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野獣

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16部分:第十六章


第十六章

「狼男はいませんがね」
「わかりましたか」
「ええ。変身といえば皆まずそれを思い浮かべますから」
 そうだった。僕も狼男のことはハリウッドの映画で散々見てきた。
「アフリカの歴史は長いですからね。こうした話は各地にあります」
「そうなのですか」
 これは少し意外であった。
「ライオンや豹、ガゼル、中には象に変身する話をありますね。呪いや魔術等が殆どですが」
「やはり」
 これはどの国も同じか。我が国の変身譚もその多くは呪術であったり血筋によるものだったりする。その根底にはトーテミニズムがあるのだろう。
「しかし実際にこの眼で見たのははじめてです」
「・・・・・・・・・」
 皆その言葉に言葉を失った。
「まさか本当にこうして変身するとは。どうやら信仰によるものでしょうが」
「一種の魔術ですね」
「はい」 
 館員は僕の言葉に答えた。
「彼は信仰によりムングワに変身したのでしょう。ムングワは彼等にとっては神だったのです」
「その証があの巨大な像」
 僕は祭壇に置かれていたあのムングワの巨大な像を思い出した。
「その通りでしょうね。あの像にどんな力があったかはわかりませんが」
 彼は言葉を続けた。
「彼がムングワに変身したのはまごうかたなき事実です」
「事実ですか・・・・・・」
「はい、夢ではありません」
 彼は言った。
「その証拠に我々は今こうして傷を負っています」
 それが何よりの証拠であった。
「それにしても手強い奴でしたね」
 ガイドが前に出て来た。
「銃も全然通用しないし。正直駄目かと思いましたよ」
 彼は口の端を少し歪めて笑った。
「ええ。まさかあんなに素早いとは」
 僕もそれに対しては全く同意見であった。
「けれど女の笛が途絶えてから動きが鈍くなりましたね」
「あれは犬笛だったのでしょうね」
 館員がそれに対して言った。
「笛でムングワを操っていたのでしょう。だから笛が吹けなくなると」
「自然にムングワの動きも鈍くなったと」
「そういうことです」
「成程」
 僕達は館員のその言葉に頷いた。
「それでもあれは思いつきませんでしたよ」
 ガイドはここで僕に話を振ってきた。
「まさか奴の口の中に散弾銃をぶっぱなすなんて」
「あれはたまたまですよ」
 僕は苦笑して答えた。
「奴が僕に口を開いて襲い掛かって来ましたからね。咄嗟にああしたのです」
「それでもあんなことはそうそうできませんよ」
「そういうものですかね」
 実際にまだ実感はない。あの時の光景はこの目にはっきりと焼きついているがまだ何処か夢のようである。これは何故だろうか。自分でもよくわからなかった。
「それであの化け物を倒したんですから。お手柄ですよ」
「そう言ってもらえると悪い気はしませんね」
「ええ、今からそれを祝いませんか」
 ここで医者が顔を綻ばせながら言った。
「祝うとは?」
 僕はそれに対して尋ねた。
 
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