカシャカ動かして音程変えるやつ?」

 比叡さんはそういってノリノリでエアトロンボーンの動きをシャカシャカとやった。確かに比叡さんの予想で間違いないのだが、なぜか比叡さんの動きが笑いを誘うのは、本人には黙っておこう。

「でもシュウくんすごいね?。私は楽器なんて全然出来ないよ?」

 なぜだろう。気合が入ったものすごく真剣な表情でトライアングルをチンチンと鳴らすシュールな比叡さんを想像して、僕は思わず吹きそうになった。でもそのことも秘密だ。

「まぁそんなわけで、明日弁当が欲しいんだけど、いいかな?」
「いや、テレタビーズの試合だったらあとでバーベキューやるはずよ? 吹奏楽部のみんなも一緒に食べることになると思うけど」
「? そうなの?」
「ええ。そうよねぇ比叡ちゃん?」

 その瞬間、比叡さんがビクンと痙攣した。

「べ、別に私は知らないですよ?!!」

 何か知ってるな比叡さん……つーかなんで比叡さん?

「もし食べられなかったら連絡ちょうだい」
「うん。分かった」

……あ、てことは明日は比叡さんのお弁当じゃないのか。

 翌日、部室前に8時に集合した僕達吹奏楽部員は、眠い目をこすりながら楽器をバスに搬入して球場に移動。到着したらすぐに楽器を搬出して楽器のチューニングと大忙しだった。天気は快晴。太陽もそのやる気を少しぐらい冬に回せばいいのに……と太陽のモチベーションの配分に少々不満を感じた。

「先輩、夏苦手ですもんね」
「セミが出るからね」
「先輩、セミが怖いですもんね」
「怖いんじゃない。あれは人類の脅威だ」
「はいはい」

 大体『なんで草野球の試合ごときに僕達吹奏楽部の演奏が必要なんだ』とか、『この時期になんで余計なことを顧問は増やすんだ』といった、部員全員の不満が吹奏楽部ベンチに渦巻いているのが僕には見える。多分、気付いてないのは顧問だけだ。

 そうしてしばらく待った後、僕達の地元のチーム“大滝川テレタビーズ”と、隣町のチームにしてテレタビーズの自称ライバル“北ヶ岳チョモランマーズ”の試合が始まった。専攻は我らがテレタビーズ。

「プレイボール!!」

 主審の掛け声と同時に試合開始。

「気をつけろよ。始まった途端、いつヒットが出るか分からんからな……」

 顧問が僕達に向かって、まるではじめての現場で緊張する新人スナイパーに声をかける、ベテラン特殊部隊員みたいな表情をしてそんなことを言う。クドいようだが、これは草野球の試合だ。

 しかし暑い。太陽のモチベーションの高さのせいもあるが、吹奏楽部が陣取ってるベンチは屋根がなくて直射日光にさらされる。一応頭からタオルを被って、体力低下と日焼けを防いではいるが、先程から汗が止まらない。

「先輩、麦茶飲みます?」

 秦野がそう言いながら、凍った麦茶が入ったペットボトルを僕の首の後ろ側にピタッとくっつけてきた。突然の氷点下の衝撃に僕は肩を一気にすくめ、深刻な眼差しで秦野の方を向く。

「秦野」
「はい」
「お前、僕が首弱いの知ってるよね」
「知ってます」
「じゃあなんでわざわざ首にペットボトル当てるの?」
「いや、暑いから冷たくて気持ちいいかなーと」
「分かった。気持ちはうれしい。だからペットどけてくれる?」
「嫌です」
「……お前、僕のこと先輩だと思ってないよね」
「ハッハッハッ」
「無表情で笑うのはやめなさい」

 後輩からの文字通り冷たい仕打ちに耐えつつ、僕は来るべきファンファーレの瞬間に備える。てか秦野。いい加減ペットボトル離しなさいよ。

 一番打者はフォアボールで出塁したものの、二番打者と三番打者は空振りの三振。どうやらチョモランマーズの投手は立ち上がりこそ遅いものの、制球、スピードの両方を兼ね備えた素晴らしい選手のようで、おかげさまで我々吹奏楽部のヒットの時のファンファーレはまだ出番がない。果たして、我らがテレタビーズはこのチャンスをものに出来るのか……僕はいつヒットが来てもいいように、トロンボーンをそれらしくスチャッと構えた。

