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影男

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3部分:第三章


第三章

「まさか私をずっと一方的に見ていて」
「君をずっとなのかい」
「気味が悪いわ」
 嫌悪に満ちた顔での言葉だった。
「本当に誰なのかしら」
「そういえば確かに」
 ここでジュゼッペも言うのだった。
「俺も感じる」
「ジュゼッペもなのね」
「ああ、いる」
 彼も感じたのだった。その邪な視線をだ。
「俺達に見つからないようにして」
「誰なのかしら」
「それはわからない」
 わからないのは事実だ。しかしであった。
「けれどいる、絶対に」
「そうね。間違いないわ」
「サリナを奪おうとしているんだ」
 彼は言い切った。それもはっきりとだ。
「俺の手から」
「私は嫌よ」
 サリナもはっきりと言った。その聞き間違えようのない口調で。
「ジュゼッペ以外の人になんて」
「俺もだ、絶対に渡さない」
 お互いに言い合う。何処までも強く。
「サリナは」
「御願い私を守って」
「わかっている。けれど相手は何処に」
「何処にいるのかしら。けれど視線は」
「ああ、いる」
 二人は周囲を見回す。しかしであった。
 その視線を持っている者は誰も見当たらなかった。それは毎日何度も何度も二人で確かめるがそれでもであった。結局見つからないのであった。
 どうしてもだ。しかし視線は感じる。
 それで何度も探すが見つからない。こうしたことの繰り返しであった。それを繰り返しているうちに二人共参ってきた。そしてやがてこんなことを言い出した。
「黒い男がいるんだ」
「そいつが私を見ているのよ」
「いつも俺達の後をつけて探って」
「薄気味悪いことこの上ないわ」
 こう周りにも言いはじめた。しかし他の者は誰もその黒い男を見つけることができなかった。二人はその黒い男の姿も描くのだった。
 それは。黒い帽子に黒い服を着た薄気味の悪い男である。何とも言えぬその不気味な男がサリナをいつも見ているというのである。
「いつも姿を見せてすぐに消える」
「そうしてばかりなのよ」
「捕まえようとしても絶対に捕まえられないんだ」
「それでずっと見ているのよ」
 二人の主張はこうであった。二人は見ていると言う。しかし誰もその黒い男を見ることはない。誰もがこのことにいぶかしむしかなかった。
 そしてここで。ある中年の精神科医が出て来たのだった。
 黒い髪を真ん中で分け引き締まった、それでいて垂れ目で人懐っこい表情をしている。白い医者の服も実によく似合っている。彼の名前をアーサー=シドウという。
 その名前を聞いて。まず言ったのはサリナだった。
「シドウっていいますと」
「そうだよ、私も日系人だよ」
 こう彼女の問いに答えた。
「君と同じね」
「そういえばアジア系の顔ですね」
「アジア系アメリカンも多くなったさ」
 伊達に人種の坩堝と呼ばれているわけではない。アメリカには日系人以外にも中国系や韓国系、それにフィリピン系にベトナム系とアジア系も多い。アメリカにおいては少数でありながらその発言力は中々強いものになってきているのである。日系人もである。
 
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