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首なし屋敷

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5部分:第五章


第五章

「その二つを神に捧げているのだ」
「その為に子羊達の首を切るか」
「それこそが神の御意志」
 揺ぎ無い。狂気に満ちているが揺るがないのは確かだった。
「だからこそだ」
「それで殺すか」
「それを妨げるというのか」
「無論」
 声のする方に顔も身体も向けての言葉だった。
「それは神の御教えではないからだ」
「バチカンは何もわかっていないのだ」
 声はまた反論した。
「神の御意志がだ」
「わかっていないのは貴様だ、ローヴェレ司教」
 神父は相手のその名前を呼んだ。するとだった。
 前の暗闇、廊下の向こうからだ。法衣の男が出て来た。
 その法衣は漆黒であり胸には十字架がある。しかしだ。
 首がなかった。首があるべき場所は切られそこから鮮血が滴っている。そして首は右脇で右手に抱えられていた。痩せた髪の薄い男の首がその脇にあった。左手にあるのは巨大な禍々しい鎌である。
 その彼がだ。神父に対して言うのだった。
「あの時も言ったな」
「何度でも言おう」
 神父の言葉は変わらない。
「貴様はわかっていないのだ」
「神の御意志がか」
「わかっていない。神は血を好まれぬ」
 神父はこう話して彼の考えを否定した。
「好まれるのはだ」
「何だというのだ」
「心だ」
 それだというのである。
「確かな信仰の心だ。それだ」
「違うな。命だ」
 司教の言葉はここでも否定だった。
「聖餅とワイン。その二つにある命だ」
「あの時もそうして多くの命を奪ったな」
「全ては神の御為」
 司教の考えも言葉も変わらない。
「だからこそだ」
「それによりバチカンを追われ日本に逃れたな」
「そして貴様に倒された」
 右脇にある首が憎々しげな目で神父を見据えていた。濁った灰色の、明らかに生者のものではないその目で、である。
「首を切られてな」
「あの時で終わったと思ったがな」
「しかし私は蘇った」
 声にさらなる憤怒が宿ってきた。
「再び。神にお仕えする為にだ」
「貴様が仕えているのは神ではない」
 神父もまた彼のその言葉を否定した。
「貴様が仕えているのは悪霊だ。いや」
「いや?」
「貴様自身が悪霊だ」
 そうだというのである。
「最早そうなっているのだ」
「戯言を」
 司教はその言葉を否定しようとした。
「私を。この私をそう言うか」
「なら何故その姿でこの世にいる」
 神父が今度問うのはこのことだった。
「それは何故だ」
「この姿でか」
「私に切られたその姿のままでだ」
 今神父の手には刃があった。鋭い銀の剣である。
「この剣で切られたその姿のままでだ」
「それは」
「答えられまい。貴様は最早悪霊になっている」
 司教をだ。そう定義付けてみせた。
「それ以外の何者でもない」
「今も私を侮辱するのか」
「侮辱ではない。事実を言っているだけだ」
 神父は引かない。一歩もだ。
 
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