『四番~。サード~……』

 試合が始まった時にびっくりしたのは、キチンと選手の名前が放送でコールされることだ。たかが草野球にここまで気合を入れてやるとは思わなかった。

『ひえい~。ひえい~。背番号18~』
「気合! 入れて!! 打ちます!!!」

 このアナウンスが聞こえた瞬間、僕は『バファッ』という変な音を出してしまった。慌ててバッターボックスを見ると、テレタビーズのユニフォームに身を包んだ比叡さんが、『フッ!  フッ!!』と言いながらバットを素振りしていた。金属バットとは思えないスピードだ……。

「比叡さん?!!」
「あ! シュウくーん!!」

 ここからバッターボックスまではけっこう距離が離れているというのに、比叡さんはこっちに気付いて大きく手を振ってくれた。他の部員からの『何あの人橋立くんの知り合いなの?』『か、カワイイ……』『このリア充め……』という視線が痛い。心持ち秦野の目線もなんか痛い……

「比叡さん何やってるの?!!」

 僕は思わずマウスピースから口を離し、そう叫んでしまった。

「私! がんばるから!! 見ててねシュウくん!!!」

 遠目からでも分かる。テレタビーズのユニフォームに身を包んだ比叡さんは、いつもの空手の『押忍』のようなポーズで、バックに戦艦と万国旗のイメージを映しながら、僕に向かってそう叫んだ。

 比叡さんは僕に声をかけた後、真剣な面持ちでバッターボックスに立った。正直に言うと、僕には比叡さんが活躍するとはどうしても思えなかった。あれだけのドジをやらかす比叡さん。相手は手練のピッチャーみたいだし、きっと三振で終わるんだろうな…そう思いながら試合の行く末を見守った。

 ピッチャーが投げた初級。それはかなりのスピードを誇る速球だったわけだが……

「ほりゃぁあああ!!!」

 比叡さんがバットを振った瞬間、球場には金属バットでボールを打っただけとは思えないような、『カキン』ではない『ゴワキョォオオッ!!!』という音が鳴り響き、次の瞬間、『ドバゴォオオオン!!!』という野球の試合では聞こえるはずのない爆発音と共に、ボールはバックボードに突き刺さっていた。

 球場全体を静寂が襲った。比叡さん以外の、球場にいた全員が息を呑んだ。女性である比叡さんが、手練のピッチャーが投げた速球を打ち返したのだ。しかもあろうことかホームランである。バックボードに巨大な風穴を開けるほどの特大ホームランである。その場にいた誰もが、比叡さんに度肝を抜かれた。

 もちろん、僕も度肝を抜かれた。ファンファーレを吹くことも、その瞬間は忘れた。それほどまでに、比叡さんの一撃は強烈なインパクトだった。

「シュウくーん!!」

 呆然とした僕を勝機に戻したのは、同じく比叡さんの声だった。

「シュウくーん!!」
「……ハッ?!!」
「シュウくん!! 見ててくれた?!!」
「うん。見てた……」
「よかったー! 頑張った甲斐があったよー!!」

 比叡さんはそう言って、いつものお日様のような笑顔を僕に向けた。

「……ハッ?! ほ、ほら! バッター早くホーム回って!!」
「ひぇえええ! す、すみません!!!」

 主審の人にそう怒られ、大慌てで塁を回る比叡さんが、僕には輝いて見えた。

 その後も比叡さんの活躍は続いた。守備に回ればナイスセーブを連発し、バットを握ればホームランを量産……一度だけ、先発から交代した相手ピッチャーがミスをして、比叡さんの顔面に向かってボールを投げてしまうという危険な瞬間があったが……

『ひぇぇええええ!!!!』

 比叡さんは、それすら強引にバットに当て、ホームランにしてしまった。まさに無敵。怖いものなし。結果、試合は大滝川テレタビーズの快勝。今日、テレタビーズに一人のヒーローが誕生したのだった。

「ん? ヒロインじゃないの?」
「いやなんとなく、ヒロインよりはヒーローの方がしっくりくるな~と思って」

 そういえば母さんがそんなことを言っていたのを今更ながら思い出したのだが……大滝川テレタビーズと北ヶ岳チョモランマーズは、試合の後はノーサイドでバーベキュー大会をするのが習わしとなっているらしく、その日も試合後には僕達吹奏楽部員も交えての大バーベキュー大会となっていた。その途中、比叡さんに『よっ。テレタビーズのヒーロー』と声をかけた時の事だった。

「でも比叡さん、スポーツ万能だったんだね。僕はスポーツはさっぱりだ」
「んー。いつもは戦ってたからね。敵の砲弾に比べたら、あの程度のボールなんていくらでも跳ね返せるよ!!」

 比叡さんはちょくちょく戦いの話をしてくれるんだけど、ホントにこの人、何をやってた人なんだろう……?

「おーい比叡ちゃん! こっち来ておれたちと肉食おうぜ肉!!」
「はーい! 少々お待ちください!! じゃあシュウくん、あとでね!!」

 さすがに今日のMVPなだけあって、比叡さんは引っ張りだこで、バーベキュー大会中、ずっといろんな人に声をかけられていた。比叡さんという紅一点が入ったこと、そしてその比叡さんがとても明るく人当たりもいいためか、テレタビーズのみんなは上機嫌だ。

 一方の比叡さんも、今日は心持ち元気に見えた。いや、普段から元気といえば元気なのだが、今日はそれに輪をかけてはっちゃけているというか……今まで自分にできる事が少なくて、ちょっと自信を失ってるようにも見えた比叡さん。今日こうやって、自分が出来る事でみんなと溶け込めたことが、比叡さんにとってうれしかったんじゃないかな。

「あ、シュウくんシュウくん! ちょっとこっち来て!!」

 比叡さんのことを考えてたら、急にその比叡さんに呼ばれた。比叡さんと一緒にいるのは、テレタビーズとチョモランマーズの選手の人たちだ。

「こちら、橋立シュウくんです!! 私がお世話になってる人です!!」

 比叡さんはそう言って、いつもの『押忍!』のポーズをしている。僕の紹介の時にまでそのポーズをするとは思わなかったよ……まさか僕の背後に戦艦の雄姿は映ってないよな? 念のため後ろを見て確認してみたが、戦艦も万国旗も見えないことに安心した。

「へ、へぇえ~……お世話になってる人ねぇ~……」

 比叡さんのセリフを聞いて、一人明らかに機嫌が変わった男の人がいた。チョモランマーズのユニフォームに身を包むこの男性は見覚えがある。ピッチャー交代のその瞬間まで比叡さんに散々ホームランを食らっていた、あの敏腕先発ピッチャーだ。彼はなんだか引きつった笑顔で僕のことを見てくる。比叡さんを狙っているであろうことが、男の直感で分かった。

「きみ、歳いくつなの?」
「15ですよ」
「へぇえ~。んじゃ中学生かぁ~」

 ピッチャーさんはそういい、ニヤッとしながら僕を見た。なんでだ。今ちょっとムカッとしたぞ。

「彼女とはどんな関係なの?」
「姉弟みたいなもんです」
「結構歳が離れてるねぇ~」

 比叡さんが、僕からちょっと離れたところで『私とシュウくんが姉弟……シュウくんが弟……ウヒヒ……』となにやらキモい笑みを浮かべている。気が散る邪魔しないで今僕は急がしい。

「まぁ姉弟みたいなもんなら別に気にしなくてもいいか~」

 ピッチャーさんはニヤニヤしながらそう言ったあと、比叡さんがいる方に向かって歩いて行き、比叡さんに何か話しかけていた。いつもどおりといえばいつもどおりだけど、比叡さんもそんなピッチャーさんと満面の笑みで会話を楽しんでいるように見える。

 ちくしょう。なぜか分からないけど、すごくムカムカする。比叡さんは誰とでも笑顔で話す人だけど、ピッチャーさんと笑顔で話す比叡さんを見てるとめちゃくちゃムカムカする。気がついた時、僕は比叡さんたちの方に向かってズカズカと歩いて行き、比叡さんの手を取って、ピッチャーさん……いやいい加減さん付けするのやめよう……ピッチャー野郎の元から比叡さんを強引に連れだしてしまった。

「ひぇえ?」
「あ、コラ邪魔すんなよ!!」
「比叡さん帰るよ!!」
「ぇえ?もう帰っちゃうの?」
「帰るの!!」
「しょぼーん……」
「ちくしょう!! 邪魔すんなよ中房のくせに!!」
「比叡さんはもう家に帰るの!!」
「ひぇぇええ……それじゃあまた~!」

 ぁあクソッ! こんなことするつもりなんてなかったのにッ! アイツが比叡さんと話してるってだけでなんだかムカムカするッ!!

 比叡さんを送らなければならないという口実で楽器の片付けを秦野に任せ、僕と比叡さんは、そのまま家路についた。

「めんどくさいですけど分かりました。でも今度キャラメルおごって下さい」

 キャラメル如きで比叡さんをピッチャー野郎から引き剥がせるならいくらでもおごってやろう。後を頼むぞ秦野。

 僕と比叡さんは二人で家路につく。無言で歩いている間、ぼくはずっと前を見て歩いていたが、比叡さんがこっちの様子をキョロキョロ探っているのがよく分かる。

「シュウくん……怒ってる?」
「怒ってないッ!!」

 我ながら意味がわからなかった。なんでこんなにムカムカするんだろう。しかも比叡さんに八つ当たりなんかして最低だ……。

「比叡さん。あのピッチャーとどんな話してたの?」
「ん? ピッチャー? ……ぁああのさっきの?」
「うん」
「えーと、よかったら今度一緒に食事でもどうですかーって」

 やっぱり……うん。むりくり比叡さんを連れだして正解だったな。うん。

「でもさ。急に帰るってどうしたの? おかげであの人とちゃんと話出来なかったよ」

 なんだとッ?! 実は比叡さんはアイツのことを悪く思ってなかっただとッ?!

「いや、断ろうって思ってたけど」

 ザマーみろ! 比叡さんはやらんっ!!  ……あ、これひょっとしてヤキモチかも?

「いや、だって私、毎日お母様のご飯食べたいし」

 ナイスだ! ナイスだ母さん!! ここにきて比叡さんの胃袋をガッチリ掴んだ母さんに拍手!! 来年の母の日は奮発してカーネーション200本を送ろう!!

「それにしても……ウヒヒヒヒ……」
「ん?」

 比叡さんは急にさっきの気持ち悪い笑みを浮かべ始めた。ひょっとしてぼくがヤキモチ焼いたのがバレたのか?

「どうしたの?」
「いやぁ……シュウ君が私の弟なのか~と思って……ドュフフフフフフ……」

 よかった。ぼくがヤキモチを焼いたのはバレてないようだ……いやちょっと待て。それは大丈夫だったけど、なんか話がおかしな方向に進んでるぞ?

「いや、あれはほら比叡さん、言葉のアヤというやつで……」
「榛名とか霧島とか妹はいたけど……シュウ君が弟か~……んっん~ふっふっ」

 比叡さんはニヤニヤと笑いながらぼくのことを見つめている。なぜだ。こんなにキレイな人に見つめられているのに、そのギャグ漫画としか思えない比叡さんのニヤニヤとした気色悪いにやけヅラのせいで、まったくドキドキしない。

「シュウ君!」
「はい?」
「今日から私の事、“お姉ちゃん”って呼んでもいいよ!!」

 ちょっと待て。

「なんでッ?!!」
「え~だって私、シュウ君のお姉ちゃんなんでしょ~?」
「だからそれは言葉のアヤってやつだよッ!!」
「だから恥ずかしがらなくてもいいよぉシュウく~ん。ウヒヒヒヒヒヒ」
「……絶対呼ばない」
「えー……しょぼーん……」

 目に見えて比叡さんがガックリと肩を落として落ち込んだ。落ち着け。これは罠だ。こうやって僕の罪悪感に致命的なダメージを与えて、僕に『お姉ちゃん♪』て呼ばせる作戦なんだッ!!

「せっかく弟出来ると思ったのに~……」
「だから言葉のアヤなの! あのピッチャー野郎と戦ってたの僕は!!」
「ちぇ~……」

 さっきまで落ち込んでたかと思ったら、今は目に見えてイジケている。あからさまに口を尖らせてヘソを曲げ、こっちに目線を合わせようとしない。比叡さん、あなた五歳児ですか……。

 その後家に帰り、ぼくたちは夕飯までの間にシャワーを済ませた。先に比叡さんがシャワーを浴び、その後僕がシャワーを浴びたのだが、比叡さんはぼくが入浴している間に居間で寝てしまっていた。着ているTシャツがめくれ上がり、おなかが盛大に見えている。開いた口からはヨダレが垂れて幸せそうな寝顔をしているけれど、これはどう見ても五歳児の寝相だ。

「このままじゃお腹壊しちゃうよ比叡さん……」

 僕は自分の部屋からブランケットを持ってきて、比叡さんのおなかにかけてあげた。さすがにめくれ上がったTシャツを元に戻す勇気は僕にはない……

「んーふふふふふ……お姉様……」

 比叡さんがそんな寝言を口走っていた。そういや姉妹がいるって言ってたな……何人姉妹なんだろう?

「んふふ~……いけませんお姉様……お姉様には司令という方が……ジュルリ……」

 何やら危険な香りが漂う夢を見ているようだ。僕は何も聞かなかったと自分に言い聞かせてティッシュを一枚取り、比叡さんのヨダレを吹いてあげた。

「シュウくん……」

 不意に比叡さんの口から僕の名前が出てきたことで、僕は心臓が飛び出るかと思うほどにびっくりした。ヨダレを拭いてるとこなんて比叡さんに見られたら……

「お姉ちゃんに……まっかせてぇ……ドュフフフフ……」

 夢の中でまで、僕にお姉ちゃんと呼ばせたいのか……

「シュウくん……見ちゃ……らめぇ~……」

 僕に見せられない行為って、一体何やってるんだ比叡さん……。これ以上は理性的な意味で色々とマズいと判断した僕はさっさと比叡さんのヨダレを拭いてあげ、居間から出ていくことにした。

 比叡さん、今日は慣れないことの連続で結構疲れていたのだろう。その日は夕飯まで起きることはなかった。夕飯の時間近くになると自然と起きだして、盛大に腹の虫を鳴らしていた。

――へ? 別に夢なんて見てないよ? ぁあ、私お姉様が一人いて、妹が二人いるの。

 これは昼寝中にどんな夢を見たのかという質問に対する、晩ごはん中の比叡さんの答えだ。恐らくウソではないだろう。というか覚えてないのだろう。4人姉妹の次女というのが驚きだ。この天真爛漫さは絶対に末っ子だと思っていた。

 というか、あれだけ物騒な寝言を言っておいてそんな答えはないだろう……比叡さんのお腹を見てしまったのも手伝って、今晩は悶々とした夜を過ごすことになりそうだ……。

「もっしゃもっしゃ……何か困ってるの? お姉ちゃんが手伝おっか?」
「結構です!! つーか手伝っちゃダメッ!!!」
「そっか~……しょぼーん……」

 後日。これからもテレタビーズのスラッガーとして活躍しつづけるであろう比叡さんに対し、僕は一本の金属バットをプレゼントした。

「ありがとう! お姉ちゃん!! 大切にするね!!!」

 比叡さんはそう言いながら、その金属バットにマジックで『ひえい』と名前を書いていた。確かに大切にしようという本人の心意気は伝わってきたが、最初の試合が終わった時には、すでに随所がベコンベコンにへこみまくっていた。
 
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